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22.十八年分の因縁

 次の日の朝、宿で私とフェリクス様は正装に着替えた。ここガッビアのものとは雰囲気が違う、ヒンメル風の正装に。服自体はそこまでごてごてしないけれど、その分宝石や金銀の鎖なんかで飾り立てるのが特徴だ。


 この正装は、私がヒンメルに来てすぐにフェリクス様が作ってくれたものだった。色もデザインも全部おまかせだったけれど、割と私の好みにも合っている。動くたびにじゃらじゃらと音がするのが、ちょっと落ち着かないけれど。


「ああ、良く似合う。君には紫色がよく似合うな。それも、優しい紫が」


「フェリクス様は白と青が似合います」


 そうやって互いの服を褒めあっていたら、ロルフがひょっこりと顔を出した。


「いやあ、お二人ともお似合いっすよ! それじゃ、ここからはこっそりとオレだけがついていきますんで。陰ながら護衛いたします。どーんと、大船に乗ったつもりでいてくださいね」


 メイドと二台目の馬車は、最寄りの町に残していく。あらかじめリッツィ子爵家には、『そちらを訪ねてあいさつしたい』とだけ伝えてある。あちらに泊まり込む予定はない。


 ここからリッツィの屋敷に向かうのは、私とフェリクス様、それに御者だけだ。ロルフは途中まで馬車の外側に乗って、屋敷が近づいたらいったん離れ、大回りして屋敷に忍び込むらしい。


 そうして、いよいよ馬車に乗り込んだ。心臓がどきどきしている。私は何も話さなくていいらしい。でも家族は、私の姿を見てどう思うのだろうか。何を言うのだろうか。怒鳴られるのだろうか。怖い。


「……君は、俺が選んだ人だ。その事実だけで、十分だろう?」


 その一言で、不思議なくらいに心が落ち着く。隣に座るフェリクス様は、いつもと違う麗々しいいでたちだったけれど、そのまなざしはいつもと同じだった。




 私の目の前には、小ぶりな屋敷がちょこんと建っていた。ヒンメルにいる間に豪華な建物を見慣れてしまっていた私には、リッツィの屋敷はあまりにも小さいものに思えてしまっていた。


 出迎えの執事に連れられて、母屋を歩く。子供の頃、あんなに入りたくてたまらなかったこの場所は、何とも平凡な、少しみすぼらしい場所のように思えた。


 私たちが通されたのは、おそらく応接間だろう。普段私が暮らしているヒンメルの王宮の客間のほうが、よほど上等だ。


「ようこそお越しくださいました。まさか隣国ヒンメルの王太子などというお方が、ここを名指しで訪ねてこられるなど……いったい、どういった用向きでいらっしゃるのでしょうか……?」


 応接間で私たちを待っていたのは、気の弱そうな中年の男性が一人だけ。たぶん、お父様だと思う。長いこと顔を見ていないから自信がないけれど。


「リッツィ子爵。君は、彼女が誰なのか分からないのか?」


 ひどく冷淡な声で、フェリクス様がぴしゃりと言い放つ。お父様は私の顔をまじまじと見て……その顔に、理解と驚きの色がゆっくりと浮かび上がっていった。


「ま、まさか、まさか! お前、ヴィ、ヴィオレッタか!」


 どう答えていいか分からずに、無言で首を縦に振る。ありがたいことに、涙は少しも浮かんでこなかった。


「お前はヒンメルの王太子にさらわれたと、カテリーナからそう聞いていたが……まさか、元気だったのか。しかし、そのなりは……」


「強引にさらいはしたが、彼女は俺の大切な客人だ。丁重にもてなすに決まっているだろう。ああ、家族を虐げて平然としている君には分からないか」


 フェリクス様の言葉には、ちくちくしたとげがある。そのとげは私には向いていないけれど、それでも胸が痛かった。お父様が責められているからではなく、フェリクス様がそうやって怒っていることが辛かった。


 お願い、怒らないで。私はあなたの笑っている姿が好きです。さらわれ村で見せていたようなくつろいだ姿が好きです。


 そんな思いを込めて、フェリクス様をじっと見つめる。その視線に気づいてくれたのか、彼のまとう空気がふっと柔らかくなった。


 こちらをちらりと見て、さっきよりは穏やかな口調でお父様に話しかけている。


「さて、ここに来た用件だったな。いくつかあるのだが……まずは、君に問いたい。君たちはどうして彼女を、ずっと離れに押し込めていたのだろうか。『はずれの子』などと呼んで」


「そ、それは……」


「そういえば、君には妻と娘がいるだろう。どうして顔を出さないのだ? 隣国の王太子がわざわざ訪ねてきたのに、ずいぶんと無礼な応対だな? 今日ここに来ると、事前に知らせをやっておいたはずだが」


 おろおろするお父様と、静かに問い詰めていくフェリクス様。私はそんな二人を、ただ見守ることしかできなかった。


 居心地の悪い沈黙が、応接間に流れる。お父様はハンカチで額の汗を拭いて、覚悟したように息を吐いた。


「……分かりました。お話ししましょう、順に……」


 そうして、私が子供の頃からずっと知りたくてたまらなかった事実が、語られた。




「……たった、それだけのことだった……の……」


 お父様が語った事実に、私は打ちのめされていた。


 理由はとっても簡単だった。私がお母様の妹によく似ていたから、ただそれだけだった。


 お母様の妹、私の叔母に当たるその女性は、私と同じ淡い金の髪とすみれ色の目をした、はかなげで愛らしい女性だったらしい。そのせいか、お母様のご両親――私からすると母方の祖父母――は、叔母様のことをそれは可愛がっていたそうだ。


 そして祖父母だけでなく、周囲の人たちもみんな叔母様のとりこになっていたらしい。


 お母様は叔母様の陰に隠れるようにして、ひっそりと育ったのだとか。誰も自分のことを見てくれない、そう思いながらお母様は暮らしていた。


 もっとも、これらの話はみんなお母様がお父様に語ったもので、真相がどうだったのかは分からない。


 叔母様は十六歳で亡くなられたし、祖父母ももういない。当時を知る者は、もうほとんどいないのだとか。


 叔母様が亡くなった時、お母様はやっと解放されたと思ったのだそうだ。そうしてお父様に嫁ぎ、自分にそっくりなカテリーナが生まれて。お母様は、とっても幸せだった。


 でも次の年に生まれた私は、叔母様と全く同じ色の髪と目をしていた。そのことに気づいたお母様は、悲鳴を上げながら赤子の私を放り捨てようとしたらしい。


 きっと育っていくうちに、両親のどちらかに似てくるに違いない。お父様や周囲の人間たちのそんな説得もあって、お母様はひとまず私を育てることにした。


 けれどそんなみんなの努力をあざわらうかのように、私はどんどん叔母様に似ていった。


 そうして私が三歳になった時、お母様は私を離れに放り込んだ。もう二度と顔も見たくない、これは私の娘じゃないと、そう言って。


「見た目が似ているだけで別の人間なのだよと何度も言い聞かせたのだが、聞く耳を持たなくてね……私は入り婿だから、立場が弱くて……お前を母屋に連れ戻すことができなかった」


 お父様の弱々しい言葉が、頭の中を素通りしていく。自分の鼓動が、耳のそばでがんがんと鳴り響いている。頭が熱くて痛い。


 何かがこみ上げてくる。生まれてこの方感じたことのない感情を、そのまま言葉に乗せた。勢いよく、立ち上がりながら。


「そんな……そんなのって、ない!!」

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