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教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【連載版】  作者: 夏川優希


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43、思惑




 不思議空間。漂うロリ。お決まりのセットである。

 俺は寝ぼけまなこを擦ってロリを見る。夢の中なのに眠いってなんだよ。


 それを考慮してだろうか。

 夢の中のロリは俺の眠気を吹っ飛ばすようないつにないハイテンションであった。



『来ました……来ましたよ、この時が』



 ロリがギラつく視線をこちらへ向ける。



『多少のことには目をつむってきました。私の名を貶めかねないあなたの残忍な行いにも涙を呑んで耐えてきました』



 嘘吐け、楽しんでたろ。

 ロリは小さなおててを握りしめ、胸の前でふるふると震えさせる。



『それもこのため。立ち上がりなさい、戦いなさい。異教徒に死を!』





******





 あーくそ、変な夢見たせいで起きちまった。

 俺はベッド中で目を開き、ぼーっと天井を見つめる。

 ……ん? なんだこの違和感。まだ夜中のはずなのに、妙に明るい。それに、この臭い――


 俺はガバッとベッドを飛び出し、足を縺れさせながら中庭へと飛び出す。



「マジか」



 俺は思わず呟いた。

 燃えている。凶暴な赤い光がまばゆいほどに街を照らしている。とはいっても、現場は随分遠くである。

 火元はヴェルダの森だろう。風向きが幸いしたか、今のところ街には燃え移っていないようだ。しかしこの規模の火災なら、いつこちらに飛び火するか分からない。念のため逃げる準備をしておいた方が良いかもな。


 おや。マーガレットちゃんも火事が気になるのか。夜にも拘わらず珍しく起きている。

 マーガレットちゃんの横顔は相変わらずの植物的無表情だ。だが炎に照らされているためだろうか。その炎の映り込んだ瞳に、なにか激しい感情を感じずにはいられない。


 そうか。あそこは植物モンスターの領地。そして弟もまた、あそこに――



『兄……さん……』



 ……いや、ここにいるぞ。

 俺は目を擦る。……やっぱシアンだ。火事に巻き込まれたか、自慢の羽根がボロボロ、あちこち煤けてしまっている。

 ど、どういうことだ? なんで魔族が庭にいるんだ。結界を張り直したんじゃなかったのか。うちのセキュリティは一体どうなってる。女神の加護が聞いて呆れるぜ。俺は恐る恐る尋ねる。



「あの、ここ一応教会で結界も張ってるんですよ。魔族は入ってこられないはずなんですが……いや、まぁ私は別に構わないですが……」



 するとシアンは俺を見て痛々しい笑みを浮かべる。



『そんなものを信用するな。破る方法はいくらでもある。今回は、優しめの手を使ったが』



 その言葉に応じるように、シアンの体が微かに歪む。

 暗くて良く見えなかったが、たしかにその姿には時折ノイズが混じり、酷く頼りないものに見えた。

 良く分からんが、幻影ってことか? 本体は別の場所に――あの燃え盛る森の中にあるというのか?



『助けに来られずすまない。こちらも立て込んでいてね。でも今となってはそこの方が安全かもな。だが……それもいつまで持つか』


「どういうことです。すみませんが、話がサッパリ見えません」


『鬼共が活性化してるんだ……気を付けろ』



 シアンは切羽詰まった声色でそう告げ、それからマーガレットちゃんの方に視線を向ける。その表情は悲痛なほどに穏やかだった。



『ごめんね、兄さん。少し……休むよ』



 一際大きなノイズがシアンの体に走り、そして魔族など最初からいなかったかのように中庭は静寂を取り戻した。





******





 アイギスと買い物に来ている。


 ハンバートのお陰で俺の懐はかつてない春を迎えている。

 昨夜でかい森火事があったが、俺の生活に影響はない。夢の中でロリが物騒なこと言ったり魔族っぽい幻影が庭に現れたりしたが、俺には関係のないことだ。


 とはいえ、フェーゲフォイアーの街は夜中に起きた大規模森林火災の話で持ち切りであった。

 どうやらただの山火事ではなく、魔物同士の抗争が原因で発生した戦火であったらしい。



「魔物も一枚岩じゃないんですよ。ヴェルダの森の魔物と“荒地”――フランメ火山の魔物は敵対関係にあるようです。ヴェルダの森とフランメ火山の境目に行くと殺し合っている魔物たちを見ることができます」



 アイギスの解説を聞き流しながら、俺は市場をうろうろと見て回る。

 最強の勇者かつ秘密警察のトップと一緒にいると何かと都合が良い。勇者たちは道を開けてくれるし、酔っ払いに絡まれても大丈夫、露天商に吹っ掛けられる確率も下がる。

 やはり力こそ正義。

 その辺のスライムすら殴り殺せぬ非力な己を呪いながら、俺はアイギスの言葉に生返事をする。



「へぇ。まぁつぶし合ってくれればこちらとしては好都合じゃないですか」


「……そうなれば良いのですが。炎というのは燃え広がるものですから」


「ふうん。あ、アイギス。これどうです。このミニデビル人形」



 市場に並ぶキュートな魔物人形を摘まみ上げ、手の中で転がす。

 アイギスは俺の掌に顔を近付け、唸り声を上げる。



「なかなか精巧な造りですね。首を飛ばしたくなります」


「やめてくださいよ……」



 俺は可愛いミニデビルちゃんを死神騎士の凶刃からかばうように手の中に隠す。

 アイギスは小さく笑い、ついさっき絡んできた身の程知らずのチンピラ勇者の首根っこを持ち上げて落ち着きなく髪を毟る。



「痛ぇ……や、やめてくれ。俺が悪がっ……ッ!!」



 チンピラ勇者の顎が聞いたことも無いような奇怪な音を立てる。どうやら砕けたらしい。

 アイギスは勇者を甚振りながら、もじもじし始める。返り血のせいか頬が赤い。



「し、神官さん。二人で市場散策だなんて、その、なんだかこれは、あれみたいですね。ええと、なんて言うか……」


「ええ」



 俺は笑顔で頷く。



「犬の散歩みたいですね!」


「……くぅん」





******




 ヴェルダの森の火災なんて関係ねぇと高を括った俺だったが、それが間違いだったことはすぐに分かった。

 アイギスと別れて教会へ戻った俺を、焼死体の山が出迎えたからである。

 まだ火が燻っているのか? あるいは荒地の魔物にやられたか……



「……ひっ」



 俺は思わず短い悲鳴を上げた。

 黒焦げ死体に混ざった妙に鮮やかな死体――恐る恐る引っ張り出してみる。俺は頭を抱えた。リエールだ。

 し、死んでるよな? 指でちょんちょんとつつき、そして脈を確認する。

 ……うん、死んでる。良かったぁ。いや、良くはないけど。また妙なメッセージ体に刻んでないだろうな。

 俺はリエールの体を調べる。

 この切り口、得物はナイフか。あちこち切り傷だらけだ。激しい交戦があったと思われる。ルビベルやアイギスのものではないようだが。

 リエールもリエールでやられっぱなしではなかったらしい。手に持っている棒状の金属……でかいマチ針のように見える。その先端にはしっかり血液が付着していた。

 しかし教会にリエールにやられたらしき死体はない。リエールが負けて相手は生き残ったか、あるいは相手が勇者ではなかったか……


 まぁ良い。俺は死体の山に背を向ける。

 楽しい買い物と目の前の死体の山との高低差についていけねぇ。精神をチューニングすべく、とりあえず現実逃避を挟むことにした。


 俺は中庭に出て、爽やかな空気を吸い込む。

 良い天気だ。空が近いぜ。流れる雲に向かって手を伸ばしてみる。だがマーガレットちゃんの触手も、さすがに天には届かない。それに掴まれて宙を漂う俺の手だってもちろん雲には届かない。


 流れるように触手に捕縛された俺に、マーガレットちゃんが頬ずりをする。

 そして当然の行為であるかのように俺の頬をむんずと掴み、指を突っ込んで蜜を流し込む。

 な、なんか今日は一段と激しいな。ヴェルダの森の大火事でマーガレットちゃんも動揺しているのかもしれない。そういう時、人の温もりを求めるのは人も魔族も同じ……なのか? わからない。考えても無駄なので、俺は流れる雲をぼんやり眺めた。



「な、なにをやっているんだ……」



 突如投げかけられる真っ当な言葉に、俺はハッとして目を剥く。

 ルイだ。怒っているような、悲しんでいるような、引いているような、興奮しているような、なんとも複雑な表情で俺を見ている。


 うっ……

 ルイの冷静な言葉に、全身の血が冷えていくのを感じる。

 自分が今どんな格好をしているのかを想像し、俺はなんだか急に恥ずかしくなった。なんとなく慣れてしまっていたが、俺はとんでもない行為を見られてしまっているのではないか。

 こんな姿を見られて、下手に言い訳でもしようものなら惨めさが増すだけだ。俺の中の羞恥心がどんどんと膨れ、そして爆発した。

 俺はキレた。



「ああ!? なにやってるかですって!? 間抜けなこと聞いてるんじゃありませんよ! 見て分かるでしょう、子供じゃないんだから! 見てわかること聞くんじゃありませんよ!!!!」


「ええ……」



 ルイが困惑している。

 当然だ。なんでキレているのか自分でも良く分からない。

 でも今、触手に動きを封じられている俺にできるのはキレることだけなのだ。


 しかしルイも、ただ俺にキレられにここへ来たわけではなさそうだった。

 鋭い視線で俺を見上げ、感情を押し殺したような声で言う。



「ロージャを……ロージャをどこへやった」


「は? ロージャ? なんのことです?」



 蜜を流し込もうと押し込んでくるマーガレットちゃんの指をなんとかいなしながら、俺は首を傾げる。

 もちろんロージャのことなんて知らないし、見かけてもいない。

 しかしルイは本気で俺がやったと思い込んでいるらしい。



「今朝から姿が見えないんだ。どうせお前の差し金だろ。彼女をどこへやったんだ。またあのうさん臭い秘密警察とかいうやつらがやったのか!」



 こんな状態になっているのに、他人の女のことなんて知らねぇよ。

 なんだか悲しくなって、俺はまたキレた。



「手放したくないならちゃんと捕まえておかないとダメじゃないですか。こんな風にねぇ~」



 俺は唯一自由になる頭をブンブンと振って羞恥心を振り払う。



「アハハハハ!」



 照れ笑いで誤魔化していると、ルイは一歩、二歩と俺らから離れていく。



「ひっ……」



 ルイはゴクリと生唾を飲み込み、軽やかな動きで教会を囲う塀の上に飛び乗る。

 そしてヤツは俺をキッと睨みながら、分かりきったことを叫んだ。



「この街は狂ってる!」



 分かりきったこと……とはいえ、真正面から言われると精神にクるものがあるね。

 逃げていくルイを目で追いながら、俺は再びマーガレットちゃんに蜜を流し込まれるマシーンと化した。



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