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エジプトへ愛を捧ぐ  作者: ロード猪2世
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第二章

第二章


 その遺跡は、死者の都と呼ばれていた。

 古の時代、エジプトの王家がミイラ作りで利用していた聖域の一つ。広大な地下は、現在でも死者の念が唸り声を挙げながら燻っている。その地下空間に闇がもたれ掛かる。禍々しい風が吹く。

 遺跡を牛耳る集団は、怪しげな儀式の真っ最中。

 この世に魔法は実在する。

 古代から受け継がれた奇跡の業。

 それは思い描く理想を、現実と言うキャンバスへ表現する行為に似ていた。己が思う願いの形を、三次元の領域へ投射する。

 溢れる気配は、負の源泉。

 妬み。

 恨み。

 怨念。

 一つの渇望が形を成す。

 今、現実は魔界と化す。

 闇の底に、火が灯る。

 「常にアヌビスのご加護あれ」

 「導師様」

 うごめく闇の一片が、燭台の炎に照らされて口を開く。

 「準備は滞りなく進んでおります」

 暗黒の中央で、その統率者が蛇の吐息の如きかすれ声を嬉しそうに漏らす。

 「もう間もなく。間もなくじゃ」

 魔界の瘴気は消え去り、再び静かな暗黒が現実へ回帰する。

 「我ら、神の威光を復活させるのだ!」

 導師の声に深く頷く門弟らは、全てが雄壮なる精鋭達。

 間もなく世界が変わる。

 世界は彼ら魔術師のモノへ変貌を遂げる。

 少なくとも彼らは固く信じている。

 世界の変革の時は近いと。

 そしてその為の儀式を長年に渡り取り仕切ってきた導師が頭を振って、一つの姿を探した。

 「スフィルはどこだ」



 カビールは迷っていた。

 アブシンベルは一大観光都市である。

 観光名所の太陽の大神殿を筆頭に、遊び尽くせる場所が各種揃っている。

 同時にこの街は、常にテロの危険に晒されている。

 砂漠の向こうからやってくる砂の民は、少なくない破壊活動をもたらす。しかし、むしろそんな脅威を飲み込んで、まるでテーマパークのアトラクションのように扱われる始末。

 肌をピリつかせる危機と開発された観光スポットを同時に味わえる。そんな享楽の都市こそがアブシンベルの醍醐味。

 元々ここで遊ぶのが目的の旅行客も少なくない。

 しかしカビールの目的は遊ぶ事ではない。

 けれど、その楽しさを無下扱う行為もためらわれた。

 ここまでの旅がカビールの胸中をよぎる。

 突然ツアーに参加したカビールに、乗客は優しかった。

 「ほらいっぱいお食べ」

 「私のも食べてくれて構わないよ」

 隙あらば食事をご馳走してくれたり、他にも色々と融通してくれた。みすぼらしかったカビールが清潔で整った身形になっているのも彼らの好意故。

 そもそもカイロの街から外に出た経験の無いカビールにとってエジプト横断ツアーは色彩溢れる楽しいものであった。

 緑の生い茂るナイル川。

 石造りの神殿。

 塩の香る港町。

 物心ついた頃からカイロの街を出たことのないカビールにとって、風景一つとっても新鮮な驚きに満ち溢れていた。

 空港の騒ぎから4日。

 この数日でカビールの知る世界は大きく広がった。そして、その中心には一人の少女の姿がある。

 全ては一人の少女が原因。

 カビールの心に焼き付いた姿。

 白い髪。

 赤い瞳。

 黒い集団の中で異彩を放つ少女の容貌に、それまで生きる以外で高鳴った事が無かったカビールの心臓は強く鼓動を叩いた。

 「絶対にあの子に会うんだ」

 一目惚れである。だが、カビールはその感情を上手く表現出来ない。何分生まれて初めての衝動であるので気持ちを持て余す。

 「あの子の仲間が言ってたから、ここに来ればあの子に会える筈だ」

 彼女に関する事なら、その仲間らしき男達が小声で話し合っていた会話の内容だって聞き漏らさない。

 「確かにアブシンベルって言ってた」

 自分に言い聞かせるカビール。

 逆に言えばそれしか情報が無い。

 今は自由時間。

 旅行の行程に組み込まれたこの時間を上手く有効活用せねば勝率は上がらない。

 他にも懸念はある。

 今回のカビールの旅費の出所である。

 上納金。

 それは少年が仲間の元から持ち出した金であった。

 今頃、血眼になってカビールを探しているだろう元仲間達から逃げなければならない。

 「それは大変だね。でも、その子に会えるといいね」

 今のところカビールが参加したツアー客の反応は、そんな応援のようなモノ。

 誰が敵で、誰が味方か、カビールは見極めなければならない。その上で、自分が最も知りたい事柄をカビールは口にする。

 「あの子、なんて名前なんだろう」


 

 自分の存在がどのようなモノか、スフィルは聞かされて育った。

 霊媒。

 巫女。

 神の為の贄。

 神世から続く古い一族の末裔。その役目の為にスフィルは生まれた。

 父母はいない。

 魔法の叡知で産み出された彼女を、ホムンクルスと呼ぶ人間は居た。

 フラスコの小人と錬金術の界隈で呼ばれる存在の中で、スフィルだけが独自の生命活動を可能とした個体である。

 彼女を誕生させる為に積み重ねられた歴史は、血で濡れている。兄弟と呼べる失敗作の数々が今のスフィルを生かしている。

 スフィルを産み出した一族の大願は、過去の栄光を再び現代へ蘇らせる事。

 魔法が闊歩していた世界の再建。

 逆を言えばスフィルの一族には過去しかない。そこに彼女の人間性を尊重する人種は、彼女の現状に疑問を投げ掛ける人間は、スフィル自身を含めていない。

 己の役割。

 その為なら命すら惜しむな。そう言われてスフィルはこれまで生きてきた。だから周囲の期待通りに人生をまっとうしてきた。与えられた命令を遵守する彼女に何か特徴があるとすれば、それは今を生きる人々を観察する事。街並みと人の営みを、スフィルは静かに眺めている。砂漠の国の情景を記録し続ける。それも今回で終わるだろうとひしひしと肌で感じながら。

 「見つけた!」

 自分が呼び止められるとは思っていなかった背中が、微かな驚きで静止する。

 「君、この間、空港に居た子だよね!」

 それはスフィルがまったく知らない少年の、輝くような瞳であった。



 本当に偶然だった。

 あるいは必然だったのかもしれない。

 探し求めたからこそ、その手で掴み取れた。

 探した姿を見つけた。

 見つけた場所は、人気の少ない広場。丁度アブシンベルの都市と人の営みを一望出来る場所に彼女は居た。そしてその場所から見渡せる街中には【セベク社】と印字された看板が複数見られる。カビールの感想では、この街の開発に関わっている中心企業と言ったところだ。

 砂塵に埋もれる大地で、燦々と照りつける太陽の下で、カビールとスフィルの姿は、街の景色へ溶け込んでいく。

 (綺麗だ)

 カビールは、再び胸の鼓動が高鳴る。自分の心を捉えて離さない少女の美貌を再確認した。少しの沈黙の後に、口を開いたのは、スフィルの方。

 「貴方は誰?」

 「俺は、その」

 あれほど再会を望んだのに、開けた口がそれ以上動かない。

 何か言葉にせねば、何も始まらない。

 錯綜する意識の中で、選び抜いた言葉の羅列は、

 「君に会いたくて」

 心から正直に答えた。

 カビール自身が望む事柄を。

 「君の名前は」

 「スフィル」

 その時である。

 カビールは寒気を感じた。

 灼熱の昼間に、氷の冷たさで現出した影の集団。

 取り囲まれた。

 日輪の下で、深き闇の使徒がカビールをねめつける。

 「誰だ貴様」

 それがスフィルの仲間だと気付けず、振り返る暇は無かった。

 視界が揺れた。

 頭を殴られた。

 カビールの意識が闇の底へ連れ去られた。

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