61、これから毎日壺を割ろうぜ?
煌びやかに飾り付けられた広大な土地一面に並ぶ壺・壺・壺。
今や勇者たちが喉から手が出るほどに欲している壺が、数えるのが馬鹿らしくなるほどに置かれている。
そして勇者たちは、喉から手を出す勢いで壺に群がっていた。
「うひょひょ! 壺! 壺ォ~!」
むしゃぶりつかんばかりに壺に飛びつく勇者たち。いや、実際にむしゃぶりついているヤツがいるぞ……ここが地獄か……
しかしこの壺は誰にでも割れるわけではない。硬貨と引き換えに、壺を割る権利を買うのだ。
中身も今までのそれとは一味違う。時には汗水流して手に入れる一日の報酬を上回るような金貨や、危険な冒険をしてダンジョンに潜らないと手に入らないようなお宝が壺を割るだけで手に入るのだ。もちろんそんなのは滅多になく、空の壺や薬草程度しか入っていない壺の方が多いのだが。
「射幸心というのは本当に不思議なものだ。頭で考えれば、元締めが儲かるようにできていると分かるだろうに。みんな自分だけは一攫千金ができると信じている」
一心不乱に壺を割りまくる勇者をバルコニーから見下ろし、ハンバートは優雅にワイングラスを回している。ヤツが数日前にオープンさせた“壺カジノ”は大盛況だ。こんなことをしている間にも、ヤツの懐にはジャリンジャリン金貨が飛び込んでいる。
「壺は一体どうしたんです?」
「もちろん壺職人を雇ったんだ。あの閉店した壺屋の店主さ。報酬を提示したら、あっさり引退を撤回したよ。彼の身は僕が責任をもって保護している」
さすが、金持ちはやることがデカくてえげつねぇ……
俺はバルコニーの柵に身を乗り出し、眼下の騒動を見下ろす。
「い、入れてくれよぉ! 金ならもうすぐ手に入るんだ。手に入るからさ。……嫌だァ! 壺が割りたいんだァ!」
有り金スッちまったらしい。パンイチ勇者が黒服たちに引きずられていく。
よくある光景なのだろうか。他の勇者や、飲み物を持った際どい衣装のバニーたちは喚く男の方を見もしない。
「ほどほどにやらないと、えらいことになりますよ」
「ふふ、ご忠告ありがとう。これも神官さんのアイデアのお陰だ。いつも助けられているよ。これはほんのお礼さ」
ハンバートはワインを一口含み、薄く微笑む。
ヤツがテーブルの上に置いたズッシリ重い麻袋を懐に仕舞い、俺は緩みそうになる頬をキュッと上げる。
「教会への寄付をありがとうございます。神もお喜びです。貴方のビジネスに神の御加護があらんことを。へへ」
まぁ兎にも角にも壺難民騒動はひとまず収束に向かった。街をうろつく壺禁断症状に苦しむ壺ゾンビも姿を消し、街は再び平和を取り戻した――なんて展開になる訳もなく。壺中毒はギャンブル中毒に姿を変え、治安は悪化の一途を辿った。
無一文になったパンイチ勇者が跋扈し、酒場の支払いはツケのオンパレード、冒険そっちのけで壺を割り、壺カジノで生計を立てていると豪語する“壺プロ”なる怪しげな職業まで登場する始末。
まったく、困ったぜ。
どいつもこいつも冒険そっちのけで壺を割ってやがる。
お陰で教会も珍しく暇で暇で仕方がないぜ! アハハ!
なんてのんびりしている場合ではなかった。俺は忘れていたのだ。この街は穴の開いた船のようなもの。水を汲み出す手を止めれば、たちまち沈んで行ってしまう……
「くっ……なにが壺カジノだ。ハンバートめ、勝手なことを」
「こっちの気もしらないでブラブラしやがって。壺ばっか割ってないで魔物の頭かち割れってんだ」
まだ壺に魅了されていない新米勇者、あるいは壺を積極的に割ってこなかったために中毒にならなかった比較的お行儀の良い勇者たちが、疲れた顔で教会にたむろしている。
この街は魔物の巣の真ん中に位置しているようなものだ。
せっせと魔物を退治しなければ、あっという間に街の周囲が魔物で埋め尽くされてしまう。万一街中に魔物が迷い込めば、俺たち一般の市民が危ない……
そうならないため、まともに動ける勇者がせっせと魔物を退治しているのだが。
「くそっ、なんで俺らばっかり」
怠けて壺ばかり割ってる人間を横目にせっせと魔物を倒すのは辛かろう。
街には嫌な空気が流れている。
とはいえ、今突然壺カジノをやめてしまったらまた禁断症状で勇者たちが暴動を起こしかねない。壺ゾンビの介護はごめんだ。
とにかく今は新米たちに馬車馬の如く働いてもらわねば。猫の手も借りたいとはこの事だ。
「あのう、神官さん。ちょっと良いですか?」
疲れた顔をしたカタリナが俺にそう声をかけてきた。俺はヤツに袖を引かれるがまま、教会の隅へ移動する。
「どうしたんですか、カタリナ」
カタリナも比較的勇者歴が浅い新米勇者の一人だ。しかもヤツはマーガレットちゃんの蜜の効果で植物モンスターに命令をすることができる。“森にお帰り”と命令すればより効果的にヤツらを追い払うことができるのだ。まぁイタチごっこではあるが、この緊急時に街を魔物から守る大事な勇者の一人である。
いつもは“死にたがり”などと呼んでいるが、今回くらいは少し労ってやらねばな。
カタリナは声を潜めて言った。
「あの、神官さんも手伝ってくれませんか? 魔物追い払うの」
「嫌です」
俺は即答した。
ふざけんな死にたがりめ。死ぬなら一人で死にやがれ。
しかしカタリナはなおも食い下がる。
「一人でやるの大変なんですよぉ。油断すると魔物たち襲ってくるし、他の勇者に見られるとまた裏切り者とか言われて処刑されそうだし……神官さんがいれば蘇生もその場でスムーズにできるし、回復魔法も使えますよね? みんな助かると思うんですよねぇ」
「嫌です」
俺は即答した。食い気味に即答した。
しかしカタリナは俺の声など聞こえていないかのように振る舞う。
「それに……やっぱり神官さんも魔物への命令できるんじゃないですか? っていうか神官さんの方が魔物たち言うこと聞く気がするんですよね。防衛戦の時だって」
ギクッ。
コイツ、死にまくる割に意外と勘が良いんだよな。
だが俺は頑なに首を縦に振らなかった。
これ以上俺のかけがえのない命を危険に曝してたまるか。
しかし勇者たちの限界は近い。それこそ防衛戦の時のようにトチ狂った勇者の集団に無理矢理連れ出されれば、俺にはなすすべもないだろう。
何かないか、この状況をひっくり返す手は……
頭を捻っていると、不意に記憶の隙間からある勇者の情報が転がり落ちてきた。
教会建て替えのとき出てきた勇者の白骨死体である。
とにかく今は人手がほしい。それこそ猫の手も死にたがりの手も白骨勇者の手だって借りたいくらいだ。
でもなぁ、白骨死体の正体がヤバい勇者だったら困るなぁ……
ま、いざとなったらアイギスらへんに殺してもらえばいっか。
俺は素早くスコップを取り出し、白骨死体を掘り起こす。
どんな勇者だろうな〜、できるだけ従順で優秀な勇者だと良いな〜。
さながら“勇者ガチャ”といった気分だ。
棺桶に入れられてあちこち引き回された腐乱死体を蘇生するのは珍しくもないが、思えば完全な白骨死体……それもここまで時間が経っているのは初めてだな。
白骨死体の蘇生は物凄く時間がかかる地道で疲れる作業だった。しかし幸か不幸か多くの勇者が壺カジノに夢中になっているせいで、我が教会はいつになく落ち着いている。
「――よし、できた」
邪魔が入らなかったお陰で、思っていたより白骨死体の蘇生はスムーズに終わった。
少女だ。白骨死体の正体はうら若き少女だった。
想像していたような、いかにも悪人といったキツい顔をしているわけでもない。どちらかというとあっさりした顔をしている。
年齢はオリヴィエとカタリナの間くらいだろうか。
なぜこんな娘が埋められていたのだろう。不運な事故か、あるいは誰かの個人的な恨みだったのかもな。
まぁそれも彼女に聞けば良いことだ。
しばらくして、その勇者はゆっくりと目を開いた。
「目が覚めましたか。初めまして、私は――」
しかし俺が自己紹介を始めるより早く、少女は首を傾げながらこう言った。
「パパ?」
「パッ……」
い、いやいや。流石にそれはないだろ。
パパって……どう頑張っても年齢が合わないぞ。百歩譲ってお兄ちゃんだろ。
嫌だなぁ、そんな老けて見えるか? 俺は自分の顔をペチペチ叩く。
まぁ蘇生したての勇者の意識が混濁するのは珍しくない。ましてや彼女はさっきまで白骨死体だったのだ。あまり気にしても仕方がない。
俺は神官スマイルを浮かべて言う。
「はい、私がパパです」
……あれ?
俺、今なんつった?
ぐにゃりと視界が歪む。
ううぅ、頭が痛い。
耐えきれず倒れ込む俺を、虚ろな目をした少女がジッと見ている。
薄れゆく意識の中、ぼんやりと考える。
――もしかして俺は、とんでもない勇者を蘇生させてしまったのだろうか。





