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蛹と繭

作者: もふもふる
掲載日:2022/01/21

 カップルの夜の営みを見ても全く興奮しなくなったのはいつの頃からだろう。少しは興奮するかと思い秋葉原にあるマジックミラー越しにカップルの性行為を覗く店に行ってみたが、馬鹿な男と女が裸になって騒いでいるだけでしかなく、興醒めで数分で店を後にした。とはいえ私は仕事のために性の研究をしなくてはならず、同じ秋葉原にあるネットカフェでAVやエロ漫画を見て次の仕事のネタを探そうと考えた。今時官能小説なんて書いてもたいして売れず、月収十万円程度しか貰えない底辺ゴミ作家の自分。エロコンテンツを見たい人はたいていAVやエロマンガを見るし、今の時代エロコンテンツはインターネットで無料で見れるから、官能小説を買う人間なんて結局インターネットが使えない高齢者くらいのものだ。ユーザーの需要が尻窄みでいつ消えてもおかしくない零細業界、でもそこでしか食っていけない自分の存在。そんな自分もかつては出版界の期待の新星と目されていたこともあったが、出版社の人間と大喧嘩して修羅場を繰り広げた挙句仕事がなくなり今の仕事にありついた。喧嘩の理由はその出版社の人間のあまりの横暴にあったが、どんなに相手が悪くても出版社と大喧嘩をすれば業界にまともな居場所はなくなる。結局どんなに相手から酷い仕打ちを受けようが泣き寝入りをしなければその世界では食っていけない哀しい世界ということか。そいつは私のことを目障りと感じ、事あるごとに嫌がらせを繰り返し、私が自発的に業界から去るように仕向け続けた。関係者に私の悪評をばらまかれ、私の味方は誰もいなかった。そこまでされて業界に残ったとしても良いことなど何もない。自分の理解者がいない世界など地獄そのものだ。だから私は出版業界のメインストリームから去り、底辺出版社に拾われて底辺官能小説家になった。食っていけずに野垂れ死ぬことも覚悟していたが、落ちぶれたこんな自分のことも拾ってくれる人はいるということか。その出版社の人はお金はそんなにくれないが自分に優しくしてくれた。その優しさはビジネスライクなものかもしれないが、優しさに飢えていた自分にとっては金より遥かに有り難いものだった。自分を追い出した出版社の人間は自分の見栄や立身出世のために手段を選ばず他人を蹴落とし続けてきた人なのかもしれない。マスコミはマスゴミとよく言われるが、その典型例だったのかもしれない。関わりを断つことは唯一の正解だったのだろう。

 ネットカフェの受付で会員証を提示し、個室に入る。ここは援助交際やアダルトライブ配信で稼いでいる人もいるし、ラブホ代わりに使うカップルもいる。単純にオナニー目的で使う人もいるし、格安のビジネスホテルや仮眠室として使う人もいる。マンガも読めるしオンラインゲームもできるし、わりと何でもできる感がある。ただ店内には監視カメラが設置されているから、ここで裸になったり性行為をするとたいてい店員に見られるし、場合によっては録画されてAVとして流出する可能性もあるだろう。でも今の若者にはそんなことはたいして関係ないということなのかもしれない。そもそもそんなことを気にするまともな人間はネットカフェをラブホ代わりに使うことはないだろう。私の目的はここで仕事用にAVやエロ漫画のチェックをすることだ。とはいえコンテンツをじっくり見ることはしない。テレビのザッピングの要領で、複数のAVやエロ漫画をパラパラ見ては内容や構成を掴み、ユーザーに受けるコンテンツを研究する。研究のためには質と量が重要だが対象のコンテンツを全て購入できる程の収入はないからネットカフェで済ませている。ネットカフェの料金もそこまで安くはないが自分が見たエロコンテンツを全て購入するのに較べたら破格の安さだ。こうして研究をすることで安定した仕事ができるようになるが、こんな読み方を繰り返していてはエロコンテンツに興奮することが無くなるのは当たり前のことだ。性に対する本能的な興味がなくなれば当然恋愛にも興味を示すことがなくなる。そもそも収入も低いのだから恋愛や結婚など今の自分にはまず無理だし、仮に収入が上がっても恋愛に対して本能的な興味を示さない自分には恋愛や結婚は向いていない。そんな自分が仕事とはいえ性や恋愛についての小説を書き続けているのは皮肉でしかないが、人生なんて結局そんなものだろう。

 仕事に疲れて仮眠を取ろうとするが、隣の部屋で学生カップルが性行為をしていて煩くて眠れたものではない。ネットカフェの個室は密室ではなく構造的に隙間が空いた設計になっているからその気になれば覗き放題だが、実際に覗いてそれがバレて揉め事になるのも嫌だし、そもそも他人の性行為になど本当はたいして興味もないから、全く覗く気にならない。ただただ煩くて煩くて煩わしいというだけのこと。眠いのに眠れずにイライラが溜まるがそれがネットカフェなのだからそれが嫌ならそもそもこんなとこに来てはいけない。結局こんなところは私のような底辺人間が群がる無法地帯なのかもしれない。金があればいくらでもリッチなホテルに泊まれるのだ。だから人は金とか名声とかを手に入れるのに必死になるのかもしれない。そしてそれらを手に入れるために他人を蹴落とし続ける。それで絶望に陥る人がいたとしてもそれを嘲笑い、自らの快楽の道具にする。他人の不幸を嘲笑う悪趣味な人々の群れ。そんな社会など希望の欠片も感じないが、それこそが人の真理なのだろう。人は希望を求めて金や名声を求めるが、金や名声が不幸を呼び人を絶望へといざなうのだ。金や名声を手に入れることなど、本当はとても簡単なことなのかもしれない。他人を蹴落とせば簡単に手に入る。他人を蹴落とせば蹴落とすほど多くの金や名声が手に入る。ゲームでも一緒じゃないか。敵を多く倒せば倒すほど金や名声が手に入る。この世は人生ゲーム。戦いが全てだ。そうして他人を倒すことに必死になる人々。この世は競争社会。それが倫理的に正しいかどうかなどどうでも良くて自分が幸せになれば他人が不幸でも関係ないと考える人々。自分が幸せになるために他人を不幸に陥れ、不幸になった人々を見て嘲笑う人々。それが幸福志向社会の真実の姿。アホくさ。そんな社会など関わり合いになりたくない。貧乏くさいネットカフェの個室だろうが寝室は寝室だ。現実の真実など見なかったことにして寝室で真摯に就寝する。つまんない世界にサヨナラ。


 付けっぱなしにしておいた個室内のパソコンのモニターの電源が突如落ちた。と思ったらネットカフェ全体の電気が落ちた。停電。ブラックアウト。暗転。まるでこの世が終わったかのような、というのはさすがに言いすぎだが、私にはまるでこの世が終わったかのようだった。隣の部屋のカップルもさすがに性行為を止めて心配そうに話し合っている。小声で話していても全ての声が筒抜けだ。

 もし、この暗転によって世界が終わったのだとしたら?

 もしくは、暗転している間に世界が新しく作り直されるのだとしたら?

 世界を不幸に陥れる人々が絶滅して、より良い世界を作ろうとする人々だけが生き残っていける、そんな世界。

 店内が明るくなった。停電はほんの一瞬のことだった。店内スピーカーを経由して店員からの案内があり、電気の使いすぎでブレーカーが落ちたとのことだった。パソコンの電源が落ちたことでゲームのセーブデータが消えてパニックになっている客の悲痛な叫び声がした。

 この世界は簡単には変わらない。

 変化を望む人が多くいても、硬直化した世界はなかなか変わらないし、変わったとしてもそれで幸せになるとも限らない。

 インターネットが登場したり、ネットカフェが生まれたり、そうした環境の変化はあっても、人間の本質そのものはたいして変わらないのだから、そうした人間の集合体としての社会がたいして変わらないのも当然のことだ。

 幸せって結局何なんだろうね。

 幸せに振り回され続ける人々。

 昔ハンドスピナーが流行った時代もあったけど、人は幸福を手に入れようとして、幸せに振り回されているだけなのではないか、人が回しているハンドスピナーは実は人間の縮図なのではないかとか、そんなことを思ったり。

 官能小説を書くことが仕事なのに、仕事に関係ないことばかり考える日々を送っている。

 官能小説のなかに哲学とか思想めいたことを書くのは邪魔な蛇足でしかないし、そんなものが官能小説のなかにあったら興醒めするしそもそも抜けなくなる。抜けない官能小説などゴミでしかないから売れないし、売れないと収入が下がるから生活レベルも下がるし、生活レベルが下がるとネットカフェのお世話になることも増えるわけだし、そもそもお世話になっている官能小説の出版社の人に申し訳ない。私は自分に冷たい仕打ちをする人との関わりは完全に避けたいが、自分に優しくしてくれる人の優しさには応えたい。とはいえ時代に置き去りにされた官能小説を書くことそのものが大迷惑な気もするし、官能小説を辞めてエロ漫画家に転身したほうが売り上げも伸びて喜んでくれるかもしれない。絵心が全くないわけでもないから、漫画家になってもそこそこやっていけるかもしれない。とはいえ気が進まぬ自分がいる。漫画は多くの読者を見込めるが、金のために気の進まぬ漫画を書いて、それがたとえ売れたとしても嬉しいとは思わないし、むしろストレスが溜まるだけ。ならたとえ売れなくても自由気ままに書いていける底辺官能小説のほうが気が楽だし、むしろ売れないことが分かっているからこそ気楽というところもある。人を不幸にする金や名声が私は心底嫌いなのかもしれない。お金がないと人は生きていけないが、だからといってお金を求めすぎても人は大切なものを見失ってしまう。そうして人として駄目になるくらいなら、たとえ底辺の環境から抜け出ることができなかったとしても今の暮らしこそ大切にするべきではないのか。とはいえ今の売り上げではそのうち出版社から切られてしまうかもしれない。いくら優しい人でもビジネスはビジネスだ。出版社にとっても売れない作家には用はないわけだし、今の仕事を失うと私は生きていけなくなる。そろそろ新しい仕事を見つけないといけないのかもしれない。ネットカフェでも始めようか。私の書いた官能小説を無料で提供し、入店してくれた人は大量の官能小説を無料で読み放題。とはいえそもそも官能小説自体の需要がたいして存在しないのだからそんな店を開いたところで売り上げなど見込めず赤字の連続だろう。よくわからん底辺作家の官能小説などより普通に一般のAVやエロ漫画が見放題の店を開くほうが現実的で、そんな店など腐るほどたくさん存在しているから素人が新規参入してもなかなか上手くはいかないだろう。今より暮らしが悪くなってしまうのは目に見えている。収入が少ないと貯金も貯まらず、新しい事業を起こすための予算もなくなる。銀行から借金しようとしても利益の芳しくない小規模な事業者には銀行はなかなかお金を貸してくれない。転職しようにも私は過去に出版社の人と大喧嘩したせいで根に持たれて様々な会社に散々な悪評を垂れ流されていてまともな転職先など存在しない。今の仕事がなくなったら生活保護を受けるか死ぬかの二択。なんでこんな風になったかといえば全てはあの出版社の人間のせいなわけだが、ああいう社風の会社と関わるとまるで碌なことがないと学べただけ良かったと思うしかないだろう。少ない収入で毎日どうやって暮らしていこうかと考え、時間を持て余し続ける日々。時間が余っていてもそれを金銭に換えるための方法が私から取り上げられている。毎日暇な時間を思索に費やし、仕事のために熱心に研究を進めてみてもその努力が収入に結びつくことはなく、ただただ無駄な時間を費やしている。


「アダルト配信って稼げるんですか?」

「月収百万円は余裕だし、一千万円行ってる子もいるよ、底辺女の仕事だけどね。うち前科持ちだから就職できなくて、でも今の時代ウリしなくても配信で稼げるから良い時代だよ。ウリは手っ取り早く稼げるけど病気で死んじゃう子もいるし暴力を振るわれて精神を病んで死んじゃう子もいるしね」

 前に隣の部屋にいた若い子がアダルトチャットのライブ配信をしていたからちょっと話をしたのを思い出した。私は自分の身体に自信がないし配信で稼ぐ度胸もないから到底真似できないけど、配信に慣れた人にとってはわりと手っ取り早く高給を稼げる楽な仕事らしい。視聴者から女神扱いされてアイドルみたいになれるし、それで気持ちよくなって楽しくなれるって話だった。ちょっとえっちなことをしただけで大金が舞うから楽しいって。時代はすっかり変わったんだな。私はどれだけえっちなことをしても低収入に喘いでいるのに、あの子は配信でちょっと喘いでみせるだけで大金を手に入れられる。底辺だからといって必ずしも貧乏とも限らないんだよね。売春は性病や暴力のリスクがあるし、デートクラブでも飲み物に睡眠薬を入れられてホテルに連れ込まれる事件が続出しているし、性行為を撮影されてAVとして販売されることもあったみたいで、怖くて絶対に真似したくない。本当この国モラルが死んでる。そういえば性関係のライターをやってみないかという話もあったけど、そういうアダルト系のライター業をやっている人は意外と結構いて、結局私にはその枠が回ってこなかった。その件についても結局のところ私をよく思わない出版社の人の嫌がらせによって悪評がばら撒かれた結果、その案件自体がなくなってしまったのかもしれない。

 本当はたいして気持ち良くもないオナニーで喘いでいる振りをするだけで男が勘違いして喜んでくれる。本当男って馬鹿な生き物。そんな男に性を提供してお金を受け取る仕事というのは穢れた仕事かもしれないし、底辺の仕事かもしれないけれど、官能小説作家というのも結局は性を提供してお金を受け取る仕事の一種なのだ。AV女優やアダルト配信者や援助交際JKと大差ない。この中で手取りが圧倒的に少ないのが官能小説作家の自分。この中で一番才能を必要とするのが官能小説作家のように思えるが、結局才能と金は何ら相関性はなく、稼げるビジネスをやった者が稼げるというそれだけのこと。才能なんて所詮はゴミでしかない現実。どんな馬鹿女でも男に気に入られれば大金が入り、才能があっても男に嫌われれば無一文。女にとっての才能とは結局男に気に入られる才能こそが全てでそれ以外はただのゴミという現実。なんで私官能小説なんか書いてるんだろ。本当馬鹿みたい。でもそれでしか生きていけないのが今の私。男に気に入られて結婚して専業主婦になれば全く稼がずに生きていけるのに。まあ専業主婦も楽ではないし家事や育児も立派な仕事だけど。そもそも私には恋愛や結婚についての興味が全く無くなってしまったから、専業主婦という選択肢はないし、アダルト配信をやったとしても視聴者に気に入られる行動なんか無理だろう。視聴者の恋心をカモにして大金を稼ぐ配信者のビジネス。男を欺くあざとい女配信者と、騙されていることを知ってか知らずか女の裸に沸く馬鹿な男たち。性というのは人間の本能の一種の頂点だから男も女も馬鹿になるものなのかもしれないが、私はそんな馬鹿にはなれないし、馬鹿になれないから性を醒めた目でしか見れず、性に対して距離を取ってしまうのかもしれない。そんな私が官能小説作家など何の因果だろう。それこそ嫌がらせの極みなのかもしれない。

 性を商品化するビジネスの乱舞。アイドル業界も一種の性の商品化だ。異性の恋心をお金に変えるビジネス。恋や性は手っ取り早く大金を稼げる楽なビジネスだ。声優にしろメイドカフェにしろ配信者にしろ今の時代ではどんどんアイドル化が進んでいて、客の恋心や性欲に突き刺さることをやれば人気が出て大儲けできる。その一方で女の子はブラックな運営に苦しめられるがお客さんはそんな業界の裏側の闇など知る由もなく純粋にアイドルにのめり込んでいく。どんなに運営がブラックでも、運営の機嫌を損ねるとその世界では生きていけなくなり、底辺の暮らしを余儀なくされる。そんな世界になど行かなければ良いのに。一見多くの光に溢れるキラキラした世界に思えてもその世界の真実は深い闇そのもの。深淵の沼に入り込んだら抜け出ることができなくなってしまう。それでもその世界に一筋の光を見出してしまうと、人はその光を追い求めずにいられない生き物なのかもしれない。たとえその先に深い闇があったとしても。人はとても哀しい生き物だな。金や名声は人を不幸に変えてしまう。なんで幸せになりたいだけの人が不幸になってしまうのだろう。なんで人はその邪悪な悪夢の運命を変えられないのだろう。その道を進んで幸せになれた人もいる。でもそれは多くの人を蹴落とし不幸にした死体の上に立つようなものだ。世界の真相を知れば知るほど、そうした世界には絶対に行きたくないという思いばかりが募るようになっていく。今の私には金も名声もないけれど、自由がある。気楽な暮らしがある。それだけあれば、それで充分なのではないかと、そう強く思うようになっていた。

 作家を自分のオモチャにして嘲笑うゴミ出版人は全員死んでくれないかな。そうなればこの世界は少しは良くなるはずだから。


「おじさんがおちんちんしごくのを見ているだけで良いから。一万円。ね、良いでしょ」

 中年の男に言われるまま言われた通りのことをしているだけで本当に一万円がもらえる世界。何もせずただ見ているだけでお金がもらえる。お金を稼ぐのに才能なんて要らない。才能なんて本当ただのゴミ。才能あっても食えないんじゃ意味ないじゃん。


 ずっとネットカフェで寝泊まりしているうちに、いつしかネットカフェが自分の家のようになっていた。パソコンかスマホがあればどこでも仕事の執筆ができる。アダルト配信している人の部屋を覗いたり音を聞いたり話を聞いたりしてそれをそのまま官能小説にすれば仕事は完了するし、想像でいくらでも話を広げることができる。古いアパートの自室に籠って小説を書くよりこちらのほうが捗る気がする。ネットカフェは一見安いように思われがちだけれど私からしてみればむしろ高いイメージがある。単純な家賃計算で考えるとネットカフェを自宅代わりにしてずっと住むより中古アパートを借りてそこに住んだほうが遥かに安上がりだ。それでも、ここにしかない異質で異様な雰囲気が私をこの場に引き付けていた。正直私はネットカフェそのものは好きではない。完全な個室ではないからどうしても周りが気になるし、完全防音ではないから周りのちょっとした音が煩いし、ドアを閉めているのに壁の隙間から部屋を勝手に覗いてくる人もいる。アダルト配信をやっている人のなかにはドアを開けっ放しにして、見られる危険があるハラハラした空気を配信のウリにしている人もいて、それで私も見る気がないのにアダルト配信の現場を目撃してしまったこともある。普通に考えればどう考えても公然わいせつのはずだが、表面上は個室ということになっているから法律的にはグレーゾーンなのかもしれないし、法律的にアウトかもしれないことを配信でやることで話題になって盛り上がると考える者も少なくないのだろう。そういう輩が集まるネットカフェという場はこの国の最底辺の縮図のような場所だが、だからこそ見えてくる世界というのも存在するのだろう。想像だけで話をするのでなく実際にその場に赴き、見聞きすることで、話の内容に圧倒的なリアリティが生まれる。それこそが小説の執筆力の源になる。とはいえそんな努力を繰り返したとしてもそもそも売れない官能小説の世界で、しかも官能小説なんかを書くためにそんな努力をしているのかというと虚しくもなるが、今の私にはやむを得ないことなのだろう。私は、セックスが嫌いだ。官能小説を書けば書くほどセックスがどんどん嫌いになっていく。人間の醜いものがセックスによって浮き彫りになるからなのかもしれない。人間の本能は醜い。セックスとは人間の本能が結集したものだ。セックスのために他人を性的搾取している者もいれば、金や名声のためにセックスを提供する者もいる。枕営業で芸能界をのし上がる者なんて全く珍しくも何ともない。今の時代ならわざわざセックスをしなくても裸になって適当に色っぽい声を出してオナニー配信をするだけでびっくりする程の金額を手にすることができる。つまらない会社勤めなどする必要はないのだ。希薄した人間関係の会社で本当は才能のない上司の顔色を伺い媚び諂って仮面の笑顔を貼り付けなければ人事権を握った上司に潰されて生きていけなくなるつまらない会社勤めの人生などに全く価値はなく、そのような無駄に命を消費する人生を送らなくても今の時代は自由で気楽な人生を送ることができる。とはいえその形がアダルト配信業というのはどうなのだろうという気もするが、それ以外にもいろんな新時代の職業が存在する。人はもっと自由に生きて良いはずだ。何故つまらない会社の奴隷にならなければならないのか。とはいえ昔ながらの会社というのはなかなか企業体質を変えられないものだし、それは出版社も同じなのだろう。つまらない虚栄心を満たすために平然と人を使い捨ての奴隷にしようとするメインストリームの出版人の姿に絶望した私は、その世界で生きていく希望が全く無くなった。古い価値観に染まってそこから抜け出せなくなってしまった人たちが完全にいなくならない限り、その世界での私の居場所は全く存在しない。たとえ出版界の隅に追いやられた底辺末席の官能小説の世界であってもそこに自分の居場所が存在するのであれば、その世界こそが私の居場所なのだろう。狭く煩いネットカフェの個室であっても、奴隷にならなくても生きていける自由な人生がそこに存在するなら私にとってかけがえの無いものだ。つまらない虚栄心を満たすことより本物の自由を手に入れたい。ここには自由な人生が存在する。たいしてお金がなくても、名声や権力が得られなくても、恋人が一切出来なかったとしても、本物の自由が得られるなら他に何も要らない。他に必要なものなど人生に存在するだろうか。


「この世界なんて結局ゴミ人間ばかりのゴミ社会だけどさ、そんなゴミの掃き溜めの社会でもあたしたちは生きていかなきゃならないし、ゴミの山だろうが何だろうがあたしはここで生きてやるさ」

 隣の個室でアダルト配信業をやっている女と話すうち、いつしか友達のような不思議な関係になっていた。最初は官能小説を書くための取材のつもりだったが、お互いこのネットカフェに住み着いていて部屋が隣同士ということもあって次第に打ち解けてきて、顔を合わせたら話をする関係になっていた。このネットカフェは不用なトラブル防止のために短期利用と長期利用でエリアが分かれていて、長期利用の人同士は同じアパートの住人のような感じで次第に顔馴染みの関係になる。このアダルト配信業の女は自分のことをユメと名乗った。当然偽名だろう。芸能界に憧れる夢見がちな女。芸能事務所の男に騙されて身も心も穢されて頭のネジが壊れちゃって、芸能界から逃げてきて居心地の良いネットカフェでアダルト配信業をやるようになったらしい。夢見がちな女だからユメという名前。アダルト配信業なら馴染みの視聴者から女神として扱われるから気分が良いらしい。芸能事務所に所属していた頃に騙されて強制的にAVを撮影されたらしく、AVを撮るために使わされた薬物の影響が今も残っていて依存症状態になってしまったようだ。AV撮影時の女の反抗的な態度を無くすためや女の感度を良くしてAVとしての見映えを良くするために薬物を使うことが普通にあって、たとえ違法なものであっても業界関係者は平然と使う。そもそもAV産業自体が売春禁止法に抵触する可能性のあるグレーな業界だし、性的搾取によって成立しているブラックな業界なのだから、薬物を使うのも業界関係者にとっては日常の範囲内なのかもしれない。とはいえ薬物は高く貧乏人には簡単に手に入れることはできないし、薬物に手を出すのは死んでも嫌だと思いつつも、禁断症状が出て日常生活をまともに送ることができなくなってしまって、薬物の代わりにタバコに依存してヘビースモーカーになったとのことだ。でも歯は普通に見える範囲の全てがインプラントだからどんなにタバコを吸っても歯にヤニが付着せず真っ白な歯で羨ましい。芸能事務所に入るときに顔面整形と歯列矯正をして、そのときにインプラントにしたらしい。グラビア撮影などで歯を見せた笑顔の写真とかを撮ることがあるから、見える範囲内の歯は綺麗にしておかなければならないのが芸能人の鉄則だ。とはいえそうした努力が結果的に芸能人としての成功ではなく騙されて撮影されたAVの商業価値を高めるためだけのものに成り下がるというのは残酷なことかもしれない。正直私よりユメのほうがよっぽど深い経験をしているのだから私よりこの女が官能小説を書けば良いのにと思ったが、官能小説を書くよりアダルト配信業をやったほうが遥かに稼げるし視聴者からチヤホヤされて気持ち良い思いを味わえるのだから小説など書く気にならないとのことらしい。それもそうだろう。結局今の時代に売れない小説など書く奴は最底辺でしかないのだろう。世の中にはもっと金を稼いだりチヤホヤされたりする仕事はいくらでも存在するのだから、今の時代にわざわざつまらない小説を書く意味など全く存在しない。

「あんたも顔可愛いし良いカラダしてるんだから配信やれば良いじゃん。あたしが紹介したらすぐ人気でるし稼げるようになるよ」

 ユメは私のことを舐め回すように見つめてきて、私の一生を左右しかねないことを平然と言ってくる。でも、そんなユメの話にも確かに一理ある。売れるためには知名度が必要だが、知名度のある人が新人を紹介したら簡単に知名度を得られて稼げるようになる。それはインターネットの世界だけでなく芸能界など他の世界でも一緒だ。その世界で生きていくためには知名度が必要不可欠だ。ユメはネットカフェに定住するような底辺女だが、アダルト配信の世界ではトップクラスの人気を誇っていて、ユメに紹介してもらえれば私もトップクラスの配信者になれる。それが分かっていてもそれでもその世界に入ろうとしないのは、他人に自分の裸を見られるのが嫌なわけではなく、小説の世界に執着する気持ちがまだ残っているからなのかもしれない。だから、稼げない底辺の世界であっても、官能小説の世界に自分の居場所を求めようとしているのだろう。ユメの部屋と私の部屋の間の壁は実際には壁というより間仕切りのようなもので、襖のように横にずらすことができる。だからユメの配信中にユメが配信している姿を横から見ることもできるし、実際にユメの配信中の姿を見せてもらったこともある。カメラに私の姿が映ってしまったこともあって、ユメの視聴者のうちの何人かは私の姿を目撃している。美人で派手なギャルのユメとは違い、私のことは地味で男っ気のないつまらない女とでも思われたのかもしれないが、ユメ曰くそういう女が脱ぐのもわりと需要があって高い人気が得られるようだ。今の時代はヤリマンギャルより清楚女のほうが人気が出やすいから私がアダルト配信業をやればユメ以上の人気が出るかもしれない、とも考えたが、やはり私はアダルト配信業をやる気にはなれなかった。そんな私の気分を見透かすかのようにユメは私に見られながら視聴者に向かって自慢の肉体を晒しチヤホヤされて満悦していた。ユメの個室内には食べ物や飲み物がやたらと沢山あって、カラオケルームのように店員が運んで来てくれるからユメの部屋には飲食物がとんどん溜まっていく。だからユメの肉体もどんどん肥えていったが、そのぶん胸も豊かになるから視聴者には好評なようだった。毎日運動もせず部屋に籠って大量の飲食を繰り返していればそりゃ太るだろう。とはいえそうしたストレス発散の手段がなければ到底やっていけないとでも考えているのかもしれない。何もしないでいたらストレスの深い闇に押し潰されて死にたいと思ってしまうのかもしれないし、死なないで済むなら今のユメの生活にとやかく言うことはしないほうが良いのだろう。ユメはまともに風呂にも入らないから体臭が凄いことになっていたが、体臭は配信には乗らないからユメの視聴者はユメの体臭の酷さは知らない。でも私の部屋はユメの隣だから私にとってユメの体臭の酷さは致命的なのだが、それをユメに直接言えるほど私には度胸がなかった。胸もないし度胸もない。だから私にはこうして世界の隅で静かに暮らすのが性に合っているのだろう。


「その事務所の男、殺そうと思わないの?」

「そいつなら死んだよ。そいつ、あたしと同じようにいろんな女の子に同じようなことをしてたから、ある子が憎しみ極まってそいつを刺し殺して、自分も刺し殺して自殺しちゃったの」

「そんな悪い人が死んだら世の中何か変わるかな」

「何も変わんないよ。だって、そいつみたいな男は吐いて捨てる程いるし、あたしみたいな芸能界志望の女も吐いて捨てる程いる。若い男でもヤバい奴なんてたくさんいるから、十年待とうが百年待とうが業界の腐った構造は一切変わんない。待つだけ無駄だね」

 私よりユメのほうがずっと現実をよく理解している。夢見がちな女のはずなのに。自分が痛い目に遭うことで現実を理解する目が養われたのかもしれないし、単純に夢から覚めたのかもしれない。本当は現実にすっかり醒めているのに表向きは夢見がちな女を演じているだけなのかもしれない。

 もし同じ境遇になったとき、私ならどうするだろう。たぶん、私はユメとは同じ道を進まない。その男を殺した女の子のように、私もその男を殺して自分も死ぬだろう。だから、自分が死ななくて済む人生を送るためには芸能界とはできるだけ関わらないほうが良いのかもしれない。自分が誰かを殺すことで世の中が良い方向に変わるなら、自分は迷わず人を殺すだろう。でも誰かを殺しても世の中は変わらない。腐った人間など吐いて捨てる程いるし、そんな人間がどんどん増えていく一方なのだから、世の中を変えるために人を殺すことそのものが無意味だ。だから、腐った世界が嫌なら腐った世界から離れて一切関わらなければ良い。それこそが自分の身を守る唯一の方法だ。ユメがアダルト配信業で生きているのも、私が今の人生を歩んでいるのも、全部一緒だ。暗澹とした闇に飲み込まれ、変わらない世の中。そんな世の中に対する深い絶望。そんな世の中に希望を持てというのがどうかしている。この世界には明るい希望なんて本当はどこにもないし、夢という都合の良い餌をばら撒いて夢見がちな人間を釣っていく悪どい人間ばかりの世の中。どうせ殺すならたった一人の人間を殺すのではなく、腐ったこの世の中そのものを殺すべきだろう。そのための力を私は持っている。

 ユメは一見馬鹿なことをやっているようでも本当は私より遥かに頭が良いのではないか。でも何かを考えてしまうと死にたくなるから、死なないようにするために他のことをして自殺願望を抑えているのかもしれない。まともな人であればあるほどこの腐った世界に絶望して死にたくなるのかもしれない。

 ネットカフェはこの世界での居場所を失った人が集まってくる場所だから当然のようにネットカフェで自殺する人がいる。自殺者の個室を掃除するのは店員の仕事だから、ネットカフェの店員には死んでもなりたくない。トイレで硫化水素自殺した人が出たときはそのトイレがしばらく入室禁止になって大変なことになった。そんなときでもユメは部屋でおしっこ配信でもやろうかと気楽に言ってたからユメならこんな世界でも生きていける図太さを持っているのかもしれないし、その態度が実は繊細さの裏返しで本当は心を深く病んでいるのだとしたら、一番自殺しそうなのもユメなのかもしれない。でもたいていの女は常に自殺したいと言っているから、その自殺願望が具体的にどれくらいの強さを持ったものなのか本当に分かりにくい。ユメの自殺願望はすでに極まっている。それでも自殺しないのはどうしてなのだろう。視聴者にチヤホヤされて気持ち良くなって、もう少し生きていても良いかなと、そんな感じなのかもしれない。現実がつまらなくなったらあっさり死ぬのかもしれない。自分ひとり生きていても世の中は変わらないし、自分が死んでも世の中は変わらない。自分には世の中を動かす力はない。そうした世の中に対する諦めの気持ちがユメから考える力を奪ってしまったのかもしれない。

「何も考えないほうが幸せでいられる」

 この世の中の最大の真理だ。

 人の命は軽い。人がどんどん死んでいく世の中に人の重さなんて存在するのだろうか。


「そういえばネットカフェって何でネットカフェって名前なんだろうね」

「欺瞞だよ」

「え?」

「実態は格安のホテルと化しているのに旅館業法が適用されない、法の抜け穴を突いたビジネス。売春防止法で規制されないソープランドや賭博罪が成立しないパチンコと似たようなもん。個室の壁が隙間だらけなのも宿泊施設とみなされないための対策だよ。国側も業者の実態を知ってるくせにわざわざ法の抜け穴を作って業者を保護してる。結局国も業者とグルになっているのさ」

「飲食物を注文すれば届けてくれるからカフェという言葉も決して間違いではないんだよね」

「24時間営業のマックをホテル代わりにしている客もいるし、飲食店をホテル代わりにしているのはあくまで客であって店側がホテルとして提供しているわけではないという理屈が通るんよね。だから法律で規制するのは難しい。ま、あたしらにとってもここが無くなるのは困るしね。お互い様ってことさ」

 配信が終わって全裸のままでユメは私と話をする。裸を見られること自体全く気にならないようで、配信で使った生々しいアダルトグッズをウェットティッシュで拭きながら真顔で冷静に話をしている。さっきまで配信で散々アヘ顔で喘ぎまくっていたのにあれが全て演技なのかと思うとゾッとするし、女は本当に怖い。そのことをユメに言ってみると、「あれはま、半分本気で半分演技だよ」と言って呑気に笑う。もしかしたらAV撮影のときの演技指導の結果身につけたテクニックなのかもしれない。ユメにとっては嫌な思い出だろうが、その経験が結果的に今のユメの生活を支えているのかもしれない。人生など皮肉なものだ。ユメの言葉はどこまでが本当でどこまでが冗談でどこからが嘘なのだろう。そんなことを考えても仕方のないことかもしれないし、本人もたいして考えていないのかもしれない。本当と冗談と嘘とが同時に存在しているのは間違いないだろうし、私は人の本性を見抜くのは得意なほうだけれど、ユメは他人に本性を見せない女だ。一見すると素で話しているように見えて、実はその素の姿すら仮面のひとつだったりする。いくつもの仮面を用意して本当の素の姿を見せようとしないのは、自分を守るための盾ということなのだろう。これ以上自分の心が傷つかないよう防衛本能が働いているのかもしれない。

「マック難民とネカフェ難民、本当の底辺はどっちか分かる? マックはコーヒー百円で一晩泊まれてネカフェは一晩泊まるためにプランによっては千円超えるから、普通に考えればマック難民のほうが底辺に思える。でも本当の底辺はネカフェ難民なんだよ。マックに長時間籠っていてもそれだけだと金は稼げないけど、ネカフェなら個室にいながらアダルト配信や売春で宿泊費や食費をいくらでも稼ぐことができる。でも、そんなことをしないと暮らしていけなくて、この場から抜け出るための気力がどんどん奪われていって、一生ここから抜け出ることができなくなる。だからネカフェ難民が最底辺なんだよ」

 これはあくまでユメの考えによるもので、本当の答えは別にあるのかもしれないけれど、ユメの言葉はいちいち納得させられた。人を納得させる何か深い力を持っていて、頷かされる言葉ばかりだ。これが言葉の力というものなのだろう。たとえ本当の正解でなくても、人を納得させる言葉を使えるというのはたいしたものだ。ユメは配信で常に自分の言葉で話しているし、配信業というのも結局言葉を使う仕事の一種だ。別に私のような小説家だけが言葉を使う仕事をしているわけでもなく、出版人だけが言葉を特権として使えるわけではない。そもそも言葉には特権など一切存在せず、誰でも普通に使えるものだし、誰もが普通に使えるものでなければならない。その言葉を特権視することこそ愚かで醜いものだ。そんな人間たちよりユメのほうが遥かに心に刺さる言葉が使えるのはある意味当然のことなのかもしれない。


 私はネットカフェに籠ってひたすら官能小説を書きまくった。とはいえ私の契約は印税形式ではなく書いた文字数に応じた買い取り契約だったから、書いた小説が掲載された本がどれだけ売れようが、どんな内容を書こうが、文字数だけが全てだ。私の書いた小説は、複数の作家が執筆するアンソロジー本の一部として掲載される。その本に載っている他人の文章を読んでも正直そこまで面白いものは載っていないが、内容が面白くてもつまらなくても収入が変わらないならこんなゴミ同然の内容のものばかりになるのも当然だろう。そのアンソロジー本で、私は純愛系からリョナに至るまでどんな内容のものでも書いた。特定のジャンルを得意分野にして専門的に書くのもアリだしそれでマニアックな人気を得ている人もいるが、同じジャンルに拘りすぎるとどうしても似たような内容ばかりになって行き詰まりやすくなり、書いていてストレスが溜まってくるから、ストレス分散のためにもいろんなジャンルのものを書いていくほうが気楽だった。リョナのように女の子がどんなに酷く凌辱されるものを書いても一切気が咎めることがない私は冷酷な人間なのかもしれないし、そのような性格でなければこの仕事を続けていくことなどできないだろう。この仕事を続けることで、収入は一千万円には遠く及ばなくても、同年齢帯の一般のサラリーマンの平均年収は超えた。でも結局、毎日長時間労働してこれだけ頑張ってもこの程度しか稼げないのかと愕然とした。人によってはサラリーマンの平均年収の半分もいかない人も普通にいる。そもそも出版社側が設定した買い取り単価があまりに低すぎるのだ。そもそも今の時代に小説なんか売れないのだから仕方のないことだし、出版社が利益を出せないと次がない。だから出版社が利益を出せることが大前提のビジネスモデルになっていて、出版社が利益を出せる範囲内でしか作家に収益分配が来ない。その小説を作ったのはあくまで作家であって出版社はたいしたことをやっているわけでもないのに、何故出版社の取り分が作家の取り分を遥かに上回る膨大な割合になっているのか。それなら出版社とは一切付き合わず、同人作家として自主出版して同人作家を扱う書店と直接取引するほうが遥かに利益率が高くなる。今の時代なら同人誌をネット販売することも可能で、やり方によっては年収で一千万円を超えることも余裕で可能だ。出版社に利益を搾取されることもなく自分の考えの赴くままに自由に仕事をしていける同人作家としての人生は今の時代に適した最先端の作家の姿だろう。とはいえユメがやっているアダルト配信業はそんな同人作家より遥かに高額の収益が得られる。人によっては億単位の年収も余裕で稼げる。どうせやるなら作家より配信業だろう。配信業をやればアイドル扱いされて圧倒的な人気も得られて超高額な収益を得られる。事務所に所属しない個人配信者であれば悪徳事務所からとやかく言われることもない。仕事のスタイルは時代に合わせてどんどん変化している。わざわざ数十年前の仕事のスタイルを今の時代にやる必要はない。今の時代に合った、最先端の仕事をすれば良いのだ。自分でそういう事業を起こす気概のない人たちでも適当に官能小説を書いて出版社に渡せば相応の収入が手に入るというメリットはあるが、その気楽さを手に入れるために膨大なお金を損している計算になる。私の場合は出版業界のメインストリームから追い出されたときにその官能小説の出版社の人にいろいろとお世話になったから、恩を返す意味で薄給ではあっても今の仕事を続けている。とはいえいつまでも今の仕事を続ける意味があるのか正直迷っている。ユメの誘いに乗って私も小説の執筆を一切やめてアダルト配信業に鞍替えしたほうが幸せになれるのかもしれない。お金さえあればそれなりの幸せは手に入れられるだろう。もちろんお金だけで全ての幸せを手に入れられるわけではないけれど、お金がなければ最低限の幸せも手に入れられなくなる。今の小説執筆の仕事では正直その最低限の幸せを得られているのか自信が持てない。今の生活でもそれなりの満足感はあるが、毎日ずっとネットカフェに引き籠って官能小説を書き続けるだけの生活が本当に理想的な生活だと言えるだろうか。小説を書くのをやめればこの生活から解放されるかもしれない。アダルト配信業に手を出して億単位の年収を得られれば都心のタワマンの最上階に住むことも充分可能なのだ。今の売れない官能小説の仕事ではタワマンの最上階に住むことは難しいだろう。たいして需要のない業界より需要のある業界に鞍替えするほうがビジネスとして考えれば明らかに正解のはずだ。今の時代、小説家の人生には未来がない。私は未来の希望が欲しいのだ。未来の希望を手に入れるためには、別に小説という選択肢でなくても構わないじゃないか。本など全て捨ててしまえ。


 その出版社の人、私の執筆のモチベーションを上げるためか「芥川賞獲れますよ」とか適当に言ってきたけど、「出版業界のメインストリームから追い出されてるのに獲れるわけないじゃん。それに今更文学賞なんか要らないし」って言ったら「それもそうですね」って言って笑ってた。そもそも官能小説しか書いてないのに芥川賞もクソもないやろ。結局そういうのって作家を金とか名声とかで釣るための餌でしかないし、すっかり古びて時代に置き去りにされた文学賞を今更もらったところでたいしてメリットもないから、そういうのとは関わらない人生を歩いていきたい。そもそもそうやって作家を露骨に釣ろうとする出版社の姿勢が無性に気に入らないし、そういうのに簡単に引っかかって文学賞を獲るために出版社の言いなりの奴隷状態になるような作家というのは結局たいした作家でもないのだろう。とはいえ結局作家というのは出版社に切られたら終わりの立場の弱い存在だから、出版社の人から「特定の文学賞を獲っていない作家とはうちは付き合わない」と言われたら、生きていくためにその道を進まざるを得なくなってしまう人もいるのかもしれない。わざわざその道を進まなくても小説家ではない道を生きれば良いだけなのにね。小説家なんて結局は出版社の下請け業者のようなものだから元請けに頭が上がらなくなってしまう弱い立場に過ぎず、そうした作家の弱い立場を見透かすようにパワハラや暴言を繰り返すゴミそのものの出版人がのさばるのは自然なことなのかもしれない。とはいえそんな人間のいる出版社が表向きは弱者の味方を装っているというのはどう考えても欺瞞でしかなく、そんな会社とは私は絶対に何があっても関わり合いにはなりたくなかった。だから私は彼らと大喧嘩し、絶縁状態になって今の道に進むことになったのだ。その選択に私は全く後悔していないし、人として正しい選択をしたと今でも考えている。倫理観の欠如した人たちを富ますために自分の人生を奴隷同然に消費し続ける生き方というのは人として最も終わった生き方だ。生きている意味のない人生。何故貴重な自分の人生をそんな腐った人たちのために使わなければならないのか。そのことをユメに話したら「だからそんなのやめてアダルト配信やろうよ〜」ってケラケラ笑ってた。才能なんてなくても誰でも簡単に億万長者になれるならアダルト配信業のほうが明らかに正解の生き方なのかもしれない。今の時代、大金や知名度を得るためには会社に媚びる必要は全くなく、才能も全く必要ないのだから。


「ひとえにアダルト配信っていってもいろんな種類があるんだよ。あたしみたいにオナニー配信をやってる奴もいるし、カップルでセックス配信をしている奴もいる。でもあんたにはそういうのはちょっとハードルが高すぎるかもしれないし、そういう露骨すぎるのは逆に合わないかもしれない。そんなあんたには日常配信が合ってるかもしれないね。日常配信なら気軽にやれるし、地味子のあんたにはわりと合っているんじゃないかな」

「日常配信って?」

「個室内に配信用のカメラを置いて生配信するんだけど、カメラに映っている人はカメラのことを全く意識せずに普段通りの生活をするの。それを視聴者が見ているだけという配信スタイルだよ。なかには悪質な家主や不動産業者とかが部屋を借りている女の子の部屋に勝手に盗撮カメラを仕込んで、その子に黙ってその部屋を配信サイトで生配信しているってことも少なくないんだけど、なかには女の子が自らそういう日常配信をしている子もいるの。女の子の部屋を24時間生中継っていう触れ込みで、たまに着替えとかえっちなシーンもあったりするから、見ているほうとしても女の子の日常生活を覗き見している感じがして性的興奮を覚える人もいる。女の子が自らそういう配信をしているのは大抵風俗嬢とかキャバ嬢とかだったりするけど、なかには一見普通の女子大生っぽい子もいたりするし、そういうヤリマンっぽくない清楚地味子とかのほうが人気が出たりする。あんたもその手のタイプだから、そういう配信をやるのもアリだと思うよ。別に配信者がわざわざえっちなことをしなくても視聴者が勝手に興奮してシコシコするから楽っちゃ楽だし、あんたには合ってると思うよ。あんたみたいな清楚地味子が配信中に官能小説とか書いてたら視聴者が盛り上がって相当人気になるよ。あたしも人気配信者の端くれだからどういう子が人気が出るのかにはすごい敏感だし、あんたには配信者として人気が出る素質がある。あたしは素質のない子には全く興味を示さないから、そんなあたしが興味を示すってそれだけで凄い才能なんだよ。あんたがその気になったらあたしが全部の手筈を整えてやるよ。配信の仕方が分からなくてもいちから教えてやる。それが友達ってもんだろ?」

 ユメの話を聞いているうちに、配信者になるのもそんなに悪いことではないんじゃないかと思えてくる。アダルト配信者であっても別にユメみたいなことをしなくても良いのだと思うとだいぶ気が楽になったし、私でもやれそうな気がする。

「とりあえずさ、配信用のカメラ、置いてみない? 普通の生活してるだけで良いからさ」

 ユメの言葉に私はこくりと頷いた。

 そして、私の配信者としての人生が始まった。


 清楚地味子が日常配信で淫靡な官能小説を書く、そんなスタイルの配信は一躍話題となり、私はあっという間に人気配信者となった。ユメのように主体的に視聴者を誘うことは一切しなくても、何故か自然と視聴者が集まった。清楚地味子の生活を覗き見ることによる性的興奮と、その子が書いている淫靡な官能小説の内容でも性的に興奮する、二重に抜けるということで話題になり、人がどんどん集まっていった。配信者のなかにはツイッターやインスタなどSNSを活用して日常を呟く人はたくさんいたが、私のように濃厚な文章を書く人など配信者の世界にはおらず、しかもその文章が人の性的本能を強く刺激する、そんな珍しさが希少価値を生み、私のもとに視聴者がどんどん集まっていく。正直ユメのようなタイプの配信者はいくらでもいるし、AVやエロマンガなどで代替できるが、私のようなタイプは他にいないから代替の対象がおらず、一瞬で視聴者ランキングのトップに躍り出た。ユメは「これはあたしの手柄だ」と喜んでいたが、私には正直数字などどうでも良かった。だが配信者としての一日の収入が小説家としての年収を軽く上回るのを見て、これが現実なのだなとよく分かった。小説を書くのなんて本当アホくさ。とはいえ配信中に文章を書くのが私の配信スタイルだから文章を書くのをやめるわけにも行かなかった。今の配信スタイルを変えると人が離れてしまう可能性がある。せっかく多くの人が自分に関心を持って来てくれたのだから、できるだけ離したくない。それが人気を維持するコツだ。だから私は視聴者をアッと言わせる文章を次々と書いていった。最初は官能小説を書いていたが、ジャンルに囚われず、小説というフィクションの檻からも解放されて、自分の好きなままに文章を書いていった。その文章の内容は他の配信者が書くような内容とは明らかに異なっていて、異質の極みだったからさらに話題になって、いつしか配信視聴者数は他の配信者より桁違いに多くなっていた。他人と同じことをやるだけでは他人と同じレベルにはなれても他人を超えることはなかなか難しいが、異質なことをやれば目立って話題になるし圧倒的に他人を超えられる可能性がある。とはいえ私は別に意識的に異質なものをやるつもりはなかった。私としては配信開始前も後もいつもと変わらぬ日常を送っているだけだった。だが、そんな私の日常が、他人にとっては異質の極みの非日常となり、関心を引く原動力になった。私がいつもと同じように個室内のパソコンに向かって文章を書いていると、隣の個室でユメが私を見て優しく笑っていた。配信者としての私の活躍が嬉しいのかもしれない。とはいえ私は配信者としての努力は何もしておらず、普通に日常を送っているだけなのに、そんな自分のもとに勝手に人が集まってくるなんて本当に不思議だった。ユメもそんな私の活躍に刺激を受けたのか、個室内だけでなく同じネットカフェの利用者や店員に現場を目撃される可能性のある共用通路などで配信を行うなど公然わいせつスレスレの過激な配信にも手を出したが、そんな配信をしても私の日常を垂れ流すだけの配信の数字には勝てなかった。そもそもアダルト配信そのものが公然わいせつに問われる可能性のあるグレーゾーンではあるけれど、私の配信は単に日常を垂れ流すだけで他のアダルト配信者とは異なるし、配信中に官能小説を書いていたとしても公然わいせつには問われにくいものかもしれない。いくら配信者として有名になっても警察に捕まって実名が報道されてしまうリスクがあるとなかなか手を出しにくいだろう。だから、そういう法的なリスクを考えると、法に触れない範囲内で話題になる、そうした無難な配信を志したほうが結果的に長く配信活動を続けていけるのかもしれない。とはいえ配信の世界は目立った者勝ちな世界だから、目立つために過激なことに手を出す配信者が続出し、モザイクのない無修正セックス配信に手を出した配信者が警察に逮捕されて実名が報道される事件にまで発展した。逮捕者が出たことで過激な配信を控える配信者も増えたが、ライバルがいなくなった今こそチャンスとばかりに更なる過激な配信に手を出す配信者もいた。警察の捜査が怠慢なのか、過激な配信をやる配信者がたくさんいても実際に逮捕されるのはそのうちのごく一部に過ぎないから、警察に見つかって逮捕されるのは運悪く交通事故に遭うようなものだと考えて、懲りずに過激な配信を繰り返す者が少なくなかった。ユメは次第に、配信者としての時間よりも私をサポートするための時間のほうが増えるようになってきて、配信の内容も過激さを控えるようになってきたから、数字が目に見えて落ち込んだ。私はユメにサポート料として配信で稼いだ収益の数割を支払っていたから、自分が配信をやるより私のサポートをしたほうが楽に金になると考えたのかもしれない。アダルト配信の世界は結局のところ過激さを売りにしないと数字が伸びない世界だ。たとえ逮捕されるリスクを考えたとしても過激なことをしないと話題にならずに数字を稼げない。高い利益を得られる者は高いリスクを取った者だけ。それが世の中の常識だし、配信者の常識だ。そんな常識から考えると私の配信スタイルは明らかに異質の極みだった。私の場合は配信している日常生活そのものはごく普通の平凡だったのだから。でも、書く文章の内容はどんどん過激なものになっていった。だからそういう文章がどんどん話題になり、配信者としての知名度が高くなっていった。冷静に考えるとそれは結局のところ過激さを追い求める他の配信者とたいして変わらないものだったのかもしれない。ただ、自分としては過激なことをやっているつもりは一切なく、のどかに日常を送っているだけのつもりだから、自分から見た自分自身への捉え方と、他人から見た私に対する捉え方が大きく異なっているということなのだろうか。こういうのは難しく考えないほうが上手くいくのかもしれない。単に私という存在がたまたま運良く今の時代に合っていたというだけなのかもしれない。


 私は裏切られることに慣れすぎていた。だから、表向きはユメと楽しそうに話をしていても、心の隅ではユメもいつか私を裏切るのではないかと思っていた。もしユメに裏切られたとしても、ネットカフェに住む底辺の人間なんて結局心の底から信用するにおけない者たちばかりなのだと自分を納得させるつもりだった。嫉妬に狂って嫌がらせを繰り返す女なんて身の回りに腐るほどいた。底辺であればあるほど嫉妬に狂う確率が上がるのも当然のことだ。ユメが私に優しくしてくれるのは、配信者として大金を稼いでいて心に余裕があるからなのかもしれない。でも、配信者としての成績が私より下回るようになってくれば、本来の底辺女としての本性が露になり、優しさの仮面が剥がれて私に牙を剥くかもしれない。そんな不安が常に私の内にあった。だから配信者として成功していけばいくほど悪夢ばかり見るようになった。ユメに裏切られて身の回りの何もかもを失い途方に暮れる、絶望的な夢ばかり。そんな夢ばかり見ては涙を流していた。涙を流しすぎてもはや枯れ果てたと思っていても、夢を見るたびに新しい涙が流れる。悪夢なんか見たくないのに、見たくないと思えば思うほど見てしまうのが悪夢なのだろう。心に強い不安が残った状態で眠りにつくことで、心の内容が夢の中に現れてしまう。いっそ死んだほうが楽になるのにと、何度思ったことだろう。配信者として成功する前より成功した後のほうが死にたくなるなんて本当に不思議だ。普通は成功すると希望が齎されると思われがちだが、本当に齎されるものは希望ではなく絶望なのかもしれない。配信者として目立てば目立つほど知名度も増していき、街中を歩いていると私のことに気づいて噂話をされることも増えていった。インターネットをやっているのは若者ばかりというイメージがあるが、実際に私の存在に気づいて噂話をしているのは年代性別を問わなかったから、幅広い世代にインターネットが普及していることがよく分かった。私のことを芸能人か何かと勘違いする人も増えていたが、実質的に芸能人とそれほど変わらない知名度を得て、芸能人とそれほど変わらないメディア露出があれば、芸能人とそれほど変わらない噂話をされるのも当然なのだろう。私の場合は一般の芸能人より遥かに上回る知名度を得ていたから噂話されることも多かったが、この日本という国は目立つ者に冷たく当たる人も多く、街中に出る度に心無い噂話ばかり聞くことになって、外に出るのが嫌になってネットカフェの個室に引き籠ることが増えていった。でもそれが逆に日常配信の時間が増えて自分の人気や知名度がさらに上がっていく要因に繋がるわけだから因果なものだ。私に対する噂話が広まっていくことで私はどんどん配信者としての確固たる地位を手に入れていった。でも本当は私は、そんなものなど要らなかったのだ。ユメに誘われるままに気楽な気持ちで始めた配信業がこんなに心にダメージを負うものだとは知らなかった。私の場合は妙に目立ってしまったから配信業の負の影響がより大きくなってしまったのかもしれない。インターネットの世界はそもそも目立つ者が徹底的に叩かれる世の中だから配信者というのは格好の的になりやすい。それをあらかじめ伝えてくれていたら私は配信者にはならなかったかもしれない。ユメは性格的に他人からの批判や嫌がらせなど全く気にしないタイプだからいつも飄々としていたが、私はそうではない。表向きは笑っていても裏では泣いてばかりいる、繊細で神経質なところがある。他人と戦わないといけないときには強気でいられても、本当は私の心はそれほど強くはない。そんな私は性格的に配信者には向いていないのかもしれない。最近はVTuberいう新たな配信ジャンルが生まれ、VTuberになれば自分の顔を晒さずに配信者になれる。作家で例えると覆面作家のようなものだ。VTuberになればインターネット上で人気になってもプライベートの場では静かに暮らせるから私もVTuberになれば良かったのではないかとも考えたが最早手遅れだ。すでに顔が晒された後ではインターネット上のオモチャとしての人生を過ごすしか道が残されていない。そんな人生に耐えかねて、人気があったのに配信者を辞めてしまった人も少なくない。こんな腐った日本の国で人気者としてのポジションを続けていくのは辛く厳しい世界。冬山でたいした防寒着もなく立ち尽くすような日々。寒さに震え、山を降りる人も少なくないし、無理をして凍死してしまう人もいる。もっと誰もが自由で気楽に生きられる世の中になれば良いのに現実はなかなか難しい。妬み僻みが酷いこの国ではたとえ成功しても酷い嫌がらせに苦しめられる日々が続くことになるし、成功しなくても底辺の日々はそもそも辛く険しいものだ。どちらにしろ絶望しか残されていないのではないか。成功者としての希望など所詮幻想に過ぎず、現実の世界はそれ自体が酷い悪夢。起きていても寝ていても常に悪夢を見ているだけのような、そんな日々ばかり過ごしている。こんな辛く険しい日々を送っていてもまだ私の心が壊れないのであれば私の心は自分が思っているよりずっと強いのかもしれないが、いつか限界が来るだろう。私の命はそれほど長くはないのかもしれない。せめて、自分が生きているうちに何かの結果を残せればと思ったが、配信者として成功したのであればそれで充分ではないか。それ以上の世界を求める必要などないのではないか。これ以上の苦しみを味わう必要などないのではないか。私は人生そのものに疲れ果てた。何も追い求めずに静かに眠るだけの日々を過ごしたい。それが私の願いに変わっていた。


 いつしか私は官能小説以外の分野の小説も書くようになっていた。だが、官能小説は売れなくなったとはいえそれでも一定の需要はあったが、私が書く官能小説以外の分野の小説については需要が全くなかった。付き合いのある官能小説の出版社の担当の人ですら「そんなもの書くのやめろ」と強く言われた。そりゃそうだろう。売れないものより売れるものを書いたほうが良いのは当然のことだ。でも、官能小説を書くのも次第につまらなくなって、配信者として人気を稼ぐのも面倒くさくなってきて、自分でもよく分からない内容のものをひたすら書き続けた。自分でもよく分かる駄文の山。そんなものに価値など全く無い。でも人生の成功に疲れた私には駄文の山に埋もれるほうが心地良かった。生活のために官能小説を書くことも続けたが、その収入は以前より遥かに少なくなった。稼げない作家に出版社は冷たい。次第にその出版社とも疎遠になっていき、やがて注文そのものが来なくなった。それでも配信者としての収入があるから生活に困ることはなくなったし、官能小説だけを書いていた頃にはそれほど無かった貯金がだいぶ貯まるようになった。底辺作家には作家業だけで家を建てることは難しいが、配信業に手を出すことでタワマンの部屋を買えるくらいの貯金を作ることができた。だが配信業など博打のようなもので、当たったとしてもいつまで続けられるか分からない未来が不安定な職業だ。それを考えると家を建てるために大金を使うのは正直怖かった。家を建てて安心しきったところで配信ブームが去れば、貯金の尽きた私は生きていけなくなってしまうかもしれない。また、世間に顔バレした私は下手に自宅を購入すると住所バレしたときに賃貸のように簡単には逃げられなくなってしまう。今の時代はネットの世界には危ない人が本当にたくさんいて、襲撃を予告する人すら普通にいる世界だ。普通の人のように家族を作って家を建てると、本当に自宅が襲撃されて、自分自身は無事でも家が放火されたり家族が殺されたりする可能性も考えられるし実際にそうした事件が発生している。配信者として有名になることで私は一般の人にとっての幸せを追い求めることができなくなった。特に私は妙に目立っていたこともあって敵もたくさんいたから、襲撃されるリスクも高いだろう。いつ死んでもおかしくない。それを考えると結婚して家庭を持つ気にはなれなかったし、家を建てる気にもなれなかった。

 自分が書いたつまらない小説を読んでみる。何度読んでもつまらない。


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 「蛹」 Mayu

 恋をしてみたい気持ちはある。でも、相手もいないし、見つかりそうにもないし、探す気にもならない。ひとりの生活にも慣れたし、恋人を作る必要性も見当たらなくて、むしろ誰かと一緒に暮らすことで今までの自由な生活が阻害されることを億劫に感じる。恋愛や結婚をすることで幸せに暮らしている人もいるけれど逆にそれで不幸になる人もいる。今までのひとりの暮らしに満足していて、恋愛や結婚をすること自体にリスクがあるなら、別に恋愛や結婚をしなくても良いのではないか。それで困ることは何もないし、自分も周りも誰も困らないならそれで別に問題ないはずだ。恋愛感情も、昔はあったかもしれないが今では完全に消えてなくなってしまった。恋愛をしようという気分ではなくなっている。世の中の変化だとか、コロナによる影響だとか、そういうのには関係なく、ただ単に恋愛に縁がないというか、そもそも出逢いがないというか。ずっと部屋の中に籠ってひとりで仕事をする生活を何年も続けてきて、生活リズムも崩れてきたりして、完全に恋愛とは無縁の生活。女の子のほうから誘いがあるかと思いきやそれは恐ろしいハニートラップの死の罠だったりして、そんな体験ばかりしていたらそりゃ恋愛を避けるようにもなるわといった感じで、新しい恋愛が一向に始まる気配もなく、毎日無駄に時間を消費し続けているだけのようなやるせなさも感じてきて、自分はいったい何のために生まれ、何のために生きているのかもよく分からなくなってきて、素敵な異性との出遭いがあればそんな自分を取り巻く何もかもが劇的に変わるような気がして、恋愛に期待してみたい気持ちもあるけれど、恋愛の理想と現実はまるで異なるということもさすがに知っている。自分が思い描いているような理想の恋愛なんて訪れるはずがないのだ。仮に目の前にそれが転がっているように思えても、それは実はとても危険な罠だったりして、罠のない安全で信頼できる自由で幸せな恋愛なんてこの世界に無いのかもしれないし、もしそれがあったとしても僕には全く縁のないものなのかもしれない。けれども、そうしたものに期待してみたい自分もいる。そんな素敵な恋愛なんてこの世界のいったいどこに存在するのだろう。結局素敵な恋愛という概念そのものが儚い幻想に過ぎないという現実。そんな現実を突きつけられる毎日を送る僕には、今日もひとりで暮らす人生がお似合いなのだろう。どこかに僕と同じ想いを抱えている異性がいて、出逢いを切実に求めているのだとしたら、どこかで出逢えたら良いのだけれど、この世の中はそう都合良く上手くいくことはないということも分かっているし、そもそも出逢いがないのだからもし仮にそういう人がいたとしても出逢う機会がどこにも存在しない。もしそういう人がいたとして、僕に逢いに来てくれたら、素敵な恋愛に発展することもあるのかもしれない。でも過去にハニートラップによる痛い体験をした僕には、女の子のほうから甘い言葉で誘ってくることに強い警戒感を覚えてしまって、なかなか恋愛しようという気にもならない。だから、もしかしたら今まで僕は恋愛に発展しそうな様々な芽を、恋愛に対する警戒感や諦めなどで見逃し続けてきたのかもしれない。いつか、どこかで、出逢うかもしれない運命の相手を求めている気持ちはあるはずなのに、その気持ちが現実の恋愛にはなかなか結びつかない。そんなもどかしさを感じながらも、運命の出逢いを求めて、今日も僕は生きている。そんな出逢いなんて本当はどこにも存在しないことに薄々気がついてきていても、そんな現実を忘れるように、期待という名の幻想の殻に籠る日々。僕に興味を持ってくれていそうな異性は何人か見かけても、それは別に恋愛的な意味ではないって感じで、恋愛の芽が芽吹く気配が一切感じられない。僕には恋愛の春は一生訪れないのかもしれない。冬の寒さに凍えて温かい部屋に籠り続け、誰もいない現実の寒さを部屋の暖かさが忘れさせてくれて、過酷な現実を忘れるように部屋の暖房をかけ続ける生活。気持ちが冷めていても、素敵な異性が冷え切った僕の心を優しく温めてくれることがなくても、エアコンが僕の身体を暖めてくれる。でもエアコンをかけ続けると部屋が乾燥してきて、僕の心の渇きがさらに強まってしまうような気もして、部屋に閉じ籠ってばかりいるからそうした思考の無限ループに陥るのかもしれないけれど、外の世界は凍える冷たさだから、できる限り外には出たくない。でも外に出ないと素敵な恋愛が訪れることはない。だからといって外に出たとしても現実には素敵な恋愛なんて待ってはいないのだ。そんな現実を知っていてもほんの僅かな期待から外に出てみて、今日も出逢いがなかったと哀しい気持ちになって、それでも日を改めてまた外に出てみるけどまた出逢いがなくて、という日々を送るうちに、すっかり歳をとってしまった。歳をとっても僕の気持ちは昔から変わることはないけれど、僕の気持ちが変わらなくても素敵な恋愛が訪れない事実に変わりはなく、外に出ることに意味を見出せなくなって、部屋の内に籠る時間がずっと増えた。外に出たとしても、自分に好印象を持ってくれる人たちばかりではない。心無い言葉を吐きかけてくる人や、嫌がらせばかりしてくる人たちも少なくない。そうした心無い人々の心の寒さから避けるためには温かい自分の部屋に籠るのが最良だ。そうして僕は今日も寝袋に入り、蛹のような姿になって温もりのある日々を送り続ける。人の温かさは一切感じられなくても、寝袋が僕を温めてくれる。それだけあれば充分じゃないか。別に恋愛などしなくても、人と関わることがなくても、それで良いじゃないか。他にいったい何が必要だというのか。

 寝袋の中に入れば、全てを忘れさせてくれる。辛い現実の寒さを忘れさせてくれて、温かみのある素敵な夢の世界に連れていってくれる。寒い外の世界になど行かなくて良い。僕にはこの寝袋だけで充分だ。恋愛などしなくても良い。現実の恋愛には様々な危険だとか修羅場だとか辛いことがあっても、幻想の世界の恋愛には素敵なことしか存在しない。寝袋の中の世界には素敵な夢の恋愛が待っている。僕は毎日何時間もずっと寝袋の中に入り続け、寝袋の世界に入り浸る。現実の世界は冬の海だ。現実の世界の寒さに心が震え、過酷な海に溺れたとしても、寝袋は僕の心を救ってくれる救命具となってくれる。人は温もりがなければ生きていけない。僕にとっての温もりは他人ではなく寝袋だったという、それだけのことだ。温もりがあれば他に何もいらない。僕は温もりだけを胸に生きていきたい。一生部屋の外に飛び立つことのない蛹。ずっと寝袋の中で、ずっと蛹の姿で、これが自分にとっての一番幸せな暮らしだということが良く分かっていて、幸せな世界が実現できているなら他に何もいらない。他人にとっての幸福と、自分にとっての幸福は異なる。他人にとっての幸福が、例えるなら恋愛や結婚だったとしても、自分にとっては寝袋の中にある幻想の恋愛や結婚で充分だし、むしろそちらのほうが幸せな気持ちを味わうことができる。何故わざわざ自分から過酷な外の世界に出なければならないのか。必要がないなら外に出なければ良いだけの話じゃないか。外に出なければ辛い現実を味わうこともなくなり、幸せな幻想に浸り続けることができる。それで充分じゃないか。

 今の時代、インターネットがあれば大抵のことができる。仕事をしてお金を稼ぐこともできるし、買い物もできる。全く家から出なくても大抵の物事を済ませることができる。僕にとってはまさに天国のような時代かもしれない。わざわざ冷たい外に出て寒さに凍えずに済む。部屋の温もりに心が癒される。食事は宅配で、普通の弁当だけでなくハンバーガーもカレーも寿司もラーメンもカレーも頼めるし、ケーキだって頼めてしまう。随分と便利な時代になったものだ。支払いはクレジットカードや電子マネーで済ませることができるから、わざわざお金を引き出すために外の世界にある銀行やコンビニのATMにまで行く必要もない。仕事はリモートワークで自宅でもできるし、自分が事業主になれば上司に媚び諂うことなく気楽に仕事をすることができる。日本の労働社会は歪んだ人間関係で心を病んで自殺する人が膨大な数にのぼるから、そんな人間関係に一切悩まされることなく仕事ができる環境が構築された今の時代はとても素晴らしい時代だと胸を張って言うことができる。それもこれも、部屋の外に一切出なくても良くなったからこそ実現できたものだ。まさに引き籠もり最強時代の到来である。

(未完)


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 小説というよりエッセイに近い見た目の文章。モノローグを語る視点人物の性別を変えてみたのも別に深い意味は無い。でも一見エッセイに見えてもフィクションの内容を含むし、心理描写中心の小説と言っても決して間違いではない。作者がどちらのつもりで書いたかによって、小説と言ってもエッセイと言ってもどちらでも通じるような内容。でも官能小説とは違ってこうした文章には需要はないから、需要がない時点でこれはただの駄文にしかならない。要は金の稼げない文章。自分の気持ちを誰かに語りたくても語れる相手なんて誰もいないから、自分の気持ちを小説という形で綴っているだけなのかもしれない。だから、金のために書く文章ではなく、自分の心を落ち着けるためにだけ書いている文章。だから需要があるかどうかとか金になるかどうかとか関係なく、書きたいから書いているだけ。でも出版社はビジネスでやっているわけだから、結局のところ金になる文章しか求めてない。だから金にならない文章ばかり書いている作家には冷たい。出版社が求めていることと自分のやりたいことの間の齟齬がどんどん大きくなっていって埋められなくなった。今の時代、自分の書いた文章を発表するだけならツイッターやブログなどで充分だし、どこにも表に出さずに自分のパソコンやスマホの中にずっとしまっておくのもアリだろう。女子のなかには誰にも見せたくない日記を部屋の中に置いている人もいるだろう。それとだいたい同じようなものだ。日記でも、アンネの日記のように商業化したものもあるがそんな例はごく僅かだ。何処の誰か知らない一般人の日記などに商業的価値など存在しない。結局私の書いた駄文の多くは誰にも読まれることなくこの世から消えてなくなるだろうし、それで良いのだろう。わざわざ需要もなく売れない文章を強引に他人に読ませて嫌な顔をさせるのは悪趣味に過ぎるだろう。誰にも読ませることなく自分の墓に埋めるのが正解なのかもしれない。

 成功に絶望して部屋という名の繭に閉じ籠り蛹と化す自分。成功って、本当に、つまらない。


 小説を書くこと自体がつまらなくなった。何故時代に求められない小説を書かなければならないのか。そんな理由など存在しない。なら書かなければ良いじゃないか。時代に求められず、書きたくもないのなら、書かなければ良いという当たり前の答え。そんなことに無駄な時間とリソースを使うくらいならもっと価値のあるものに使ったほうが良い。だから、私は小説を書くことをやめた。配信者としての活動に全力を注ごうと決意し、いろんなことをやった。なかには表立って他人に言えないような過激なことにも手を出した。その結果大きな話題になり配信者としてどんどん人気と知名度を上げていったが、配信者としていくら有名になっても退屈だとしか感じられなかった。私が求めていたのは人生の成功ではなかったのだということを理解したのは実際に成功してからという現実。所詮自分自身がいくら成功しようがそれは世の中全体から見ればちっぽけなものに過ぎない。そんなちっぽけなもののために努力するより、もっと世の中全体を変える大きなものがしたい。そのためには人気配信者としての人気と知名度が使える。世の中を変えるといっても国に対して戦争を仕掛けるとか、そういうつもりはない。ただ、この世の中に渦巻く負のしがらみを取り払い、人々が自由に本当の幸せを体感できる社会にしていくために。そのためにこそ自分の力を使おう。人を踏み躙る社会ではなく、人を踏み躙る人を社会から取り除き、できるだけ多くの人が幸せに生きられる社会に変えていこう。そうした思想を多くの人々に伝えるためのツールは、昔は小説だったかもしれないが、今は違う。配信者として、自分の口で、自分の言葉で、直接視聴者に自分の想いを語ることができる。この腐った社会を変えることこそが自分の使命なのだと強く想うようになっていった。


 ユメと出会い、ネットカフェで配信業を始めてから十数年経った。あれから私たちは自分たちの部屋を一緒に借り、ネットカフェ生活を卒業した。防音室付きの部屋を借りたことでネットカフェ時代にはできなかったゲーム実況をしたりして、配信者としての幅がだいぶ広がった。私たちが有名になることでアンチも大量に増えたが、私たちに憧れて同じ配信者の道に進む人たちがどんどん増えていったし、アンチの中にも私たちへの対抗心から配信業をやり出す人も出てきた。でも、出版業界とはあれから結局絶縁状態となり、付き合いは完全に無くなった。私はもう二度と小説を書くことはないだろう。あの業界で私と付き合いのあった人たちは外部に対する興味がなかったから、私たちがいくら配信者として有名になっても一切興味を示さなかった。今の時代の人気配信者は並の芸能人を遥かに凌ぐ人気と知名度があるのに、あの人たちは昔ながらの自分たちの判断基準に従いすぎていて新しい時代のことをあまりにも知らなさすぎた。だから新しい時代の人々の価値観に適応できず、一般の人たちの求めているものとは異なるものを追い求めた結果、時代に埋没してしまったのだろう。一般の人たちに求められなくなったのだから小説が売れなくなるのも当然のことだ。とはいえ、私自身も配信者として過ごす時間が長くなるにつれ、新しく出てくる人気配信者の勢いに押されて、人気のピークはとうに過ぎてしまった。でも、それで良いと思っている。新しく出てくる才能を応援したいし、新しい配信者が活躍しやすい社会にするために、できるだけの力を尽くしたいと心の底から思っている。ネット社会にはどうしても陰湿な人たちがたくさんいて、配信者にとっての障壁になってしまうことがあるけれど、そうした人たちからの攻撃を私が盾となって防ごう。新しく出る芽を煩わしいと踏み潰そうとする輩から新芽の未来を守るため、私が繭を作って外部からの攻撃を防ぐバリアを作ろう。自分がやるべき仕事は、自分自身が陽の目を浴びる仕事をすることではなく、新しく出てくる人たちが陽の目を浴びることができるように環境を整えることだ。それはきっと、配信者の時代を切り拓いた者が為すべき仕事なのだろう。私はもう、いつ死んでもおかしくない身なのかもしれない。配信者としての生活もそろそろ引退して、田舎に引っ越して静かな余生を暮らすことになるかもしれない。自分の人生は色々あったけれど、ネットカフェ時代の生活がなんだかんだ言って楽しかったかなと、そんなことを思いながら、配信のスイッチを切った。

(了)


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