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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第38話 『アオイ、走る』

 ───占拠されたBフロア。その中心にて、武装した男たちは顔を見合わせ話し合っていた。


 既にこの飛行船、ルフトヴァールの大部分は自分たちが掌握している。この飛行船はもともと乗客の少ない便になるよう『依頼主』が事前に工作していたし、さらにここの乗客の半数は乗客を装って潜入し、たった今蜂起したこちら側の人間だ。


 船内の乗客はほぼいないにも等しく、当然の如く抵抗もないままに占領はスムーズに進んだ。残る未制圧のエリアは、ここBフロアの奥から外へと通じているデッキだけだ。


 ───とはいえ、ただでさえ少ない乗客がこの時間帯にデッキに出ているとはあまり思えない。一人か二人くらいは夜風に当たりに着ているかもしれないが、そのくらいが関の山だろう。

 故に彼らは念のための偵察くらいの気概で、デッキへただ一人だけを向かわせたわけだが……困ったことにその一人が、いつまで経っても帰ってこないのだ。


 さて、どうするか。あまり勝手な行動はするなと上からは言われているが、さすがにこれ以上ただ待っているわけにも行くまい。万が一、抵抗を受け戦闘になっている可能性もある。


「よし、見に行くぞ」


「ああ」


 やがて三人ほどの男が、様子を確認しにデッキへと通じるドアの方へ歩き出す。

 何があるかわからない。三人は不測の事態に備え、各々武器を構えて警戒しながらドアへと近づいていった。


 ドアとの距離はおよそ四メートル。それが残り三メートル、二メートル、いよいよついには一メートルと近づいたあたりで───突如、ドアがゆっくりと開け放たれた。


 なんだ、ようやく仲間が帰ってきたのか。全く、一体何をそんなに手間取って───とわずかに表情を緩めようとした男たちだったが、しかしすぐに表情は凍りつく。


 それは扉を開いた者が、デッキへと向かっていった仲間とは別人であると瞬時にしてわかってしまったからだ。


 そして、凍りついた表情を浮かべているのは彼らだけではなく、そこにいた扉を開いた張本人───紫黒色の髪をした少年、彼もまたも同じであった。


「あ?」


「……あ」


 三人の男と一人の少年の声が、沈黙に包まれた船内でシンクロした。


 ★


 ───終わった。


「あ?」


「……あ」


 人と人がふとした瞬間に見つめ合った時。

 そのまま互いに目を逸らさず見つめ合っている時間が4秒か5秒くらいかを超えていれば、その人達は両思いである可能性が高いという言説があるらしい。

 俺がなぜ唐突にそんなのを持ち出して語りだしたかというと、それは現に3秒ほど見つめ合ってしまった俺とこの男らが両思いであるなどという誰にとっても地獄以外の何物でもない可能性をこの場を借りて完全否定するためである。


 結論、互いに見つめ合ったからといって必ずしも互いに恋心があるわけではない。

 それは───しばし驚いた後、やがてゆっくりと身を屈め、俺に対して槍やら剣やら短刀やらの狙いを向け始める彼らを見れば一目瞭然だろう。


「あれ……この状況、もしかしなくても大ピンチだったりする?」


「ガ、ガキ……おい! 手を挙げろ! お前は何物だ?」


 はじめは呆気に取られていた様子で言葉も出なかった男たちだったが、ややあって俺の存在を認識したらしい。武器を構え、大人しく従うようこっちに迫ってくる。


 ピンチだ。紛うことなき、大ピンチ。だからこそ俺は、この窮地を脱するべくゆっくりと自らの右腕に手を当て、静かに祈ることで俺の持つたった一つの武器『神格』を───、


「……うぉおおおおおおおおッッ!!」


 ───使わず、そのまま一直線に全力で駆け出した。


「うおッ!? ん、んだこのガキ!?」


「頭がイカれてやがんのか!?」


「おい! 止まれ! 止まらないと殺すぞ!!」


 いきなり全力疾走し始め、Bフロアの奥側へと突っ込んでいく俺を男たちが追いかけながら静止する。


「おおおおおおおおッ!!」


 だが、俺は止まらない。止まれない。止まったら死ぬ、というより彼らに殺されるからだ。

 故に右腕を押さえ、いつでも神格化できるようにだけ準備して俺はがむしゃらに走る。


「コイツ……ッ」


 記憶を失ってスフィリアで目覚めてから早一週間。その間、全力で走ったことこそあれど人間相手に追いかけっこをするのはこれが初めての経験だ(障害物が多い裏路地でのレイナとのそれは除く)。だから、俺はスフィリア比で足が速いのかどうかも分からなかった。


 だが、今判明したのは残酷な現実だ。残念なことに、やはり俺の足はスフィリア比でもそこまで早くはなかったらしい。後ろから追ってきている男たちとの距離がぐんぐんと縮まってきていることがその証左である。


 ヤバい、このままじゃ追いつかれる! 


「はぁ、はぁ……ッ」


 おまけに息も切れてきた。対する男たちは全く平気そうである。


「追いかけっこは終わりだ、ガキ!」


「それにお前の進む先にも仲間がいる。Bフロアを走り抜けようだなんて思ってたのか? 正気の沙汰じゃないぜ。イカれてら」


 そう。このBフロアにいるのは、後ろの三人だけではない。俺の前方、BフロアからAフロアへと繋がる廊下前に立っているのはそれぞれ乗客の服を来た一人とソフィアの護衛兵一人の二人組だ。前からも後ろからも迫られ、俺はいよいよ捕まりそうになる。


 いきなりデッキからBフロアに現れ、全力で叫びながら走り出した奇特な少年。

 それが俺だ。だが奮闘(?)の甲斐虚しく、そんな変な少年は今まさに捕まりそうになっている。


 ああ、《神》よ。まだ見ぬ《神》よ。何故かくも現実は非情なものか。


 記憶を失い、挙句の果てに人ですらなくなって。自分が何物なのかも、誰であるのかすらわからないままにアオイという哀れな少年はここで終わるのか。


 一人で、何もかも曖昧なまま今まさにその生涯を───そう、今だ。


 今なら。

 今なら───全員の注意が、完全に俺へと向いている。


「レイナ!」


「私に指示しないで───不愉快ね」


 冷たい声が、頭上から響く。同時に聞こえてくるのは、鞭がヒュンと空気を裂く音。


「あ?」


 瞬間、視覚外の角度から迫った一撃が男の意識を屠る。


 認識していなかった一撃に男はただ一言を発することすら叶わずに倒れ込んだ。


「なぁッ!?」


 目の前で唐突に仲間が倒れ、その現実を前に別の男が驚いた声をあげる。彼もまた、それが意識を失う前の最後の発声となった。


「な、何が起きてやがんだ!?」


「何かがいるぞ! 俺たちを狙ってる!」


 地獄が幕を開けた。彼らにとっての、地獄が。


 彼らは見えない何かに───高速で動き回る何かに狙いを定められ、また一人予想できない角度から飛来する死神の鎌の如き鞭の一撃の前に倒れる。これで俺の後ろにいた三人は全滅した。追い詰められ、残る前方の二人はなんとかその脅威に対抗しようと周囲を見やる。


 それは曲がりなりにも裏社会に身を置き、これまで仕事をやり通してきた彼らの矜持だったのかもしれない。こんな状況に陥ってもなお、二人は戦う気を失ってはいなかった。


「クソ、クソッ! どこにいやがんだ! 出てきやがれ、クソッタレ!」


「───上だ!」


 ───だが、ようやく気づけた瞬間にはもう遅い。レイナは凍りついたような無表情のまま、一切の容赦なく鞭を振り下ろす。


 最後は二人まとめて、横薙ぎに倒されたのだった。


「……ふぅ」


 直後、華麗な着地を決めたレイナはフードを外し一呼吸。


「……お前、やっぱすごいな。敵じゃなくて良かったよ、本当に今そう思った」


「くだらない褒め言葉より先に手を動かしなさい。彼らが完全に意識を失ってるかどうか確かめて」


「でも、もし仮に意識が残ってたとして抵抗なんてされたら俺普通にやられるぞ?」


「その時は自分でなんとかしなさいよ。『神格』、まだ使っていないんでしょう?」


 ごもっともだ。俺は倒れた男一人一人の様子を入念に見て回り、息があることと意識がないことを確認していく。


「よし、多分大丈夫だ。Bフロアはこれでひとまず奪還……か」


「う、うう……クソ……なんだ、てめぇら……」


「っ!?」


 しまった、まだ意識があったのか!? 目の前でいきなり喋り出した男に対し、俺は咄嗟に後退して距離を取る。だがレイナは、


「ああ、それは敢えて一人だけ残しておいたのよ。犯人側の情報がないと色々面倒でしょう?」


「ぐうッ!?」


 いつの間にか持っていた縄で一瞬にして男を縛りあげると、ゴロンとその場に転がせてしまった。男は身動き一つ取れず、悔しそうに歯ぎしりする。


「ここは私が見ておくから、貴方は早く騎士さんの元へ行きなさい」


 そうだ、エルシェ! 俺は再びダッシュし、Bフロアの前方───彼女がいる、俺たちの席へと向かう。走っていると、やがて俺たちの席が見えてきた。だが、恐ろしいくらいの無音だ。何も見えないし何も聞こえない、それが余計に焦燥感を煽る。頼む、無事でいてくれ!


「エルシェ! 大丈夫か!?」


 バッと席を覗き込み、藁にもすがる思い出恩人の安否を確認する。すると、そこには。


「すぴー……」


 エルシェがいた。両腕を組み、席にもたれかかってすやすやと寝息を立てる、エルシェが。


「えっ?」


「ん、んんっ……あれ、少年? どうしたんですか? そんな顔して」


 まだまだ眠そうにこちらを見つめる半開きの青い瞳に、生まれて初めて俺は全力でひっくり返った。

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