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2、ピーチクパーチクシンカンサンシンカンサン





 各都市にそびえる大聖堂には凄まじい数の神官が働いている。

 見回せど見回せど神官服を纏った人間ばかり。

 一度そこに迷い込めば、世界には神職しかいないんじゃないか。人類みなシスターアンドブラザーなのではないかという錯覚に陥るほどだ。


 が、そんなのはごく一部。

 うちのような僻地にある小さな教会は、信者への説法から勇者の蘇生、庭の手入れまでをたった一人の神官が請け負っている。


 ワンオペだよ、ワンオペ。

 寂しいなぁ。忙しいなぁ。

 そんな愚痴をこぼすこともできない。なぜなら一人だから。


 しかし今日だけは別だ。



「同期もバラバラになっちゃったねぇ。王都に残ってるのはシャルルくらいかな。ルッツはハロワ神殿だっけ? あそこも大変そうだよな」



 小さな教会に神官が二人。

 なかなか見られない光景だよ。やったぜ。


 とはいっても別に仕事の手伝いに来てくれたわけではない。

 神官学校同期のルイスが遊びに来てくれたのだ。

 本当はちょっとした酒場とかに行きたかったんだけど、俺の教会はいつ勇者の死体が降って来るか分からない。

 それでも良いと笑い、わざわざこんなところまで来てくれたルイス君。

 優しくて良いヤツだ。若手神官は優しい人が多い。

 そんな優しいルイス君に黒い感情を抱いてしまう俺は性格が悪いのだろうか。


 ルイスの職場は小さな町にある、小さな教会だ。それだけ聞くと俺とあまり変わらないような気がするんだけどな。

 なんでルイスの神官服はそんな白いん?

 まったく同じデザインのはずなんだけど俺のは明らか黒ずんでるもん。血だよ、血。洗っても落ちないんだ、もう。

 しかもなんでお前は教会閉められるわけ? 俺当然の如く週休ゼロ日なんですけど。


 あっ、俺分かっちゃった。

 悪いのは俺の性格じゃないな。俺の待遇だわ。



「お前はさ、どうしてこの教会を志願したの?」



 ルイスの言葉が突き刺さる。

 だが俺は神官スマイルを装備した。

 最近意思と関係なく笑うのが上手くなったぜ。悲しいね。



「こんなとこ自分から志願するはずないだろ」


「え? そうなんだ。じゃあ異動願いとか出してる?」


「なんですかそれは」



 素で敬語になっちゃった。

 俺もきょとんとしているが、ルイスもきょとんとしてる。



「えっ、毎年渡されるでしょ。若手神官は色々な教会回って修行積んでるヤツが多いみたいだよ」



 おいおいおいおい聞いてねぇぞ。って言うかそんな紙貰ってねぇし。

 俺の異動を認めないつもりか。

 教会本部め、嫌な役目を俺に押し付けやがったな。これだから薄汚い大人は嫌いなんだ。



「……そうか、望んだ配置じゃなかったんだな。実は俺もなんだ。もっと勇者たちと触れ合えるような教会に行きたいってずっと言ってるんだけど、全然聞いてもらえなくてさ」



 お前の悩みと一緒にするな。

 空腹のあまり木の根っこ齧ってる人間と毎日脂ののったステーキ食ってる人間の「たまには魚とか食いてぇな」じゃレベルが違うだろ? 今まさに同じことが起きているぜ。


 というような意味の事を嫌われない程度にまろやかにして伝えると、ルイスは真っ白な神官服を撫でながら笑った。



「何言ってるんだ。実を言うと、俺はこの教会に異動願いを出しているんだよ」


「は? マジ?」


「この教会は辺りをダンジョンやら魔物の巣やらに囲まれたまさに激戦区。人類と魔族の存亡をかけた戦争の最前線。ここに街を作れたのが奇跡と言われている土地なんだ。一説によると魔物たちの縄張り争いの末にできた緩衝地帯とも言われているね」


「マジか、そんな砂上の城みたいなとこなのここ? 知らないんですけど」


「それは勉強不足だよ。自分の赴任先の土地くらい調べるでしょ普通」


「調べる時間なんてなかったよ。あれは今考えても完全に拉致だったね。ほとんど着の身着のままここに連れてこられたんだ。あれだな、逃亡防止なんだろうな。今なら分かる」


「でもここはやりがいがありそうじゃないか。俺のところはじいちゃんばあちゃんばっかで、全然刺激がないよ。いや、こんなこと言っちゃいけないんだろうけどさ……」



 そうか。

 まぁそれぞれの教会にそれぞれ大変なことがあるんだろうなぁ。


 あっ。

 うちの教会の“大変なこと”が起きた。



「決行は明日って聞いてたんだけど一日早まったみたいだ。ごめんなルイス。その神官服汚れちまうかも」



 教会に降り注ぐ血の雨。

 神聖な教会が瞬く間に無残なミニ戦場に早変わり。

 転がる死体。血に染まるカーペット。

 この教会に一体何人の勇者が転送されているのか。数える気にもならない。



「これは一体……」


「近くに探索の進んでいないダンジョンがあってさ。勇者達が徒党を組んでそこを攻略するって計画だったんだ」


「そうか……失敗したんだね」


「失敗? なんで?」


「え……だって、これだけの被害だ。本隊が何人いるのか知らないけど、さすがにこれじゃあ立て直せないでしょ」



 ああ、そうか。普通はそう考えるんだよな。

 ヤツらの思考にすっかり染まりきってしまっていたみたいだ。

 俺は神官スマイルを装備する。



「とにかく治しましょう。それが私の仕事です。手伝ってくれますか?」


「え? ああ……分かった」



 俺たちは血に塗れながら次々に死体の修復、蘇生を進めていく。

 あっというまにルイスの衣も赤黒く様変わりだ。

 蘇生は神官学校時代の実習以来と言っていたが、なかなか悪くない手際だぜ。



「ダメだ……気分悪くなってきた」


「血の匂いに酔った?」


「それもだけど、人が人に見えなくなってきた。人形の修復してる気分だ」



 おや、ルイス君の目が死んできてる。

 せっかくの休暇なのに、申し訳ないな。

 なんとかフォローしないと。



「大丈夫大丈夫。その感覚ならすぐ慣れるよ。むしろそっちの方がメンタルへの影響が少ないと思う」


「そ、そう……?」



 一方、俺たちが蘇生させた勇者は元気いっぱいに好き勝手言っている。



「サンキュー神官さん!」


「神官さーん! こっちの剣士治してよ!」


「こっちが先だろ!」


「神官さん早く早く!」



 ああもうピーチクパーチクシンカンサンシンカンサン雛鳥かお前らは。



「か、彼らはどこへ……?」



 蘇生するや否や蘇生費を放り投げるようにして教会を飛び出していく勇者たちを呆然と見つめるルイス。



「勇者ってのは死んでも教会で蘇生されるだろ。そして悲しいかな、人間ってのは脆い。鍛え抜かれた勇者も魔獣の一撃であっという間に死ぬ。だから彼らは死ぬことを前提にして作戦を立てる」


「えっ……じゃあ彼らはダンジョンへ戻ってるの?」



 ルイスの言葉を肯定するように次々教会に死体が降り注ぐ。

 おや、コイツは見た顔だな。もう本日二回目の死を迎えた勇者が出始めた。お前ら金持ってんだろうな?



「そんな、ありえないよ。死者蘇生の奇跡だよ? それをこんな、カジュアルに……」



 打ちひしがれるルイスの肩に、俺はそっと手を置く。



「奇跡も百回経験すればもう日常なんだよ」





*****





「今日はゴメンな。休暇なのにかえって疲れさせちゃって」


「いや……刺激的な経験ができてむしろ良かったよ。お前はすごいな、もう手が上手く動かないや」



 ルイスは汚れた神官服の裾を絞りながら笑う。

 疲労の色が濃いものの、その目はキラキラと輝いている。


 まぁ、確かにここでの生活は刺激的だ。

 奴ら色んな死因で死ぬし。

 バラバラ死体のパーツつなぎ合わせるのもパズル解くみたいで、まぁ脳が活性化する感じはあるね。



「どう? 一回俺と教会チェンジしてみる?」



 するとルイスは薄く微笑んだ。



「今の教会は神が俺に与えて下さった、俺にピッタリの場所だったんだ。ありがとう。おかげで今の環境に感謝することができたよ」


「は?」



 ルイスの顔はとても満足げだった。

 この顔には覚えがある。

 自分の待遇がまだマシであると悟った人間の顔だ。


 結局この世は相対評価だ。

 自分より下の人間がいれば安心する。


 ああああーあー俺も安心したいよぉ。

 助けてよ神様ぁ。




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