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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章後編《連合王国》セルビオーテ編
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第54話『少女とベスタ』

「強力なベスタの確保、つまりは突然変異したベスタの上位種───あなたのことですよ、お嬢さん」


 男が言っていることが、まるでラスタには理解できなかった。否、理解したくなかった。

 なぜならその真実はあまりにも、あまりにも受け入れがたく、残酷だったから。


「……ラ、スタが……っ、ベスタ……? 何を……言っているの?」


 何を言っているのかわからない。何を言いたいのかわからない。信じられない。信じたくない。ラスタの視界が、ぐにゃりと歪み始めた。


「ベスタって、そんなわけ……ない。ありえない。だって、ベスタってあの……蛇とか狼とか、蜘蛛とか……そういう見た目の、怪物でしょ? ラ、ラスタは違う。ラスタはあんなのじゃ……」


「ええ。たしかにベスタと言えば、その認識が一般的ですよね。間違ってはいませんよ? 実際、大半のベスタは獣などの姿を象った下等種ですから。あなたのように人間のような姿をして、人間の言葉を話すベスタなど存在しません、常識ですね」


 男はそこで「ただし」と人差し指を立てる。そうして立てた人差し指がゆっくりと向けられた先はラスタだった。


「あなたは《上位種》───特別な存在なのです、色々とね。聞くところによれば元々あなたは一匹の上位種だったとか。ベスタには極々稀に、下位種とは比べ物にならないほど強大な力と人間同様の知性を持った上位種が産まれます。現在我々が把握している、ベスタの上位種は四体。あなたはそのうちの一人だったのです。かつては、ね」


「かつては……?」


 なぜこの男がラスタ自身も知らないようなラスタの過去について知っているのか。この男は何者なのか。そんないくつもの疑問が頭に生まれていくが、男の「かつては」という言い回しには特に違和感を覚えた。


「それが、あなたは突如分裂してしまったのです。分裂した経緯については私も詳しく聞かれてはいません。分裂、なんて現状がベスタに起こるのか? ……真相は定かではありません。が、現状でわかっていることは一つ。あなたはある日、どういうわけか二人に分裂してしまった。さながら姉と妹の双子のようなものですね」


 そこで男は二本目の指を立てる。


「さて、ここからが問題。分裂してしまった片割れ───便宜上、個体Aとしましょうか。個体Aはベスタとしての自意識と強大な力を持ち、上位種として独自の思惑を持って行動するようになりました。そしてもう片方。こちらは個体Bと呼びましょう。個体Bはなんとあろうことか記憶を失い、ベスタとしての能力が大きく抑制された状態で行方不明になりました」


「上位種の、片割れ……?」


「そう。それから何があったのか、ややあって個体Bはセルビオーテ連合王国に流れ着き、やがて第四王女の目に止まって従者となった。まぁ、言ってしまえば───それが個体B『赤の従者』あなたなのです」


「う……嘘! そんなの、信じない!」


 ありえない。情報量が、多すぎる。自我を持ったベスタの上位種が、分裂して記憶を失った存在───それが自分の正体だと、この男は言っているのだろうか?


 自分がベスタなどと、そんなのはきっとデタラメだ。ラスタは信じない。こちらの動揺を誘うために、それっぽく作り話を披露しているに過ぎない。


「おやおや、私はあなたに全てをお話して差し上げたのに信じていただけないとは。しかし……『赤の従者』。あなたにも心当たりがあるのでは? 例えば───ベスタには、目がありませんよね。あなたはどうですか? おや、綺麗な赤い瞳がありますね。ですが……それの目、ちゃんと見えていますか?」


「……ッ!」


 これまでの人生で、あまり多くの人間に語ってこなかったことだが───実はラスタは、視力が良くない。ある程度遠くの景色はぼんやりとしか見えず、今五メートルほど前にいる男とオズボーン卿の姿も、わずかに顔がわかる程度であった。

 だが、そんな視力を補うためなのか、聴力と嗅覚は人一倍強かった。


 そのため普段の生活でそれほど苦労することはなかったのだが、多くの人間がいる場所などでは音によって位置関係を把握することができず、人にぶつかってしまうことが多々あった。


 ベイル―ニャの町中と飛行船、二度に渡ってアオイと衝突してしまったように。


「それにどうやら、人並み外れた身体能力も持っていらっしゃるご様子。この重々しい巨大な剣も、あなたのものでしょう?」


 男がパチンと指を鳴らすと、その途端屋敷の従者によって五人がかりでラスタの大剣が運び込まれてきた。


「普通の人間は、ここまでの力を発揮できませんよ。ましてやあなたのようなうら若い少女であれば尚更あり得ない話なのです。お認めになってください、『赤の従者』。あなたはベスタ、それも強力な《上位種》なのだと───そして、私の言うことを聞いてください」


「いや……嫌ッ! 違う! ラスタは、ベスタなんかじゃない! ラスタは、ラスタは……」


「ふむ。案外強情ですね。まぁ、突然現れた斯様な胡散臭い男にこんな事を言われて、信じられないのも無理はありません。では、こんなのはどうでしょう?」


 男は手を高く掲げ、再び指を鳴らす。すると───暗闇の中から、何かが出てきた。

 まるで暗闇をそのまま纏って出てきたような、漆黒のシルエット。違う、シルエットなどではない。黒い体表。黒い体躯。


 暗い部屋の中では見えづらいが───しかし、その怪物はたしかにそこにいた。

 胴体から伸びた、細長い八本の脚。毛むくじゃらで特徴的なフォルムの身体。


 これは───。


「ベスタ……蜘蛛種、アラエル……!?」


 人間と同程度の大きさの、巨大な黒い蜘蛛。それが放つ禍々しいオーラは、この大蜘蛛が人類に仇なす異形の存在───ベスタであることを如実に示していた。


「その通り。お嬢さん、ベスタを見るのは初めてですか? ……そんなはずはないのですがね」


 男とオズボーン卿の背後から現れた大蜘蛛は、ゆっくりゆっくり前身し、二人のすぐ後ろで止まる。


「ひ、ひぃッ!? クラウス殿、これは本当に大丈夫なんでしょうな……!?」


 その姿を見たオズボーン卿が、顔を青くして悲鳴をあげた。


「落ち着いてください、オズボーン卿。この個体は私の制御下にある個体です。無闇に暴れたりはしませんよ」


 男は自らの足に縋りついてくるオズボーン卿をやや鬱陶しそうにあしらい、ゆるゆると首を横に振る。そして、再びラスタに向き直るとどこからか一本の試験管を取り出してみせた。

 中には透明の液体が入っている。


「これ、なんだかわかりますか?」


「……! それは、ラスタがあの時かけられた……!」


「そうです、覚えていてくださったんですね。これは本邦で作られた特殊な薬品です。見ていてくださいね」


 そこで男はコルクを外すと後ろを向き、向かい合った大蜘蛛に───試験管の中身をバシャッと浴びせた。


「───」


 大蜘蛛は一瞬ビクリと身体を震わせるが、やがて糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。ドシンという音とともに衝撃が部屋を揺らし、天井が軋む音がふと聞こえてきた。


「……このベスタに何を、したの」


「もうお分かりでしょう? これは───ベスタを強制的に、休眠状態にする薬品です」


「……ッ!?」


「試験管一本でどれだけ大きなベスタであろうと眠らせることができる。人には効きませんよ、人に催眠作用のある成分は含まれていませんから。ですが、あなたにはこれが効いた。効いてしまった。これで証明できましたね。つまり───」


「やめてッ!!」


 ラスタは耐えられず、顔を背ける。仮に手足が縛られていなければ、両耳を塞いでいた。

「違う、ラスタは……違う」


「……どうやらまだ、理解を拒んでいるようですね。辛いでしょう、苦痛でしょう、現実に抗うのは。もうやめましょう、受け入れて楽になってしまいましょう。認めてください。ご自身がベスタなのだと。そこで『赤の従者』、私から一つ提案があるのですが」


「……」


 一切の対話を拒む姿勢のラスタに構わず、男は続ける。


「第四王女のもとから離れ、私と一緒に来ませんか? ベスタとして生きるつもりは───ありませんか?」


「……ない。絶対に、ラスタはソフィ様と一緒にいる。あなたには、たとえ何をされてもついていかない」


「それは残念」


 飄々と肩をすくめる男の様子からは、残念という感情が微塵たりとも感じられなかった。


「では、少々強引な手を使わせていただきましょうか」


「……?」


 まるで指揮棒のような、小さな黒い棒。それが、男が懐から取り出したものだった。

 鉱石か何かを棒状に削ったような形状の三十センチ程度の棒。ナイフとして使うには適した形状でないし、槍として使うには先端がない。

 本当に指揮棒のような棒を、一体何に使うのか───と、ラスタが警戒心を顕に訝しんでいると、不意に男はその棒をラスタの頭部へと近づけた。


「何を───」


 しているのだ、と言おうとした、その瞬間。


「───ッ!?」


 突如ラスタの頭に電流が走ったかのような痛みがほとぼしる。


「あ、ああああああああッ!!」


 ───なんだ、コレは。熱い、熱い、熱い、熱い───痛い。


 痛みに耐えられず、絶叫する。身体中の汗という汗が吹き出してくる。


 否、それだけではない。何かが、胸の底から沸き上がってくるのだ。自分ではない、何か恐ろしい───破壊衝動。ラスタは確信する。ああ───これが、ベスタとしての自分なのだと。


「やめ、て……私が……私で、無くなる……ラスタが、消える……ッ!」


「それでは『赤の従者』。これより、あなたを───ベスタとして覚醒させます。覚悟は?」


「あ、あ、ああ……あああああああああああああああッ!!」


 痛い。熱い。苦しい。辛い───憎い。誰かが憎い。いくつもの負の感情が湧き出ては、渦のなってラスタの中を侵す。少女の中を蹂躙し、凌辱する。


「嫌……ラ、スタは……ラスタでなくなりたく……ない……!」


「どうやら、あなたはなかなか自我が強いようだ。完全な覚醒までにはしばらく時間がかかるかもしれませんね」


「いや、嫌、あああああああああああああああッ!!」


 暗い部屋に、ラスタの悲痛な叫びが響き渡る。

 その様子を、男は口元に笑みを浮かべて愉快そうに眺めていた。

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