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23.再会、対決

 震える声で、叫ぶ。誰にともなく。


「たった、たったそれだけのことで、私は、一人っきりにされて!」


 私、こんな金切り声が出せたんだなあ。ぼんやりとした頭で、やけに冷静にそんなことを考える。


「悲しくて寂しくて、全部あきらめて! すっごく、辛かったのに!!」


 ああ、私、怒っているんだ。自分が虐げられていた理由が、あまりにもささいなことだったから。


 自分がこんなに苦しんでいるのには、きっと重大な理由があるに違いない。そう考えて必死に耐えていた子供の頃の自分が、馬鹿にされたように思えてしまったから。


「こんなのって、ない……こんなことなら、もっと早くに家を出ていればよかった……そうしてのたれ死んでしまったほうが、よかった……こんなの、知りたくなかった……」


 気がつけば、涙がぼろぼろとこぼれていた。向かいに座っているはずのお父様の姿すらよく見えない。でも今はそれが、ありがたかった。


「……私、生まれてこなければ」


「それ以上は言うな」


 うわごとのような私の言葉が、フェリクス様の声にぴしりとさえぎられる。はっと息をのんだ次の瞬間、目の前が暗くなった。


「さて、リッツィ子爵殿。彼女に何か言っておくべきことは?」


 冷ややかなフェリクス様の声が、すぐそばから聞こえてくる。私はどうやら、フェリクス様に抱きしめられているらしい。


「……すまなかった。それしか言えない。ヴィオレッタ、お前が味わった苦しみに報いてやれるだけの言葉を、私は持たない……」


 震える声で、お父様がそう言った。不思議なくらいに、その言葉は胸の奥にすとんと落ちてきた。


 今まで受けてきた仕打ちを許せない、どうして助けてくれなかったの、そんな思いはまだちりちりと胸を焦がしている。


 でも、いつか。こうしてフェリクス様が支えてくれれば、いつか胸の中のこの炎も消えるのかもしれないと、そう思えた。


 私が泣き止んだことを察したのか、私を抱きしめていたフェリクス様の腕の力が緩む。


「……どうやら、ヴィオレッタは君の謝罪を受け入れたようだ。ひとまずは、だが。ちょうどいい、私からも言っておかねばならないことがあった」


 そう言ってフェリクス様は私から体を離し、そっとお父様のほうに向き直った。私も彼の隣でたたずみ、次の言葉を待つ。


「私は、ヴィオレッタを妻とすることに決めた。一応彼女の親である君に、あいさつをしに来たのだ」


 お父様が、ひいっ、と消え入るような悲鳴を上げる。それも当然だとは思う。ずっと持て余していた娘がいきなり隣国の王子にさらわれただけでもおおごとなのに、それが今度は王子の妻になるというのだから。


「ヴィオレッタは、俺の正妃になる。いずれ彼女は、我がヒンメルの王妃になるのだ」


 朗々と、フェリクス様は宣言する。と、今度は廊下から悲鳴が上がった。


「ええっ、嘘でしょう!?」


 そんな言葉と共に応接間に駆け込んできたのは、カテリーナだった。


 最後に会ったあのパーティーの時と比べて、ずいぶんと疲れ、やつれているように思える。けれどその目だけは、恐ろしいほどらんらんと輝いていた。


「カテリーナ……」


「ヴィオレッタ、ちょっと何よその格好は! あなたなんかにはもったいないわ! それに何、ヒンメルの王妃って!!」


 その剣幕に、おじけづきそうになる。離れから出られずにいた、ただあきらめることしかできなかった頃の私に戻ってしまいそうになる。


 ぐっとこぶしを握って、顔を上げる。カテリーナの顔をまっすぐに見つめ返してやると、驚いたことに彼女がたじろいだ。


「私はあの日、フェリクス様にさらわれた。そうしてずっと、ヒンメルの王宮で暮らしてきた。色んな人と知り合って、色んなことがあって……」


 ザンドラ様、エーリヒ様、他にもたくさんの面影が浮かんでは消える。


 ヒンメルに来た当初、私は他人と口をきくだけでも緊張していた。そんな私を、あの王宮でのたくさんの出会いが変えてくれた。


 カテリーナは言い返してこない。ぽかんと口を開けて、信じられないものでも見るような目で私を見ている。


「ここで暮らしていた十八年よりも、ずっとずっと濃密な時間だった。私、初めて幸せだって思えた。大切な人ができた」


 そこまで言って、大きく息を吸う。ひざが震えそうだったけど、お腹に力を入れてこらえた。そうして、一息に叫ぶ。


「私、もう『はずれの子』じゃないから!!」




 私の叫び声が、応接間に反響して消える。


 カテリーナは、ただ立ち尽くしていた。すっかり血の気が引いている。私がここまで言い返してくるとは、思わなかったのだろう。


 お父様も呆然としていた。フェリクス様のほうを見ると、よくやった、と言わんばかりの顔で微笑みかけてくれた。


 よかった、とほっと胸をなでおろしたその時、ねっとりとした声が割り込んできた。


「……そう……あなただけが幸せになるのね。あの子そっくりの顔の、あなたが」


 その言葉と共に、中年の女性が応接間に入ってきた。ほとんど見覚えのない顔だけれど、それが誰なのかはすぐに分かった。カテリーナによく似た女性、つまり私のお母様だ。


「吐き気がするくらいに、あの子にそっくりだわ。隣国にさらわれたと聞いて、ほっとしていたのに。私の前から消えてしまえば、もうあなたのことを気にせずに済むから」


 お母様はゆっくりと歩いてきて、カテリーナの隣に立つ。その顔に、怒りの表情が浮かび上がった。


「私の血を引いたカテリーナは不幸になったのに、あなただけ幸せになるなんて……絶対に許さない」


 カテリーナが、不幸に? どういうことだろうと思っていたら、お父様が小声で付け加えた。


「本来ならお前がアッカルド様の花嫁になるはずだった。しかしお前がさらわれてしまったので、アッカルド様はたいそう腹を立てられて……」


「結局、私が代わりにアッカルド伯爵に嫁ぐ羽目になってしまったのよ! もちろん、あんな男には指一本触れさせてないし、いびられたら大変だから、お母様にも一緒に来てもらったけどね!」


 いら立ちもあらわに、カテリーナが言葉を継ぐ。怒りに足を踏み鳴らさんばかりになっている。しかし、母親を連れて嫁入りって、ちょっと珍しい話だと思う。


 そう思いながらこっそりお母様を見る。お母様はちょっぴり得意そうな顔で、胸を張った。


「私は可愛いカテリーナを守るためなら何でもするわ。幸い、あの伯爵はかなり年上。こうなったら、あの家を乗っ取ってやろうと思ったの」


 お母様に同調するように、カテリーナがうんうんと大きくうなずいた。


「でも、最近伯爵の両親がぎゃあぎゃあうるさいのよね。跡継ぎはまだかって。そんなもの、産む訳ないじゃない。気持ち悪い」


「だからいったん、こちらに避難してきたの。……まさかここで、ヴィオレッタに出くわすなんて……どこまで、ついていないのかしら……」


「しかも何よ、結局フェリクス様とよろしくやってるとか! フェリクス様に先に目をつけたのは私なんだからね!」


 カテリーナとお母様が、交互に言い立てている。とても息の合ったやり取りだ。


「しかも、王妃ですって……許せない。あの子そっくりのあなたが幸せになったら、あの子が幸せになってしまう。それだけは、止めなくては」


 お母様が、じりじりとこちらに近づいてくる。その目は、気のせいか焦点が合っていない。お母様は、私の向こうに叔母様を見ているのだろう。


「彼女に危害を加えるのであれば、それはすなわち我がヒンメルへの敵意ありとみなすが?」


 すかさず、フェリクス様が私とお母様との間に割って入る。


「構わないわ。あの子の亡霊であるヴィオレッタを消すことができるのなら、どんな代償だって払ってやるわ。たとえこの身と引き換えにしてでも。そうよ、もっと早くにそうしておくべきだったんだわ」


 お母様は笑っていた。怒りを向けられているより、ずっと怖い。フェリクス様がため息をついて、私を片腕で抱きしめる。


「どうやら、いとまごいの時間のようだな。もう二度と、ここには来ない。ヴィオレッタに何かあったらことだからな」


 優雅な動きで、フェリクス様は私の肩を抱き、お母様をかわすようにして応接間の入り口に向かおうとする。


 薄気味悪い笑いを浮かべたお母様と、明らかに怒り狂っているカテリーナが、私たちの行く手をはばもうと動き出した。


 その時、遠くからばたばたという足音がいくつも聞こえてきた。それはどんどん近づいてくる。そして、応接間の扉が開かれた。

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