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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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86、家族が増えたよ!




 日々カジュアルに殺し合いの行われているフェーゲフォイアーではあるが、みんながみんな“勇者なら生き返るので殺人セーフ理論”を支持しているわけではない。

 この街の狂った慣習と治安を正そうと努力している者もいるのだ。

 だが、その努力の結果がこれだとしたら、俺は神を呪わずにはいられない。





「パパァ~パパァ~」


「パパぁ~」


「パ~パ~」



 俺はキャッキャと笑いながら集ってくる成人男性共を女神像(小)でぶん殴った。

 血まみれのカーペットに転がった勇者たちに吐き捨てる。



「貴方たち私より年上ですよね? いい年してこんな真似して、恥ずかしくないんですか?」



 彼らの顔から無邪気な笑みは消え、瞳の中がどろりとした黒いもので満たされる。

 そうだ、良いぞ。大人とはそういうものだ。分かったらくだらないことしてないでとっとと働けぇ……



「パパ!」



 む。

 俺は血に濡れた女神像(小)をサッと後ろ手に隠し、駆け寄ってくるメルンを迎える。



「久々ですね、メルン。今日はどうしたんですか?」


「私の弟をパパにも見てほしくて」


「弟?」


「そ。ほらみんな、地べたで寝ないで! お行儀悪いよ」



 コイツら……魔物の幻術にでも掛かってトチ狂ったのかと思ったら、“集会所”のとこのヤツらだったか。

 っていうか、なんでこいつらにまでパパ呼ばわりされなきゃならんのだ。オッサンにパパなんて呼ばれると気色悪いを通り越して身の危険すら感じるね。

 だがメルンにはメルンの戦略があるらしい。



「彼らに必要なのは教育だよ。人を殺してはいけないっていう当たり前のことを教えるのは教師じゃなく家族だから」



 ほう。俺は腕を組んで頷く。

 洗脳というのは閉鎖的な狭いコミュニティの方がやりやすい。家族というのは洗脳にうってつけだな。

 メルンは満面の笑みを浮かべて俺を見上げる。



「だからこの子たちはみんな私の弟。パパの息子だよ」



 わぁい、家族が増えたよ。

 俺は白目を剥きながら平静を装って尋ねる。



「順調ですか……?」


「こういうのは根気が必要だから」



 メルンの暗い声色からは、色々と察せられるものがあるな。



「でもでも! 一人卒業生がいるの。ルイだよ」



 メルンが一転、明るい声を上げる。

 そう言えばルイのヤツもオークション事件の直前は集会所にいたが、卒業したのか。

 メルンが続ける。



「あの子はもう大丈夫。自分の家族を得たと言っていたから。実はね、ルイが新しい家族を見せてくれることになったの。もうすぐ来るよ」



 新しい家族? ルイの? それって……




*****




『サワ……ルナ……ゼッタ……コロス……』



 お喋りキツネ人形を撫でまわしながら、ルイが満面の笑みを浮かべている。



「メルンは会ったことないよね。紹介するよ。俺の家族、ロージャだ」



 メルンは静かに、ルイの肩に手を置いた。



「ルイ、大丈夫だよ。集会所はいつでもあなたを受け入れる……戻っておいで」


「な、なんで? 嫌だよ!」



 まぁこうなるよね。傍から見ればルイの言っていることは完全に狂人のそれだ。っていうか狂人だし。

 前とは違う方面に病んだルイに狼狽えながらも、メルンを筆頭にした集会所の連中がじりじりとルイを取り囲む。



「みんな、弟を助けるよ!」



 しかし集会所の連中が飛びついた時、ルイはすでに輪の外にいた。



「俺は元星持ちだよ? 捕まえられるかな?」



 挑発の言葉だけを置き去りにし、教会を飛び出していくルイ。そして追いかけるメルンと似非弟たちをほのぼのとした気持ちで見送る。

 今日もフェーゲフォイアーは平和です。

 しかし平和も長くは続かなかった。





*****





「そこをなんとか頼むよ」



 俺は善良なる神官である。

 淡々と労働に励み、時には住民たちのトラブルを治め、そしてまた労働に励む日々。


 そんな俺が邪悪な破門神官の願いを跳ね除けるのは当然のことだ。

 しかしヤツはパーソナルスペースを無視した距離感で図々しくも俺への要求を繰り返す。



「ユリウス君。君と一緒に行きたいんだ」


「嫌です」



 俺は頑として首を縦に振らなかった。

 当然だ。マッドからの誘いというだけでヤバいのに、その中身もヤバい。最近人気の“ルラック洞窟”へ共に来いというのだ。

 まるで海に誘うような感覚で軽く言ってくるが、ルラック洞窟は魔物の棲みつくダンジョンだ。

 なぜ神官である俺がダンジョンへ行かなくてはならないのか。

 そう主張すると、マッドは悲しげな視線を足元に落とす。



「君の助けが必要だからだよ」



 呟くと、マッドは突然俺の胸倉を掴みグッと引き寄せた。



「俺がずっと前に捨ててしまったものを君は持ってる。それが必要なんだ」



 なんだよ俺とやろうってのか?

 良いぜ、受けて立つ。勇者相手には百戦百敗だが、相手がヒョロヒョロの元神官なら俺だって負けねぇ。

 クク、生憎俺はお前と違って破門されていない正式な神官だ。神もきっと俺に味方するだろうさ。

 俺は祭壇の上に置かれた鈍器……もとい女神像(小)に手を伸ばしたが指先がそれに触れる前に膝から崩れ落ちた。

 思わず情けない悲鳴を上げる。



「うわっ!? えっ、ちょっ、なに!? なにこれ!?」



 全身の毛が逆立ち、カーペットの上でもんどり打つ。

 なんだ、なにが起こってる?

 俺に分かるのは、なにか得体のしれないものが耳を這い回っている感覚だけ。

 俺は耳を下に向け、逆側のこめかみをガンガン叩く。だが目眩がするばかりで、得体のしれないものは耳の奥へ奥へと進んでいく。

 うわっ、ヤベェ。これ絶対入っちゃいけないとこ入ってるんだけど!



「ごめん、ユリウス君。手荒な真似はしたくなかったんだけど……」


「なんですか!? なんですかこれ!?」


「えっとね、これ」



 マッドが白衣から取り出したのは、小瓶の中で蠢き絡み合う……なにこれミミズ? 

 いや違う、触手だ。

 全身から力が抜けていくのを感じる。



「これが耳に?」


「うん、ジッパーのクズ触手」



 俺、死ぬのかな?

 ふざけるな。なぜ耳に触手ぶち込まれなきゃならんのだ!

 っていうかこのグロテスクが俺の耳に……?



「うわああぁぁぁぁ!!」


「ユリウス君!」



 マッドの制止を無視し、俺は中庭へ飛び出す。水だ。水をぶち込んで洗い流すんだっ!

 だが井戸に手を伸ばす前に俺は別の触手に捕まった。触手触手触手。この街には触手ばかりだ。まぁ吸盤がなくてぬるぬるしていないだけ、この触手はマシな方だな。


 いつものように宙吊りになった俺にマーガレットちゃんが絡みついてくる。俺の危機を感じ取ったらしい。蜜を与えることもなく、じっと俺の横顔を見つめてくる。

 気付くと、先の細いツタが俺を取り囲むように集まってきた。

 ……まさか、耳の中の触手を取ろうというのか?

 え? 大丈夫? まぁ触手を取ってくれるならありがたいが……


 マーガレットちゃんは己の触手と俺の耳とを見比べて目を細めたり見開いたりしている。やがて一本の触手に狙いを定めたようだ。マーガレットちゃんが良く観察しないと分からないほど微かに頷く。

 いや、でも……それ入るかな? 細いといっても、俺の指くらいのサイズはあるように見える。大丈夫? ちょ、一回落ち着いた方が……

 あぁ~ダメだ。マーガレットちゃんが俺の顔をガッチリ掴んで離さない。

 なにかを感じ取ったのか、耳の中の触手が不穏な動きをしている。

 マーガレットちゃんの触手も近付いてくる。ま、待てよ。やっぱ無理だよ、入らないよ! あ~無理無理無理無理!



「やめろ!」



 遅れて中庭へ飛び出してきたマッドがマーガレットちゃんに呼びかける。



「魔族の力は強い。少し加減を間違えれば人間などスポンジケーキのように柔らかく潰れる。それに触手はああ見えて臆病だ。下手に刺激すればより奥へ逃げるぞ」



 マーガレットちゃんのツタがピタリと止まる。代わりにぞわぞわとうねる太いツタが臨戦態勢に入るが如くゆっくりとマッドに向く。しかしマッドは臆することなく話し続ける。



「その触手、本人に似て従順だがやや好奇心が強くてね。俺の命令で押さえているが、命令が無くなれば本能に従って奥へ奥へ探索を進める。俺を殺したり、俺から一定距離離れるようなことはしないでくれってことだ。大事な友人の脳にワームホールを作りたくはない。頼むから話を聞いてくれ」



 大事な友人の耳に触手ブチ込む馬鹿がどこにいる? そんなだから破門されるんだ、このイカれ野郎が!



「大丈夫だ。その触手はジッパーの元へ還りたがっている。彼女に会うことができればひとりでに出てくるよ」


「じゃあさっさとあのウサギ頭を連れてきてくださいよ!」



 俺が叫ぶと、マッドはその通りだとばかりに人差し指を立て、俺に向ける。



「そのために君の力が必要なんだ。ジッパーはルラック洞窟にいる。彼女を助けるのを手伝ってほしい」



 ……は?

 俺は愕然とした。洞窟へ行かなければ、この触手が取れないということか?

 いやだ、認めたくない。俺が押し黙っていると、マッドがマーガレットちゃんにへらっと笑いかける。



「大丈夫。無事君の元へ帰すよ。約束する。だから少しだけ彼を貸してくれ」



 マーガレットちゃんはゆっくりとマッドからツタを撤退させる。

 彼女は相変わらずの植物的無表情だが、どこか思いつめた表情をしているように見えるのは俺の気のせいだろうか。

 彼女は俺をそっと地面に下ろす。そしてツタではなくその両の手で、俺に餞別を差し出した。



「これは……」



 確かに水分補給は大事だ。これなら栄養も一緒に取れるのかもしれない。

 でもね、それは水筒じゃないんだよ。どこで手に入れたんだこんなもん。あ、俺が窓から投げ捨てたヤツか。


 とはいえ、せっかくなので受け取る。

 俺はマーガレットちゃんの蜜の満ちたビキニアーマーを手に入れた。



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