30.小さくとも、これも戦場
玉座の間の真ん中辺りにいた私たちは、周囲からわいてきた兵士たちに囲まれてしまった。それも、あっという間に。
「予想通りだな。みな、ヴィオレッタとメイドを守れ!」
この事態を想定していたらしいフェリクス様が叫ぶと同時に、村人のみんなが私とメイドを取り囲むように動いた。みんな、手に手に武器を構えて。
金属がぶつかり合う音が、周囲から聞こえてくる。きっと、戦いがまた始まってしまったのだろう。
けれど私には、村のみんなの背中と、あと震えながら私にすがりついているメイドしか見えなかった。
みんなはきっちりと円陣を組んで、その中に私とメイドを閉じ込めてしまったのだ。
人垣の外側がどうなっているのか、フェリクス様はどうしているのか気になったけれど、私がうかつに動いたらみんなの邪魔をしてしまう。
だからじっと耐えて、耳を澄ませた。メイドを抱きとめたまま。
「王太子の座を今すぐ譲るのであれば、兵を引かせますよ?」
人垣の向こうから、エーリヒ様の声がする。自分の勝利を疑っていない、そんな声だ。
「断る。今譲ったら、ヴィオレッタの身の安全が確保できない」
「まあ、そうですね。彼女が聖女の卵だと気づけていたら、それこそ力ずくでも私の陣営に引き込んでおいたのに。しくじりました」
フェリクス様は戦いながら話しているのか、言葉がとぎれとぎれだ。
一方のエーリヒ様は、相変わらず優雅なままだった。話している内容は、寒気がするようなものだったけれど。
それきり、お喋りは途絶える。聞こえてくるのは武器をふるう掛け声や、怪我をした者たちのうめき声ばかり。
「……聖女さん、慈悲深い聖女さん。ここにたくさんの怪我人がいますよ。あなたの仲間も怪我をしていますよ。あなたの力で癒してあげてはどうですか?」
エーリヒ様のからかうような声がする。怪我人がいるなら治してあげたいけれど、こうやってみんなに守られたままでは不可能だ。
「私……離れたところにいる人は、癒せないんです。直接触れて、一人ずつしか……」
声を張り上げて、そう答える。戦いの向こう側にいるエーリヒ様に届くように。
「おや、聖女は聖女でも、はずれなんですね。力の弱い聖女……どのみち戦には、使えませんか」
エーリヒ様がそう吐き捨てた次の瞬間、玉座の間をとどろかすような叫び声が上がった。
「彼女をはずれと呼ぶなっ!!」
それはフェリクス様の声だった。エーリヒ様の声がするほうに、まっすぐに向かっている。
「おおっと、そういきりたたないでください。お相手しますから」
どうやらエーリヒ様も剣を抜いたらしい。彼がいる辺りで、やけに激しい金属の音がする。とぎれとぎれに聞こえてくる声からすると、そこではフェリクス様とエーリヒ様が一騎打ちをしているようだった。
「ヴィオレッタ様、ちょっと頼む!」
と、その時そんな言葉と共に、人垣から誰かが押し出されるようにして私のそばに転がり込んできた。
腕を派手に斬られていて、流れ出た血が服を真っ赤に染めている。メイドがひっ、と声を上げて気を失った。
でも私は、気絶している訳にはいかない。私が無理についてきたのは、こんな時のためなのだから。今こそ、私の力をみんなの役に立てるんだ。
「ええ、任せて!」
血の臭い、金属のぶつかり合う音、辺り中に満ちた殺気。きっと戦場は、こんな感じなのだろう。
かつて歴代の聖女たちはこんな場所に駆り出され、一人でも多くの人を救いたいと、持てる限りの力を使ったのだろう。
過去の聖女のみなさま、どうか見ていてください。私も、精いっぱい頑張ります。
胸の中でそんな言葉をつぶやいて、こちら側に押し出されてくる味方を次々と治していった。
どれくらい、そうやってみんなを癒し続けていたのだろう。気づくと私の服は、べったりと血で染まってしまっていた。でも血の臭いを気にする余裕すらなかった。
体が重い。きっと、力の使い過ぎだ。気を抜くと倒れてしまいそうだ。でも必死にこらえて、次から次へと怪我人を治していく。
フェリクス様、大丈夫かな。戦いがさらに激しくなっているせいで、今フェリクス様とエーリヒ様がどの辺りで戦ってるのか分からなくなってしまった。
もしフェリクス様が大きな怪我をするようなことがあればここに運び込まれるだろうし、今のところはまだ大丈夫なんだと思う。そう思いたい。
けれどいい加減、頭がぼんやりとしてきた。めまいを覚えて額を押さえたその時、戦いの音がぴたりと止んだ。どうしたのだろう。
よろよろと立ち上がり、背伸びしながら様子をうかがう。みんな、玉座の間の入り口のほうを見ているようだった。
「陛下のおなりである! みな、控えよ!」
朗々たる声が、そんなことを言っている。それに続いて、兵士たちが動くような音がした。どうも、彼らは一斉にひざまずいたらしい。
「……ぎりぎり、間に合ったか」
フェリクス様が小声でつぶやくのも聞こえた。そろそろと人垣をかき分けるようにして、入り口のほうを見てみる。
そこには、騎士たちに守られた陛下の姿があった。隣には、悠然とたたずむナディア様。お二人は確か、王宮のどこかに幽閉されていたのではなかったか。
と、騎士たちの後ろに見覚えのある顔があった。隠し通路を通って王宮に入った直後、私たちよりも先に王宮の奥へと進んだ村人たちだ。
「あの時オレたちが二手に分かれたのは、エーリヒ様の説得と陛下の解放を同時に行うためだったんすよ」
いつの間にか私のそばに来ていたロルフが、そっと耳打ちしてくる。
「……あの反逆者を、捕らえよ」
陛下が静かに命じ、騎士たちが速やかに動く。あっという間にエーリヒ様は捕らえられた。
向こうのほうに、フェリクス様の姿も見えた。多少怪我をしてはいるようだけど、元気そうだ。よかった。
玉座の間は、すっかり血に染まってしまっている。それを見て、陛下は深々とため息をついた。
「エーリヒよ、お前がかねてより自分の立場に不満を持っていることは知っておった。だが、どうしてここまで大それた真似をしたのだ」
両腕を騎士にしっかりと押さえ込まれたエーリヒ様のうつむいた頭は、ゆらゆらと力なく揺れていた。
「……私、は……」
戦いの前にフェリクス様と話していた時とはまるで違う、弱々しい声でエーリヒ様はつぶやく。
「…………何一つ手に入れられなかった私に……子ができた。それを知った時初めて、愛おしいと……思った……」
その言葉は、陛下には向けられていなかった。むしろ、この場の誰にも向かっていないようだった。
「けれど私は、子を抱くこともできない。父と名乗ることすら許されない」
ザンドラ様について尋ねた時、エーリヒ様は答えをはぐらかした。あの時彼は、泣きそうに見えた。そして今、やはり彼は泣きそうに見える。
「だから、私が王となれば……今からでも、やり直せるかと思った」
彼の理屈はめちゃくちゃだった。でも、筋が通っているようにも思えた。
玉座の間は、恐ろしいほど静まり返っている。その中にぽつりぽつりと、エーリヒ様の声だけが響いている。
「そして、母の無念を晴らしたかった。この国の、母を不幸にした仕組みを、壊してやりたかった……」
みんな、エーリヒ様を見ていた。ついさっきまで敵と味方に別れ、戦っていた者たち。でも今はみな、黙って同じほうを向いていた。
「私はずっと、何も与えられないままでいた。だから一度だけ手を伸ばして、つかみ取ろうとした。奪い取ろうとした。だが、それも……徒労だった」
ぼそぼそとつぶやいていたエーリヒ様が、突然動いた。自分を捕らえていた兵士の手をすり抜けて、懐から何かを取り出した。ぎらりと光る、何か。
あれがナイフだ、と気づいた時にはもう、彼はまがまがしく光るそれを、自分の喉に向けていた。




