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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第34話 『とあるお嬢様とその従者とのお茶会』

 ◆飛行船ルフトヴァール:Aフロア VIPエリア◆


「どうぞお飲みになってくださいませ。紅茶の本場、セルビオーテの王室から認定を受けた本格的な一杯ですわ」


 眼前の少女から促され、俺はそれをおそるおそる手に取る。白く洒落たテーブルの上に置かれているのは茶菓子にポット、それからティーカップが三つ───それは言うまでもなく、俺と赤髪の少女、そしてドレスのような高貴な装いをした金髪の少女のものである。


 少女はカップを手に取ると、目を閉じて静かに口を付ける。一連の動作は優雅で洗練されており、どことなく俺にレイナの姿を想起させた。


「ソ、ソフィ様ソフィ様……この人、困ってる……よ?」


 そんな彼女の隣、俺を見てあたふたと慌てているのは赤髪の少女───たしかシスタと、そう呼ばれていたはずだ。一方ソフィと呼ばれた少女はシスタの言葉に俺を見ると、ふっと微笑んでみせる。


「あら、遠慮なさらないでください。此度は私の従者がご迷惑をおかけしてしまったようで……せめてもの気持ちとして、あなた様をここに招待させていただいた次第ですから」


「は、ハハハ……」


 俺は張り付いたような笑みを浮かべ、なんとか失礼にならないよう少女の動作を真似て出された紅茶を含む。だが、困ったことに味がまるでしない。おそらくその原因は俺の舌が鈍いからでも、あるいはこの紅茶の味が薄いわけでもないだろう。

 原因は金髪の少女、否、彼女らを文字通り取り囲む背景にある。


 対面にいる少女の背後───両脇に、同じ姿をした屈強な男たちが並び立っている。


 それぞれ俺の背丈ほどはあるような大きさの槍を構え、微動だにもせず帽子で隠れた顔を向けて俺たちを見ていた。さらに周囲を見渡せば、同じ服装の男たちが何人もいる。彼らは皆一様に直立不動の態勢を取り並んでいた。


 なんだ、この状況は。一体何がどうしてこうなった。


 ルフトヴァールのAフロア、それもその最奥であるVIPエリア。


 壁には何やら高級そうな絵画や壺などの芸術品が飾られ、部屋の中央には真っ白なグロスの敷かれた長机が置かれている。床は大理石のような素材で作られており、壁や天井も同じく白い石造りだ。窓の外に見える景色は闇に包まれているが、この部屋には煌々とシャンデリアが灯されている。


 俺は金髪の少女によってここに招かれ、そして屈強な男たちに睨まれていた。


「そういえば、私としたことが自己紹介が遅れましたわ。私はソフィアと申します。こちらはシスタ、私の従者なのですが……ご覧の通り、大変な人見知りでして。シスタ、ご挨拶を」


 少女───ソフィアにいきなり話を向けられ肩にぽんと手を置かれたシスタは「ひゃ!?」と肩を震わせ、そして目線をあっちこっちに反らしながら上目遣いで自己紹介する。


「あ、あのあの、シスタ……です。えと、さっきは逃げちゃってごめんなさい……ディアスシタ……」


「ディアスシタ……?」


「ああ、それは『許してくれ』という意味ですわ。彼女、引っ込み思案なものですから……たまにこうした言葉を使うのです」


 目の前のシスタは、相変わらずあわあわと落ち着かない様子で目線を右往左往させており、なんだか相対するこっちが申し訳なくなってくる。


「少し落ち着きなさいな、シスタ。こちらのお客様が困ってますわよ」


「そ、それはシスタのせいじゃなくて、えと、ソフィ様が原因……だと思う」


「あら? 私でしょうか」


「た、たぶん、護衛の人たちの……普通の人はびっくりするし、怖がる……」


「ああ、成る程。そういうことでしたのね。しかし立場上こればかりはどうにも。申し訳ありません。ですがそう怖がらずとも、彼らは何もしませんわ。ご心配なさらず」


 そうは言われても、この状況で怖がるなという方が無理がある気がする。


 おまけにこの部屋はどこを見ても高級と一目でわかってしまうような格調高い空間だ。どれだけ緊張しないよう意識しようとしても、つい無意識に身体が強張ってしまう。


「ちょっとした護衛の者達です。このフロアに虫一匹でも怪しい者は入ってこれないように……虫も無視することがないように、ここに立っているのですわ。そう、『むし』だけに……ぷっ……ふふふっ……」


 ……えっ?


「……ソフィ様、またお客様困らせてる。ごめんなさい、お客様。ソフィ様、お笑いのセンス、壊滅的によくない」


 何やら向こう側を向き、一人笑いを堪えるソフィア。そんな彼女をジト目で見つめ、シスタは申し訳なさそうに呟いた。


「ふ……ふふっ……ごほん、失礼致しました。よろしければあなた様のお名前を伺っても?」


「あ、ああ、俺はアオイだ。よろしく……ソフィア、シスタ」


 いきなり笑い出したソフィアに気を取られ。いつの間にか俺までシスタのような喋り方になっていた。ソフィアは「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、アオイ様」と俺の手を取り、微笑む。彼女の着用している黒い手袋のなめらかな感覚が肌に伝わり、変な汗が出ていないか心配になった。


 シスタは「シ、シスタもよろしく……!」と俺の目を見て(彼女なりにかなり頑張ってくれたらしく、口をきっぱりと結んだ表情になっていた)頷いた。


「ここで私たちがお会いしたのも何かのご縁ですわ。さぁどうぞアオイ様、お飲みになってくださいまし。お代わりも沢山ございますから」


 とソフィアにテーブルの上勧められ、もう一口紅茶を飲んでみる。すると、先程の一杯よりも少し味がした。この紅茶の持つ作用なのだろうか、どうやら徐々にではあるが落ち着いてきているようだ。


 ふと、俺はあることに気づく。ソフィアの衣装、その右胸の辺りに付けられているのは獅子のようなデザインをあしらった小さな記章だ。

 金色のそれは、天井に設置されたシャンデリアの灯りを返してキラキラと輝いていた。見れば隣のシスタにも同じものが付いている。


「ソフィア達のそれは……《記章(クレスト)》か?」


「これでしょうか? ええ。我が国、セルビオーテ連合王国の誇り高き《記章(クレスト)》ですわ。私の出身、というよりも国はセルビオーテですので」


 我が国、というソフィアの言い回しにはどこか名状しがたい違和感を感じたが、そこに突っ込む気にはならなかった。


「連合王国、か」


 そういえば、セルビオーテはそう呼ばれてもいたっけか。


「アオイ様は以前に王国を訪れたことが?」


「いや、ないな。今回が初めて」


「まぁ、では到着後にはぜひセルビオーテの各地を巡ってみてくださいまし! きっと素晴らしい思い出になりますわ。旅の目的は観光でして? もしそうであれば、いくつかおすすめの観光名所を紹介させていただきますわ」


「うーん、まぁ、観光ではないだろうけど……あっちで何をやるかはまだ決まってないんだ。俺は記憶喪失でさ。スフィリアについても知識がまるでないから、こうして色々な場所を回ってみることでなにか思い出すものがあるんじゃないかって思ってるんだ」


 さすがに自分が《神》なのか人間なのか曖昧で不明瞭な半神とかいう存在で、さらに3年というタイムリミットの中、この世界のどこかにいるらしき《神》を探しているとは暴露できない。ただ、記憶喪失であることくらいなら言ってもいいだろう。なにか有益な情報をくれるかもしれない。


「記憶喪失、ですか」


 ソフィアは神妙な面持ちで顎に手をやる。そして、ちらりとシスタに目線を送った。

 シスタは戸惑ったような様子で、一言一言絞り出すようにして声を出す。


「い、今の話、本当……? えとえと、シスタも……同じ、だよ」


「君も?」


「う、うん。シスタ、自分が誰なのかずっとわかんなくて……暗いとこに一人でいたところを、ソフィ様に助けてもらったの。それからソフィ様の従者になって、いっぱい頑張ってセルビオーテの《記章(クレスト)》も取得して……今、すごくすごく幸せ。シスタはシスタでいいんだって、ソフィ様に言ってもらえたから」


 そうシスタは右目部分の眼帯にそっと触れた。まるで大切な思い出が壊れないよう、大事に大事に触れるかのように。きっと、この二人の間には俺の預かり知らない幾重もの物語があるのだろう。


「だからね、だからねアオイ様。アオイ様も、頑張ってね」


 そしてシスタは、俺にはじめて温かい笑顔を見せる。


「シスタ、応援する。アオイ様の記憶、いつか戻るように」


「ああ……ありがとう、シスタ」


 込み上げて来そうになる熱いモノを、上を向くことで強引に堪える。

 まさかこんな場所で勇気づけられるとは思ってもいなかった。まさかこんな場所に、同じ記憶喪失の人間がいるなんて思ってもいなかった。


 ユーリエン・ユヴァーレンにソフィアとシスタ。今日一日で随分と知り合いが増えたものだ。

 彼らの名を忘れないようにどこかに書き記しておこうか。


 ああ───この飛行船、ルフトヴァールに乗って良かったな。


 お茶会が終わった後、俺はそう心の底から思いながら席に戻っていった。

 だが、俺はこの後知ることになる。ルフトヴァールに乗ったこと───否、乗ってしまったことが、今後の自分の運命を変えることになる、と。

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