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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第35話 『夜空の上の食事会』

「すぴー……むにゃ……」


 Aフロアから戻ってくるとエルシェは相変わらず、マントに包まったさなぎ状態になってすやすやと寝息を立てていた。

 彼女がマントの下でどのような表情をしているのかまではわからないが───見たところ、かなり熟睡している様子だ。エルシェはきっと、どこでも問題なく眠りに付ける性格なんだろうな。そんなことを少しだけ羨ましく感じつつ、同じく席で待っていた黒髪の少女の方を向く。すると、


「……あれ、レイナまで寝てるのか?」


 見れば黒髪の少女ことレイナはエルシェから少し距離を取った(真ん中が俺の席であるため)自分の席で腕を組み、静かに目を閉じていた。


 もしかして寝てしまったのだろうか? まぁ、そういうことなら仕方あるまい。思えばレーヴェで部屋を共有していた時も彼女は夕暮れ時か日が沈んだ後くらいに返ってきて、その後はすぐ就寝していた。エルシェと同じかそれ以上に朝方の生活リズムなのだろう。


 俺は二人を起こさないよう細心の注意を払いつつ、エルシェとレイナの間のスペースに腰を下ろす。


「……別に寝てない。ただ他にやることもないから、こうして瞑想してるだけよ」


 すると目を開けたレイナがちらりと俺に一瞥をやる。


「そうなの?」


「ええ。だから貴方も安心して寝てくれて結構だから」


 それだけ言うとすぐに何事もなかったように視線を前に戻し、再び瞑想を始める。

 手持ち無沙汰になった俺は窓の外に薄暗く見える、まるで川の流れのように流れていく雲のシルエットをぼーっと見つめていた。


 こうして見ていると、レーヴェから自分がどんどんと遠ざかっていることを実感する。


 もうここは、短い間ではあったが目覚めてから慣れ親しんでいたあのレーヴェではない。全く別の、未知の世界なのだ。


 ───世界連邦スフィリア。俺の神を名乗る怪しい謎の少女によって残りたったの3年で滅ぶと宣告されたその空の上で、今俺はこうしている。


「これから一体どうなるんだろうな」


「……何?」


「や、悪い。こっちの話だ」


 思わず漏れてしまった心の声に、わずかに眉をひそめるレイナ。そんな彼女に笑いかけながら、俺は麻袋から取り出した今日の夕飯でもある干しベレンを一かじりする。

 サクっと口の中で崩れ、酸味を広がらせる干しベレン。それを食べていると、なにやら横のさなぎが「うぅん……《騎士団クラン》のベレンの匂いがします……」などと、モゾモゾ動きはじめた。なんだ、羽化か?


「……あ、おはようございます。少年、レイナ」


 やがてマントの中から顔を覗かせたエルシェは、寝ぼけ眼で俺たちを代わる代わる見てからこくんと頷いた。いや、頷いたんじゃなくて単に寝落ちしそうになっただけか? 今の。


「干しベレンですか? しょれ」


 呂律回ってないぞ。


「ああ、そうだよ。出る時にエルシェが持たせてくれたやつな」


「美味しいですか?」


「ん、めちゃくちゃ美味いな」


「えっへっへっへ」


 寝ぼけ眼のまま満足気に笑うエルシェ。こいつさては寝ぼけてるせいでキャラが曖昧になっているな。


「そういえば、私もなんにも食べてませんね。お腹空きましたし、レイナも一緒に食べましょうか」


 エルシェはそう言うとマントの内ポケットに手を突っ込んで、ガサガサと干しベレンを探し始める。そこに入れてるの?


「そのマントに何入ってんだ」


「ふっふっふ少年。気になりますか? だめです、秘密ですよ。騎士の掟第22条『秘密こそが騎士を強くする』なんです!」


 すっかり目が覚めた様子で人差し指を立てるエルシェさんだったが、なんだかそれもどこかで聞いたことがあるような気がしないでもない。だがそんなことは気にも止めず、エルシェはせわしなくマントの中をまさぐっていた。


「えーと、たしかこの辺に。あ、ありましたね。レイナも一緒に───」


 と、彼女がレイナに干しベレンを差し出そうとしたその時。


「あ、アオイ様アオイ様っ……! こ、ここにいたんだね……!」


「シスタ?」


「え? だ、誰でしょうか!?」


 通路のほう───つまりはAフロアから、こちらに駆け寄ってきたのは眼帯の少女ことシスタだった。いきなり現れた少女を前に、エルシェが目を丸くする。


「あー、この子とはさっき船内で知り合ったんだ。あとで紹介するよ。……とシスタ、俺に何か用か?」


 俺とエルシェ、そして無言のレイナの三人分の視線を受けうろたえつつも、シスタは懸命に言葉を続ける。両手を身体の後ろに回し、オドオドと弱々しく───しかし、しっかりと。


「え、えとえと、そのっ……もし良かったら、ソフィ様が一緒にお食事でもどうかって。もちろん、いればお連れ様も一緒に、って」


 ◆飛行船ルフトヴァール:Aフロア レストラン◆


 ───なんだか思いもよらぬ展開になってきたな。

 両手にナイフとフォークを握りしめ、俺はそんなことをふと思っていた。


 ここはルフトヴァールのかなり前方……Aフロアの奥に位置する料理店だ。さっき俺たちが船内を探検しに歩き回っていた時も、店の入り口を遠目で眺めはしていたが、わずかその数時間後にこうして入れるとは夢にも思えなかった。


「どうぞ、皆さん召し上がってくださいな」


「い、いいんですか……!? これっ、どう見ても……副団長が見たら倒れちゃいますよ!?」


「……」


 机の上の光景を見たエルシェが若干後退りしながら驚き、隣のレイナが無言で見つめる。


 先程よりもさらに大きい大理石の長机の上に整然と並んでいるのは、俺がスフィリアで目覚めて見たこともないような華々しい料理の数々だ。具体的な名前までは知らないが、肉に魚に、色鮮やかな果物までが一通り揃っている。まさにご馳走だった。


「いいのか、ソフィア? こんなのご馳走になって」


「ええ。慣れてはいますが、いつも私とシスタの二人きりの夕食では味気ないですから。たまにはシスタも、他の方々……それも、同年代の方々とお食事する機会があったほうが楽しいでしょう」


「し、知らない人とご飯を食べるのはき、きき、緊張する……けど、み、皆で食べたほうが美味しい、から、頑張る……!」


「その意気ですわ、シスタ」


 ぎゅっと両手の拳を握りしめ、凛々しい表情で頷くシスタにそれを見て唇を綻ばせるソフィア。こうしてシスタとソフィア、エルシェにレイナ───それから俺を加えた夕食会が幕を開けたのだった。


「ああ、一つ言い忘れていましたわ、シスタ。好き嫌いせずなんでも食べなくてはいけませんわよ? 例えばチキンもきっちんと……そう、チキンだけに……ぷ、ふふ……っ」


「……」


「……」


「……」


「……ソフィ様、それするのは、シスタと二人きりの時にして」


 シスタもこんな表情するのか。そう驚愕するほどには、ソフィアに向けられた彼女の眼差しは冷たかった。


 ★


「そ、そうなんだ、エルシェ様は騎士なんだね……っ! すごいね、かっこいいねっ……!」


「ありがとうございます、シスタ。私はたくさん頑張って今よりもさらに立派な騎士になって団長を見つけます。シスタには、将来の夢とかやりたいこととかありますか?」


「シ、シスタのこと……!? で、でもシスタのことなんか、これ以上聞いてもつまんない……よ? あんまりお話できるものもないし……それでも、いいの?」


「はい。もっと教えてください! 私、シスタのこと知りたいです!」


「え、えええっ……!?」


 顔を真っ赤にして困惑する様子のシスタにぐいぐいと迫るエルシェ。


 どうやら、性格の相性は結構良さそうだ。こうして二人が隣同士の席になったのは幸運だったなと思いつつ、俺の方はソフィアとレイナの三人でシスタとエルシェを見守っていた。


「あの二人はすぐに打ち解けたな」


「ええ、あの子に積極的に話しかけてくださる方は珍しいですからあの子も喜んでいるようですわ。私からも、エルシェ様には感謝を」


 そう微笑みながら優雅にスープを口へと運ぶソフィア。やっぱり所作が綺麗だ。どことなく、レイナと似ている気が……と、レイナを見る。彼女は一人黙々と、しかし洗練された動作でナイフとフォークを巧みに動かしていた。


「先程から気になっていたのですが、そちらの……レイナ様とおっしゃいましたわね。レイナ様の所作ですが、非常に美しく洗練されていらっしゃいますわ。失礼かもしれませんが……そのような教育を?」


「ありがとうございます。ええ……過去に、少しだけですが」


 レイナは相変わらずの無愛想のまま、手元だけを動かしている。

 さすがに屋外で着用しているフードは外しているが、その表情はいつも通りまるで仮面を付けているかのように変わらなかった。しかしそのような対応をされても当のソフィアは全く気にしていない様子で両手を合わせると、


「そうでしたか。レイナ様には何か親近感を感じますわね」


 と、にっこりと笑ってみせる。

 親近感、か。レイナの過去については全く知らないが、おそらくスフィリアの中でも高度な教育を一定期間受けていたであろうことはこれまでのことからもおおよそ察しがつく。


「そういえばずっと聞き忘れてたけど、ソフィアって何者なんだ? このご馳走に、今も扉の近くに並んでる護衛の人たちに……あれ、これって聞いていいことなのか?」


「私の素性について、ですか。おそらくレイナ様は既にお分かりのことかと思いますが……そうですわね、ここはどこかの商人の娘、ということにしておきましょう。今はただ皆様に楽しんでいただければ、それで構いませんから」


 ちらりとレイナに目線をやるが、レイナは我関せずと言わんばかりの態度で皿に盛り付けられたサラダを口に運んでいる。


「……わかった。あんまりこういうのは聞かないほうがいいって場合もあるしな」


 俺の答えを聞いたソフィアは何も言わず、微笑を浮かべたまま再びシスタとエルシェの方に顔を向ける。


「……はぁ」


 その時誰ともなくレイナがついたため息の意味を、俺が知ることはなかった。

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