28.真夜中の侵入者たち
「起きてくれ、ヴィオレッタ。そろそろ予定の刻限だ」
肩を揺すられて、ぱっと目を開ける。みんながあれこれと準備しているのを眺めているうちに、うっかり眠り込んでしまったらしい。
私は特に準備することもなかったから、暇だった。とはいえ、まさか居眠りしてしまうなんて。
反乱の話を聞いてから、ずっと気を張り詰め通しだった。目的地に着く前に敵の人たちに見つかったらどうしよう、戦いになってしまったらどうしようって、そんな考えが頭から離れなかったのだ。
でも、こうして味方と合流できたし、フェリクス様が立てた作戦を実行することもできそうだ。エーリヒ様は優しい方だ。実際に会ってしっかりと話せば、きっと説得できるだろう。
それに、反乱について教えてくれたロルフの配下の人とも会うことができた。矢傷を受けていたけれど、私の力できちんと治してあげることができた。ずっと気になっていたので、ほっとした。
そんなこんなで、疲れが出てしまったのだと思う。でもやっぱり、恥ずかしい。
辺りはもう暗くなっていて、みんなが手にしている小さなランタンだけが辺りを控えめに照らしていた。
極まりが悪いのを隠すようにうつむきながら、フェリクス様の隣に立つ。フェリクス様は声を抑えて、みんなに呼びかけた。
「よし、準備はできたな。行くぞ」
その言葉を合図に、みんなは歩き出した。私とフェリクス様を中心にして陣形を組み、森の中を進んでいる。メイドは私たちのすぐ後ろだ。
彼女は、王宮に入ってしばらくは同行してもらうことになっている。
王宮にいるという家族の安否を早く確かめたいと彼女は言っていたけれど、あんまり早く彼女を自由にしてしまっては、エーリヒ様に私たちの行動がばれてしまう可能性がある。
そうなったら、作戦に支障が出てしまうかもしれない。だから彼女には少しだけ我慢してもらうことになったのだ。反乱が終われば、すぐにでも家族と会えるのだから、と説得して。
森の中に、ただみんなの足音だけが響く。高い木々のせいで、空も見えない。私たちの近くにある明かりのせいで、余計に周囲の闇が深く、おどろおどろしいもののように思えてしまう。怖い。
闇から逃げるように、そろそろと隣のフェリクス様に近づく。肩がぶつかってしまって、あわてて離れる。
「……離れなくていい」
聞こえるか聞こえないかのかすかな声で、フェリクス様が言った。そうして、私の手をそっと握ってくれる。たったそれだけのことで、怖さがどこかに吹き飛んだ。
代わりに、勇気がわき起こってくる。怖がっている暇なんてない。私は聖女として、みんなを守るのだから。
背筋を伸ばして、しっかりと地面を踏みしめる。自然と、口元に笑みが浮かんでいた。
そうしてしばらく進み続け、王宮の城壁のすぐそばまでやってきた。みんなランタンを消したので、ほとんど何も見えない。かろうじて、人影が分かるくらいだ。
フェリクス様が私の手を引いたまま、慎重に城壁に近づいていく。そのまま石壁に触れて、何かごそごそとやっていた。
と、石壁の一部がいきなりがこんと音を立てて開く。ちょうど、人一人通れるくらいの大きさだ。これもまた、王宮の中と外をつなぐ隠し通路の一つのようだった。
前もって打ち合わせていたのだろう、みんなが流れるように列を作ってその中に入っていった。
私もフェリクス様に続き、壁の中に入っていく。みんながまたランタンをつけていて、歩くのに不自由はしなかった。
壁も天井も石組みで、足元も石の階段だ。狭苦しくて落ち着かない。それにこの隠し通路を抜けたら、いよいよエーリヒ様に乗っ取られた王宮の中に出るのだ。
隠し通路を抜けた先は、何もない小部屋だった。掃除こそされているものの、がらんとしていて殺風景だ。
ロルフとその配下らしい男性が二人、するりと入り口の扉から出ていった。まずは彼らが王宮内を偵察して、それから私たちが動くことになるらしい。
「……エーリヒ様の居場所を、突き止めました。予想通りというか……玉座の間っす」
やがて戻ってきたロルフが、肩をすくめて報告する。
「やはりそうか。守るならあそこが一番だからな。兵の配置は?」
「玉座の間にはあまりいません。ただ、廊下をうろついている警備の兵がいつもよりかなり多くて……たぶん最低でも二、三回は戦うことになると思うっすよ」
「……そうか」
フェリクス様は無言で、みんなをちらりと見た。みんなはそれだけで彼の言いたいことを察したらしく、すっと二組に分かれた。そのうちの片方が、忍び足で出ていく。
少し待ってから、フェリクス様がまた口を開いた。
「それでは俺たちも行こう。ヴィオレッタ、はぐれるなよ。それに君も。もう少ししたら、解放してやれる。それから、君の家族を探しにいくといい」
「は、はい……」
いきなり声をかけられたメイドが、びくりと震えて返事をする。彼女を元気づけるように、にっこりと笑ってみせたら、弱々しい笑みが返ってきた。
そして私たちも、部屋を出る。王宮でもかなり端のほうなのだろう、見覚えのない廊下だ。
しかしフェリクス様は迷うことなく進みだした。それに続き、みんなで一緒に進む。一生懸命足音を殺しながら。
やがて向かいから、こつこつという大きな足音が聞こえてきた。かすかに金属を打ち鳴らすような音も交ざっている。あれ、兵士かも。
そう思った次の瞬間、みんなは素早く曲がり角やら柱の陰やらに身をひそめた。そうして、足音がすぐ近くまでやってきた時。
「よし、捕まえた!」
「殺すなよ、フェリクス様の命だぞ!」
「大丈夫大丈夫、武器を奪って、さるぐつわをかませて、そいで手足を縛って、っと」
「相変わらず見事な手際だな」
「昔取ったきねづかってやつだよ、お前も分かってんだろうがよ」
「違いねえ」
小声でそんなことをささやい合いながら、それはもうあっさりと、兵士を縛り上げてしまったのだ。そうして空き部屋に放り込んで、はい終わり。
私とメイドは、ただぽかんとすることしかできなかった。
「俺の配下は優秀だろう?」
「は、はい……すごく、頼もしいです、ね……」
得意げなフェリクス様に、呆然とそんな言葉を返す。
それからもう二度ほど、同じように兵士に行きあった。さすがに今度は不意打ちとまではいかなかったけれど、それでもほんの数撃で決着はついてしまった。
しかも村のみんなは、思いっきり手加減していた。致命傷にならないように、というかそれ以前に、できるだけ兵士に怪我をさせないように戦っていた。
「手加減するのって、難しいって聞いた覚えがあるんですけど……」
「ああ、そうだ。はっきりと力の差がなければ、手加減した上で相手を倒すのは難しい」
ぽかんとしながらつぶやいたら、フェリクス様が返事をしてくれた。
「ま、しびれ薬の吹き矢を使うって手もあるんすけどね」
ロルフものんびりと、そんなことを答えている。本当にフェリクス様は、すごい人たちを拾ってきちゃったんだなあ。
と、村人の一人が近づいてきた。
「すまねえ、ヴィオレッタ様。ちょっと手のひらを切っちまってな、治してもらえるとありがてえ」
「はい、任せてください」
病気でも怪我でも毒でも、治し方は同じだ。胸のあたりにある光る雲を見つけて、そこにある影を拭い去ればいい。もうすっかり慣れていたので、ちょっとした切り傷を治すくらいはお手の物だ。
「お、さすがだぜ。傷があったことすら分からねえや」
喜ぶ村人と、ほっとする私、そんな私たちを見て、既に縄でぐるぐる巻きにされた兵士が目を見開いている。口に布をかまされているから何も言えないでいるけれど、その視線には非難の色が混ざっていた。
「……私、はずれの聖女なんです」
気づいたら、その兵士に呼びかけていた。
「過去の聖女のように、傷ついた兵士たちを一度に癒すことはできません。だから、戦いに連れていっても大したことはできません」
きっぱりと言い放って、まっすぐに兵士を見つめる。
「それに私は、戦いたくなんかないです。私のこの力は、大切なものを守るために使いたい」
「そして俺は、そのために新たな法を作ろうと思っている。エーリヒの主張とは、まるで相容れないものをな」
フェリクス様が、そう言葉を添えた。
「俺たちはこれから、エーリヒと話してくる。俺たちの望む、平和な未来をつかむために」
そうしてフェリクス様は、兵士に背を向けた。
「行くぞ。俺たちの未来のために」
そうして兵士をまた空き部屋に放り込んで、私たちはフェリクス様の後に続いた。
玉座の間の入り口が、遠くに見えてきていた。




