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アスターテール~今日から半分、神になったらしいですが~  作者: 小鳥遊一
第二章前編 《飛行船》ルフトヴァール編
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第33話 『襲来!謎のお兄さん』

 ───流れる夜風が頬を撫で、ふわりと浮く前髪を手で押さえる。


 飛行船ルフトヴァールの最後方でもあり、同時に乗降口以外で外に出られる唯一の場所でもあるデッキ。貸し切り状態のこの場所で、俺は柵にもたれかかりうっすらと下に見える地上の景色を眺めていた。


 この飛行船という乗り物は列車などと比べ体感的にはゆっくりとした速度で進んでいるためか、思ったよりもずっとデッキの風当たりは強くない。


 むしろ涼しいそよ風は心地よく、このままずっとここに留まっていたくなるような気持ちにさせられる。その時、


「───今夜はいい夜だよな、兄ちゃん」


 ふと背後から声をかけられる。振り返って見てみると、そこにいたのは金髪の青年だった。


 少しくすんだ金色の髪に、翡翠色の瞳。身長はすらりと高く、身にまとっている服はあちこちがツギハギになっている。

 目鼻立ちの整った顔立ちに浮かべた微笑は柔らかく、人好きのしそうな───しかし、どこか胡散臭いような印象を受けた。


「ええと、あなたは……?」


「おっとっと、悪い悪い。いきなり話しかけたらそりゃ驚くよな。ま、怪しいもんじゃねぇからそんな顔すんなって」


 肩をすくめ、首を横にゆるゆると振る青年。やがて彼はゆっくりと近づいてくると、俺の隣で柵によりかかってこちらを見た。


 こうして近くで見ると、よりその顔が端正であることがわかる。月明かりに照らされる横顔には男の俺ですら、一瞬ドキッとしてしまいそうになるものがあった。そんな事を思っていると、


「お前さん、飛行船に乗るのはこれが初めてだろ?」


「っ!?」


 唐突に発せられた青年の言葉に衝撃を受ける。な、なぜバレたんだ? 別に俺はさっきまでずっと、夜風に当たりながら下の景色を眺めていただけだったのだが。まさかこの男は、人の心かなにかが読めるのか……!? 俺が咄嗟に仰け反ると、青年はこちらの思惑を見透かしたようにふっと息を漏らした。


「いや何、大したことじゃない。見たとこさっきからずっと身を乗り出してまで興味津々で下を見てたからな。地上の景色に思い入れがあるのかとも思ったが……今この飛行船が飛んでるのは街も何もないラヴァケルクのだだっ広い砂漠だ。思い出もクソも草木も生えない不毛な土地だし、何より兄ちゃんの服装やら髪色やらはラヴァケルク出身には見えねぇ。もっと北の辺りだろ、ん? 違うか?」


 柵に体重を預けつつ、ベラベラと推測を述べる青年。その洞察力には目を見張るものがあるが、悲しきかな最後に関しては答え合わせができない。


「そう、ですけど……」


「だろ? はは、そんな気がしたよ。ちなみに出身は何区なんだ? この船に乗ってるんだし連合王国、セルビオーテなんかか?」


「いや……セルビオーテではないです、多分」


「多分たぁこれまた曖昧な言い方だな、兄ちゃん。ま、言いたくなけりゃ言わんでいいさ」


 薄ら笑みを常に浮かべている男は、こちらから外した目線をそのまま空にやる。


「寒すぎず暑すぎず、いい夜だ。俺の故郷はどっちも極端なとこでな。夏は地獄、冬も地獄ってな感じだった。今思えば暖炉も毛布もない環境で、よくあんなとこで生きてこられたもんだよな」


 くつくつと笑い、口角をさらに釣り上げる青年。彼の着ている服にも、そのような過去が関係しているのだろうか。


「そういや兄ちゃんはセルビオーテに何しに行くんだ? 飛行船も乗るのが初めてってこたぁ、観光にでも行くのか?」


 不意にそう聞かれて俺は答えようとするも、なかなか適切な答えが思い浮かばない。観光? 仕事? いや、どれも違う気がする。


「えーと、付き……添い……?」


「付き添い? ふっ……ははははは!!」


 俺の答えを聞いた彼は意外そうな顔をしたあと、空に向かって呵々大笑する。どうやら俺の言ったことが面白かったらしい。

 そして心底ひとしきり笑ったあと、にやつきながら俺の肩に手を置く。


「そうか、なるほどな。兄ちゃん面白いじゃねぇか。こりゃ話しかけて正解だったぜ」


 何が面白いのか俺にはわからないが、ともかく彼には受けたようだ。


「そういうあなたは、なぜセルビオーテへ?」


 俺はふと気になったことを率直に聞いてみる。その服装や人柄からは彼の職業は想像できず(これは単純に俺のスフィリアに対する知識が乏しいせいでもあるのだが)、彼がなんのためにセルビオーテへと向かうのか全く推測することができなかった。


「ん? あー、俺か。俺は……そうだな。セルビオーテにってよりか、この船にちっとばかし用があってな」


「用?」


「ああ。ま、仕事ってこった。俺は金さえもらりゃなんでもやる主義なんだよ。基本的にはな」


 彼は肩をすくめると「そうだ、それから」と思い出したように付け加え、


「俺相手にはタメ語でいい。流石に同年代とはいかねぇだろうが、それほど歳が離れてるわけでもないだろうしな。兄ちゃん、名前はなんて言うんだ?」


「わ、わかった……俺は、アオイだ」


 青年は頷き、微笑を崩さないままくるりと踵を返すとデッキの出口の扉へと戻っていく。そして、振り向きざまに片手を挙げて名乗った。


「ユーリエン。ユーリエン・ユヴァーレンだ。いきなり話しかけて悪かった。お前さんにはなんつーか、なぜか通じるものを感じてな。それじゃ、また会おうぜ。アオイ」


 こうして金色の青年───もとい、ユーリエンは去っていった。

 俺はその後、しばらく一人で下を眺めたり空を見上げたりしていたが次第に満足してくる。


「……そろそろ戻るか」


 一人になったし、もう夜風にも十分当たった。

 席に戻って瞼を閉じれば眠気もぼちぼち出てくるはずだ。そう考え、扉を開けた途端───。


「ひゃあっ!?」


 入れ違いにして入ってきた少女とぶつかってしまった。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」


「うぅ……だ、大丈夫、です。前を見てなかった、シスタが悪い……だから、ディアスシタ……」


 頭をさすりながらゆっくりと顔を上げた少女と目が合ったその時、俺たちは同時に声を発した。


「えっ……?」


「あっ」


 なぜなら───俺たちは互いに、面識があったからだ。もっとも、それは一分にも満たないような短い時間ではあったが。


「君は……」


 右側が特に伸び、顔の半分を覆い隠すような形になっている毛量多めの赤い髪に今にも泣き出しそうな琥珀色の瞳。

 なにより右目の部分にかかっている、その黒い眼帯は───ほんの数時間前に喫茶店の前でぶつかった、あの子だった。


「えっ、あ、わ、わ……っ!!」


 向こうもどうやら俺に気づいたようで、酷く慌てた様子で周囲をキョロキョロ見回す。なんだ、退路でも探しているのだろうか? しかしここはBフロアとデッキを繋ぐ扉の前だ。扉は人一人が通れるくらいの大きさしかなく、おまけに俺が塞いでしまっている。となれば必然、彼女の逃げ道は後ろにしかないわけで───。


「ご、ごご、ごめんなさいっ!!」


 顔を背けるや否や、物凄い勢いでぴゅーん、と後ろに走り去っていく少女。しかし───。


「シスタ? どうかしましたの?」


「……!!」


 その瞬間、俺に背を向けていた少女の動きがピタリと止まった。

 見れば、彼女の向こう側になにやら人影が見える。


「ソ、ソフィ様!」


「いきなり来た道を戻ってくるだなんて……ああ、あちらに知らない方でもいらっしゃって? 全く、あなたの人見知りも困ったものですわね……」


 人影は身体を横に倒し、シスタと呼ばれた赤髪の少女を飛び越えてこちらを見る。

 そこで明るみになったのは、


「あら? 貴方は一体……シスタの知り合いでして?」


 美しい金髪をロングヘアに伸ばした、高貴な装いの少女だった。

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