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24.さようなら、私の過去

 応接間の入り口からぞろぞろと入ってきたのは、物々しい雰囲気の男たちだった。役人らしき男に、武装した兵士たちがたくさん。


 兵士たちは見事な動きで部屋に広がり、逃げ場を断っている。


 フェリクス様が私を守るように、左腕でしっかりと抱きかかえた。お父様は訳が分からないようでおろおろしている。カテリーナとお母様は、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


 役人は手にした書類をばっと広げ、重々しく読み上げる。


「アッカルド伯爵夫人、カテリーナ。リッツィ子爵夫人、ビアンカ」


 カテリーナとお母様が、びくりと震えた。


「両者にはアッカルド伯爵及び先代夫婦と共謀し、鉱石を用いた詐欺を働いた疑惑がかけられている。同行願いましょう」


 役人の言葉に合わせるように、兵士たちが前進する。あっという間に、カテリーナとお母様は兵士たちに取り囲まれてしまった。


「お、お前、カテリーナ! こ、これは一体どういうことだい!?」


 お父様が兵士たちに駆け寄るけれど、カテリーナやお母様に近づくことはできなかった。役人は兵士たちに合図して、二人を連れていこうとする。


「ああ、すまんがちょっと待ってくれ」


 そこに口を挟んだのはフェリクス様だった。腰につけている、聖女にしか聞こえないあの鈴を指し示して、役人に声をかけた。


「この王家の証し、分かるだろう? 俺はちょっとした用があってここに来ていたヒンメルの王太子だ。すまないが、その二人が何をしたのか、教えてもらえないか? よそでみだりに口外しないと誓うから」


 役人は迷っているようだった。手の書類と、フェリクス様の鈴を交互に見て、考え込んでいる。あの鈴、エーリヒ様も持っていたけれど、王家の証しだったのか。


 しばらく悩んで、役人は小声で語りだした。今回、二人を捕縛しにくることとなった、その事件のあらましを。


 アッカルド伯爵の領地には、良質な鉱石が採掘できる鉱山があった。彼はそれにより富を得て、あちこちに金を貸しつけ、そうやって弱みを握ることで好き勝手やってきたのだった。


 ところが、カテリーナが彼のもとに嫁いできた直後のこと。いきなり、その鉱脈がぱったりと途絶えてしまったのだ。掘れども掘れども、出てくるのはクズ鉱石ばかり。


 困った伯爵に、カテリーナとお母様が入れ知恵した。まだ普通の鉱石の備蓄はたくさんある。そこに少しずつクズ鉱石を混ぜていって、かさ増しすればいいと。


 その目論見は、しばらくの間はうまくいっていた。しかし彼から鉱石を買ったある貴族が、クズ鉱石が混ぜられていることに気づいてしまったのだ。


 その貴族は賢明に、着実に立ち回った。彼はいきなりアッカルド伯爵を問い詰めるのではなく、そっと役人たちのところに話を持っていったのだ。


 そうして役人たちは、アッカルド伯爵たちに気づかれないように身辺を調べ始めた。そうして、伯爵たちが意図的に混ぜ物をしている証拠がつかめたので、こうして詐欺の疑惑でカテリーナとお母様を捕縛しにきたのだった。


 一通り聞き終えたフェリクス様は、やけに明るく、堂々とうなずいた。


「……そうか、ならば止めることもないか。頑張って、職務を全うしてくれ」


 役人と兵士たちは一瞬ぽかんとしていたが、すぐに我に返って仕事に戻る。彼らはカテリーナとお母様を取り囲んだまま、ぞろぞろと出ていった。


 兵士たちの鎧ががちゃがちゃいう音に交じって、二人のきいきいという金切り声が聞こえていたけれど、それもどんどん遠ざかって行って、やがて聞こえなくなった。


 そうして、残されたのは私とフェリクス様、あとお父様。さっきまでの騒動が嘘のように、応接間は静まり返っていた。


「……しかし、ガッビアの法に照らし合わせると……アッカルド伯爵家は取り潰しだろうな。まあ、そのほうが世のため人のためという気もするが」


 フェリクス様がぽつりとつぶやく。隣国の法についても詳しいなんて、さすがだ。私はガッビアの生まれだけれど、たぶん罪は重いんだろうな、ということくらいしか見当がつかない。


「カテリーナとビアンカが入れ知恵をしたというのが真実であれば……三人そろって一生牢暮らしは確定か」


「……そう、ですね。このリッツィ子爵家も、私の代で最後になるかもしれません。きっとヴィオレッタを虐げてきたことへの、報いなのでしょう……」


 お父様が長椅子に腰かけたまま、力なく言葉を返す。悲しそうな、でもほっとしたような声だ。フェリクス様がお父様を見て、少しためらってから口を開く。


「このまま終わらせるも、養子を取って続けるも、君の自由だ。どのみち、その血筋だけはつながれていく。君たちが虐げてきたヴィオレッタによって。それを救いと取るも呪いと取るも、やはり自由だ。……ああ、そうだ」


 どことなく優しい声で話していたフェリクス様が、ふと何かを思い出したように言う。


「離れを見ていってもいいだろうか。帰る前に、少しだけ、な」


「ええ、どうぞ」


 お父様は即答した。けれど私は、ためらっていた。それでなくても動揺してしまっている今、離れを見て落ち着いていられる自信がない。


 そんな私に、フェリクス様が優しく声をかけてくる。ささやくような、とても柔らかい声だ。


「ヴィオレッタ、気が進まないのは分かる。だが、君はあの場所にも別れを告げておくべきだと、そう思うんだ」


 そうだ。私はここでの十八年間と決別するために、わざわざここまでやってきたのだ。


 そうして、自分が虐げられていた真相を知った。カテリーナやお母様とも、少し予想外の形ではあるけれど、決着をつけられた。お父様とも話せた。


 あとは、ここで過ごしていた小さな私にさようならを言わなくては。


「俺がついている。何があろうと、どれだけ取り乱そうと、俺が受け止める。心配するな」


 彼のその言葉に、決意を固める。そうして二人で、離れに向かって歩いていった。「どうかお前だけでも、幸せに」というお父様の声を背中で聞きながら。




 そうしてたどり着いた離れは、記憶にあるものより小さく、さらにほこりっぽかった。私が出ていってから誰も足を踏み入れていないらしく、一歩ごとにほこりが舞い上がった。


「……私、いつもここに座って本を読んでいたんです」


 本が山と積まれたテーブルの隣にある揺り椅子も、最後に出ていった時のままだ。その背もたれに古いひざかけがかけられているのも。


 フェリクス様は興味深そうに辺りを見渡していたけれど、やがてそろそろと揺り椅子に腰を下ろした。


「……これが、君がいつも見ていた景色か……」


 何だか、ちょっぴり泣きそうな声だ。彼はそのまま、ぼんやりと物思いにふけってしまっていた。


 私は私で、一つだけ探しておきたいものがあった。やはりほこりをかぶっていたけれど、すぐに見つけ出すことができた。


「どうした、ヴィオレッタ。その本が気になるのか?」


「子供の頃からの宝物なんです。せっかくここまで来たのですし、これだけでも持って帰りたいです」


 それは、貴族の少女向けの絵本だった。とても精密で美しい絵の、古ぼけた絵本。おそらくは、この離れにある本の中でも古いほうなのだろう、ほんのりと色あせて、紙のふちは赤茶を帯びていた。


 絵本をフェリクス様に渡して、揺り椅子の横に立つ。フェリクス様はとても丁寧な手つきで、絵本を開いた。


 魔女に呪いをかけられて、塔の中に閉じ込められたお姫様。そんなお姫様のところに、よその国の王子様が通りがかる。事情を聞いた王子様は悪い魔女を退治して、お姫様を迎えにきた。そうして二人は、末永く幸せに暮らした。


「……ずっと君は、この絵本を繰り返し読んでいたのか……」


「はい。ありきたりなお話ですけど、いつか私にも王子様が来てくれるんじゃないかって、ずっと……そんな夢を抱いていました。とてもささやかな、希望でした」


 そんなこと、あるはずない。子供の私にだって、分かっていた。でも他に、すがれるものなんてなかった。


 あるはずないって、思っていたのに。


「そうして、君をさらったのは王子である俺だった、か……偶然にしては、できすぎているな」


「……最高の、偶然でした」


「違いない」


 フェリクス様の手が、そっと私を捕まえる。腕を引かれて、彼のひざの上にすとんと座ってしまった。


 いつも見ていた、代わり映えのしない光景。でももう、私はここを出ていける。


 そう思ったら、胸がじんとした。泣きそうになるのをこらえながら、すぐ後ろのフェリクス様に呼びかける。


「ありがとうございます、フェリクス様。私をさらってくれて。そうして、またここに連れてきてくれて」


「なに、俺がそうしたかっただけだ。だが……そうだな、ならば感謝の証しをもらおうか」


 彼の腕が、今度はしっかりと私を抱きしめる。綺麗な海の色の目が、すぐ近くに見える。ミルクティー色の髪が、私の頬をくすぐった。


 そうして、ほこりっぽい静かな離れで、私たちは優しく口づけを交わしていた。

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