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11.奇跡とその真相

「はい、フェリクス様が無事に目覚められて……よかったです」


 倒れて意識を失っていたフェリクス様が、元気になった。そのことが嬉しくて、涙が止まらない。ぼろぼろ泣きながら、笑顔で彼に答える。


 フェリクス様はゆっくりと上体を起こすと、取り出したハンカチで私の涙を拭ってくれた。


「確かに俺は目覚めた。だが、君も目覚めてしまったようだ」


 どういうことだろうときょとんとすると、フェリクス様は真顔になって声をひそめた。


「君は、俺に何かをした。その結果、俺はこうして回復した。そうだろう? 何をしたのか、教えてもらえないか」


「え、ええっと……灰色の雲のようなものがフェリクス様の胸元に見えたので、触ったらきれいになって……全部きれいになったら、すぐにフェリクス様が目覚めました」


 自分でも何を言っているかよく分からない。さっきは必死だったから気づかなかったけれど、どうしてあんなことをしたのだろう。


 けれどそうするのが正解なのだと、なぜか今でもそう思えてならないのだ。


 しかしフェリクス様はそんなあやふやな説明でも、何が起こったのか察したらしい。すぐにうなずいて、小声で言った。


「ああ、分かった。だがここで何があったか、君が何をしたかについては、しばらく伏せておけ。いいな」


「……また、隠し事……ですか」


 どうやら自分で思っている以上に、不満の色がもれ出てしまっていたらしい。フェリクス様は苦笑して、私の頭に手を置いた。


「俺が何を隠そうとしているのか、後できちんと説明する。状況も変わってしまったし、知らないままでいるほうが危険だろう。ただ、ここでは話せない。それに、うかつな相手に知られる訳にはいかない。だから、少しだけ待ってくれ」


 その言葉に、ふっと心が軽くなった。フェリクス様は元気になった。隠し事について教えてもらえる。それに何より、フェリクス様と過ごす時間が持てる。


 こんなに素敵なことがあっていいのだろうかと思っていたら、入り口の扉が控えめに叩かれた。


「ああ、いいぞ。入れ」


 いつもの朗々とした声でフェリクス様が答えると、扉が勢い良く開いて、血相を変えた医師と薬師の群れが入ってきた。


「で、殿下……」


「回復された、のですか……」


「あの状態から、どうしてここまで……」


 フェリクス様が元気にしていることが信じられないのだろう、彼らはみな呆然としながらそんな言葉を口々に投げかけてきた。


 たぶん、私が雲をきれいにしたことでフェリクス様が元気になった。でもそのことはまだ内緒だと、そう口止めされた。だったら、どう言い訳したらいいのかな。


「ヴィオレッタが、先祖から受け継いだ秘伝の妙薬を一つだけ持っていたのだ。それが効いたらしい」


 悩んでいたら、フェリクス様がしれっとそんな大嘘をついた。


 つじつまは合っていなくもないけれど、もうちょっと別の言い訳はなかったのかな。医師たちと薬師たちがこちらに向ける熱い視線が、ものすごくいたたまれない。


「残念ながら彼女はその薬の正体を知らなかった。そして薬は俺が飲んだ一つっきりだ。再現するのは難しいだろうな、残念ながら」


 何も言えずにいる私の代わりに、フェリクス様がまた堂々と適当なことを言う。私はただ困ったような笑みを浮かべておとなしくしていることしかできなかった。


 その間も、私の手の中で鈴はちりんちりんと鳴り続けていた。




 そうして、フェリクス様が目覚めてから二日後。


 私はフェリクス様と一緒に、馬車に乗っていた。目的地は、近くにある離宮だ。話によれば、そこでフェリクス様の父上、つまりヒンメルの現王が静養しているらしい。


 フェリクス様もまだ体調が万全でないだろうし、一度ゆっくりと休んだほうがいいと、医師と薬師たちが必死になってそう主張していたのだ。


「俺はもう、すっかり健康体なのだがな……まあ、こみいった話をするには、王宮の外のほうがいい。人の多い王宮では、誰が聞いているやら分からないからな」


 そう言ってフェリクス様は、にやりと笑った。大きなクッションに身を預けたまま。


 今乗っている馬車には座席がなく、床にはとても毛足が長くふかふかの絨毯が敷きつめられている。壁際には、羽毛をたっぷりと詰めた大きなクッションがいくつも置かれていた。


 この馬車は、病人などを運ぶ時のためのもので、床に直接座る、あるいは寝ころべるようになっているのだ。ちょっと面白い。


 それに、フェリクス様の態度が柔らかくなったことがとても嬉しかった。ヒンメルの王宮に来てからというもの、彼は不思議なくらいによそよそしかったから。


 会いにきてもくれなかったし、たまに顔を合わせても手短に用件を話して、すぐに帰ってしまっていたのだ。


 そのことが、ずっと寂しかった。たぶん私がエーリヒ様に会うようになったのは、その寂しさを埋めるためだったのだと思う。


 エーリヒ様のことを思い出したら、またちょっと苦しくなった。でも今の私は、その胸の痛みもすぐに忘れるくらいに浮かれていた。


「……またこうしてあなたとゆっくり話すことができて、嬉しいです。王宮に来てから、ずっとあなたに避けられているような、そんな気がしていたので……」


「……気がしていた、か。実際、俺は君を避けていた」


 思いもかけない言葉に、目を丸くする。


「え? あの、どうしてそんな……」


「君を、目覚めさせないためだった」


 彼の言葉の意味が分からない。そういえば彼が病の床から目覚めた時も、確かそういった感じのことを言っていたような。私が目覚めたとか、どうとか。


 クッションを抱えて小首をかしげ、考え込む。フェリクス様は苦笑しながらそんな私を見ていたが、やがてこほんと咳払いをして話し始めた。


「……我がヒンメルでは『聖女』という存在が知られている。『癒し手』と呼ばれることもあるな。そして君は、その聖女の卵とでも呼ぶべき存在だった。目覚める前の卵だ」


「私が、聖女の卵、だった……」


 聖女が何なのかは分からないけれど、聖女の卵という呼び名は私には過ぎたもののように思える。だって私はずっと、『はずれの子』としか呼ばれていなかったのだし。


 戸惑う私に、彼はゆっくりと語りだした。どことなく辛そうな顔で。


 ヒンメルの王族は、聖女、あるいはその卵を常に探しているのだそうだ。傷も病もたちどころに治すことのできる聖女は、様々な事柄に利用できるから。


「利用……ですか」


「そうだ、利用だ。聖女は王族の管理下に置かれ、そして……戦の道具とされることが多い。ヒンメルの王族は、聖女が見つかるたびに周囲の国に戦を仕掛け、そしてその全てに勝ってきた。今のこの国の繁栄は、聖女たちの犠牲のもとに成り立っている」


「聖女が、戦の道具……だったら私も、いずれ……?」


 思わず恐怖に震える私に、フェリクス様はひどく優しく、慰めるような笑みを向けてきた。


「俺は、戦は好かん。聖女の持つ癒しの力は、もっと有用な使い方があるだろう。それにこれ以上、国の都合で聖女たちを振り回したくはない」


 その声には、とても温かい感情がこもっているように思える。その温もりに、今しがた感じた恐怖もふっと和らいでいった。


「だが、こんな風に考えている王族は少なくてな。今のところ、俺と父上くらいのものだ」


 ため息をついて、フェリクス様は視線を落とした。こちらに横顔だけを向けて、彼は話し続ける。


「国の決まりを変え、聖女が戦に駆り出されないようにしたい。それが、俺と父上の思いだった。しかしそんな法の整備が整うより前に、星読みの占い師たちが俺のところにやってきた。聖女の卵がいる方角が判明した、と」


 計画を一時中断して、フェリクス様は聖女の卵を探しに出たらしい。他の王族に見つかる前に保護しなくては、と彼は必死だった。


 そうして、彼はあの悪夢のパーティーで私と出会った。私を彼のもとに導いてくれたあの鈴は、聖女とその卵のみに聞こえる音を出しているのだそうだ。


 だから、フェリクス様は鈴のことについて知らぬ存ぜぬを通せといったのだ。うっかり鈴の音が聞こえる、などと言ってしまったら、私はそこからどんな扱いを受けるのか分からない。


 陛下とフェリクス様以外の王族は、私を戦に連れ出そうと考えているらしい。だったら、エーリヒ様もそうなのだろうか。あの方は優しいから、きっと違うとは思うのだけれど。


 でも今はそれ以上に、気になって仕方がないことがあった。


「……フェリクス様が私を守ろうとしてくださったのは分かりました。……でもそれなら、どうして私によそよそしくしたんですか? 全然会いに来てくれなくて……ずっと寂しくて……」


「すまなかったな。だがそれにも、理由はあったんだ。聖女の卵が覚醒して聖女となるには、強い意志が必要になる。大切な人を助けたいと心から願う、そんな思いだ」


 フェリクス様は顔を上げて、こちらを見た。海色の目が、優しく細められている。


「戦が起こらない場合、王宮で最も命の危険にさらされるのは、父上と俺だ。だから、俺は君と過度に近しくなってはいけない」


 どうして、陛下とフェリクス様なのかな。そんな疑問が浮かんだけれど、ひとまず黙ってフェリクス様の話を聞いていた。


「だから俺は君を手元に置きつつ、距離を取っていた。君が目覚めることのないように」


 そう言って、フェリクス様は決まりが悪そうに頭をかく。


「でもまさか、君が俺を助けようとして力に目覚めるとは、思わなかった。あれだけつれなくしたのに」


「……フェリクス様って、鈍いんですね」


 本気で不思議がっているフェリクス様に、くすりと笑いながら言う。胸がぽかぽかと温かかった。私はずっと守られていた、一人じゃなかった、そう知ることができて。


「鈍い? そうだろうか」


「そうですよ。だって私をさらってくれたあの時から、フェリクス様は私にとって特別な人だったんですから。今さらよそよそしくしたって、意味がないです」


 もし、私がさらにエーリヒ様にのめり込んでいったとしても。それでもやっぱり、フェリクス様は特別だ。私の大切な、人さらいの王子様。


 微笑んだ拍子に、なぜか涙がこぼれ出た。本当に私は弱くなってしまった。フェリクス様と出会ってからというもの、泣いてばかりだ。


 こんなに泣いてばかりじゃ、フェリクス様に呆れられてしまう。ハンカチを取り出して、しっかりと目元に当てた。


 と、ふわりと温かな感触に包まれるのを感じた。

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