30、狂人共の夜散歩
ブラック職場である我が教会も、さすがに夜が来れば閉める。
俺だって不眠不休で働けるわけではないし、暗くなれば勇者たちの活動も鈍る。
しかし深夜に教会の戸を叩く勇者がいないわけではない。基本的には朝が来るまで待ってもらうが、どうしてもというならば断わるわけにはいかないのだ。
月のない夜。その日も、俺は激しく戸を叩く音に起こされた。
寝ぼけまなこを擦りながら渋々ベッドから這い出る俺だったが、扉の外は尋常ではない様子である。
「すみません、すみません! 開けてください!」
女の声だ。酷く焦っているらしい。
何やら事件の匂いを感じ取った俺は、上手く働かない頭で慌てて戸を開けた。
「はい、どうしまし――」
小柄な女が俺の胸に飛び込んでくる。
瞬間、俺は戸を開けたことを後悔した。
女が俺の腰に手を回し、こちらを見上げる。パステルカラーの瞳に絶望に沈んだ俺の顔が映る。
「来ちゃった」
「ギャーッ!!!」
俺はたまらず悲鳴を上げる。
パステルイカれ女だ! クソッ、とうとう強行手段に出やがった。
っていうかズルいぞ。お前わざと正体隠したろ。相手がリエールだと分かっていれば絶対戸を開けなかったのに。
ん? 暗闇の中で何かが蠢いている。俺は目を凝らした。
「返せぇ……ほし……かえせぇ」
「ギャーッ!!!」
闇から這い出てきたバケモノに、俺は二回目の悲鳴を上げる。
いや、バケモノじゃない。勇者だ。元星持ち勇者ユライさんである。
リエールは俺に縋りながら甘えた声を上げる。
「助けてユリウス。ストーカーに付き纏われてるの」
「誰がストーカーだ! 俺はただ星を返してほしいだけなんだよぉ。頼むよぉ」
本当に四六時中リエールを追っているのだろう。服はボロボロ、髪はボサボサ、目の下には紫がかったクマ、まるでゾンビだ。
俺は二人の厄介者を前にお手上げとばかりに両腕を上げる。
「すみませんが、神官は勇者事不介入なんで……」
噛みついたのはユライだ。
「そんな、このままじゃ王都に帰れないんだよ。二人に置いていかれる。やつら、新しいメンバーを探してるんだ。魔法使いかヒーラーを新しくパーティに入れようとしてる……そうなったら俺はお払い箱なんだよ」
「ああ、この街でやっていくならそっちの方がバランス良さそうですよね。あなた達、潜入系・暗殺系のパーティなのでしょう? 純粋な戦闘職以外に、情報調査のために暗躍する勇者もいると聞きます」
「ふっ、そこまで分かるとはな」
ユライは妙に鼻につく仕草で髪をかき上げる。
……とはいえ、コイツの実力は二人に比べると一枚落ちるな。多分あのパーティにいなけりゃ星も貰えていなかったろう。ここらで解散するのも良いのでは?
俺は眠い目をこすりながらリエールを引き剥がそうとしてできなかったので、渋々口を開く。
「とにかく、教会に来られても私にはどうしようもありません。夜も遅いし、どうかお引き取りを」
その時だった。
なにやら中庭の方がにわかに騒がしくなる。マーガレットちゃんは日が落ちると共に花弁に籠って眠りにつくはずだが。
妙な胸騒ぎを覚えた俺はリエールを腰にくっつけながら中庭へと急ぐ。
そこにいたのは、俺と同じく眠い目をこすりながら二人の招かれざる客を見下ろすマーガレットちゃんであった。
「ど、どういう事だ……なぜこんなところに」
茫然と呟くルイ。
俺に気付いたロージャがマーガレットちゃんを指して悲鳴に近い声を上げた。
「なんで教会に魔族がいんのよ!」
俺は顎をさすりながら首を傾げた。
「ええ~? 暗いから見間違えたんでしょ。ただのアルラウネですよ……」
まぁね。魔族のシアンが兄さんって呼んでたんだから、魔族かもなーとはうすうす思ってたよ。
でも魔族が教会の庭に根を張れるってヤバいじゃん? 教会なのに退魔の力もないのかよってなるじゃん? だからあんまり認めたくなかったのよね。なのでできれば大事にしたくないんだけど。
二人は恐怖に慄きながらも、宝を前にした盗賊の如く目を輝かせている。
ルイが低い声で呟いた。
「こんなチャンスはそうない。調査だ。王都に情報を持ち帰るぞ」
得物に手を掛ける二人。
しかし結果は見慣れたもんだった。他の勇者たちと同じく、彼らの刃はマーガレットちゃんには全く届かなかった。
夜中だからマーガレットちゃんも弱体化しているのかと思いきや、全然そんなことはなかった。むしろ寝ぼけてて加減が分からないのか。いつもの戦闘より強めに二人を弾き飛ばし、エリート勇者さんはピクリとも動かなくなった。
俺は二人の脈を確かめる。うむ、気絶しているだけか。
ったく、夜中に面倒を起こしてくれる。俺はユライに言う。
「手伝ってください。二人を教会内に運ぶんです。聞いてます?」
マーガレットちゃんにビビッて腰でもぬかしてんのか? ユライの反応は鈍い。
何度か声をかけてようやく二人に近付くが、夢遊病患者のように歩みは遅くフラフラと体の軸がぶれている。
困ったな。俺は腰にリエールを付けている。ユライの手を借りなければ教会に二人も運べない。
「ユライ?」
俺の呼び掛けには答えないものの、ユライは二人の側にまで歩み寄って動かなくなった己のパーティメンバーを見下ろす。
そして彼は流れるような動きで短剣を取り出す。逆手に持ち、仲間の頸動脈を切りつけた。
「えっ……?」
突然のことに言葉が出ない。
意識を取り戻す暇もなく、星持ち勇者二人はあえなく絶命した。
「ど、どういうつもりですか。ユライ!」
棺桶に収納された仲間の死体を、ユライはゴソゴソと漁る。
星明りに照らされたユライがニマァっと歪な笑みを浮かべた。彼の手に光る、二つの星。
血に濡れた顔をこちらに向けた。
「へへ……もう星は返さなくて良いぜ。これで三人そろって王都には帰れない。へへっ……へへへっ」
正気とは思えない笑い声が、真夜中の教会に響き渡る。
ユライは夜が明けてから改めて蘇生しに戻ると告げると、仲間の入った棺を引きずったまま俺らに背を向ける。
遠くなっていく彼の背中を見ながら、腰に引っ付いたリエールが呟く。
「イカれてるね」
そうだね。お前もだけどね。





