33.お姫様は王子様と幸せになりました
「緊張する……とっても緊張する……どうしよう……」
私は王宮の一室で、椅子に座ったままそわそわしていた。いつもよりずっと豪華なドレスをまとって、髪も華やかに結い上げて。おしろいを塗って、紅をさして。
「大丈夫です、とってもきれいです!」
「みんな、ヴィオレッタ様を一目見たくてわくわくしているんですよ!」
そんな私の前で、二人の少女がそんなことを言いながら晴れやかに笑っている。小柄な体に合わせた特注のメイド服がよく似合っていた。
この二人は、私が最初にさらわれ村に行った時に出会った姉妹だ。せいぜい十歳くらいかなと思っていたのだけれど、実は十三歳と十二歳だった。
見た目も頭の回転もいいので、きちんとしたところで働かせてやりたいと、村のみんなはそう考えたらしい。ということで、二人は私の下でメイド見習いをやることになったのだ。
前に私についていてくれたメイドは、もういない。あの日、玉座の間で、彼女は私を刺したのだと、そう聞かされた。ツェツィーリエ様の、敵討ちだったのだそうだ。
今、あのメイドは遠くにいる。エーリヒ様も。二人とも、どこか遠くの牢獄に入れられたらしい。どこにいるのか知っているのは、フェリクス様と陛下の二人だけなのだそうだ。
私が必死にみんなを癒し続けていたため、あの反乱で死者は出なかった。重傷者はたくさんいたらしいけれど、そちらについても目覚めた後、一人ずつ順に治して回った。
そうして、一生懸命に訴えた。死刑だけは嫌です、と。反乱を起こし陛下に剣を向けたエーリヒ様は、本来であれば死刑なのだ。
でも、私は嫌だった。あの日、玉座の間で、エーリヒ様の言葉をたくさん聞いた。冷たく恐ろしい、でも本音がこもっていた言葉と、そしてあまりにも悲しい言葉を。
あの言葉を聞いた時、思った。エーリヒ様も、私と同じだったのかもしれないと。自分だけ何も持っていなくて、自分だけ辛い思いをして。苦しみをずっと胸の奥に押し込めて、何事もなかったふりをして。
私には何の力もなかった。両親やカテリーナに何かを訴えることも、一矢報いることもできずにいた。だからフェリクス様にさらわれるまで、私はただはずれの子として生きていた。
でもエーリヒ様は違った。彼は王太子でこそなかったけれど、王子として兵士を動かすことができた。だからああして、あんな暴挙に出てしまった。
だから、エーリヒ様には生きてほしかった。私がこうして思いもかけない幸せをつかめたように、いつか何か、いいことがあるかもしれないのだから。そう、生きてさえいれば。
これが、綺麗事だというのは分かっている。私は世の中をろくに知らない、だからこそこんな甘ったれたことが言えるのだと、そうも思う。
それでも、信じたかった。私がずっと憧れていた、夢に見ていた外の世界。そこは素敵な、きらきらした場所なのだと。本当は違うと分かっているけれど、それでも。
「……ヴィオレッタ様?」
そんなことを思い出してしまって考え込んだ私の顔を、見習い姉妹は心配そうにのぞき込んでくる。
「あっ、大丈夫よ。ちょっと考え事をしていただけだから」
今日は特別な日だ。私が初めて、民の前に顔を出す日。私がフェリクス様の婚約者であり、いずれ正妃になる者だということを、国中に知らせる日。
だから私はきちんと着飾って、こうしてその時を待っているのだ。
「……でもやっぱり、緊張する……私、大勢の人の前に出たことないから、びっくりして気絶とかしちゃったらどうしよう……」
ついそんな本音をもらしてしまうと、姉妹はきょとんと顔を見合わせた。それからにっこりと笑って、口を開く。
「そうなったら、フェリクス様にもたれかかればいいと思います!」
「みんなの前で仲良しのところを見せたら、きっとみんな喜びますよ!」
なんだか、すごいことを言っている。それはそうなのかもしれないけれど、さすがにかなり恥ずかしい。でも、フェリクス様に抱きしめられてしまえば周囲の騒音も人目も分からなくなるし……。
ちょっと心が揺らぎかけたその時を狙っていたかのように、入り口の扉が叩かれる。
「ひゃ、はい! どうぞ!」
大いに動揺しつつもそう答えると、扉が開いて苦笑を浮かべたフェリクス様が入ってきた。
「相当緊張しているようだな。さすがにこれには、慣れてもらうほかない。俺の正妃となれば、正式な式典に出ることも多くなるから」
そう言って肩をすくめていたフェリクス様が、私の顔をじっと見て固まる。
「あの……どこか、おかしいですか?」
「いや、その逆だ。初めて会ったその日、君はきちんと着飾ればかなりの美姫になるのだろうなと思ったが……予想以上だ」
うっとりとした目で見つめられ続けると、照れてしまう。頬を押さえて顔を背けたいところだけど、それをすると化粧が崩れてしまう。
仕方なく両手をもじもじと握り合わせていたら、フェリクス様がすっと手を差し伸べてきた。
「さあ行こう、ヴィオレッタ。そろそろ時間だ。君は何も話さなくていいから、気楽にしていてくれ」
「いってらっしゃいませー!」
元気な姉妹の声に見送られ、私はフェリクス様と共に部屋を出た。とても、ぎくしゃくした足取りで。
しばらく進んだところに、外のテラスに通じる扉があった。その外からは、ざわざわという声がたくさん聞こえている。
この二階のテラスは、王族などが民の前に姿を現す時によく使われる。広く見晴らしがよく、それでいてすぐ下に警備の兵を置きやすい構造になっているのだとか。
と、どこからか高らかなラッパの音が聞こえてきた。外のざわざわが、ぴたりと止む。
「俺たちの出番だ。……ヴィオレッタ、君は一人じゃない。だから、大丈夫だ」
そんな言葉を投げかけて、フェリクス様が扉のほうに向かっていく。震える足を懸命に動かして、可能な限り優雅に歩き出した。
この動きは、ザンドラ様に習ったものだ。そう思い出した時、胸がちくりと痛んだ。
あの人と私の未来は、たぶんもう交わることはない。それでも、彼女が少しでも心穏やかに過ごせますようにと、そう祈らずにはいられなかった。
「先だっての騒動では、みなに心配をかけた! だが俺は、こうしてここにいる!」
フェリクス様が私を連れてテラスの端に立ち、下にいる民たちに呼びかける。すぐに、熱狂の叫び声が返ってきた。
うわあ、何人くらい集まってるんだろう。千人? もっとかも。
「そうして俺は、このヴィオレッタと改めて婚約することになった。いずれ彼女は、俺の正妃になる! 俺は側室を持つつもりはないから、たった一人の妻だな!」
彼が話を進めるにつれ、さらに民は熱狂していく。大丈夫なのかな、これ。
首をかしげていると、どうやら話し終えたらしいフェリクス様が笑顔でこちらをちらりと見た。
できれば何か一言、みんなに声をかけてほしいと言われていたのを思い出す。恥ずかしいなら、手を振るだけでも喜ばれるぞと、フェリクス様はそうも言っていた。
どうしよう。恥ずかしいのは恥ずかしいんだけど。少しだけ考えて、身を乗り出す。大きく息を吸って、声を張り上げた。
「わ、私は、ヴィオレッタです!!」
大きな声を出さないとみんなに届かないだろう。そう判断して頑張っては見たものの、そもそも大声を出したことなんて、今までなかったような気がする。
そんなこんなで、私の声はすっかり裏返っていた。それでもみんなはぴたりと口を閉ざし、こちらを見ている。とってもきらきらした目で。
自分に向けられたたくさんの視線にしり込みしそうになった時、フェリクス様がこちらを見ているのに気がついた。視線が合うと、彼は青い目を細めてこっそりと笑ってみせる。
いざとなったら俺が何とかする、好きなようにふるまうといい。その目は、そんなことを言っているように思えた。その青に支えられるようにして、勇気を奮い立たせた。
もう一度みんなのほうに向き直って、今度はちゃんとした声で話し出す。
「……私は良い家の出ではないし、とりたてて優れた能力があるわけでもありません。でも私は、フェリクス様のことを全身全霊をもってお支えしていきたいと思っています。ですから……ええと……どうぞ、よろしくお願いします」
私が聖女なのは、結局伏せたままにしておくことになった。聖女を守る法は無事に定められたけれど、それでも多くの人々にとっては、聖女とは戦に出るもの、勝利を連れてくる存在なのだ。
だからゆっくり、人々の意識が変わるのを待とうということになったのだ。
何十年、もしかしたら百年以上かかるかもしれないけれど、その間ヒンメルの王家は聖女を保護し、隠し続ける。
そうしてひたすらに戦を起こさずにいれば、きっと人々の中で聖女という存在の記憶は薄れていくだろう。私たちは、それを気長に待つのだ。
そんなあれこれの思いを込めた、とっても短い演説。ちょっとうまくまとまらなかったかもしれない。みんなは目を見開いて、私にじっと注目したままだし。もしかして、失敗だったかな。
けれどフェリクス様はとっても嬉しそうに笑って、なんと私をいきなり抱き寄せた。とたん、また歓声がわき起こる。
「聞こえるか、俺と君を祝福する声だ」
フェリクス様が耳元でささやく。人々の叫びに耳を澄ませると、確かにフェリクス様と、私の名前が聞こえてきた。みんな笑顔で、私たちの名前を呼んでいる。
こんな風にたくさんの人たちに祝福されるなんて、思いもしなかった。嬉しいな、と思った拍子に、涙がにじんでくる。
「俺の妻は、泣き虫だな。ほら、化粧が落ちてしまうぞ」
そう言って、彼はそっと指で私の涙を拭う。
「……こうして、君の晴れ姿を見ることができて嬉しい」
彼の手をそっと握って、笑顔で答える。
「ぜんぶ、あなたのおかげです」
「そんなことはない。君が頑張ってくれなければ、この今という時間はあり得なかった」
手を取り合って、見つめ合う。自然と二人の間の距離が近づいてきて、フェリクス様の顔がそばに迫る。
と、ひときわ大きな歓声がわき起こった。その声に、現実に引き戻される。そうだ、ここは王宮のテラスで、私たちは民にあいさつするためにここに出てきたのであって。
恥ずかしさに、頬に血が上る。けれどフェリクス様はまったく気にしていないようで、私の腰を抱いたまま、みんなの歓声に応えていた。
そうやってみんなに手を振るフェリクス様の顔には、とても穏やかでくつろいだ笑みが浮かんでいた。あのさらわれ村で見せていたような、そんな笑顔だ。
頑張ろう。これからも、フェリクス様があんな風に笑っていられるように。はずれの子だった私に幸せをくれた愛しい人を、今度は私が幸せにするんだ。
そんな決意も新たに、フェリクス様に寄り添いながらみんなに手を振る。どこもかしこも、とっても温かい笑顔であふれていた。
お姫様は王子様と結ばれて、末永く幸せに暮らしました。絵本の最後の一文が、聞こえてきたような気がした。
ここで完結です。
読んでいただいて、ありがとうございました。
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