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令和の叙事詩

 異形の者たちの喧騒の中、菫さんは他の妖怪と飲み比べをし、アリスさんはそれを静かに眺めていた。七愛は焼き鳥を両手に持って満面の笑みだ。メアリーさんは僕の隣でジュースを飲んでいる。


 氷界城の花が咲き乱れる中庭で、僕たちはドンチャン騒ぎをしている。はるか彼方では帝国同士が戦争をしているというのに、平和ボケしたことだ。

 それが妖怪たちの良さであり、僕たちの良さでもある。


「本日のメインイベントぅ、氷界城の主たる王、我らが永遠の友、王雅と令和を迎えるのだ誰だ大会を開催するぞぉ!」


 突然そんな発言が聞こえた気がした。ちょっと待って、言いたいことが色々ある。氷界城の主は僕ではなくメアリーさんだし、この世界に令和は永遠に訪れないし、ていうか、一番言いたいのは。


 なんで事前に予告なしで、僕をイベントに絡めるんだ!? 僕主体じゃないかそんなの! というかそんなの、アリスさんが怒るに決まってるだろ! 誰が収めると思ってるんだ、彼女の怒りを!

 さっきだって彼女は怒り散らしたばかりなんだぞ、平和ボケしすぎにも程があんだろ。


「参加したいやつらは中央に集合!」


 と、どこぞの妖怪の言葉を聞いて僕は気づいた。天才的センスが導き出す答えに、うその二文字はないのだ。

 参加したいやつら? 妻しか居ないに決まってる。僕は餓鬼だなんだと言われ、いじられてはいるが……こう、特別な日を共に迎えたいなどという人は居ないだろう。あいつらは僕をファンではなく、ただの友達としか見ていない。

 いや、モテてみたいという気持ちはあるんだけどね、菫さんとアリスさんは目が焼かれてしまいそうなほど美しいし、それに並ぶとまでは行かないが、綺麗な妖怪もかわいい妖怪もたくさん居る。

 その妖怪たちからチヤホヤされるのも、きっといい気分だろう。


 でもなぁ、現実、そんな話はないだろう。河女(かわおなご)さんなんて、お仕置きする崩術師が居ないのをいいことに僕とメアリーさんを殺そうとしたからな。

 いや、本当に悪い妖怪だよあいつは。思い出したらムカムカしてきた。あとでお仕置きしてやろうかな、もちろん僕好みのお仕置きだ。

 まずは縛る、とにもかくにも縛る。そんで目隠しして……いかんいかん、そんなのは浮気だ。途中で邪魔されたから、僕の中の邪気が暴れているんだろうか。困ったな、隙を見てどこかで……って、視線を感じるな。どこからだ……中央に歩みを進めるアリスさんからだ。くそう、これだけの喧騒の中で僕の邪気を見抜けるとはさすがだな。

 よく見ると、菫さんも七愛も向かっている。メアリーさんも相変わらずの無表情で立ち上がった。


 ……あれ? 中央に向かう妖怪がずいぶんと多いような……あきらかに男の妖怪も混じってないか? あれ、モテ期?

 いや、ああ、そうか。

 妖怪はお祭り好き、イベントも好きなのだろう。だからとりあえず参加して楽しもうって腹だな……なんか、モテてるような状況なのに悲しすぎないかこんなの。


「エンド、エンドも参加する?」


 エンドは僕の目の前の鳥の丸焼きを貪って、一向にこちらを見ようとはしない。ちょっとした敵意を送ってみると、びくりと震えて死んだフリをした。

 敵意を収めてしばらく待ってみると、何事もなかったかのように起き上がってまたチキンに口をつける。


 なんだこいつ。


 などとエンドで遊んでいると、一本だたらさんが音もなく低空を浮きながらこっちに来た。なんだ、大会なんていいから僕を口説こうってか? 悪いがパスだ。僕は妻たちと夜空を眺めながら乾杯とかするんだ。そしてあわよくば今日こそ、卒業するんだ。経験者の仲間入りをするんだ。


「餓鬼はあっこの玉座に座っててくれぃ、へっへっへ、俺たちからのサプライズはどうだ? きっと強ぇ妖怪が餓鬼と一夜を過ごしてくれるぜぃ」

「えっ……はい」


 じゃあ僕からのサプライズは、アリス爆弾だ。一度導火線に火をつけたが最後、大会に参加した全員を焼き尽くす地獄の雷を爆発させるぜ。

 なんて冗談はさておき、僕は立ち上がって玉座と呼ばれた椅子を探す。うーん、どこにもそれっぽいのはない。

 いや、視界にチラチラと移っているお手製感丸出しの粗末なあれじゃないだろうな。ただの木の板で構築された、体重が重い人なら一瞬で粉砕しそうなあの椅子じゃないだろうな。


 どうにも、周りの妖怪たちがその椅子を見ている気がする。試しにそこに座ってみると、一本だたらさんがずいっと僕の前に出た。


 あ、そう。この椅子が玉座なんだね。よく見れば、肘掛のところに玉って書いてあるね。玉座ってそういう意味じゃないんだけどね。


「この大会で競ってもらうのは、そう! どれだけ餓鬼を愛しているかだァ!」


 いや、わかんないんだけど。どうやってそれ競うのかについて説明するんじゃないの?


 横に居る砂かけ婆さんが一本だたらさんにこそっと耳打ちをした。ついでに、彼の頭にこっそり砂をかけていた。陰湿な悪戯だ。


「大会は相撲だ! 全妖怪型で行うぞぃ!」


 そう言って一つ目の彼は僕に近寄り、僕の耳元へ巨大な目を近づけた。


「じゃあ餓鬼、土俵作りよろしくな」


 そりゃないよ。



 ということで、かつてメアリーさんが氷で作った土俵があった場所で僕は絶対眼(スプリーム・イメージ)で土俵を作り上げた。

 ついでにそれっぽい玉座を創造し、そこに腰を掛ける。

 まずは第一回戦、金桜の白き角対河童さんだ。まあ菫さんが負ける余地もないが、河童さんとて相撲ではかなりの力を持つ。見ごたえのある試合になるといいのだが……やはりというべきか、もう終わってしまった。気づけば菫さんは河童さんの背後に居り、河童さんは跪いている。

 白く菫色に変化する髪をなびかせながら、彼女は僕へと振り返り、勝利のブイサインを決めた。


「王雅は妾が頂くのじゃ!」


 と言って笑みを浮かべる。さすがの僕も胸キュンだ。どうぞた~んと召し上がってくれ。今夜の王雅は脂が乗っていておいしいに違いない。だから今日こそは頂いてください僕を。

 おっと、忘れていた、勝者を告げなければ。


「勝負あり! 勝者、金桜の白き角!」


 何人かの妖怪が顔面を真っ青にして、元々真っ青な顔面のやつは青白くなりながら小さく拍手をした。あれは参加者か……それ以外の妖怪は酒を飲み干しながら盛り上がっている。うん、良きことだね。酒の肴にはこういうのがぴったりだろう。


 僕の妻をつまむなんて許せないけどな。


 それから滞りなく試合は行われていき、今度は七愛が出てきた。

 そういえば僕は、七愛がちゃんと戦うところを見たことがない。彼女のオリジナル崩術をすこし受けた程度だったか。


「第三十七回戦、禁忌の主対鼻高天狗(はなたかてんぐ)さん、ファイ」


 ここまで来ると、僕はもう大声を出す元気もないが、七愛は元気いっぱいにやってくれるだろう。


 鼻高天狗さんは背中に黒い翼を持ち、飛行能力を持つ。その姿から、異名を空の支配者と言う。いま僕が考えた。

 モヴィニア族と同じような感じだが、その違いはなんといっても彼の鬼術、神通力にある。まるで風の砲丸を発射するように、透明なエネルギーを羽団扇(はうちわ)から発生させ、相手へたたきつけるのだ。こちらからの攻撃は届かず、向こうは一方的に不可視の攻撃をしてくる。

 彼は強い、数多く居る妖怪たちの中でも、その強さは知れ渡っている。いくら七愛と言えども簡単に勝てる相手ではない。

 大丈夫かな……やばそうなら、菫さんとアリスさんが助けてくれるから重傷を追うことはないだろうけど。


 鼻高天狗さんが、まるで浮遊するように宙を陣取る。七愛はそれを見上げ、腕を構えた。左手を胸の前で水平にし、その上に右手を置いている。右手の先には、人差し指と親指が開いており、銃のポーズになっている。

 見たことがある、これは七愛のオリジナル崩術、崩丸(ほうがん)だ。


 指先に集う光は、小さく収束していき。


「ばぁんっ!」


 七愛のド間抜けな声と共に発射された。弾速は恐ろしく速く、七愛の構えを警戒し羽団扇を構えていた鼻高天狗さんを一直線に貫いた。

 かのように見えた。


 鼻高天狗さんは残像を残し、すこし横にずれていた。だが、その表情から読み取れるのは、安堵でも余裕でもない、焦燥だ。

 おそらく鼻高天狗さんが回避できたのは、神通力である縮地(しゅくち)を使ったからだろう。線のような移動ではなく、点の移動だ。本物の瞬間移動と言ってもいい。これに対処できるのは、菫鬼の二人や、光界王である……リリーさんくらいだ。


 鼻高天狗さんはその場で回転しながら、羽団扇を振る、その瞬間、七愛の居た場が爆発した。いや、爆発というよりは、地面が砕け散った。

 せっかく僕が作った土俵を壊しやがって、神聖なんだぞ土俵ってのは。


 七愛は紙一重で避けたようだが、もし鼻高天狗さんがあれを連射できるのなら勝ち目はないぞ。どうする? ジャッジ判断で勝手に勝敗つけちゃうか?


「それなら……」


 七愛は崩丸(ほうがん)の構えを解き、左手を開いた。その先から黒い炎……? 違うな、バラバラになった本を逆再生するように、黒が方取ってゆく。

 現れたのは、表紙に三つ、裏表紙に四つの目を持つ、黒い本だ。名は、七魔の原典。七愛はそれを開くと、勝手にページがめくれていく。


嫉妬鎖レヴィアタンチェーンっ!」


 右手から放たれる数々の鎖が、鼻高天狗さんを目掛けて進む。鎖特有の、ジャリジャリとした音が辺りに響く。あの本も、あの鎖も、七愛に似合わないくらい禍々しいな……ていうか嫉妬鎖レヴィアタンチェーン、始めて見たぞ。


 鼻高天狗さんは、縮地を使い遠くへと離れるが、鎖は追いきれている、翼を使って回避しても、縮地よりも遅い飛行では逃げ切れない。

 口を、腕を、胴体を、嫉妬鎖レヴィアタンチェーンがきつく縛り、右手で崩丸(ほうがん)の構えを取る。

 そこで七愛が、僕へと視線を送ってきた。


 なるほどね、これ以上は鼻高天狗さんが危ないか。


「勝負あり! 勝者、禁忌の主!」


 思っていたよりも速く、思っていたのと違う展開で決着がついた。良い試合だったな。七愛、ナイスだ。ん……人が感動に打ちひしがれているというのに、七愛が軽骨面で僕へと近づいてきた。


「王雅くん勝ったよっ! 褒めて!」

「あ、はい、良い試合でしたね」


 もうちょっとこう、勝者の貫禄というかそういうのを見せてほしい、菫さんのように。

 ついでに七愛ナイスは取り消した。



 菫さんもアリスさんも、七愛もメアリーさんも勝ち進み、アリスさんとメアリーさんの試合が終わり、ようやく決勝戦間近というところ。妖怪たちは騒ぎ疲れて眠ってしまった。

 盛り上がる試合も数多くあったからな……とくにメアリーさんとアリスさんの試合は良かった。僕の眼を持ってしても太刀打ちできるかどうか。たぶん暴走して自滅して終わりだろう。


「もう皆寝てしまったんじゃの、どうする? 母上」

「もういいんじゃないかな、みんなで王雅くんと過ごそうよっ!」


 それもそうだな。


「じゃあ、みんなで飲み直しでもしましょうか」

「私もお酒飲んでみたい」

「メアリーちゃんは大人になってからね」

「なれない」


 結局、みんなで令和を迎えることになれてよかったな。


 今日見せてもらったみんなの想いと力があれば、きっとこれからも、誰一人欠けることなくやっていけるだろう。


「王雅くん、顔がすけべになってるよ。なに? 今夜ボクたちとのこととか想像しちゃった?」

「やっぱり王雅くんはえっちだねっ!」

「いつまで経ってもスケベ小僧じゃの……」

「すけべってなに」


 人がかっこよく想いを馳せてるところに茶々入れんじゃないよ。


 まあ、これも。


 長内一家らしくていいか。

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