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3、神官さんの蘇生費取り立て講座



 教会は勇者を拒まない。


 たとえ無一文でも、ツケを返済していなくても、教会に転送されてくれば蘇生させる他ない。

 神に仕える神官らしい人道的措置ってヤツだ。


 そして、教会はツケの溜まった債務者への取り立てマニュアルなどは用意していない。


 仕事はちゃんとしろ、賃金は自分でどうにかしろ、って事だ。

 まったく、上も無茶言うぜ。



「というわけで、私流の取り立てを見せて差し上げます」



 杖についた血を拭いながら、カタリナが怪訝な顔をする。



「えっ……なんでですか」


「あなた死に過ぎです。初心者ですからまだ戦い方や勇者の社会に慣れていないのでしょう。なので、まぁ社会見学だと思って」


「私を疑ってますね? 大丈夫ですって。ちゃんと蘇生費はお支払いしますから。今日はその、たまたま手持ちがないだけなので」


「ちなみに、今日の死因は?」


「それが自分でも良く分からなくて。火炎蛙を食べたらなぜか死にました」



 なぜかじゃねぇだろ!!

 おかしいと思ったんだ。皮膚は無事なのに内臓が焼け爛れてたからな。

 なんでそんな明らかに毒あります、みたいな名前したもん食うんだよ。



「私の体には合わなかったようです。味は良かったのに、残念……」



 味が良いわけねぇだろ。お前の内臓穴開いてたんだぞ。どんな味覚してんだ。

 これ以上寝ぼけたことを言われても困る。俺はカタリナの腕を掴む。



「良いから来なさい。今日は雨です。どうせ冒険はできないでしょう。今すぐツケと今回分の蘇生費を出してくれるなら別ですけどね。そういえばその杖、なかなか上等な品ですよね。売ればさぞ良い値に」


「ご一緒させてください」


「よろしい」



 埃のかぶったステンドグラスを大粒の雨が叩きつけた。

 外へ出て見上げると、重苦しい鉛色の空に切れ目が入るようにして細い稲妻が走る。


 ああ、良い日だ。

 取り立て日和ってのはこういう日のことを言うんだろうな。



 俺たちが向かったのは町の酒場だ。

 小さな町ではあるが、勇者たちが集まるためそれなりに活気はある。

 宿屋、武器屋、防具屋、道具屋はもちろん、酒場の数も大都市並みだ。


 路地裏にひっそりと佇む怪しい酒場に足を踏み入れる。

 やはり、ヤツはそこにいた。



「随分と景気が良さそうですね、グラム」



 カウンターで昼間から酒を仰ぐ、チンピラ然とした男。

 ヤツは俺を見るなり目を丸くしたが、すぐにすっとぼけたような笑みを浮かべた。



「神官さんも休暇か? ま、酒でも飲まなきゃやってられない時もあるわな。そういえば神官って酒飲んでも良いの?」


「神は我々神官に飲酒を許しています。神官が酒に溺れて自分を見失うようなことは起こり得ないと、神が信じているからです。我々もあなた達を信じています。神に選ばれし勇者が、蘇生費を踏み倒すことなど起こり得ないと」



 俺は隣に腰掛け、グラムの赤ら顔を覗き込む。



「しかしあなたは私を裏切った」


「おいおい、そんな眼で見ないでくれよ。たたでさえアンタの眼は怖いんだ。何考えてるのか分かんないっていうか、生気がまるでないっていうか」



 うるせぇな。なんで借金してるやつに顔のパーツディスられなきゃなんねぇんだ。

 だいたい俺の目が死んでんのはお前ら勇者のせいだぞ。

 毎日毎日降ってくる死体繋ぎ合わせてりゃどんなキラキラおめめの神官だって三ヶ月でハイライトも消えるわ。



「……分かったって。払うよ、払う払う。でもちょっと待ってくれ。冒険には金がいる。蘇生費払って冒険できません、じゃ本末転倒だろ?」


「酒場に入り浸って冒険できないよりは幾分マシかと思いますけど」



 グラムは不自然な動きで肘をテーブルにつき、積まれたグラスをテーブルの奥へと追いやる。

 もちろんそんな手が俺に通じるはずない。


 冷めた視線を向けると、グラムはそれを振り切るように立ち上がった。



「すぐ稼いでビッグになってやるから、ゴチャゴチャ言ってねぇで黙って待ってろ!」


「神官に向かってなんですその口の利き方!」


「うるせぇ!」



 グラムに小突かれ、俺は悲鳴を上げて椅子から転がり落ちた。

 神官服が汚れるのも構わず、震える腕を押さえて床にうずくまる。



「あ、ああ……神の右腕が!」


「神官さん! 大丈夫ですか!?」


「チッ。なんだよ、大袈裟な」



 腕をかばい、芋虫のように体を丸める俺に吐き捨てるグラム。

 その時、酒場の扉に付けられたベルが鳴った。



「神官さん! ああ、良かった。教会にいなかったからどこへ行ってしまったのかと。お願いです、仲間の蘇生を……」



 目を惹く燃えるような赤髪。煌めく白銀の鎧を煌めかせながら俺のもとへとやってくる女騎士。

 場末の酒場に似合わぬ騎士が、俺を見下ろし目を見開く。



「えっ、神官さん? …………神官さあああああん!」



 女騎士が涙ながらに俺の体を揺する。

 反応しない俺を見下ろし、彼女はがっくりうなだれた。



「終わりだ……この地の攻略は叶わない。もう蘇生させる者はいない。私たちは死ねない体になってしまった……」



 彼女の嘆きに、酒場がザワザワ騒がしくなる。

 ここに居る連中もほとんどが勇者だ。見知った顔がいくつかある。

 俺がいなくなったらみんな困るだろ?


 突き刺さるような視線に耐えかねたのか、グラムは声を上げた。



「わかった、わかったから! 稼いでくるから!」



 俺は片目だけ開き、ちらりとグラムを見上げる。



「あてがあるのですか?」


「もちろんだ」


「そうですか。じゃ、行きましょう」



 立ち上がると、カタリナが俺の体を支えようと寄ってくる。



「大丈夫ですか? 無理しないでください」


「私は神官ですよ? 回復魔法はお手の物です」


「回復魔法なんていつ使ったんだ。当たり屋だろこんなの……」



 口を尖らせるグラムの胸ぐらを掴み、女騎士が凄む。



「お前神官さんを疑うのか。神官さんがやったって言ったらやったんだよ」


「えっ、何? 何なのお前……」


「アイギス、とりあえず大丈夫です。下がってください」



 女騎士はこくりと頷き、何事もなかったように酒場を後にする。

 カタリナは彼女の背中を茫然と見つめながら呟く。



「あの女性は?」


「ん? そんな人いました? それより、早く行きましょう」


「神官さんは教会で待ってろよ。俺一人で行ってくるから」


「そうはいきません。貴方が不正な手段で寄付金を稼がないよう、見張らせていただきます」



 グラムは歯を食いしばる。舌打ちを我慢しているように見えた。

 適当なことを言って俺を撒こうとしていたなら、考えが甘すぎると言わざるを得ない。

 絶対に逃がすものか。神はツケの踏み倒しを許さない。



 グラムが向かったのは町のすぐ近くにある洞窟だった。



「ここだ。ここに秘密の宝がある」


「ここにですか? しかしここはダンジョンではなく魔物の巣でしょう。それなりに探索の進んでいる場所でもありますし、宝などありますか?」


「神官にしては詳しいな。だが情報が最新じゃねぇ。ここには魔物がため込んだお宝があんだよ。最近隠し部屋が発掘されてな。ま、魔物の事は勇者プロに任せな」



 俺たちはグラムに言われるがまま、洞窟をズンズン進んでいく。

 ここは初心者勇者が経験を積むのに使われるほど、魔物も弱く探索が進んでいる場所だ。

 勇者としてそれなりに腕の立つグラムは危なげなく地下へ地下へと潜っていく。


 だが、いつまで経っても彼の言う“隠し部屋”へは辿り着かない。



「あの……グラムさん。隠し部屋って言うのはどこに? ここが最深部ですよね?」


「ああ、そうだな。そろそろ良いか」



 カタリナの言葉に足を止め、グラムはクルリと振り返る。

 薄暗い洞窟の中でも分かるほど、彼の瞳はギラギラと怪しく輝いていた。



「くふ……ふふふ……うかつだったな神官さん。勇者なんか信じるのが悪いんだぜ」



 グラムはそう言って、魔物をたたっ切ってきた斧を今度は俺たちに向けた。



「……私を殺してツケをチャラにしようと?」


「なに、お前が死んでも新しい神官が来るだけだ。何も変わらない。安心して神の元へ行きな!」



 勇者と違い、神官は普通の人間同様に蘇生ができない。

 そしてこんなうまみの少ない魔物の巣の最深部にまで入る人間はそう多くない。ここへ来るまでにも、人とすれ違うことはほとんどなかった。

 なるほど、俺たちは自分の足でまんまと犯行現場まで向かわされていたというわけだ。



「ど、どうしましょう神官さぁん。あの人、私よりだいぶ強そうなんですが……」



 杖を構える手が震えている。

 勇者としての技量で、カタリナはグラムに到底及ばない。

 俺は彼女を自分の背へ隠した。



「大丈夫ですカタリナ。下がっていなさい。凡庸な考えです。小悪党らしい実に古典的な手だ」


「くっ……強がりを」


「私がいったい何人の勇者を蘇生してきたと思っているんです。貴方のことも随分と蘇生してきましたね。貴方はご自身の臓腑を見たことがありますか? 筋肉の繊維を、神経のつながりを、見たことがありますか? ないでしょう? 私は勇者の体のことを、本人より詳しく知っている自信があります。弱点もね」



 俺たちを追い詰めたはずのグラムが、一歩、二歩と後退りをする。

 その表情からも余裕が消えた。



「いつから神官は弱い存在だと、勇者より格下の存在であると錯覚していたんです?」


「何この強キャラ臭……もしかして神官さん、凄く強い……?」


「クソが! 舐めやがって、神官風情が!」



 グラムは自らを奮い立たせるように怒声を上げ、斧を振り回す。

 肩に走る衝撃。視界を染める血。



「ふぎゃあっ」



 なすすべなく吹っ飛ばされた俺は、冷たい洞窟の地面に伏すこととなった。



「よ、弱い……」



 カタリナが俺に憐れみにも近い視線を向ける。

 仕方ねぇだろ。お前らみたいな筋肉ダルマと一緒にすんじゃねぇよ。

 イテテ……あーあ、俺の神の右腕が本当に折れちまった。



「神官さん! どうするんです!」



 グラムの斧が、今度はカタリナへと向けられる。



「ふん、お前は勇者か。だが安心しろ。お前の死体は棺桶に詰めて埋めてやる。お前が蘇生することはない」


「神官さぁん!」



 カタリナの声が少し遠くから聞こえる。

 血を出しすぎたな。フラフラするぜ。

 俺は力を振り絞り、グラムに神官スマイルを向ける。



「大丈夫ですよ。まぁ本気を出せば殺れるんですが、神官が殺生するわけには行きませんからね」


「こんにゃろう……!」


「なので、あとは頼みました」



 きょとんとするカタリナの頬が血飛沫に染まる。


 視界を染める白銀の鎧の煌めき、長い髪の燃えるような赤、剥き出しになった首から噴き出す赤、赤、赤、赤。

 ゴロリと落ちたグラムの顔は、何が起きたか分からないとばかりに目を見開いたまま硬直していた。


 白銀の刃に付いた血を振り払いながら、女騎士が俺を見下ろす。



「大丈夫ですか、神官さん」


「ええ。ありがとうアイギス。助かりました」



 俺はアイギスに礼を言いながら肩の傷を回復魔法でササッと治す。

 くそっ、また神官服が一着ダメになった。痛いし血は足りないし最悪だ。



「あ、あの。この方は……」



 カタリナが怯えた目をアイギスに向ける。

 ああ、彼女を紹介する気はなかったのだが……まぁそれはそれで良いか。

 彼女もまた、カタリナの社会勉強の良い教材になる。

 俺はふらりと立ち上がり、言う。



「彼女は聖騎士。神官に代わって汚い仕事を請け負う信徒です」


「勇者……ですか?」


「ええ。あちこちの教会で蘇生費を滞納しまくった多重債務者です。あなたにも彼女の実力は分かるでしょう。一国の騎士団長を超える戦力をお持ちだ。蘇生費も並の勇者とは比べ物にならない……彼女のツケは膨れに膨れて今や国家予算並みです。とても個人では返済しきれない。なので、汚れ仕事を任せる代わりに蘇生費をチャラにしたわけです」


「な、なるほど……それで、あの男はどうするんですか?」



 グラムの姿はもはやどこにもない。

 彼は勇者だ。遺体は俺の教会に送られている。



「もちろん蘇生させますよ。本当の取り立てはここからです。ね、アイギス」



 振り返り、肩越しにアイギスに笑いかける。

 彼女の血に濡れた刃がギラリと輝いた。


 今日は本当に良い日だった。

 初心者勇者に二人分の債務者の末路を見せることができたのだから。

 鉄は熱いうちに打て。

 今日の出来事を、彼女はきっと忘れないはずだ。


 俺は怯えた目をしたカタリナの肩にそっと手を置く。



「ね? 真面目に返済したほうが良いでしょう? 勉強になりましたね。貴方も善良な勇者として、教会への寄付にご協力を」





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