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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第45話(第2章前編最終話) 『ソフィア・アリス・セルビオーテ』

 ◆飛行船ルフトヴァール:VIPエリア 数時間前◆


「……ふぅ」


 ふと、窓の向こうを見る。


 右側から現れては左側へ、まるで川のように音もなく流れていくいくつもの雲。そんな薄暗い景色をぼんやりと見つめ、一人の少女は大きく息をついた。


 腰まで伸ばされた金のロングヘアが美しい、十代の少女だ。その片手には白いティーカップを持ち、大理石のテーブルの上には色彩豊かな茶菓子にフルーツが盛大に並べられている。


 だが少女───ソフィアはそんな茶菓子には目をくれることなく片手に持ったティーカップを口へと運び、淹れたての紅茶で喉を潤す。


 味、温度、香り、どれも申し分ない。今日も完璧だ。つい先程、夕食をともにした客人も満足させることができただろう。少女はその品質に安したように一度頷くと、頬をふっと緩め穏やかな表情を浮かべた。

 肩の力を抜き、リラックスした様子で───しかし背筋は常にぴんと張っている。彼女の姿勢、そして振る舞いには所作の隅々に至るまで品が漂っていた。


「アオイ様、レイナ様、エルシェ様……ふふ、非常に面白そうな方々でしたわね、ラスタ。あなたも楽しめたかしら?」


 そうソフィアが話しかけたのは、彼女のすぐ横に座る赤髪の少女だ。

 ややボサボサの髪型に、黒い眼帯を装着しているのが特徴的な彼女は、手に持ったクッキーを幸せそうな表情で頬張っていたが───すぐにソフィアの視線に気づくと「んっ」とそれを飲み込みソフィアに笑いかけた。


「う、うんソフィ様! ラスタ、す、すごくすごく楽しかった! エルシェ様、ラスタといっぱいお話してくれて……また、会えるかなぁ」


「ふふっ、良かったわね。ええ、またきっとお会いする機会はあるわ。アオイ様方がセルビオーテにどれほどの期間滞在するのかは把握できていないけれど、帰ってまた先方に時間があれば挨拶がてらシティ・オブ・エンブリアでも案内して差し上げましょうか」


「やった……っ! ソフィ様、約束ね……! ラスタ、楽しみ……!」


「ええ、私も楽しみよ。……そうだわラスタ、今のうちに回る場所の目処でも付けておかない? シティ・オブ・エンブリアには様々な名所があるし、その中から数カ所を厳選するとなると……ふむ、これは悩ましいわね」


 顎に手をやり、熟考の構えに入るソフィア。すると傍らのラスタが両手をあたふた動かしながら最初の意見を出した。


「え、えとラスタあそこに行きたい! あのおっきな時計があって、エンブリアの街が見渡せるところ……!」


「時計台ね。たしかにあそこは外せないわ、我が国が誇る最高の名所の一つですもの。ぜひ行きましょうか。───『最高』の名所に『さぁ行こう』、という訳ね! ……ぷ、ふふふっ……」


「……ソフィ様、ラスタそれやめてって何度も言ってる……」


 従者がらしからぬ表情を浮かべる程度にはしょうもない駄洒落を披露し、明後日の方向を向くと自分で自分のジョークに笑いを堪えるソフィア。そんな彼女をジトッとした瞳でラスタが見やる。だがソフィアは従者の冷徹な視線を全くもって気にしていない様子でペンを取り出すと、


「早速マークを付けておきましょう。エンブリアの地図は……持ってきていたかしら」


 ソフィアは両手を合わせ、ぱちんと鳴らす。すると彼女の両側に控えていた兵士たちの一人が進み出てその場に跪いた。


「失礼、エンブリアの地図を頂けまして? シティの物だけでも構いませんわ」


「はっ。用意してあります。少々お待ち下さい」


 男はソフィアの指示に恭しく頷き、勢いよく立ち上がる。そしてくるりと彼女らに背を向け、キビキビとした動きでこのVIPエリアの近くにある飛行船倉庫へと向かう───はずだった。もし男が、そのままソフィアの指示を聞くのであれば。


「……これは何のつもりでして?」


 ───突如として眼前に突きつけられたのは、ソフィアの護衛を務める兵士が標準の武器として装備している槍だ。

 セルビオーテの記章である獅子のデザインが施されたその槍は見栄えもさることながら、当然武器として求められる殺傷性にも優れており、ある程度の訓練を積んだ成人男性が扱えば簡単に対象を突き殺すことができる。


 ───という説明を教師から受けたことはある。だが、まさかそれが自分に向けられる日が来ようとは思ってもみなかった。


 槍をソフィアに突きつけているのは先程指示を受けた男だけではない。彼の周りの兵士も同様だ。おそらくこの飛行船内でソフィアの護衛を担当するために乗り込んだ全ての兵士がソフィアを取り囲んでいる。


 それに、この違和感。突如として護衛の兵士がソフィアに反旗を翻したにも関わらず、このVIPエリアからは悲鳴どころかどよめきすらまるで聞こえてこない。


「……と、言うことは……なるほど、貴方がたもそうでしたのね」


 ソフィアと目があった一人の乗客が立ち上がる。見ればその手には、きらりと光るナイフが握られていた。乗客もグル、ということか。ソフィアは静かに息を吐いた。


「もう一度聞きますわ。これは一体、何のつもりでして?」


「何のつもりだと? フッ、見ての通りだ。第四王女」


「どうやら、随分な面倒事に巻き込まれてしまったようですわね」


「ソフィ様……ッ! あなた達、何を……ッ!?」


「おっと、テメェはおねんねしてな」


 ソフィアに槍を向ける男たちに対し、明確な敵意を察知したラスタが瞬時に動こうとする。だが、背後からびしゃりと水のような液体をかけられ───直後、ラスタの目がとろんとなり、閉じていく。


「え……?」


「ラスタ!」


「今だ、縛り上げろ! 急げ!」


 倒れこんだラスタを即座に兵士たちが囲み、縄で何重にも縛って無力化する。

 最初にソフィアに槍を向けた男は陰惨な笑みを浮かべると、ソフィアに告げた。


「悪いが、この船は今から俺たちが乗っ取らせてもらう。あんたは人質だ。拘束する」


「……やはり人質ですのね。要求は何ですの? お父様に身代金でも?」


「口の聞き方に気をつけろよ、第四王女。俺たちの目的は金じゃない。金は要求しない、取引だ。セルビオーテ王国政府とのな」


「王国政府と、ですか。しかし、金銭目的でないのならいったい何が目的なんですの?」


 瞬く間に男たちに取り囲まれたソフィアは両手を縛られ、椅子に括り付けられてしまう。

 だがそんな状況であるにも関わらず、彼女は周囲を静かに見渡しながら自らを拘束した男に問いかけた。

 今は少しでも時間を稼ぎ、彼らから情報を引き出さなくてはならない。故にソフィアは、なるべく会話を長引かせるつもりだった。だが、


「フン、それをお前が知る必要はない。お前はそこで大人しくしていろ、第四王女。そうしていれば手荒な真似はしない。おい、傭兵。コイツを見張っておけ。俺たちは操縦室と各フロアの占拠に動く。行くぞ、お前たち」


 男は近くで腕を組んでいた、ボロボロの服を身につけた青年にソフィアの見張りを命じる。


 青年はその指示に対しやれやれと肩をすくめて頷くと、男は他のメンバーをゾロゾロと引き連れ部屋を出ていったのだった。


 ◆飛行船ルフトヴァール:VIPエリア 現在◆


「───と、いうのが大まかなこちらの経緯になりますわ。何かご質問はございますか?」ソフィアは一部始終を話し終えると、テーブルを見渡して俺たちの反応を伺う。すると、何やら思案顔のレイナがすっと片手を挙げた。


「……つまり、彼ら護衛兵は主人である貴女に突如として反乱を起こし、そちらの従者さんを無力化した上で貴女を拘束しハイジャックを決行。しかしその目的は身代金でなく中央政府と何らかの取引を交わすこと。そして、彼らは操縦室を占拠して連合王国を構成する東の王国ハーツメルトへと向かおうとしていた……ということかしら?」


「ええ、他の情報もまとめるとそうなりますわね。それと、彼らは恐らく賊と結びついていました。あまりに連携も統率も取れていないようでしたが、振る舞いや武器の品質から乗客を偽っていた者たちは賊の者たちでしょう。これをご覧くださいまし」


 そう言うとソフィアは一本のナイフを俺たちに見せてきた。


「賊と思われる者たちが所持していたナイフです。この刃の形状はセルビオーテの製法で作られたものではない、外国製の武器ですわ。王室に仕える護衛兵は原則、セルビオーテ製の武器を用いなくてはならないと規定されています。つまり、ただの護衛兵のクーデターというわけではないでしょう」


「というと、この事件の犯人グループはソフィアの護衛兵だけではなかったってことか」


「ええ。そしてこれも、現段階では推測に過ぎませんが……犯人グループの素性は、既におおかた見当がついております。……おそらく彼らは、ハーツメルトの『独立派』組織に属する者たちでしょう」


 そう言うとソフィアは目を細め、苦々しい表情を浮かべる。


「ハーツメルトの『独立派』……」


 ついほんの数時間前、レイナに教えてもらった言葉だ。セルビオーテは東西南北、四つの王国から構成される連合王国であると。そして、その中の東に位置する王国こそがハーツメルトであり、そこには連合王国からの離脱───つまりは独立を望む過激派の勢力が存在している、とも。


「これは私達セルビオーテの問題ですわ。それに貴方がた一般の乗客の方々や飛行船の方々を巻き込み、命の危険に晒してしまったこと……本当に申し訳ございません」


 ソフィアが深く頭を下げて謝罪すると、隣のラスタもあわてて「ご、ごめんなさい……っ!」と何度も頭を下げる。


「もっとも改めますが、あくまでまだ推測の段階でしかありません。ただ、今回の事件には───何者かが首謀者として暗躍しているような気がいたしますわ」


「首謀者、ですか……?」


 思わしげな表情のソフィアに対し、エルシェが首を傾ける。


「例えば外部の賊との連絡調整や、あの傭兵……ユーリエンと言いましたか。あれだけの実力を持つ傭兵を雇えるほどの財力は、そこらの独立派のハーツメルト国民にはありません。もっと巨大な財力・権力を持つ何者かの思惑が動いているような───とはいえ」


 ソフィアはそこで一旦話を区切ると、小さく咳払いをして微笑んだ。


「これ以上はこちら側の話です。詳しいことはまた、後ほど捕らえた彼らが尋問で教えてくださるでしょう。……アオイ様、レイナ様、そしてエルシェ様。今回はセルビオーテへと向かうこの飛行船の中で事件に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした。それから大いに感謝を。もしあなた方がいなければ、今頃私とラスタ……そして王国がどうなっていたかはわかりません」


「いや、俺たちはそんな大したことは……」


 少女は美しい金髪をそっと撫で、それから手をこちらに差し伸べる。


「そこで謝罪とお礼を兼ねて一つ提案を。ぜひ皆様を私の宮殿に招待させていただきたいのですが、よろしいでしょうか? ささやかではありますが、どうか皆様をおもてなしさせて頂きたく」


「き、宮殿!?」


 会話の中に突然出てきたすごい単語に思わず声が裏返ってしまう。ソフィアは「あら?」と首を傾げると、


「そういえばまだ、きちんと自己紹介をしていませんでしたわね。……ちょうど夜も明けてきましたし、既に王国領内には入っているでしょうか。皆様、一度デッキに移動しませんか? お話の続きはそちらで」


「デッキ……?」


 言われるがままにデッキへと出る。すると、外はいつの間にか明るくなっており、雲の向こう側からは朝日が差し込みつつあった。


 下の景色を見ると───そこには。


「おおっ!?」


 辺り一面に都市が広がっていた。レーヴェの中央区である水上都市や、ベイル―ニャの繁華街とは比べ物にならないほどのスケールの圧倒的な大きさの都市だ。大小様々にびっしりと並んだ建物の数々はどれも立派なものばかりで、つい目を奪われてしまう。


「ここが、まさか……!」


 ソフィアはデッキの柵の前に立つ。そして広がる景色を背景に、片手を胸に当てて微笑んだ。


「改めまして皆様、ようこそ我が国セルビオーテ連合王国へ。王国を代表し、セルビオーテ王家第四王女───ソフィア・アリス・セルビオーテが歓迎いたしますわ」


 ───そうソフィアは、自らの素性を明かしたのだった。

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