20.事の真相
フェリクス様を毒殺しようとしたのは、どうやら第二王妃らしい。私は会ったことがないけれど、名前だけなら聞いたことがあった。
「ツェツィーリエ、今お前は俺に毒を盛り、殺そうとした。そのことに、相違ないな」
「……ええ、ありません」
すらりと背が高く骨格がしっかりした第二王妃は、その面差しといい、体格といい、どことなくエーリヒ様を思い出させるものがあった。しかしその顔は、悔しげにゆがんでいる。
「おかしいとは、思ったのよ……本当なら、あなたはとっくに死んでいる。前に死の淵からよみがえった後も、あの手この手で毒を盛り続けたから。それなのに、一向に死ぬ気配がない……ようやっと倒れてくれたと思ったら、またすぐに回復して」
うわごとのようにつぶやいて、第二王妃は私をにらむ。視線そのものに毒があるような、そんな恐ろしい目つきだった。
「聖女がいたというのなら、納得だわ……ああ、口惜しい。フェリクスがまた気まぐれに拾ってきたただの小娘だろうと、そうあなどってさえいなかったら……」
その頃には、部屋の中に兵士がばたばたと駆け込んでいた。さっきのフェリクス様の叫び声、それが合図になっていたのだ。
第二王妃は兵士たちに捕らえられて、部屋を出ていく。そうして、後にはフェリクス様と私の二人だけが残された。
「……これで、ようやく安心して眠れる、か。ヴィオレッタ、治療はうまくいっただろうか」
「はい。毒の影響はもうありません。すっかり健康体ですよ」
部屋は薄暗く、フェリクス様の表情は見て取れない。彼を元気づけようと明るく言ったその時。
ぐるんと世界がひっくり返る。あれ、どうしたんだろう。
目の前には、苦しそうなフェリクス様の顔。その向こうに見えるのは……寝台の天蓋?
「ヴィオレッタ、頼む。どうか今夜は……ずっと、共にいてくれ」
やけに熱っぽい声に、逆に頭が冷える。私、今、フェリクス様に押し倒されてる。
「あ、あの、その、えっと、共に、って、えっ、ええっ!?」
「……こうして、君に触れているだけで落ち着くんだ。……とびきりの悪意にあてられたからか、人の温もりがひどく恋しい」
そう言うなり、フェリクス様は私をぎゅっと抱きしめてしまう。両手足をしっかりとからめるように。身動きが取れない。
「君は俺の妻になるのだろう? だったらいいじゃないか。少し、甘えさせてくれ。こんな姿、妻にしか見せられない。……ザンドラには、そもそも見せることすらできなかったが」
私の頭に頬を寄せて、フェリクス様が切なげにささやく。
「……俺と第二王妃との関係は、ちょうど君とザンドラの関係のようなものだった。打ち解けることはなかったが、それでも……あそこまで憎しみをぶつけられるような関係ではないと、そう思っていたんだ……」
気のせいだろうか。静かにつぶやくフェリクス様の声に、涙がちょっぴりにじんでいるのは。
「俺は、駄目な男だな……関わる女性を、かたっぱしから不幸にして……第二王妃も、ザンドラも……俺と関わらなければ、また別の未来があったかもしれない。そう思うと怖い。そして」
私を抱きしめる腕に、力がこもる。
「大切な君をも不幸にしてしまうのかもしれないと思うと、怖くてたまらない」
「大丈夫です。そもそも私、ずっと不幸のどん底にいましたから。そのどん底から救い出してくれたのがフェリクス様ですよ」
ちょっと不思議な気分だった。いつもは弱気になる私を、フェリクス様がはげましてくれていた。でも今は逆に、私がフェリクス様をはげましている。
「それにこれから何があろうと、あなたがいてくれるのなら、それだけでもう私は不幸じゃないんです」
不自由な姿勢ながら手を伸ばし、フェリクス様の手に触れた。私の大好きな、あったかい手。
「眠りましょう、フェリクス様。私がついていますから。朝までぐっすりと」
そう言って、彼をしっかりと抱きしめ返す。他人の寝かしつけ方なんて知らないし、子守歌も知らない。でもきっと、こうやってくっついていれば、フェリクス様も少しは安心できるだろうと思う。
しばらくそうやってじっとしていたら、やがてゆったりとした寝息が聞こえ始めた。やっぱり、ここ数日の無理がたたって疲れていたのだろう。
「……おやすみなさい、フェリクス様。せめて、良い夢を……」
第二王妃ツェツィーリエ様は、あっさりと全てを自供した。
隠しても意味がないと考えたのか、あるいは自分が黙っていることで息子であるエーリヒがさらなる危地に陥ると考えたからか。
動機そのものは、とても単純なものだった。
彼女は第一王妃でありフェリクス様の母であるアガーテ様が憎かった。アガーテ様は、陛下に一番愛されていたから。だから、アガーテ様の息子であり彼女によく似たフェリクス様のことも憎かった。
それでも、アガーテ様が亡くなられた時に、ツェツィーリエ様はほのかな期待を抱いたのだそうだ。
空席になった第一王妃の座に、自分がつけるのではないか。王の最初の息子でありながら王位継承権は第二位に留まるエーリヒ様を、王太子にしてくれるのではないか。
でもそんな望みも、あっさりと裏切られた。それからずっとツェツィーリエ様は、復讐の時を待ち続けていたらしい。
フェリクス様を毒殺するだけならいつでもできる。けれどその行動が自分たちに最大の結果をもたらす好機が、いつかやってくる。彼女はそう信じていた。
そんな折、エーリヒ様がザンドラ様に近づき始め、二人は思いを通わせるようになった。そのことに、ツェツィーリエ様は一筋の光を見出したらしい。
彼女はまず、陛下に少しだけ毒を盛った。そうして陛下が静養のために王宮から出ていくように仕向けた。
次に彼女は、フェリクス様に毒を盛り始めた。ちょうど、フェリクス様が私をさらってきたところだったので、あの小娘に罪を着せればいいと、そう考えていたらしい。
彼女が立てた筋書きは、こうだった。フェリクス様が毒により亡くなられれば、法の定めによりエーリヒ様が王太子となる。そうして、傷心のザンドラ様を慰めるという理由で、彼女をエーリヒ様と再婚させる。
ツェツィーリエ様がやろうとしたことは分かった。でもそれなら、真っ先に陛下を殺しておくべきなのではと思った。そうすれば、もっと容易に事が運ぶと思うのだけれど。
フェリクス様も同じようなことを思ったらしく、彼女に尋ねてみたのだそうだ。そうしたら、こんな言葉が返ってきた。
「陛下の愛しいアガーテの、たった一人の忘れ形見であるあなたが何もかもなくしていく様を、陛下に見せてさしあげたかったのよ」
私たちは誰も、返す言葉を持たなかった。
そうして、ヒンメルの王宮を揺らがせていた事件は幕を引いた。第二王妃ツェツィーリエ様は、自害を命じられた。
王宮から遠く離れた離宮で、一人ひっそりと死にたい。それが、彼女が最後に願ったことらしい。
自分を見てくれなかった陛下も、敵だらけの王宮も、もう見ていたくない。彼女はそう言っていたそうだ。
表向き、彼女は病死したことになった。こんな王宮内のごたごたに、民を巻き込みたくはないと、みんなの意見は一致していた。
そうして、ザンドラ様とエーリヒ様の処分も決まった。二人は毒殺には関与していなかったから、ひとまず「前のおふれについては、間違いがあったため取りやめるものとする」という知らせを出してから。
ザンドラ様は離縁の上、修道院に送られることになった。そこで生まれた子は、素性を隠してどこぞの貴族の養子となる予定だ。
そうして彼女は、一生を修道院で暮らすことになる。夫であるフェリクス様の不興を買ったため、ということになっている。
そうしてエーリヒ様も、表舞台から退くことになった。
表向きは他国に婿入りしたことになるけれど、実際には山奥の離宮へ幽閉されることになったのだ。離宮といっても、長く王族を幽閉するのに使われた、そんな場所だ。
「ひとまず、片付いた、か……」
執務机に頬杖をついて、フェリクス様が深々とため息をついている。その表情は恐ろしく暗い。
「……まだ、心配事が?」
そう尋ねると、フェリクス様は大きくうなずいた。
「現王の第二王妃が自害し、王太子の正妃が修道院送りになり、王子は遠国に婿入りする……どれか一つでもおおごとなのに、三つも重なったせいで民の間に不安が広がってしまっている」
それはそうだろうな、と思ったけれど、どう答えていいか分からずに結局口をつぐむ。
「これらを打ち消すくらい、良い話が欲しい。父上がすっかり元気になられ、王宮に戻ってこられるという話題を振りまいたが……これだけでは足りない。」
「もっと、心が浮き立つような、辛いことも忘れられるような……おめでたい話がいいのでしょうか」
「ああ、まさにその通りだ。そうしてその話に、一つ当てがある」
そう言って、フェリクス様は執務机を離れ、近くの長椅子に座った私の前までやってきた。優雅な動きでひざまずき、手を差し伸べてくる。
「ヴィオレッタ。俺の、正妃になってくれないか」




