13、魔の手?
まったく、酷い夢だった。
そう、夢だよ。夢に違いない。
こんな善良な神官が神に嫌われてるワケないじゃんね。
だいたいあんなのが神なワケない。妙に小物っぽかったしな。
「おい! 一体なんだって言うんだよ!!」
「黙れウジ虫。勝手な発言は許可しない。その薄汚い口を開きたくば挙手し発言権を乞え」
アイギスは椅子に縛り付けられ両手を封じられたグラムにそう吐き捨てる。
つまり喋るなってことだ。
しかしアイギスの恫喝にすっかり慣れてしまったらしいグラムは俺をギロリと見上げる。反抗的な態度である。
「おい神官! まずこの拘束の理由を言えよ。善良な勇者にこんな真似して良いと思ってんのか」
チッ、うるせぇな。
やっぱコイツどうもチンピラ臭いんだよな。カッとなって人とか刺しそう。
っていうか実際一度殺されかけてるわけだし――
「……やっぱお前か? ヤツの言ってた“魔の手”なのか? いや、あれは俺の夢だけどね。でも俺結構夢占いとか信じるタイプだからさぁ。まぁ本気で信じてるわけじゃないけど、そういうの胸の中に抱えてるともやもやするじゃん? もやもやは潰しておきたいよね。俺の胸のもやもやが潰れるんならグラムが潰れるくらいなんてことないし……」
「テメーなにブツブツ言ってんだ! 薬でもキメてんのか!」
「うるせーッ!! 俺は死にたくないんじゃーッ!!」
俺は女神像(小)を振り上げる。
「じんがんざああああん」
教会に響く情けない悲鳴が俺の手を止めた。
俺は女神像(小)を掲げたまま神官スマイルを扉に向ける。
涙でくちゃくちゃになったカタリナと目が合った。彼女ににこやかに挨拶をする。
「迷える子羊よ。我が教会にどんなご用かな?」
「な、なんで女神像振り上げてるんです……?」
カタリナの後ろからひょっこり顔を覗かせるオリヴィエの言葉に、俺は笑顔で答える。
「悪魔祓いですよ」
「た、たす――」
口を開きかけたグラムを、女神像による神の鉄槌で黙らせる。
白目を剥いたグラムをアイギスが教会の奥へ連れていくのを横目に、俺は二人に向き合った。
おや、リエールがいないぞ。と思ったら棺桶を連れてる。
「リエールが……リエールがぁ」
はいはい、オーケーオーケー、もう分かった。この状況で全部分かった。みなまで言うな。
どうせまた魔導師のくせに突っ走ったカタリナをかばってリエールが死んだとかだろ?
お前らが組んだ時からこうなるだろうなって想像してたよ。リエールは確かに優秀な勇者だが、仲間をかばいながらじゃ実力も発揮できまい。
ていうか、もう蘇生させなくて良いんじゃないかなぁ。
リエールはグラムより厄介だ。グラムが真正面から来るタイプの魔の手だとしたら、リエールはベッドの下に潜むタイプの魔の手だもの。
「早くっ! 神官さん!」
カタリナがいつになく真剣な表情で俺の肩を揺する。なんだ、上手く行かないんじゃないかと思ってたが、案外仲良くやってたんだな。安心したよ。
でもなぁ、リエールだしなぁ。かといって神官が蘇生放棄させるのは流石になぁ。
蘇生させなくてすむ上手い言い訳はないものか。
計略を巡らせながら棺桶の蓋をズラす。
リエールの血走った眼球が俺をギロリと見た。
「ギャアッ!? 生きてる!?」
想定外の“活きリエール”に、思わず尻もちをつく。
リエールは真っ赤な唇をにまぁっと緩ませ、今にも血の涙を流しそうな赤い目を細めた。
「ユリウスぅ」
俺は棺桶の蓋を閉めた。
「助けてください神官さん。リエールが病気なんですよ」
リエールは元から病気だよ。治らないタイプのな。
俺はカタリナを窘める。
「連れてくる場所を間違えていますよ。ここは病院ではありません」
「ただの病気じゃないんです! 魔物にやられたんですよ」
喚くカタリナにオリヴィエが加勢する。
「初めて見る魔物でした。場所はヴェルダの森。樹木型の魔物で、攻撃すると黄色い粉が噴き出してきました。それを浴びたせいで……」
カタリナはともかく、オリヴィエが初めて見たというのは気になる。
新種の魔物か。植物モンスターと状態異常は切っても切り離せない関係にある。
俺は渋々もう一度棺桶の蓋を開ける。
「ユリウスっ……」
振り絞るような声に紛れてひゅうひゅうという呼吸音が聞こえてくる。
充血した眼球、赤く腫れた唇、よく見れば首のあたりに湿疹のようなものも見える。
解毒の魔法をかけてみるも、快方の兆しは見えない。
「単純な毒ではないようです。キラーホーネットに刺された勇者に似たような症状が出たのを見たことがあります」
「じゃあ、その時はどうやって治療を?」
「……今はまだ、私にできることはありません。少し時間を置きましょう」
蓋を閉めようとする俺の腕を、棺桶から伸びた手が掴んだ。
「ユリウス……」
だから名前で呼ぶなって言ってんだろ。
だがヤツも一応病人だしな。俺は蝋のように白くなった手を握った。
「大丈夫ですよ。苦しいでしょうが、もう少しで楽になります」
リエールが口を開く。
呼吸が苦しいのだろう。わずかに唇を震わせるが、明瞭に声を出せていない。
「水が欲しいですか?」
リエールがわずかに首を振る。それはもはや震えとも言えるほどに弱弱しいものだった。
俺は彼女の唇に耳を寄せる。
「どうしました? なにが欲しひへぇ」
耳を這いずるヌルリとした感触。全身の皮膚が粟立ち、毛が逆立つ。
俺は顔を上げて棺桶から飛び退こうとして、できなかった。
蝋のような手がうっ血しかねないほど強く俺の腕を掴んで離さない。
「ユリウスが欲しい」
リエールは真っ赤な唇に舌を這わせる。
なんだ。元気じゃん……
この場合俺にできる治療は、症状の進行および死を待って蘇生させることなのだが。これは結構時間がかかりそうだ。
俺はリエールの腕を振り払おうとしてできなかったので、手が飛び出た状態のまま棺桶の蓋を閉めた。
やっぱやろうかな。筋トレ……