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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第37話 『襲撃』

「この船は我々が占拠した。乗客は我々の指示に従い、無駄な抵抗は止せ。繰り返す。この船は我々が───」


 突如として響いた爆発音───そして、その直後に聞こえてきた謎の男の声。

 スフィリアについてまだほとんど何も知らない俺でもすぐにわかる。この状況はイレギュラー、すなわち非常事態であると。


「な、なんだ……!? これ」


「……」


 咄嗟にデッキとBフロアを隔てる扉のほうを向き、耳を澄ます。すると先程の男の声がまた聞こえてきた。


「この船は我々が占拠した。乗客は我々の指示に従い、無駄な抵抗は止せ。繰り返す。この船は我々が───」


 先程と一言一句変わらぬ、同じ内容の言葉だ。な、何が起こったんだ? 


「レイナ! ちょっ、これなんかヤバいんじゃ……!」


「……落ち着きなさい。まずは冷静になって」


 慌てて隣の少女に声をかけ、静かな声音で返されてハッとなる。見れば、レイナは顎に手をやって何やら思案していた。彼女はいつの間にか屋外などで着用している真っ黒なフードを被っており、つい数秒前までとは明らかに雰囲気が異なっている。


 そうだ、レイナの言う通りだ。まずは落ち着くんだ。俺は未だ混乱する頭を必死で整理しながら、この数秒間に起こった出来事を想起する。そうだ、爆発音が鳴ったのは俺がレイナに読み終えた新聞を手渡したその瞬間。その後は───。


 爆発音、謎の男の宣言、そして最も気にかかるのは男の発した「我々」という部分。ということは、この船は現在男とその不特定多数の仲間によって占拠された? 飛行船ルフトヴァールが? そもそも、奴らは何者なんだ。賊か? それとも、レーヴェで出会ったような密輸業者? 目的は? 待て、それよりも今は。


「ハイジャック、というわけね。はぁ全く、厄介な便に乗り合わせてしまったみたいね……」


 隣でレイナがため息混じりにそう呟く。


「ってことは、つまり……」


「この船はたった今、彼……いいえ、これだけ大胆な犯行を行うのだから複数人なのは明らかね。彼らによって乗っ取られた。目的は不明。彼らが何者であるかは、まず服装と武器を見てからでないとわからないわね」


「あー、とんでもない事件に巻き込まれちゃった感じかこれ? もしかして」


「……」


 無言のまま首肯するレイナ。───どうやら、事態はやはり深刻らしい。


「ちなみに、彼らはもうすぐこのデッキにも来るでしょうね」


「そ、そうじゃん! 隠れる……ってたって隠れるとこもないぞ! ど、どうする!?」


「さぁ? ……どうするの?」


「他人事!?」


 小首を傾げ、きょとんと俺を見つめるレイナ。まさか俺たちの置かれた状況が分かっていないのだろうか? そんなことは無いはずなのだが。


「いや、それに……もう占拠が始まってるらしいこの先のBフロアには───エルシェがいる」


 そうだ。先程の宣言からして、既に男はBフロアの入り口辺りにまで到達している。ということは、すでにエルシェは───。

 背中に寒気が走る。しかし、一人で木剣を振るい密輸業者の男たちを圧倒したあのエルシェのことだ。自分の身は自分で守れている、とは思うが……。


「よし……レイナ、お前の力を貸してくれ。俺たちで協力していこう」


 第一目標は、エルシェの身の安全の確保。次に情報収集。敵が何者で、何が目的であるのか。それを探る必要がある。そして差し迫っての脅威である、デッキに侵入してくる男達の対処。


 戦うか、それ以外の手段でなんとかするか。この場にいる戦力を鑑みれば、賊相手であれば前者の方がやりやすそうではある。


「……」


「レイナ? どうした?」


「……私は、これ以上貴方達と……」


 レイナはその場から動かず、俯く。だがすぐに目を瞑ると、


「……いえ、仕方ないわね。騎士さんには私も借りがある。その借りを返す分くらいには働いてあげる。それで、どうするの?」


 エルシェはレイナにとってもきっと恩がある人物なのだろう。レイナは腰のホルダーに手をかけると一歩前に進み出る。漆黒のコートが、夜風にばさりと靡いた。


 彼女が協力の意を示してくれただけでここまで心強い気持ちになるとは。つくづく敵には回したくない人物だなと思った。だが、そのレイナが力を貸してくれるというのであれば───。


「よし、まずはここに来る敵をどうするか……だ」


 ★


 ───相変わらず他に人の姿の見えないルフトヴァールのデッキはひどく静かで、風の流れる音だけが聞こえていた。だがその静寂は、突如轟音とともに破られる。


「───動くな!! 両手を挙げて船内へ戻れ!! この船は我々が掌握した!!」


 バァン、とけたたましい音を鳴り響かせて開いたドアの前に、槍を構えた男の姿が現れる。


 男は一人だ。仲間の姿は見えない。本来このような制圧は複数人で行うべきなのだが、彼らにも何かしらの事情があるのかもしれない。


 男はドアを乱暴に開いて突入するや否や、槍を構えてキッとデッキ全体を見渡す。

 左端の柵から右端の柵まで、注意深く見ていく。だが、


「……ここにいるのは、お前一人だけか」


「……は、はぁ……」


 視界に映るのは両手を挙げて降伏している、目の前の少年ただ一人だけだった。

 紫黒色の髪に紫紺の瞳。髪の右端だけが、わずかな藍色に染まっている少年は目をまん丸にし困惑した様子で男の方を見つめている。


 体格は細っこく、見た限りでは武器も持っていない───と、いうよりもこの少年ではまともに持つことすらできないだろう。大した危険性はない。

 そう判断し、男は少年を船内まで連行することを決め背後に回り込むと槍を突きつけ、自分の役割を果たす。


「よし、大人しくそのままの姿勢で客席のほうに戻れ。立ち止まったら───」


 だが次の瞬間、ヒュッと何かが空気を切り裂く音がする。


「ぐはッ!?」


 突如、首に衝撃を受けて男は膝から崩れ落ちた。視界が一瞬にして暗転し、それに気づいた頃にはもう意識が急速に遠ざかっていく。───何が起きた? 


 その真実を、彼がこの先知ることは永遠になかった。


 ★


「視覚外からの一撃とはお見事……えーと、殺してないよな? こいつ」


「失礼ね。私の腕を舐めないでもらえる? 私は殺し屋よ、それもベスタ専門の。私が命を奪うときは仕事の時だけだし、そもそも人間の殺害は業務外。そう軽々しく殺したりなんてしない」


 先程活躍した自前の獲物───以前は先に黒いナイフを括り付けていたそのムチを、ホルダーに仕舞いながらレイナが近寄ってくる。俺は急いで扉を閉めるとその場に倒れ伏した男の側に立ち、警戒しつつ男を指さした。


「でもピクリとも動いてないぞ。つい力の入れ方を間違えてやっちゃったとかないか、レイナさん」


「何? 貴方、殺されたいの? だったら今すぐお望み通りにしてあげることもできるけど」


「たった今さっき『そう軽々しく殺したりなんてしない』って言ってなかったか!?」


「……」


 相変わらずのレイナは無言のまま、そっぽを向いてフンと鼻を鳴らす。だが男の安否が心配で仕方がなかった俺は、転がった男をおそるおそる指先で突っついてみる。すると男は白目を剥いたままピクピク動き始めた。


 ふぅ良かった、息はあるみたいだな。……なんも良くはないけどな? 別に。


「さて、さっきは暗かったし、何より一瞬で顔しかよく見えなかったからな。こいつの服装はどんなもんか……っと」


 俺は男の生存、そしてしばらくは動けないであろう状態にあることを確認し、目を凝らして男の服装をよく見てみる。すると、徐々に暗がりにうっすらと浮かびあがってきたそれは───。


「なっ!?」


 俺は驚愕のあまりつい大きな声を出してしまった。そんな俺に一瞬鋭い視線を向けたレイナも、すぐに男の服装に気が付いたようでわずかに驚いた様子を見せる。


「この人は……」


「ソフィアの護衛にいた男のうちの一人……!?」


 間違いない。最初にソフィアに招かれたお茶会、そこでソフィアの両脇を固めていた男の一人だ。持っていた長い槍に統一された赤い服装が完全一致している。


「どうして、ソフィアの護衛がこんなところにいるんだ……!?」


 いくつもの考えがぐるぐると頭の中を駆け巡る。だがそれは、どれ一つ取っても最悪なものばかりだ。

 一体この飛行船ルフトヴァールでは何が起こっているんだ? 事態が掴めない。ソフィアは、シスタはどこにいるんだ? 困惑する俺に、レイナはBフロアへと続く扉を指差す。


「次またいつここに新手がやって来るかわからないわ。悪いけど時間がない。今はとにかく先に進むべきよ」


「あ、ああ、そうだな」


 たしかにレイナの言う通りだ。時間はない。俺たちは一刻も早くエルシェを助けに行かなくてはならないのだ。俺たちは扉の両脇に隠れるようにして立ち、扉を少し開けて隙間から中の様子を伺う。


「……敵は、ざっと五人か」


 案の定Bフロアには、武器を構えた男達が歩き回っていた。おそらくあれは全員敵だろう。服装はといえば、やはりソフィアの護衛を務めていた者もいたが……普通の服を着ている者もいる。簡単な話、一般客のフリをして潜り込んでいたのだ。


 ソフィアの護衛とそれ以外の一般客に化けていた敵。こいつらは何者なんだ。


「レイナ、あいつらの対処いけそうか?」


「そうね。不可能ではないけれど、このまま真正面から攻撃すると気づかれて不測の事態に陥るリスクがあるわ。そうね、誰かがほんの少しでも彼らの気を引いてくれればいいけれど」


「ん?」


 なんでこっちをガン見してるんだ?


「そういえば貴方、半神といったわね」


「え? ああ、そうだけど……」


「貴方の持ってる神格とやらを使えば、貴方はいざとなればベスタと戦えるくらいには自己強化できるのよね?」


「……多分な」


「私に考えがある」


「なんか嫌な予感するから俺、帰っていい?」


「ダメ」


「ええ……」


 間髪入れずに答えられた。


「駄々をこねている暇はないわ。行くわよ」


 ───こうして、俺たちのBフロアへの突入が始まった。

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