第55話『事件解決の糸口、突入開始』
「……こんな早くからお呼び出ししてしまい、申し訳ございませんソフィア様。しかし、ことは重大です。一刻を争う状況ですので、何卒ご理解を」
「構いませんわ。それよりも早く本題を、セルビオーテ。このタイミングでの話といえば、事件───あるいは、失踪した私の従者に関することでしょう?」
「ええ、その通りです」
東王宮の最奥部、玉座の間。失踪したラスタの手がかりを探し、彼女の足跡らしきものが見つかった湖へと向かおうとしていた俺たちだったが───ちょうどハーツメルトの国王から「話がある」とソフィアが呼び出されたのは、その時だった。
俺とエルシェはそのまま湖へと向かおうとしたが、ソフィアが「何かあったときのために二人にも居てほしい」と俺達の同席を望んだため、俺とエルシェもソフィアとともに今この場にいる。
「捜査に進展がございましたので、そのご報告を。……捜査の結果、件の飛行船ルフトヴァールにソフィア様の護衛兵として乗り込んでいた者達なのですが、彼らは皆同じ故郷の出身でした。さらに、護衛兵として志願したタイミングや推薦人の名義も同じです」
「……」
ソフィアは難しい表情で顎に手をやったまま、無言で続きを促す。
「そして、彼らの故郷……出身地域なのですが。これがまた、随分と怪しく……はぁ」
「続きを」
「え、ええ。……彼らの故郷、それはハリス・オズボーンというハーツメルトの貴族が統治するオズボーン領でした」
「ハリス・オズボーン……たしか、ハーツメルトの地方に領地を持っている男爵でしたわね? 直接ご挨拶したことは、なかったはずだけど」
「その通りです。実はこのオズボーン卿、以前から『独立派』との強い関係が噂されておりまして……王国政府にも目をつけられていた人物なのです。最近では正体不明の外部勢力との接触や、領地内での不審な動きが報告されておりまして」
「なるほど。……つまり、ハリス・オズボーンが今回の件の重要人物である可能性が」
「非常に高い、それもほぼ黒……というわけですな。……私はこれでもこのハーツメルトの王ですので、言いづらい話なのですが。おそらく『独立派』との強い関係があるこのオズボーン卿が、ソフィア様の襲撃を計画した張本人───あるいは、限りなくそれに近い人物であると思われます」
「ハリス・オズボーン。ええ、わかりました。情報提供に感謝しますわ、ハーツメルト」
「いえ、この程度……ん? どうした」
コンコン。と、その時部屋の扉が数回ノックされた。
「失礼いたします、国王陛下。ソフィア様の従者様についての捜査に進展が」
「よし、入れ」
部屋に入ってきたのは、ハーツメルトの国王に仕えているらしき召使だった。召使は部屋に入るとそそくさと国王の側へ行き、何やらゴニョゴニョと耳打ちする。それを聞いた国王は頷くと「ご苦労であった。戻れ」と、召使を帰らせた。
「ソフィア様。数時間前に行方不明になったソフィア様の従者についてなのですが、今しがた新たな情報が」
「……ラスタのことで、何か?」
「彼女がいた形跡のあった湖畔ですが、犬を使い調査しましたところ、どうやら匂いが湖からずっと西の方向へと続いていると報告がありました。それと、湖畔の近くには馬車を走らせた痕跡もあり、馬車が向かっていった方向とも一致しているそうです」
「例の湖から西の方向、というと───」
「ええ、単なる偶然で、関連性が必ずしもあるとは断定できませんが───西には、オズボーン領が」
「……ッ! すぐに馬車を手配してください。私が、オズボーン領に行きますわ」
「ソフィア様!? 何を……お止めください! 危険です! オズボーン領へは、すぐに兵士を向かわせますので、ソフィア様はここで待機を……!」
「ルフトヴァールでこの身を狙い、罪なき人々をも巻き込んで犯罪を行った上、最も忠実な従者まで人質に取ったとあっては王家の名の下、オズボーン卿を必ずやこの手で断罪せねばなりません。それに───彼女は私の一番の友人。もし彼女が危険な目にあっているのななば、私は一人の友人として彼女を助ける義務があります」
ソフィアは国王の目を見つめ、迷い一つない、強い意志を込めた眼差しでそう言った。
国王は額に流れる汗をぬぐいつつ「し、しかしソフィア様……! オズボーン領への突入は何が起こるかわかりませぬ、もしかすればオズボーン卿の私兵と我々の兵士との間で戦闘が勃発する可能性も……!」とソフィアを説得しようとしていたが、しかし彼女の瞳を見て無駄だと悟ったのだろう、やがて「……なるほど、決意は堅いようですな。これ以上私が言うことはございませぬ。どうか、お気をつけて」とソフィアを送り出した。
そして───それから数時間後。
「この森を抜けた先がオズボーン領になります、ソフィア様」
俺とエルシェ、ソフィア、それからソフィアを守る赤い鎧の『近衛兵』たちは、何台もの馬車で列を作りオズボーン領へと向かっていた。
ソフィア曰く彼ら『近衛兵』は一般的な護衛兵とは異なり、いくつもの厳しい試験と謁見をくぐり抜け、さらに実績のある者だけがその地位に付くことができる中央王宮のエリート兵士らしい。経歴や人格、プライベートに至るまで徹底的に王国に洗われるため、彼らはソフィアに忠誠を誓っていると信用できる兵士たちなのだとか。
「ラスタ、無事でしょうか……心配です」
馬車の中で下を向くエルシェに、ソフィアがふっと微笑みかける。
「きっと大丈夫ですわ、エルシェ様。私も心配ではありますが……彼女はなにせ、強いですから」
「ここに、ラスタがいるかもしれないんだよな」
「ええ。彼女の匂いはこの先───やはり、オズボーン領まで続いているようですわ」
ソフィアが窓の外を指差す。窓に映る景色は主に薄暗い森の風景ばかりで、時折ぽつぽつと民家が現れるくらいの田舎だった。
なんというか、人気と活気がない……というか、どんよりとした雰囲気の場所だ。道路もあまり舗装されていないようで、車内はガタガタ結構揺れている。
「にしても、もしそのオズボーン卿が本当に黒幕だったとして、ソフィアを襲撃した目的はなんなんだろうな。たしか『独立派』と強い関係があるんだったか? だとすれば」
「最も考えられるのはハーツメルトの独立ですわね。しかし、たとえ私を人質にして王国と取引し、連合王国からの脱退を承認させたとしても……たかが男爵程度に、ハーツメルト全体を動かせるほどの力があるはずは」
「独立した後のことはそんなに考えてない、とか?」
「その可能性も否定はできませんが、しかし腐っても質のいい教育を受けた貴族です。あるいは接触していたという『外部勢力』とやらが関わってくるのかもしれません。……あら、着いたようですわね」
★
馬車が止まり、降りた先は巨大な鉄の門の前だった。まるで王宮や屋敷の前にあるような立派な門だが、その先には森を切り開いたかのような一本道が続いている。
この門を超えた先が、ハリス・オズボーンが統治する、オズボーン領。
門の手前にも奥にも人の姿は見えない。全くの無人だった。
「誰もいない……か?」
「本来王族が貴族の領地を訪れるとなれば、即座に門を開き貴族自ら王族を出迎えるのが王国の慣例。しかし、貴族どころか警備すらいないとは───異常ですわね。オズボーン卿は、すでに何かを察知しているのかもしれませんわ。そしてそういった動きをするということは、後ろめたいものがあるということ。これは……オズボーン卿が事件に少なからず関与しているというのは、ほぼ確定のようですわね」
「ソフィア様。まもなく突入を開始しますので、後方に下がられますようお願い申し上げます」
ソフィアの前に赤い鎧を纏った近衛兵たちが次々に現れ、最前列の兵士が鉄の門を開く。
重い音を立ててガシャンと開いた扉は、まるで巨大な口を開いて獲物を待ち構える獣のように見えた。
「これよりオズボーン領への突入を開始する。総員、準備はいいか?」
「「「はっ!」」」
リーダー格の男の声に、周囲の護衛兵が剣を高く掲げて応える。
俺とエルシェもまた、それぞれの武器に手を当てて身構えた。
「少年、私達も!」
「了解!」
「突入、開始───!」
───こうして俺たちは、事件の手がかりとラスタの行方を探し、オズボーン領への突入を開始した。




