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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第44話『赤の従者、ラスタ』

「ぐ、ああああ───!!」


「下がれ! このガキ……強いぞ!!」


「ソフィ様と、アオイ様……レイナ様に手出し、させない。シスタ、守る───カランコエ、だよ……!」


 ───なんという風景だろうか。


 俺たちの眼前に広がる景色、そこでは赤い髪の少女が身の丈ほどもある大剣を振り回し、周囲に群がる男たちをまるで煩わしい虫を払うかのようにばったばったとなぎ倒していく。


 ラスタの大剣の一振りが破壊的な衝撃を生み出し、地面に振り下ろされる度にずしんと船内を揺らす。船が壊れてしまうのではないかと心配になる程度には、ラスタの戦闘スタイルは豪快極まりないものだった。


 ラスタは「らあっ!」との掛け声とともに大剣を横薙ぎし、自身に迫りくる男たちを数人まとめて薙いでいく。その後懐に潜り込んできた短刀使いの男を右足で強引に蹴り飛ばすと、残りの連中に向けて飛びかかった。


 鈍い音と轟音、それに悲鳴が繰り返し木霊する船内はさながら地獄のようだ。


 さぞ血も飛び交い、VIPエリアの前方は見るも無惨なことに……と、おそるおそる目を開くが、意外なことに室内のどこを見てもおびただしい血の海は広がっていない。


 どういうことだ? と俺はしばし首をひねるも、やがて一つの結論へと辿り着く。


「あの剣、もしかして鞘ごと振ってるのか」


「ええ、その通りですわ。あの子は私の一番の従者にして、相応の実力を身につけている訓練を積んだ精鋭の護衛でもあります。ですからそこらの賊や元護衛兵を相手にすることぐらい造作もございませんの」


 ソフィアは少しだけ自慢気な表情になり、ラスタのことを語る。ラスタはどうやらソフィアの用心棒でもあったらしい。


「でも、それにしたってあの筋力は異常な気がするけどな……」


 俺より重そうな大剣を自在にぶんぶんと振り回し、男たちと戦うラスタの姿を眺めているとついそんな感想が溢れる。いくら鍛えたところで、まだ若い女の子があのレベルまで到達できるだろうか? ラスタの身のこなしといいあの力といい、尋常ではない。


 まるで人間をやめてしまったかのような、いやそもそも始めから人間ではないような───それほどの気がしてくる。


「ラスタはとても不思議な子なのです。私が彼女と出会ったのはもう何年の前の話なのですが……とある街の裏路地で、保護者も友人もおらず一人でうずくまっていました。当時は言葉による意思疎通も満足に図れず、苦労しましたわ。そういえば、当時から聴覚と嗅覚が異常に優れていました」


「聴覚と嗅覚が?」


「彼女の耳は遠く離れた場所の人の話し声まで拾うことができるのですわ。鼻も、匂いを嗅いだだけで材料や調味料を言い当てたり───そのおかげで命を救われた経験もあります」


『───それにこの船から聞こえる、武器の音や大人の怒鳴り声……なにか、あったんだよね』


 その時、数分前のラスタの台詞が脳裏をよぎる。あの時、誰も何も説明していなかったにも関わらず、ラスタは目覚めてほんの数秒で異変を察知した。

 彼女は実際に、飛行船中の音や声を聞いていたのだ。だからこそすぐに非常事態が起こっていることに気がついた。


「ただ代わりに、というわけではないのでしょうが少々目が悪いというか見えづらいようで……あの黒い眼帯は、左右で視力が異なるがために付けているのです。アオイ様にも、何度かラスタがぶつかってしまったようで」


 俺が二度に渡って彼女と衝突したのは単なる俺の前方不注意のせいだと思っていたけれど、ラスタの目がよく見えていなかったからでもあったのか。だとしたら尚更悪いことをしてしまった、と反省する。


「でもそれで、あそこまで戦えているのは驚くべきことね。いえ───視覚に頼っていないから、こそなのかしら」


 レイナが顎に手をやり、ラスタの凄まじい暴れっぷりを見てそう言う。


「恐らくだけど、今ここにいる彼らが最後の襲撃グループでしょうね。元々それほどの多くの人員はいなかったみたいだし、最高戦力のユーリエンを喪失したとわかったから、ここで投入できる限りの兵力を投入しているように思えるわ」


「ってことはこれが最後、ってわけか。俺も戦いたいが……あの中に入ったらかえって足手まといになるだろうな」


「そうね。私もできれば彼女の戦いをもっと間近で観察したいし加勢したいところだけれど、あの大剣の巻き添えになりそうだし……今は遠慮しておくわ」


「───こいつッ……ぐぅッ……!!」


「ダメだ、強すぎる! 全員退却だ!! こうなったら操縦室に戻って、船長を人質にして目的地まで立てこもるぞ!!」


 やがて完全な形勢不利と判断した男たちは背を向け出てきた扉、VIPエリアからさらに船の前方───最前部にある操縦室に繋がる扉へと逃げ出そうとする。だが、


「レイナ!」


「はぁ……言われなくてもわかってるわよ」


「うおっ!?」


 逃亡を試みた男たちの足に突如鞭が引っかかり、彼らはそろって転倒する。突然のことに何が起こったのかすら把握できぬままにあわてて立ち上がるが、もう遅かった。


「ソフィ様傷つけたあなた達、絶対……逃がさない」


 赤の従者───ラスタ。男たちが蜂起すると同時に彼女が真っ先に眠らされた理由が、今ならよく理解できる。

 ラスタは扉の前に立ち、垂れ下がった前髪の隙間から男たちを見やると───。


「お、おい! 待て、ラスタ! 私達のことはわかるだろう!? 我々は今まで、共にソフィア様を守ってきた仲じゃないか!これにも実は、訳があって……そう! 実は深い事情があって、こうせざるを得なかったんだ! だから馬鹿なことはよせ!!」


「……でも、あなた達はソフィ様、裏切った。ソフィ様裏切って、縛り付けた。だから……絶対絶対、許さない」


「ひぃっ!? く、来るな、化け物め……ッ!!」


 大剣を引きずりながら、一歩一歩連中に歩み寄っていくラスタ。男たちはもはや抵抗する気すら起きなかったのか、あわあわと膝を抜かして後退りし、心無い声をラスタに浴びせる。罵られたラスタは一旦立ち止まり、悲しげな表情で目を伏せた。だが、


「……化け物。そうだね、ラスタ、ずっと言われてきた。お前は化け物だって、人間じゃないって……だから化け物のラスタは、せめてソフィ様のお側にいられるように、お仕事しなきゃ、だめだよね」


 そう大剣を掲げ、彼女は眼下で覚える哀れな男たちを見下ろす。俺が彼女と出会ってからというもの、ずっと纏っていたオドオドしたラスタの雰囲気は、今は完全に消え失せていた。


「おい、やめろ……!! わかった、化け物と呼んだのは謝る! だから……!」


「じゃあ───さようなら」


 次の瞬間、室内に響き渡る鈍い音。それが飛行船ルフトヴァールで発生した、王女人質事件のあっけない終焉だった。


 ◆飛行船ルフトヴァール:操縦室◆


「ああああ、ありがとうございます、ソフィア様……! それから、なんとお詫びを申し上げればいいのやら……! どうかこの場は、船長である私の命一つで何卒……っ!」


 ベージュの制服に身を包んだ壮年の男性が、泣きそうな表情で何度も何度も必死に額を床に擦りつけていた。


 男性の横には三名ほどの襲撃犯が拘束された状態で白目を向き、束になって積み重なっている。俺は未だ事態の全貌を把握してはいないもの、少なくともこのルフトヴァール五番船の船長である男性はシロ、つまりは被害者側のようだった。


「いえ、私のせいでこの船に乗っていた方々には多大なるご迷惑をおかけしましたわ。勿論貴方も含めて……貴方がたにお怪我は?」


「い、いえ私も搭乗員も全くございません! 連中、『ハーツメルトへ向かえ』と私たちに武器を突きつけて脅してきましたから、逆に私たちには価値があった……傷つけたくはなかったようです」


「ふむ、ハーツメルトへ……はぁ、やはりそうでしたのね。何がともあれ、貴方がたにも怪我がないようで安心しましたわ。また詳しい事情は王国についてからお聞きするとして、ひとまず襲撃犯は全員捕らえましたからこのまま当初の目的地───エンブリアの空港まで向かってくださいますか?」


「はっ、はいそれは勿論!! 現在全速力で飛行中ですので、あと一、二時間後には到着するかと!!」


 ビシッとソフィアに対して敬礼すると、きびきびとした動きで元いた位置に戻っていく男性。男性はどうやらこの飛行船の責任者のようだった。


「ふぅ……皆様、お待たせしてしまい申し訳ありませんわ。ようやく船内も落ち着いてきましたし……皆様にお話いたしましょうか。どうぞ、掛けてくださいまし」


 俺とレイナとユーリエン、それにラスタが暴れたことによってすっかり荒れ果ててしまったVIPエリアへと移動すると、俺たちは揃ってまたほんの数時間前に夕食を囲んだあのテーブルについた。メンバーもまったく変わっていない。俺、レイナ、エルシェ、そしてソフィアにラスタである。


 ルフトヴァールで一体何が起こっていたのか、そして犯人は何者なのか。なぜ───ソフィアの護衛兵たちが、あの場にいたのか。


 ソフィアは席に腰を降ろし一呼吸置くと、やがて話しはじめた。

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