↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

頭舞妓

作者: アスパルテーム
掲載日:2021/10/25

 或(あ)る日の黄昏時(たそがれどき)に差し掛かる頃、私は宿に向かっておりました。仕事をクビになり、唐突に持て余すこととなった暇を埋めるべく、京極(きょうごく)にやってきたのでございます。そんな私の踏み締める石畳は、陰鬱(いんうつ)な寒空に屈することなく、堂々と、どこまでも続いているように思えました。それが、長く続く私の苦心を表すようで、私の胸に重くのしかかるのです。近頃は、生来のネガティヴに拍車が掛かって、何もする気が起きなくなっておりました。今日でさえ、もし、京極で何を見たかと訊(き)かれれば、どう答えれば良いか迷ってしまうでしょう。最早何も認知しない程、私は衰弱しきっていたのです。

 さて、早く宿へ帰ろうと深呼吸をした所で、私はぎょっとしました。絡み付くような視線が、私をそこに引き留めて離さないのです。いえ、一歩でも動けば何かが起こる。私を捕らえていたのは、そんな言い表せぬ恐怖心だったのかもしれません。そして、その視線は、蛇のようにうねりくねり、私に近付いてくるのでした。視線の主は一向に姿を見せようとはしないのですが、それでも確かに、私に向かって来ます。私は歯を食い縛ってそこに立っておりました。質の悪い汗が、額やら掌(てのひら)やらから吹き出します。心臓が破れる程鳴り、恐ろしさに叫び出しそうになった次の瞬間、その視線は、私の背後にぴたりと付いて止まりました。

 誰か、と私が訊くと、甲高(かんだか)い響く声で、「誰だと思うか」と訊き返されました。「問いに問いで返すとは」と負けじと返しますと、「ならば振り返ると良い」と言います。仕方なしに、私は、酷く痛む顳顬(こめかみ)を押さえて恐る恐る振り返りました。

 拍子抜けしました。そこに居たのは、舞妓の格好をした、一人の少女でした。どんな恐ろしいものが居るのだろうと考えておりましたが、どうやら、神経を無駄に使っただけだったようです。私は安堵(あんど)して屈んで、彼女の顔を覗きました。彼女は妙に落ち着いていて、そして舞妓の着付けに迚(とて)も満足していると見えて胸を張って立っておりました。しかし、どうして少女が一人で居るのでしょう。その旨(むね)を訊こうと口を開いて、私は気付きました。

影が、足りないのです。もう空も朱(あけ)に染まる頃ですから、影も、大分存在感を増している訳でございますが、その分奇妙に見えました。…いえ、影自体は二人分あるのです。実際に足りないのは…、彼女の、頭部の影です。はっとして顔を上げますと、礼をした姿勢の舞妓から、小さな頭が滑り落ちました。私は、恐ろしかったと同時に、成程(なるほど)、とも思いました。

 この少女は、身体に頭を乗せているんじゃなく、頭に身体を付けているんだな、と。

 あの蛇のようにうねりくねりながら近付く、奇妙な形の視線のからくりが、ほぼ理解出来ました。少女の頭が、風を切って、私に一直線に向かってくる。

時折身体を塀や壁に打ち付けながら、ただ私だけを目指して…。

 それから、どのようにして宿へ戻ったかは覚えておりません。がむしゃらに走る中で、老婆のような笑い声を聞いたような気がします。最近にも、ある時々にそれが思い出されて恐ろしいのです。彼女が一体何者であったのか、考えたところで詮(せん)なしという所でしょう、いえ、考えたくもありませんが。

 そして、何より恐ろしかったのは…、

石畳の上で、私に笑いかけたあの顔は、紛れもない、

私の顔でした。

 あれから、私は京極を訪れておりません。

 京都、行きたいなぁと思っていたら思い付きました。いつか京都に行けたら、八ツ橋を大量に買って皆に配りたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。