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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章後編《連合王国》セルビオーテ編
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第48話 『波乱のグッドモーニング』

「……そ、そういう事でしたのね。すみません私としたことが、とんだ勘違いをしてしまい……」


「ハァ……ハァ……わかってくれたか……ソフィア……」


 目をまん丸に見開いたソフィアは、少し頬を染めて恥ずかしげな表情を浮かべた。


 朝っぱらから王宮のアホみたいに長い廊下(しかも広い! しかも入り組んでいる!)を全力で駆けること数分。ようやくソフィアを見つけた俺は、彼女の誤解を解くべく必死に部屋で起こっていたことを身振り手振りを交え説明した。その結果ソフィアは自らの勘違いに気づきちょっぴり恥ずかしくなってしまったようで、今は両手で口元を覆い赤面してうつむいている。


 ひとまず誤解をなんとか出来たことにほっと一息ついていると、この騒動の原因を作った人物でもある青髪の少女が横で不服そうに鼻を鳴らした。


「ふん、少年が私にぜんぜん傷を見せてくれないからです。勘違いされたのは少年のせいです」


「俺のせいなのか!?」


 いや、たしかに俺にも落ち度はあったけども!?


「……つーん」


 エルシェはエルシェで、どうやらまだご機嫌斜めのままの様子だった。彼女がこんな風に機嫌を損ねるなんて、レーヴェにいた頃にはなかったので驚きだ。

 一体何がそんなに癪に障ってしまったというのだろうか……。わからない。俺の知らないスフィリアの常識やマナーのようなものがあって、それをうっかり破って『騎士』であることを重んじる彼女の地雷を踏み抜いてしまったとか? 


 ううむ、次顔を合わせる時にレイナにでも聞いてみるか。色々と連邦のことに詳しい彼女の助けを借りれば、エルシェの不機嫌を治す何かしらの糸口が掴めるかもしれない。


 そんなことをぼんやりエルシェを見ながら考えていると、


「でもソフィアさん。勘違いってなんですか?」


「「えッ!?」」


 ───何の脈絡もなく投下された爆弾発言に、思わず俺とソフィアの声が重なる。

 そ、それはどういう意味なんだエルシェ。見れば、エルシェは心底不思議そうな表情を浮かべて首をかしげながらソフィアを見つめていた。


「さっき少年が必死に説明してましたけど……えーと、勘違い? 私が部屋を間違えて、少年の部屋で寝ちゃってた、とか勘違いしていたのでしょうか? でもそれだけであんなに必死になって否定する必要はないような……第一、騎士であるこの私が部屋を間違えるなんであるわけないですし。勘違いって、何を勘違いしてたんですか?」


 汚れ一つない純粋無垢な瞳がソフィアを居抜き、ソフィアは「……え、えっとぉ……」と俺にちらっと視線を送ってくる。『アオイ様、お願いですわ!! どうか、どうか助けてくださいまし!!』と若干血走ったソフィアの目は真摯に訴えかけていた。だがすまない、俺には何もできない。


 俺はエルシェにバレないように『ごめん』とジェスチャーを作り、そっと視線を明後日の方向へと向ける。するとソフィアの顔は見る見るうちに絶望の色に変わっていった。

 わぁすごい、人間の顔色って短時間でこんなにも急激に変わるものなんだな。いや、マジでごめんなさい。ほんと。後で埋め合わせしますから。


「い、いえそれはその……お二人が……ベッドの上にいらっしゃったものですから、えっと……」


 今度は顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながらもなんとか懸命に言葉を紡ごうとするソフィア。


「ベッドの上にいたから……? なんですぐに部屋を出ていったんでしょうか?」


「あの、そのぉ……」


 だが無慈悲にもエルシェの追求は容赦ない。

 最も恐ろしいのは、ソフィアを詰める今のエルシェに悪意はおそらく微塵もないだろうということだ。ただ何も知らないからこそ、単純に気になるのだろう。

 探究心、それはこの世で最も無邪気で最も危険な心理だ。だからもうやめてやれエルシェ。


 さっきから青くなったり赤くなったりソフィアの顔色が忙しくてしょうがなくなっている。


「ま、まぁソフィアはエルシェがあそこで寝てるって勘違いしてて、それで寝てるエルシェを起こしたくないからさっさと部屋を出ていったんだよな!!」


 あまりにもソフィアがいたたまれなくなった俺は咄嗟に二人の間に割り込むと適当なことを口走る。

 助け舟を得たソフィアはぱぁぁぁと顔を明るくし、


「そ、その通りですわ! さすがはアオイ様、ええそうですその通りですわ‼」


 と俺の言葉に必死に頷いた。

 エルシェは俺たちのそのようなアンサーに納得行かないようで、「けど、それだけであんなに少年が必死になって訂正しようとするのでしょうか……? うーん……」と腕を組みじーっと懐疑的な眼差しで俺とソフィアの顔を交互に見やる。

 しかし、しばらくすると彼女なりにとりあえずは納得の行く結論を導き出してくれたのか、「まぁ、いいですか」と視線を外して別の咆哮を向いた。


 瞬間場の空気にほっ……と安堵が満ちていく。心なしか、廊下の向こうでこっちを見守っている王宮の警備兵達も胸を撫で下ろしているような気がした。

 俺とソフィアは二人してほぼ同時にため息をつく。


「ん? ああ、そうだ。そういえばソフィア、俺に何か用があったんじゃないか? ほら、俺を訪ねて部屋に入ってきたんだろ」


 そうだ。エルシェの思わぬ爆弾発言の圧倒的威力につい脳内から消え去っていたが、ソフィアを呼び止めたのは誤解を解くという目的のほかに要件を聞くためでもあったんだった。


「ふぅ……あら! そうでしたわ。アオイ様に用事があったのにそのことを私、すっかり忘れてしまっていましたわ」


「安心しろ、俺もだ」


「ですわよね……」


 互いに顔を見合わせる俺たちをエルシェだけが頭の上に疑問符を浮かべて見ていた。


「それで、アオイ様にエルシェ様。お二人は、もう朝食はお済みでしょうか?」


「朝ごはんですか? はい、頂きましたよ。とっても美味しかったです!」


「ああ、俺ももう済ませてきたな」


「そうでしたか。では、これからぜひご案内させていただきたい場所がございまして。ついて来てくださいますか?」


「ああ、いいけど……案内ってことはどこかに連れて行ってくれるのか?」


「ええ、あくまで王宮の敷地内、ですが。それではお二人とも向かいましょうか」


 ソフィアは俺たちを先導するように前へ進み出ると、右にも左にも入り組んだ王宮の廊下をつかつか歩いていく。

 当たり前っちゃ当たり前ではあるんだけど、自分の家だから迷ったりはしないんだな。俺なんか少し散歩しただけでも遭難してしまいそうなものだが。


 そしてソフィアの後に続き、歩き続けることざっと五分。


「こちらですわ」


「おお……っ!」


 ───目の前に広がるのは、色とりどりの花に彩られた広大な庭園だった。


 白、赤、黄、ピンク───それぞれ鮮やかな色をしたいくつもの花を咲かせた低木がまるで一つの世界観を演出するかのように立ち並ぶ庭園は、この分野に全く知識がない素人の俺が見ても、すぐに匠の技術の粋が尽くされたものだとすぐにわかる。


 陽の光が燦々と降り積もる中、悠々と飛ぶ蝶々が時折花の上に止まってはまたすぐに飛び立っていく風景は、心に得も言われぬじんわりとした光を落とし込む。


「わぁ、綺麗ですね! 素敵です!」


「すごいな、これ……」


「皆様には本当はこんな狭い王宮の庭ではなく、この王宮の外に広がる街……シティ・オブ・エンブリアをご案内して差し上げたかったのですが、さすがにあんな事件があった直後では難しく……その代わりにといってはなんですが、皆様にこの庭園をお見せしたかったのです」


 そうソフィアはどこか申し訳なさそうに目を伏せる。だが、この庭園に咲く花々を見られたことは間違いなく幸運だ。おかげでこんなにも綺麗な場所を訪れることができた。

 ソフィアにはこれから先、頭が上がらなくなりそうだ。


「いや、すごく綺麗な庭園だ……ありがとな、見せてくれて」


「そう言っていただけるとあの子も喜びますわ」


「あの子?」


「実は、この庭園の管理をしているのはラスタなのです」


「え、ラスタが⁉」


 俺は思わず聞き返す。これだけ広く手入れされている庭園を、あの少女一人が管理しているのか?


「ラスタは花が好きでして。何でも自分に似ているから、と。それで庭園の管理を任せたのですが、今では庭園いじりが立派な彼女の趣味になっています」


「へぇー……これラスタが手入れしたのか……」


 いつもあわあわしているイメージがあるラスタの、新たな一面を今知った。


「あれ、そういえばラスタはどこにいるんだ?」


「彼女、いつも空いた時間を見つけてはこの庭園にいるのですが今日はいませんわね。今は従者の自由時間ですし、おおかたのんびり朝食でも食べているのでしょう」


 周囲を見回すソフィアに、庭園を見ていたエルシェが目を輝かせて声をかける。


「あのっ、もっと近くで見てもいいですか⁉」


「ええ、勿論どうぞ」


 はしゃぎながら花に駆け寄っていくエルシェの姿を見ながら、俺はふと考えた。


 ───もしも。もし、レイナがここにいたら、彼女はこの庭園を見てどんな反応をするのだろう、と。

 美しいものを前にして、そっと微笑むのだろうか?

 あるいは、相変わらずの無表情を貫き通すのだろうか? 

 そんなことが気になってしまった。

 花を見たレイナの反応、か。なんで俺は今、こんなことを考えたんだろう。


「……ま、考えようと意味はない、よな」


 頭をゆるゆると振って思考を打ち消す。それから俺は、エルシェとともにしばしの間花と戯れたのだった。


 ★


 庭園を一通り見て回り、二人と別れた後。


「さーて、今日はどうすっかな」


 ガチャリと扉を開き、自室へと戻ると俺は備え付けのベッドに腰掛け今日一日の予定を立てる。


 ぶっちゃけやることがない。


 今日もまた昼までに事件の事情聴取はあるだろうが、それが終わってしまえば完全に手持ち無沙汰になる。案の定レイナさんは今日も今日とてどっか行ってるし、エルシェでも誘って街に出るか。あるいは、色々と設備が整っているここで『神格』の研究と特訓を行うか。


「んー、でもまだ代償が治りきってないしな……悩むな」


 頭の後ろで両手を組みベッドに倒れ込む。すると、何かが視界ににゅっと入り込んできた。


「ん? なんだ?」


 よーく目を凝らし、不意に視界に入り込んできた何かを凝視する。すると何かはゆっくりと輪郭を顕にしていき───それがこちらを覗き込んでいる少女の顔だと理解するまでには約3秒間の時間を要した。


「う、うぉぉぉぉぉおっ!?!?」


「わ、わぁぁぁぁぁぁぁあっ!?!?」


 ───その瞬間俺となぜか部屋にいたラスタの悲鳴は、シンクロして王宮に響き渡った。

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