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エジプトへ愛を捧ぐ  作者: ロード猪2世
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第一章

つたない文章ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです! よろしくお願いします!

第一章


 変わらない一日の筈だった。

 全てが砂で覆われた国。

 その空の玄関口は、大勢の人が行き交っていた。

 カイロ国際空港。

 街中へ続く道筋の入り口に、少年は一人座り込んでいた。薄汚れた衣服を胸ぐらから掴んで、強く強く握りしめて。

 これが彼の仕事。

 ふと通行人が少年に向けて一枚の紙幣を投げた。

 これが彼の収入源。

 日々を生きるための糧。

 毎日を石像のように生きる。そうやって彼はこれまで過ごしてきた。

何も変わらない。

 変わる筈のない社会の仕組み。

 だが、今日はそれが出来なくなっていた。

 社会を回す歯車に、異常が発生していた。

 胸が苦しい。

 動悸が高鳴る。

 少年のような人間は珍しくない。

 どこの国でも貧富の差は存在して、裏社会と呼称される特有の共同体が根を張っている。

 生まれた時からその共同体に所属している人間は誰もがその社会に奉仕するように仕組みが出来上がっている。

 わかっている筈。

 わかっている筈なのに。

 もしも一つだけ少年に、今の少年に、それこそ30分前の彼と現在の彼に違いがあるとすれば、石像の如く生き長らえてきた少年を駆動させる心に起きた異常動作。

 少年の視線が泳ぐ。

 何かを探し求めて。

 そして何を思ったのか立ち上がった。自分の仕事を放棄して、歩き出す。

 目的地は、決まっている。

 胸の高鳴りに突き動かされながら、歩を進めた。



 それはまるで一輪の花のように。

 白い肌に白い髪。

 真紅のルビーを彷彿とさせる瞳。余りに美しすぎて、だからこそ人々の意識から外れた死角に身を置く美貌。

 「スフィル」

 少女は呼ぶ声に反応する。

 場所は空港内の一角。

 丁度旅行目的の利用客の集団が点呼を取る玄関口で、漆黒の装束を身に纏うその集団は、ある目的でそこにいた。

 「どこだ」

 集団の一人が、スフィルにしか分からない事を聞いた。

 「あれ」

 スフィルが人差し指で示す。

 空港内で動く人々は多い。そんな中を射抜くように進む一個の団体。

 明らかに何かを守るような動きと人員配置。

 彼らが守るもの。それはスーツケースのサイズくらいの40センチの木箱であった。

 「あれがそうか」

 スフィルの仲間の一人がそう問い質すと、彼女は頷いて答えた。

 「ならば奪おう」

 男の姿が消えた。

 正確には、男の全身が空港の床に沈み込んだ。

 一瞬の出来事であった為に誰もその異常に気付けない。

 次に爆音があった。

 木箱を守っていた警護団の数名が弾き飛ばされて地面に転がっていた。

 遅れて悲鳴が上がる。

 空港内が叫びで満ちる。

 旅行客の一団が我先にと安全地帯の外を目指す。

 警護団が身構える。

 彼らの敵の正体は、空気を焦がす紅蓮の暴威。

 両手に炎を燃やした黒装束が、次の獲物に目を付ける。

 「魔術師か!」

 そうしている内に最初に姿を消した男が影の中を泳いで、床から飛び出す。

 銃声が鳴る。

 幾つもの人影が踊り狂う。

 スフィルが動く。

 戦場と化した空港内を高速で動く。

 黒衣の下には、黄金で彩られた舞踏の装束。

 さながら現代に蘇ったクレオパトラ。

 舞いを踊るスフィルの美しさに物理法則がねじまがる。

 「巫女による奉納で、高次元に身を置いているのか」

 銃の弾道がスフィルを避ける。

 最後に残されたのは、黒装束の一団。彼らの手には、警護団が運んでいた木箱が抱えられていた。

 「アブシンベルに向かうぞ」

 スフィルは頷く事なく、その場を立ち去る事で答えた。



 騒ぎを聞き付けて駆けつける者が居れば、その逆もしかり。その集団は、急ぎ足で空港を出ようとしていた。

 「社長っ」

 「弱音を吐くな」

 【フューチャートラベラーズ】と記載された旗を目印に振っていた。

 社長と呼ばれた男性が、しかめっ面で返事をする。

 「ピラミッドに始まりアレキサンドリアやアブシンベルまでを8日で横断する強行軍だ。事故やテロで立ち止まっている暇はない」

 空港内の騒乱は、まだ外部には流出していないのか送迎用のバスが静かに旅行客を待っている。

 空っぽの車内へ今回のツアー参加者を詰め込みながら社長は他のスタッフに先を急がせる。

 「さあ行くぞ。お客様を連れてどこまでも」

 「待ってくれ」

 呼び止められ、社長とスタッフ一同が振り返る。

 一人の少年がいた。

 一人のみすぼらしい少年が、両手で荷物を抱えていた。

 「いまアブシンベルって言ったよな?」

 抱えていた荷物を、目の前に置いた。

 「あんた旅行者だろ。この金で、俺もアブシンベルまで連れていってくれ」

 古ぼけたバックに、大量に詰め込まれた紙幣。

 「頼む」

 「頼むと言われても」

 突然の事で戸惑うフューチャートラベラーズの面々。ただ一人を除いて。

 「いいじゃねえか」

 「社長っ」

 「金さえ払えば誰でもお客様だ」

 商談が成立する。

 「お客様。貴方のお名前は?」

 「カビール」

 「どのような目的で」

 「女の子を追って」

 こうして少年は、カビールは旅立つ。

 胸の高鳴りが示す彼方と、少女の、スフィルの背中を目指して。

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