11、手遅れ
オリヴィエには悪いと思っている。
結果的に二人も問題児を押し付けるような形になってしまった。
次にオリヴィエが死んで教会に運び込まれるような事態になったら死因が何であろうと腹を裂いて胃の状態を確認し、容体によってはこっそり教会裏口から逃がすオリヴィエ逃亡ENDも用意していたのだが。
「リエールは凄いです。頭も良いし、観察眼もあります。冒険が進みやすくなりました」
数日ぶりに教会へやってきたオリヴィエはなんとも晴れやかな表情であった。
俺は心配になってオリヴィエに健康診断を施したが、どうやら魔法で操られているわけではないようだ。
性格に難があるとはいえ、リエールの勇者としての技量は俺の想像以上であったらしい。意外とうまくやれているのだろうか。オリヴィエのような少年はリエールの射程圏外だったのかもな。
が、リエールの表情は暗い。
原因は彼女の後ろに引っ付いている棺桶だろう。
肩を落とすリエールを、俺は祭壇の影からそっと覗く。もちろん女神像を抱いて、だ。
リエールが嘆く。
「絶対に死なせないからって言ったのに……」
「仕方ないよ。カタリナの行動なんて誰にも読めない。僕なんて、この人自殺願望あるのかな? って最初のころは思ってたよ。最近になってコイツ何にも考えてないんだなって気付いたけど」
おいおい凄い言い様だな。
オリヴィエのカタリナディスりもといフォローもむなしく、リエールは手を目元にやり肩を震わせる。
オリヴィエが困ったような顔をこちらに向けた。
「なんで隠れてるんです? 早くこっち来てくださいよ」
隠れるに決まってんだろ。その女、涙出てないじゃん。嘘泣きするメンヘラとか犬に繋がれたマンドラゴラ並みの危険物だから。
「ほらぁ、蘇生お願いしますよ。ちゃんと蘇生費ありますから」
ちっ、仕方ねぇな。蘇生は神官の義務だ。
俺は差し出されたコインに吸い寄せられるように渋々安全地帯から体を出す。蘇生の邪魔になる女神像を祭壇の上に置く。
しかし棺桶に伸ばした手はリエールにガッチリと掴まれた。
「ヤダ……」
「ええ?」
「ユリウスが別の女を蘇生させてるところなんて見たくない」
リエールが俺をジッと見る。俺の反応を窺っているのか。
え? これどういう反応をするのが正解なの?
コイツの感覚分かんないんだよなぁ。だいたい俺、日々何十人と蘇生させてるしよぉ。
でも何か言わないと。リエールの握力が俺の返事を促すように強くなっていく。あっ、手がうっ血して紫に変色してきたぞ。
「リエールはよく頑張りました。これまでのカタリナの死亡頻度から見れば凄まじい快挙です。これ以上の成果を己に求めるのは無茶を通り越して傲慢というものですよ。もちろん反省するのは大いに結構ですが、失敗にくじけて足を止めてしまうのでは本末転倒というものです。あなた達勇者には“やり直し”の力があるのですから、何度だって失敗したら良いんです」
どうだ……?
「……うん」
よし、正解ッ……!
指先に血が通うのを感じる。ふう、危ないところだった。俺のゴッドハンドが壊死するかと思ったぜ。
俺は自由になった手で棺桶の蓋に手を掛ける。
だが、今度はオリヴィエが声を上げた。
「あ、神官様少し待ってください」
ぬ?
「ほら、リエール。ちゃんと神官様にごめんなさいしないと」
オリヴィエの囁きに引っ掛かり、俺は手を止める。
「なんでですか? あっ、まさか死体腐らせました? 腐ると処理が大変なので困るんですが……」
「違いますよ。実はリエールが神官様をまねて蘇生魔法をかけてみたんです。回復魔法程度なら少し扱えるからって」
蘇生魔法を扱えるのはなにも我々神官だけではない。勇者にだって使える者はいる。
だが誰にでも使えるというわけではなく、それなりに修練を積んだヒーラーや一部の魔法使いのみが成せる業だ。
それもかなりの魔力を消費する上、慣れていないととんでもない時間がかかるし疲れる。そりゃそうだ。蘇生というのは人体という複雑なパズルを組み立てるのに近い。
ダンジョン攻略中でもなければ、大抵の勇者は教会に蘇生を依頼する。
しかし……もしリエールが蘇生魔法を扱えるなら。
毎日趣味のように死体になるカタリナの蘇生をリエールが負ってくれるのなら。
「やっ、ヤダ! 言わないでよオリヴィエ」
リエールがもじもじとする。
最初は多少の失敗もあるだろう。綺麗に神経を繋げられなかったり、腸が捻じれたまま蘇生させてしまい生き返るや否や痛みに悶絶しちゃったり。
だが、そういう失敗を重ねて蘇生魔法というのは完成していくのだ。
俺はウキウキで棺桶を開き、そして絶叫した。
「なんじゃこりゃ!!」
「ヤダっ……恥ずかしい」
リエールはなぜか赤面した顔を手で覆う。
カタリナの体は、全部くっ付いていた。瞼、口、鼻の孔がくっついている。指というものが無くなり、手はまるでミトンのようになっている。
つるりとしたカタリナの体は、まるで木から削り出した人形のようだった。ひでぇ。
「私の作業のなにを見ていたんです!! こんな失敗は初めて見ました」
「気合を入れすぎちゃって」
リエールは指をいじいじしながら口を尖らせる。
こりゃダメだ。失敗して良いとは言ったが、こんなレベルの高い失敗作の尻拭いを何度もさせられるのはごめんだ。人には向き不向きがある。リエールに蘇生させるのは諦めよう。
「あなた達、どこか行って来たらどうです。これは蘇生に時間がかかりそうだ」
「えっ」
リエールの瞳にフッと影が落ちる。
なんだよもう、コイツの地雷どこにあんだよ。
なんとか宥めないと、また面倒な事になるな。俺は口を開きかけ、そしてかけるべき言葉を失った。
「な、なんだ……? なんだよこれ!」
オリヴィエが狼狽えながらも剣を抜く。
教会を揺蕩う影。薄いカーテンが風に舞うようにふわりふわりと漂う。
外は晴天にも拘らず教会内は不自然に暗い。身を切るような寒気が皮膚を粟立たせる。
「死霊……? くっ、聖なる教会になぜ!」
オリヴィエが剣を構え、纏わりついてくる死霊を振り払う。
しかし死霊は霞の如く実体がなく、オリヴィエの剣は虚しく空振りするばかり。
「無駄です。死霊に物理攻撃は効かない」
「クッ……リエール! どうにかしてくれ」
「そうです、リエール!」
揺蕩う影が渦を巻く中心で、リエールが天を仰ぎ薄笑いを浮かべている。
彼女が両手を広げるや否や、影は母親に駆け寄る子供がごとく一斉にリエールに群がった。
母子といっても、人のそれではない。
蜘蛛だ。親蜘蛛に集る子蜘蛛。食っている。リエールを。
「リエール!」
「ダメだっ」
駆け寄ろうとするオリヴィエを制止する。
俺は静かに首を振った。
「ダメです。もう手遅れだ」
「そんな! 嫌だよリエール……まだパーティを組んだばかりなのに」
オリヴィエの慟哭が響き渡る。
「死にたがりと二人での冒険はもう無理だ!!」
どんだけカタリナヤバいんだよ……
喰われていくリエールが俺を見ている。影の中でパステルカラーの虹彩だけが輝いている。
そこに苦痛も恐怖もない。
「リエール、止めなさい。こいつらを戻すのです」
リエールの口元が緩む。震えるほどの冷気の中で、彼女の頬はパステルピンクに上気する。
ああ、手遅れだ。
コイツの頭は、もう……
「バラバラになっちゃう。時間がかかるね。丁寧に治してね、ユリウス」
リエールの体にヒビが入る。乾燥した土人形が水分を失って崩れていくように、生気を吸われたリエールの体が自壊を始める。
それに伴い、死霊たちの影も薄くなっていく。教会から冷気が消えた時、あとに残ったのはかつてリエールだった“粉”の入った棺桶のみ。
当然だ。召喚者が死んで魔力が絶えれば、この世に留まることができなくなる。
オリヴィエが剣を握ったまま、きょろきょろと辺りを見回す。
「何だったんですか、今の……?」
俺は答えた。
「手の込んだ自殺です」