27.私たちの味方
それからすぐに、私たちは宿を発った。
馬車の一台は御者と共にここに残し、もう一台に私とフェリクス様、それにメイドが同乗した。ロルフは馬に乗って先を行き、安全かどうか偵察してくれている。
やがて、馬は荒れ地の中の道に差しかかった。辺りには草もまばらで、ひとかかえもある岩がごろごろと転がっている。
見晴らしはいいから、いきなり敵と出くわすようなことはないだろう。
それでもつい心配になってしまって、幾度となく窓に張りついて外の様子をうかがう。メイドは向かいで青い顔をしているし、隣のフェリクス様も黙ったまま何も言わない。
沈黙が、気まずい。何か話したいけれど、こういう時ってどんな話をすればいいのだろう。
自分の経験の少なさを恨めしく思っていたその時、ロルフの馬が馬車に近づいてきた。彼は馬車を止めさせると、馬車の窓を薄く開けて小声でささやく。緊迫した声だ。
「フェリクス様、遠くに兵の影が見えました。もう一本南に回り込みましょう」
「ああ、任せる。俺が反乱に気づいて別の道を進んでいることを、エーリヒ側に悟られたくはないからな」
そうしてさらに遠回りをして、国境を越える。それから馬車は、どんどん南に進んでいった。
この感じだと城下町の外をぐるっと回って、王宮の裏手に出るのかな。フェリクス様は誰かと合流するつもりみたいだけど、どこで落ち合うんだろう。
草原を走っていた馬車が、森に向かっていく。しかし森に入ることはなく、その縁を走っていた。森に隠れるようにして、徐々に王都のほうに近づいていく。
「ここからは歩きになる。最低限の荷物を持って、馬車から降りてくれ」
しばらく進んだところで、フェリクス様が馬車を止めさせてそう言った。私たちがそそくさと支度を済ませるのを見届けて、彼は御者に声をかける。
「今来た道を戻って再び国境を越え、もう一人の御者と合流してくれ。いずれ使いをやるから、それまでそこで待っていろ」
どうやら馬車は、ガッビアに戻って待機することになるらしい。ということは、ここから王宮まで歩くことになるのだろうか。
そばの森が邪魔して、王宮がどこにあるのか分からない。でもきっと、結構遠いと思う。
これからどうなるのか、全く分からない不安。それを押し殺す。
大丈夫、フェリクス様を信じよう。口下手で説明が苦手なだけで、彼は私のことをきちんと考えてくれているのだから。そう自分を奮い立たせた。
「よし、俺たちも行くぞ」
去っていく馬車を見送って、フェリクス様が言う。彼の視線の先には、森の奥に続く細い細い道があった。
一列になって、その道を進む。先頭がロルフで、次がメイド、その後ろに私で、一番後ろがフェリクス様だ。
スカートが小枝に引っかからないように、しかも荷物を落とさないように歩くのは大変だった。わたわたしていたら、フェリクス様が私の荷物を持ってくれた。
嬉しいな、という気持ちと、懐かしいな、という気持ちがふわんと浮かんでくる。そうだ、前にもこんな森の道を歩いたことがあった。あの、さらわれ村に行った時だ。
そのことを思い出したまさにその時、前のほうから物音が聞こえた。木の葉が揺れるがさがさという音、声をひそめた話し声。人の気配がする。たぶん、一人じゃない。
誰だろう。敵だったらどうしよう。怖い。きっとフェリクス様が守ってくれるけど、それでもやっぱり、戦いの中にいるのは怖い。
「大丈夫だ、あれは敵ではない。ほら、見てみろ」
足が止まりかけた私の耳元で、フェリクス様がささやく。少し先に、広場のようになっているところがあった。そこにたくさんの人たちがいて、こちらに手を振っている。
「さらわれ村の、みんな……」
「ああ。荒事に向いた面々を、あらかじめロルフたちが集めてくれた。数は少ないが、手練れぞろいだ」
「オレたちみんな、フェリクス様には恩がありますからね。これこれこういう状況でって説明したら、みんな我こそはって集まってくれたみたいっすよ」
集まっていたのは、さらわれ村の青年や中年たちだった。ほとんどは男性だけれど、ちらほら女性も混ざっている。
みんなものものしい格好だ。毛皮がついた革の鎧、騎士たちのものとは全然違う分厚くて武骨な剣や斧、竹の先に穂先を取りつけた槍。
よく使いこまれているし、強そうだ。でも、なんというか……。
「まあ、盗賊丸出しっすよね。普段みたいに村人らしい格好をしてるならともかく、こう武装すると、どうしてもねえ」
私の表情を読んだのか、ロルフがしみじみと言った。ああ、言い出しにくいから黙っていたのに。
ロルフのその言葉に、村のみんなが一斉に言い立て始めた。とても陽気に。
「仕方ねえだろ、俺らは元々盗賊なんだからよ」
「そうそう。騎士様の剣みたいなしゃれた得物より、こういう斧のほうがなじむってね」
「お上品な戦い方はできないけど、敵をぶちのめすだけなら任せとくれよ」
かつてフェリクス様は、盗賊を辞めようとしたロルフを助け、配下にした。でも、どうやらフェリクス様が捕まえたのは、ロルフだけではないらしい。
「……あの、みなさんはどういういきさつで、フェリクス様のもとへ?」
好奇心を抑えきれずに、そろそろと尋ねてみる。彼らは気を悪くした様子もなく、すぐに答えてくれた。
「脱走したロルフを追いかけてたら……いきなり誰かが割り込んできたんだよ」
「そいつときたら、たった一人で俺たち全員をぼこぼこにしちまって……」
「しかも、誰一人殺さずにだ。ありえねえ……俺たち、それなりに名の売れた盗賊団だったんだぞ」
「で、俺たちもとうとう縛り首かと覚悟したら、何でかあの村に放り込まれたんだよなあ」
「どうやらまだ更生の余地がありそうだとか、そんなことを言ってたよな」
「でもさ、そっからも結構きつかった。性根を叩き直すとか何とか言ってかなりしごかれたし。森の奥の隠れ村で畑耕して暮らすことになるとか、思いもしなかったしな」
「でもフェリクス様は、酒を持ってきてくれたりもしたぜ。みんなで焚火を囲んで酒盛りすると、楽しいんだ」
なんだかとんでもないいきさつがあったらしい。盗賊たちを叩きのめした誰かというのは、間違いなくフェリクス様だろう。
「そんなこんなで、まあ俺たちも性根を入れ替えた。まっとうに暮らすのも悪くないって、そう思えたからな」
「でも、その恩人が王子様だって知った時は驚いたよなあ」
そうして彼らはまた一斉に、大声で笑っている。森の中とはいえ、こんなところでそんな声を出して、敵に見つかりはしないのだろうか。
そんな思いが顔に出ていたらしい。フェリクス様が笑いかけてくれた。
「大丈夫だ。この森は特に背の高い木が茂っていて、王宮側からはただの森にしか見えないし、森のざわめきが物音を消してくれる」
頼もしくそう言ってから、フェリクス様は顔を寄せてきた。
少し離れたところにいるメイド、この場では唯一の部外者である彼女の耳をはばかっているのか、小声でささやいてくる。
「この森の中に、あのさらわれ村もあるんだ。だがそのことを知るのは、村の者と俺、あとは父上とナディア様……それに、君だけだ」
自分が特別扱いされていることを知って、また嬉しくなる。もじもじしながら両手を組み合わせていると、フェリクス様がぎこちないながらも笑いかけてくれた。
それを見て、周囲の村人たちが一斉に冷やかすような声を上げる。フェリクス様が、あわてたように視線をさまよわせ、それから不機嫌そうな顔をした。
「おい、なんだその歓声は」
「やっぱり、主夫婦が仲睦まじいのっていいっすよねー」
少しも悪びれることなくロルフが返し、他のみんなが同時にうなずく。フェリクス様は小声でうなっていたが、やがてこほんと咳ばらいをした。
「……いい加減、本題に入るぞ。夜までここで待機するから、その間に準備を整えておこう」
どうして夜まで待つのかな、夜になったらどうするのかな。そんな疑問が次々浮かんでくるけれど、黙っておく。
今はとにかく、反乱をどうにかしなくてはいけない。私のささやかな疑問で、フェリクス様の手をわずらわせてはいけない。
そう決意して、みんなにあれこれと指示を飛ばしているフェリクス様の姿を無言で眺める。やっぱり頼もしくて素敵だな。
こっそりとにこにこしていたら、話を終えたフェリクス様がこちらを見た。
「……ヴィオレッタ、これから俺たちはここで夜まで休み、闇にまぎれて王宮に近づき、隠し通路から侵入する。そうして王宮内にいるエーリヒと接触し、説得する。少数精鋭だからこそできる作戦だ」
どうやらフェリクス様は、これからの作戦について説明してくれているらしい。それも、私にも分かるくらいにかみくだいて。
「それで、君はどうする。誰かに、さらわれ村まで送らせてもいいんだが……」
「あの、フェリクス様さえよければ、連れていってください。戦いについては足手まといですけど……でも私、聖女です。はずれの聖女ですけど、それでも怪我人を治せます」
必死にそう言って、もう一言付け加えた。
「……知らないところでフェリクス様が怪我をしてるかもって考えながら待っているのは……辛い、です」
「そうか。……頼りにしている」
彼は笑って、私の頭にぽんと手を置いた。ちょっと子供扱いされているような気がしたけれど、でもそれ以上に、彼の手の感触が心地よかった。
「はい、頑張ります!」
だから張り切って、元気よくそう答えた。絶対に、フェリクス様を無傷で勝たせるんだ。そう、決意しながら。




