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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第43話『ルフトヴァール完全奪還』

「───アオイ様! レイナ様!」


 背後から聞こえてきた声に、ハッと我に戻って振り返る。そこには椅子に縛られたままのソフィアが、額に汗を受かべて俺とレイナを代わる代わる見ていた。


「ソフィア!」


「お、お怪我はございませんか……!? 申し訳ありません、私のためにこんな……!!」


「ああ、大丈夫だ。俺もレイナも怪我一つないよ」


 ……今のところはね。


 あんまり時間をかけていると、いつ『神格』の代償が発動して全身にあの焼け付くような痛みが走るかわからない。その前に、さっさとやるべきことをやらなければ。


「お前の方こそ怪我は大丈夫か? ちょっと待ってろ、すぐに助けてやるからな」


 俺はあわててソフィアの方へと駆け寄ると、レイナから借りた黒いダガーを用いてソフィアを拘束していた縄を切る作業に入る。レイナのダガーを触るのはこれが初めてだったが、思っていたよりもずっと重量があることに驚いた。


 そんなダガーの刃を椅子の後ろのロープに当て、ゆっくりと切れ込みをいれていく。

 だが、思うように刃が通らない。


「よし、ここを切ればいいんだよな……っと。あれ、意外と上手くいかないな」


「ヘタクソ」


「へあっ!?」


「こうやるのよ、貸しなさい」


 そうレイナは俺の手からぱしっとダガーを奪い取り隣にしゃがみ込む(もっともこれは彼女のものだが)と、ロープに狙いを定めてダガーを一気に振り落とした。同時にソフィアを椅子に縛り付けていたロープは綺麗な断面を見せてぱらぱらと崩れ去っていく。


 まるで柔らかい野菜のようにスパスパ切れていったロープを見たレイナは、小さく鼻を鳴らすと腰のホルダーにダガーを差し込み収納。その一連の動作はやはりスマートでかっこよかった。


「さすが本業……」


「私の本業はベスタ専門の殺し屋であって、人質救助担当の特殊部隊ではないわよ?」


 拘束が解けたことによって自由になったソフィアは、服の埃を払いつつ椅子から立ち上がる。そして、俺たちのほうを向くと服の両端を摘んで優雅に一礼をした。こんな状況でも礼儀正しいソフィアは、やはり上質な教育を受けてきたんだろうな───と、俺はふと思う。


「ありがとうございますわ、レイナ様、それにアオイ様も。ですが、まだやるべきことは多分に残されております。まず───」


 ソフィアはそう部屋の一点を見やり、それから突然走り出した。真剣な表情でソフィアが駆け寄っていく先はただ一つ。


「───ラスタ!」


「……」


 水溜まりの側に横たわる、ソフィアの従者であり眼帯をした赤い少女───ラスタ。彼女はぐったりとした様子で変わらずびしょ濡れになっていた。

 だが彼女の手足をきつく何重にも縛り、拘束していたはずのロープは今や彼女の身体のどこにも見当たらない。一体どういうことかと隣のレイナを見ると、


「彼女のロープはさっき切っておいたわ。息があるのも確認した。外傷も、特には見当たらなかったけど……」


 ソフィアは急いで駆け寄ると彼女の身体を起こし、抱きかかえる。ラスタの胸はゆっくりと上下しており、呼吸も安定している音が聞こえてきた。だが、彼女は目覚めない。まるで───深い眠りについてしまっているように。


 ソフィアは懸命に抱きかかえたラスタの身体を揺すり、声をかけ続けた。ソフィアの目尻には涙が浮かんでおり、声も震えている。


「そんな……ラスタ! ラスタ! しっかりして!! そんな……何をされたの!?」


「彼女、よく見たら濡れているわね。これは……何かしら? 毒物ではないようだけど」


「……わかりませんわ。ただ男たちが飛行船の占拠を宣言した途端、ラスタは不意を付かれて彼らによって水のような透明の液体をかけられました。その瞬間、ラスタはまるで眠りこけるように倒れてしまい……一体、どんな薬物を……!!」


 ───かけられた瞬間。眠るように倒れてしまう薬。俺には分からないが、スフィリアにはそのような薬品も存在しているのだろうか? だとしたら、かけられたラスタはどうなってしまうんだ───?


 と、その時。


「……ぅ」


 ソフィアの思いが《神》に通じたのだろうか。身体をゆすられるラスタの表情がわずかに動き、ゆっくりと目が開いていく。明かりの光が差し込み、琥珀色の瞳には傍らのソフィアと俺達が映し出された。


「ラスタ!!」


「……な」


 目と同時に口も徐々に開いていき、ラスタの唇が何か言葉を紡ごうと動く。はじめはうまく声が出せないようだったが、次第に慣れてきたのかラスタの声は俺たちにはっきりと聞こえるようになった。だが、ラスタの様子は……どこかおかしい。眉間にしわをよせ、顔をわずかに強張らせて───、


「なに、この……気配……いやな、気配……気持ち、悪い」


 と、続けた。


「……気配?」


「うう……ッ」


 うなされるような表情で、苦悶の声をあげるラスタ。そんな様子の彼女と一瞬目が会い、俺はしゃがみこんで少女の顔を見つめた。


「お、おい大丈夫か? ラスタ……」


「アオイ……様……?」


 ラスタの額には汗がにじんでいた。はっはっと時折聞こえる息の音は荒く、苦しそうだ。熱があるのか? そう考えた俺は咄嗟にラスタに手を伸ばし、そして───、


「───触らないでッ!!」


「……え?」


 ───伸ばした手を払われ、拒絶された。


「……ラスタ?」


「えっ……?」


 今、何が起こったんだ? あのラスタが、いきなり……。

 これまでの彼女らしからぬ、突然の怒声にその場にいた誰もが驚愕の表情を浮かべる。

 だが最も驚愕し、動揺し、混乱した表情を浮かべているのは他でもないラスタ自身だ。


 彼女は震える瞳で俺を見ると、そのまま視線を降ろして俺を払った自分の手を見つめる。


 何が起こったのかラスタ自身にもわかっていない様子だった。

 俺は数秒の時間をかけてようやく事を理解すると同時に、慌てて謝る。


「ご、ごめん!! 今のはただ、熱がないか心配になっただけで……気に触ったのなら謝る。本当にごめん」


「……え、あ……? ラスタ、今何を……? なん、で……? アオイ様、ごめんなさ……っ」


 だが、俺の言葉などまるでラスタには届いていないかのようだった。

 ラスタは頭を押さえ、ひどく狼狽する。その時、目覚めたラスタにばっとソフィアが抱きついた。


「ラスタ‼」


「……ぁ、ソフィ……様?」


 ラスタの首元にぐりぐりと顔をうずめるソフィア。

 一方のラスタは何が起こっているのか事態が把握できていない様子で、琥珀色の大きな瞳をぱちぱちと瞬かせている。だがソフィアの存在に気がつくとだんだん落ち着きを取り戻していったようで、もう先程までの異様な雰囲気はすっかり消えていた。


「ソフィ様……ラスタ、今、アオイ様にひどいこと言った……でも、ラスタにもわかんない。アオイ様、別に嫌いになったわけじゃない……のに」


「ええ、分かっていますわ。あなたはそんな子じゃない。先程のあなたは、明らかに様子がいつもとは違った。……もし本当に嫌いだったとしても、あなたはあんなことが言える子ではありませんもの」


 ソフィアはラスタを落ち着かせるように抱きしめると、顔を上げて俺の方を見る。


「失礼致しました、アオイ様。どうかお気になさらないでください。先程のラスタはどうやら薬品の影響か、普段とは様子が明らかに異なっていました。精神に影響を及ぼす薬品なのかもしれません」


「そ、そうなのか……?」


「アオイ様、ごめんなさい……っ。ラスタ、今なんか変だった。気持ち悪くて、嫌な気持ちになって……アオイ様のことが気持ち悪いわけじゃないのに、なんだか感情がおかしくなって……」


「あ、ああ。わかった、こっちこそ驚かせたのならごめんな」


 ラスタは俺の両手を握ると、深く深く何度も必死に頭を下げる。その目尻にはうっすらと輝く涙が浮かんでおり、これまでのラスタの姿も含めて謝るラスタの言葉が嘘だとはとても思えなかった。

 今のは薬が精神に何らかの悪影響を及ぼした結果、ということだろうか。


「ですが……ひとまず無事で安心しましたわ。ラスタ、怪我は?」


「あ、えと……無い、と思う、多分。ラスタ、みんなよりも頑丈だから。ソフィ様、それよりも……何があったの? ラスタ……あまり思い出せなくて。部屋のあちこち、壊れてる。それにこの船から聞こえる、武器の音や大人の怒鳴り声……なにか、あったんだよね」


 ラスタは辺りを不思議そうにきょろきょろ見回しながら、俺やレイナの姿、ユーリエンとの戦いによって荒れたVIPエリアの様子を見て呟く。


「聞こえる」とは、どういうことだろうか? まさかここからルフトヴァール全体で発せられてる音が聞こえているのか? だとしたら、彼女は一体……。


 ソフィアはそんなラスタの言葉に頷くと、


「ええ、そうですわね。アオイ様にレイナ様にも、お話しなくてはなりません。まだ事態は終息していませんので、手短に状況説明を───」


 その時ドアが乱暴に開け放たれ、ゾロゾロと数人の男たちがVIPエリアに侵入してくる。男たちの人数はざっと十人ほど───その中には、やはりソフィアの護衛を勤めていたはずの兵士の姿もあった。厳しい顔をしてやって来た彼らは、入ってくるなり視界に飛び込んできた荒れた室内を目の当たりにしてぎょっと目を剥く。


「はぁ!? 部屋がめちゃくちゃになってるじゃねぇか!! クソ、こりゃ一体全体どうなってる!? ここの見張りに雇った傭兵野郎はどこに……」


「いや待て、それよりも第四王女と赤の従者が解放されてやがる! あんの傭兵野郎、しくじりやがったな!! だからアイツは雇うなと前にあれほど忠告したってのに……!」


「おい! 貴様ら、動くな!! 今すぐにその武器を捨てて投降し、王女を渡せ!! 命が惜しければ我々の指示に従え!!」


 途端にVIPエリアは喧騒に包まれる。俺たちを見て、わあわあと騒ぎ出す男たち。だがそんな中、元護衛の男が声を張り上げて俺たちに槍を突きつける。


 咄嗟に俺は両手を上げ───聞き慣れない「王女」という単語に、ちらりとソフィアの方を見た。


「王女?」


「ああ、バレてしまいましたか。……対等な友人関係を築きたかったので、貴方がたには出来れば隠しておきたかったのですが」


「ソフィア、まさかお前……って、今はそんな状況じゃない! どうすんだコレ、ヤバいぞ……!」


 そう───気づけば俺たちは、壁際まで追いやられ周囲をぐるりと男たちに取り囲まれていた。全員が手にもった短刀や槍などを持ち、殺気立った雰囲気で俺たちを睨みつけている。


 もはやどこにも逃げ場はなかった。


「ああクソ、俺の『神格』はもう切れてるから使えないし……レイナ、いけるか?」


「……さすがにこの距離で、一度にこの人数を相手にするのは厳しいわね。あまりに狭い空間では私の鞭も使えない」


 一縷の望みにすがる思いで隣のレイナを見ると、彼女は再び黒い刀身のダガーを装着し身構えていた。だがこの状況ではあまりに不利なようで、彼女の赤い瞳がわずかに細められており───それほどの危機的状況だというのに、にも関わらずソフィアと彼女の側に立つラスタは妙に落ち着き払っていた。


「ご心配なく。当家の名にかけて、ご恩人を傷つけさせはしませんわ。ラスタ、貴方の相棒は問題なくって?」


「うん、ソフィ様。ラスタ、準備ばっちり。これで、いつでも───」


 そう頷きソフィアの言葉に応えたラスタは、背中に手をやり───『ナニカ』を抜き放つ。


 そこに姿を表したのは、大剣だった。まるで丸太の如き大きさを誇る無骨なデザインの大剣はただ船内に存在していること自体が非現実的ですらあり、そんな大剣を構えるラスタの姿は増して現実離れした風景だった。


「な……」


 そのあまりの大きさに───それ以上にそんな大きさの大剣を構える年端も行かぬ少女の姿に男たちの表情が驚き、続いて恐怖に変わる。


「あ、赤の従者だ……! 下がれ、総員戦闘準備───!」


「───戦えるよ」


 そうラスタは自信満々な笑みを浮かべ、自らの身の丈ほどもある大剣を悠々と振りかぶった。

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