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7、荒れ果てた精神と癒やしの花





 蘇生、取り立て、新しい聖水作り。

 毎日毎日忙しい。ワンオペ神官に暇はない。

 おかげで日々の業務に必要のない雑事は後回し後回しである。

 具体的に言うと、庭の手入れとかね。



 だからオリヴィエがその話を持ってきた時、俺がつい乗っかってしまったのは全くの不可抗力であったと言わざるを得ない。



「神官様、僕に庭を任せてみませんか?」


「どうしたんですか、急に」


「…………癒しが、欲しいんです」



 目にうっすらとクマを浮かべたオリヴィエが虚ろな視線を荒れ果てた庭に向ける。

 彼が引き連れているのは棺桶。中身はもちろんカタリナである。


 オリヴィエの中に“精神の荒れ”を見た俺は、彼にそっと尋ねる。



「カタリナとの関係は上手くいっていないのですか?」



 しかし俺の予想に反し、オリヴィエは静かに頭を振る。



「いえ、とても素直で明るくて良い方ですよ。前のパーティのギスギスに比べればだいぶ気が楽です。でもね、目を離すとすぐ死ぬんですよ……まるで自分から死にに行っているようです……だからこう、気が張りっぱなしというか、休まらないというか」


「で、癒しですか」


「僕らは旅の身ですから、自分の庭はありません。でも教会なら定期的に立ち寄りますし、カタリナが死んでもここに癒しがあれば少し気分が楽になると思うんです。種も肥料も僕が用意しますので、どうか庭を僕に貸してください」



 オリヴィエの切実な願いに、俺は腕を組んで「ううん」と唸る。



「本来教会の敷地を個人に貸し与えることはしないのですが……あなたとカタリナを組ませたのは私ですからね。特別ですよ」



 とか難しい顔で言いながらも、俺は内心で小躍りしていた。

 荒れ果て、手入れのタイミングを失った庭が綺麗になるならこんなに嬉しいことはない。



 というわけで、この日からオリヴィエは少しずつ庭造りに着手していった。

 オリヴィエが教会に来る頻度は高い。なにせカタリナはすぐ死ぬ。作業もどんどんと進む。

 カタリナが死ぬ。オリヴィエが伸び放題になった木を整える。カタリナが死ぬ。オリヴィエが草を刈る。カタリナが死ぬ。オリヴィエが花壇を整備し花の種を植える――


 種の発芽、そして成長はオリヴィエだけでなく俺自身の荒れ果てた心にも潤いを与えてくれる。

 いつしか、俺は進んで朝の水やりを行うようになっていった。


 植物の成長って早いな。

 あっという間に俺の身長を追い越し、見上げるほどに大きくなった植物を眺め、俺たちはニコニコする。



「神官様、蕾見ました?」


「ええ。大きくなってきましたね。今日にでも花が咲くかもしれません」


「楽しみですね! なんかこう、娘の成長を見ているような気分です……」



 男二人で盛り上がっていると、首を繋げたばかりのカタリナがぬっとあらわれて言った。



「こんなツタ育ててなにが楽しいんですか?」



 カタリナの言葉に、オリヴィエの顔色がサッと変わる。



「“こんなツタ”だと……? もっぺん言ってみろォッ!」


「えっ、なんでキレるの!?」



 小競り合いをする二人を、俺はまぁまぁと宥めすかす。

 確かに女子ウケするような派手さはあの植物にはない。蕾もまだ開いていないからな。

 かくいう俺も、最初はオリヴィエの園芸にそれほど興味はなかった。暗い趣味だなとさえ思った。


 しかし蓋を開けてみれば、植物のなんと素晴らしいことか。

 俺はカタリナの肩にそっと手を置いた。



「見ていなさい」



 俺は教会の奥から肉塊を取ってくる。

 ヨダレを垂らすカタリナを無視し、それを空高く放り投げた。

 瞬きした瞬間、それは忽然と姿を消した。



「えっ」



 どうやらカタリナは猛スピードで動いていった肉を目で追えたようだ。

 うねうねと触手のごとく蠢くツタが、奪った肉を根本に埋めるのを点になった眼で見ている。



「ね? 犬みたいで可愛いでしょう? やっぱ動くものを見るのは良いですねぇ」


「…………あの植物、変じゃありません?」


「は?」



 何言ってんだコイツ。

 神経の接合間違えたかな。いや、俺の蘇生は完璧だった。問題があるとすればコイツの頭の方だ。



「いやいや、なんでキョトンとしてるの? だってあんなのおかしいですよ。ツタが動くのも変だし、蕾もめちゃめちゃ大きいし。あんなの普通じゃないでしょ。気持ち悪いですよ」


「は?」


「いや、は? じゃなくて……」



 やれやれ、何を言っているんだこの女は。

 まぁ勇者が魔物に殺されたショックで蘇生後に幻覚を見るという話はたまに聞く。枯れ木が悪魔に見えたり、頬を撫でる風がゴーストの気配に感じたり、可憐な植物が気持ち悪く見えたりね。



「まぁ、マーガレットちゃんの怪しいほどの美しさにビビっちゃうのは分からないでもないけどね」



 オリヴィエがふふんと鼻を鳴らす。

 植物に花の名前を付けるネーミングセンスは正直どうかと思うが、この荒れ果てた庭に種を植えたのはオリヴィエだ。名付け親になる資格くらいは与えても良かろう。


 オリヴィエの植えた植物は飛びぬけて優秀だ。

 わずか数日で俺の身長を超すぐらい大きくなる成長性、ツタで害鳥を絞め殺し自分で肥料にする賢さ、水をやると嬉しそうにツタをくねらせる可愛さ――どれをとっても超植物級の優秀さである。

 それ故、初見の人間の眼には奇異に映るのかもしれないな。


 オリヴィエがあっと声を上げて植物を指した。



「見てください神官様! 蕾の様子が」


「……どうやら開花が近いようですね」



 植物が付けた巨大な蕾が微かに震えている。

 それは植物の開花というよりは、巨大な卵の孵化のようであった。



「ほら! あんなのおかしいですって。普通蕾が動いたりしません!」


「そうさ、僕のマーガレットは普通じゃない。特別なんだ……」



 あれ? オリヴィエの眼が普通じゃないぞ。ギラギラしてる。

 ヤバいなぁ。これはこれで精神病んでない?

 オリヴィエくんへのカウンセリングはあとでやるとして、今はマーガレットちゃんの開花である。


 蕾を覆う固い皮が開き、純白の花弁が貴婦人のドレスのごとくふわりと広がる。

 なんて美しさだ……などと感動する暇は俺にはなかった。


 開いた花弁を纏うように出てきたのは、花弁と同じ色の髪をした……少女? 少年?

 髪は長いが、花弁から覗く上半身は人形のようにツルリとしていて、性別を判断できるような要素がまるでない。

 カタリナが悲鳴を上げる。



「やっぱり。アルラウネですよあれ!」



 え? 違うよ。近所の子供がかくれんぼでもして蕾の中に潜り込んだんだよ。

 なんて言いかけてやめた。確かに植物の凄まじい成長に少々ハイになっていた事は認めざるを得ないが、さすがにこの光景を見せられてそんな事が言えるほど俺の頭はお花畑じゃない。



「え? 違うよ。近所の子供がかくれんぼでもして蕾の中に潜り込んだんだよ」

 


 あっ。

 オリヴィエくんの頭の中にお花畑みーっけ。



「そんな訳ないじゃん! よく見てよオリヴィエ」


「ああ、言われなくても見てるよ。なんて美しいんだ……たしかにあれは人間じゃない。花の妖精さんだ」



 何言ってんだお前。



「……あの花の種はどこで買ったのですか?」


「…………」


「そういえばオリヴィエ、ダンジョンで変な実拾ってたよね?」



 口を閉ざすオリヴィエに代わり、カタリナが親切にもあの花の出自を明かしてくれた。

 疑う余地なし。アルラウネだわあれ。

 だいたいおかしいと思ったんだよ。ツタが触手みてぇに動くしさ。成長も早すぎるだろ。種植えてまだ数日だぞ。


 しかしオリヴィエはせっかく手に入れた“癒し”をみすみす手放そうとはしない。まるで夢でも見ているようにふらふらとマーガレットちゃんに近付いていく。



「なにしてるんですか!」


「なにって……可愛い娘の成長をこの目で確かめるんですよぉ」



 ダメだ、イカれてやがる。

 いや、待てよ。

 確かにあの花はアルラウネだが、育てたのは人間だ。

 可能性は低い。植物型モンスターにどの程度の知性があるかは諸説ある。

 だが、もしかしたら。もしかしたらマーガレットちゃんはオリヴィエを父として受け入れるかもしれない。


 俺はジッと種族を超えた父娘の邂逅を見守る。


 花弁の中で佇むマーガレットちゃんにオリヴィエがそっと手を伸ばす。

 マーガレットちゃんは薄く目を開き、不思議そうにオリヴィエを見上げる。彼女の視線がパッと上を向いた。

 舞い上がったオリヴィエの首を目で追っているのだ。


 オリヴィエはマーガレットちゃんのツタに首を飛ばされて死んだ。





*****




 まったく、とんでもないものを植えられてしまったものである。


 俺はオリヴィエの死体を修復する傍ら、さっそく間違いを正すべく魔物処理業者を呼んだ。

 アイギスだ。

 彼女より腕の立つ勇者を俺は知らない。

 逆に言えば、もし彼女で歯が立たなければそこで手詰まり。もうダメ。おしまい。


 なので、もう俺にはどうすることもできない。



「申し訳ありません。お詫びに自害いたします」


「やめなさい。どうせ治すのは私なのだから」



 額を床にこすりつけるようにして謝るアイギスに、俺は顔を上げるよう言った。

 やべぇ、アイギスの目が真っ赤だ。目を潤ませ、鼻をすすっている。

 なにも泣くことないじゃないか。



「あなたが悪いのではありません。アイツが強すぎるんです。なんですかアレ、ダンジョンボス級の強さでは?」


「並みのダンジョンボスならば私一人で大抵は無力化できるのですが……」



 マジか。ヤバいじゃん。もうヤバすぎて笑えてくるよね。

 アイギスとマーガレットちゃんとの戦闘は、それはもう語り継がれるレベルの激闘であった。

 しかし結果としてアイギスは軽い擦り傷を負った程度、マーガレットちゃんは茂った葉が剪定されて少しサッパリした程度。

 決定打を欠いた勝負は、夜が更けると同時にマーガレットちゃんが蕾にこもってしまったことで強制終了となった。



「仕方がないですね。では明日にでも他の勇者を集めて人海戦術といきますか」


「……申し上げにくいのですが神官さん、私にはあのアルラウネが手を抜いているように思えました」


「えっ。じゃあ本当はもっと強いんですか?」


「ええ。恐らくヤツが本気を出せば私など簡単に捻りつぶせるかと……」



 マジか。じゃあ勇者を集めて戦わせても教会の庭に死体の山が築かれ、結果的に仕事の山になって俺に降りかかるだけだな。やめよう。


 アイギスが涙を拭って立ち上がる。



「アルラウネの生息条件はシビアで、人間の住まうような土地にはあまり生えないはずです。しかも教会の聖なる土地に……なにか特殊な肥料などを与えましたか?」



 肥料?

 種を植えるときオリヴィエがなんかやってたけど、その辺で買ってきた普通の肥料だったはず。

 あとは……そうそう、あのへんで血塗れになったカーペット洗ったな。

 それから新作聖水の試作品の残骸も、確かあの辺に捨てて――


 えっ。もしかしてDCS?



「あの植物を詳しく分析すれば発芽の原因物質も分かるかもしれません。そうすればヤツを弱らせる手も――」


「いえ」



 俺は首を横に振った。



「これも神の思し召し。神が魔物と人との共生ができるか否か試しておられるのです」


「なっ……確かに手を出さなければ向こうから攻撃はしてこないようですが、ヤツは魔物ですよ。神官さんに危害を加えないとも限りません」



 そうなんだよなぁ。死にたくねぇよぉ。

 でも禁止薬物が検出されるのはもっとヤバい。

 俺は無理矢理神官スマイルを浮かべる。



「大丈夫です。私には神様がついていますから」



 頼りない神様だけどな!

 せめて命くらいは守ってください、お願いします……。


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