第56話「開幕!オズボーン領の戦い」
───森に潜んでいた十数人の男達との集団戦闘が勃発したのは、オズボーン領に入ってすぐのことだった。
「敵襲! 敵襲!! 数ではこちらが有利だ、撹乱して押しつぶせ!」
「ちっ、オズボーン卿の私兵か……! ここで襲撃してくるとは、どうやらオズボーン卿は本気で我々と事を構えるつもりだな……!」
「所詮は金で雇われた賊だ、我々の相手ではないが───最優先事項は敵の殲滅ではない、ソフィア様をお守りすることだ! 一人一人確実に対処して数を減らしていくぞ!」
「「了解!」」
勇ましい雄叫びと、鋼同士がぶつかり合って奏でるカンカンという甲高い音、それから時折聞こえてくる───「ぐぁっ!?」敵の怯んだ声。オズボーン領への突入を開始してからわずか数分、すでに近衛兵とオズボーン卿の私兵による激しい戦闘が繰り広げられていた。
オズボーン卿の手勢と思われる男たちは頭数こそ多いが、動きからしておそらくはその大半が領地から徴兵されてきたであろう者たちだ。
装備も練度も、士気においてさえソフィアの近衛兵には敵わない。
戦況はこちらが圧倒的有利、なのは間違いないのだが。
「くっ、数が多い! 倒しても倒してもキリがない!」
いくら切り捨てられようが、私兵は次から次へと現れる。一体あとどれくらいの兵力が控えているというのか───それがわからない。
より一層激しさと混沌、騒乱を増していく戦場において、
「えいっ! やぁっ! とうっ!」
「うおお……!」
俺とエルシェもまた、互いに背中を預けて必死に戦っていた。俺たちがいるのは、縦に並び陣形を整えている近衛兵の最前部から六メートルほど離れたかなりの後方である。
そのため、こちらに来る敵はそれほど多くない。
さらに木剣を敵の顔面に叩きつけ応戦するエルシェが現状こちらに来るほとんどの敵を掻っ捌いてくれているため、俺も近衛兵達から先程支給された木製のメイスを振るうことでどうにか戦えていた。
戦うといっても、ほとんどエルシェの一撃を食らってヘロヘロになった敵にとどめを刺しているだけなのだが……。まぁ、それでもいないよりはマシだろう。……マシだよな?
自分の存在意義に若干の不安を感じつつむしゃくしゃにメイスを振り回していると、ふと隣で戦っていた近衛兵の一人が甲冑越しに話しかけてくる。
「アオイ殿、エルシェ殿。ソフィア様を救ってくださったお客人であるお二人まで戦わせてしまい申し訳ない」
「いえ、このぐらい……は、やらせてください! 俺たちも、ここについてきた以上ただ指を加えて見ているわけにはいきませんから」
「はい、少年……彼の言う通りです! さすがに近衛兵の皆さんと同じようには戦えませんが、私たちも賊相手であれば戦った経験はあります!」
「丁重に持て成すべきお客人を戦いに巻き込んでしまったことは、我々近衛兵一生の不覚。だが、とにかく人手が欲しいこの状況ではありがたい。聞けばお二人……中でもアオイ様は、ルフトヴァールでソフィア様を助けるために我々の世界でも有名なあの傭兵───《反逆者》と戦い、見事退けたとか。今はメイスを持たれているようですが、槍の腕前には自身がお有りなのですか?」
「い、いやー、アレは……なんというか、運が良くてですねー……」
鎧越しに近衛兵さんからの敬意のこもった熱い視線を感じ、今までそんなことを言われたことがなかった俺は恥ずかしいやら申し訳ないやら複雑な心境になる。
あれは《神格化》というのがあってですね、残念ながら俺の力じゃないんですよ……。いや、俺の力ではあるのだが。自分のものではない力、というのが正しいか。
それにあの時はレイナという強力な助っ人がいてようやく勝てた(?)わけだし。
今もレイナがいてくれれば、この戦闘もあっという間に終わるのだが……。
「運がよかった、ですか……? ハッハッハ、真の強者は得てして謙虚なものですな。ですが運も実力のうち、そうご謙遜なさらず」
こちらに来る敵は少ないとはいえ、今は戦闘中だというのに、この人はそれをまったく感じさせない雰囲気で豪快に笑う。さすがプロは違うな。そんなことを思っていると、
「では、その腕前を見込んでお願い申し上げます。アオイ殿、それにエルシェ殿。ここは我々に任せて、先に進んではくれませんか?」
「はっ!?」
「えっ!?」
「いやなに、これは私の独断ではありません。先程、ハンドサインで兵長殿から指示がありましてな。この道をまっすぐ進んだ先に、オズボーン領の中枢───ハリス・オズボーンの邸宅があります。セルビオーテ建築で作られた、宮殿のような建物ですから、見ればすぐにわかるでしょう。お二人は先にそこまで進んではもらえませんか。心配はいりません、我々もすぐに追いつきます」
「ど、どうして俺たちに……?」
「聞けばお二人はレーヴェではベスタの密輸業者を退け、ルフトヴァールではあの傭兵を退けたかなりの強者とお見受けしました」
い、いつの間にレーヴェでの出来事がセルビオーテに流れていたんだ……。それはともかくとして、なんかすごく誤解されているような気がする。
「オズボーン卿は私兵をけしかけることで時間稼ぎを企て、その隙に領地から逃亡しようとしているかもしれません。我々も先に進みたいのですが、この数の敵を相手にしてはなかなか難しく……無論、あと数分もあれば動けるようになるでしょうが。そういうわけでお二人には先に進んでオズボーン亭に向かってほしいのです。どうか」
「え、ええ……!?」
だ、大丈夫だろうか? だが、仮に何か危険が───それこそ、オズボーン卿が近衛兵を狙った危険な罠を仕掛けていたとしても、俺なら最悪なんとかできるかもしれない。
神格を使うのに単独行動は都合がいいし、ここは先に行くべきか。
「……エルシェ」
どうする? という意味を込めてエルシェにアイコンタクトを送ると、彼女は真剣な表情でこくりと頷いた。どうやら行くつもりらしい。
「……そういうことならしょうがないな。行くか、エルシェ!」
「はいっ!」
俺たちはせーので息を合わせて前に飛び出すと、そのまま前を目指して走り出す。
「なッ!? おいガキ、行かせるか───」
「おっと! 戦闘中によそ見するとは、随分と余裕だな!」
「がはッ……!」
既に掃討戦に移行しつつある戦場を背後に、俺とエルシェは駆けていった。




