話の1 会計の、計算
百合作品は初投稿になります、頼久×2と申します。拙い表現が多いかもしれませんが、指摘していただけると嬉しく思います。これから何卒、よろしくお願いいたします。
その日、わたしは中高合同生徒会に出席するため中央会議室への渡り廊下の先頭を歩いていた。会計に過ぎないわたしがそんなことをした理由といえば、御津清歌会長が華道部のため遅刻を余儀なくされていたからでしかない。しかしわたしはそこで思いがけない光景を目にした。生徒に注目されてみる気分を味わってみたかったのは事実だが、その反応が予想外だったのである。
「ねえねえ、清歌お姉さまに隠れてたけど、桂里奈お姉さまも綺麗よねえ」
「うわっ、ほんとだ。品のある歩き方してるし、いかにもお嬢様って感じ」
と、特に中等部の生徒たちがきゃあきゃあ騒ぎ立ててくるのである。そういう評価を受けること自体はうれしいのだが、これではまるであの清歌の代打ではないか。どうせ清歌が来ればあのメスガキどもの目は清歌の方に向くのだろう。
いっそのこと、あの役立たず共まとめてうどんとそばで首つって死んでくれないかなあ、とわたしは笑顔を崩さないようにしながらも、ため息をついた。生徒会に入ったのはそれが私にとって将来を保証することが安易になるからにすぎない。ミーハーかつ役立たずな集団のご機嫌取りをしているのもそうした方が「素敵なお姉さまの一人」というイメージづくりに役に立つから妥協しているだけの事だ。そう、清歌さえいなければ全てはもう少し楽になったはずなのに……
「桂里奈ぁ、あぶないよぉ」
間延びした声がしたときにはもう遅かった。ガッという音がして、わたしは頭を中央会議室のドアにしたたかにぶつけていた。
「もう、桂里奈ったらまた清歌の事考えてたでしょお」
わたしに笑いかけてくるこの女の名は西尾香里。わたしと同学年で服飾科の人間である。書道部次期部長候補の名に恥じない達筆で、わたしの知る限り一番読みやすい議事録を作る女だ。その割には管理能力はからっきしなのだが。
「ええ、それがどうかしたの?」
わたしはあっさりと即答した。中等部以来の縁であるわたしたちの間に、隠し事が通用する隙など無かった。
「いやさあ、桂里奈ったら毎日毎日清歌の事ばっかり考えてるでしょ?」
「別に毎日考えているつもりはないのだけれど」
「でもさあ、普通誰かの事を考えてドアに頭ぶつけたりする?頭の中が清歌でいっぱいなんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ。わたしだって清歌以外の事、考えもするわよ」
「そういわれたらそうかもしれないけどさあ、桂里奈の清歌への執着って並大抵じゃない気がするんだよねぇ。例えていうなら、恋、とか?」
「何を言っているのよ……わたしが清歌に恋するなんて、琵琶湖で恐竜を見つけるよりあり得ないことじゃないの」
「ま、それもそうだよねえ。昨年のあれがあったもんねえ」
香里がそこまで言ったところで中央会議室のドアが音を立てた。
「ごめんなさいね、遅くなってしまって……」
声の主はわたしが書けば相手を殺せるノートがあるなら間違いなく使用する相手にして現星花高等部の生徒会長、御津清歌だった。その後ろには三々五々、中等部の面々が女王に付き従う儀仗兵のごとく付き従っていた。それがまたわたしの屈辱感を煽った。
今回の議題はあの臨海・林間学校並びに文化祭準備のスケジュール策定と、いずれも重大イベントばかりである。天寿が経営に携わってからの入学者しかいないという「天寿組」ばかりの生徒会ということもあって皆の気負いぶりはわたしの知る中でもトップクラスだった。勿論わたしも打算ずくとはいえ例外ではない。であるからこそだろう、わたしが聞いてもなるほど、と思えるようなアイデアが次々と出てきた。
わたしは最初に「天寿介入以降に育った木の枝打ちで出た木材のみでのキャンプファイヤー」を提案して、以降はひたすら聞く側に回っていた。他の人がしゃべっている間もメモを休めることはない。企画の概算見積もり、およびそれにかかる時間や労力を総合して仮のプランを作成しておく。そしてついでにそれを誰が言ったかを記録し、「今後」の参考にする。ホワイトリストは、思ったよりも長くなった。
そんな中、なかなか発言の機会の来ない女がいた。制服からして中等部と思われる黒髪三つ編みの女は律義に記録をとっていた。そんなことなどせずとも香里はわたしのようにケチで腹黒い女ではないから頼めば二つ返事でコピーの一つや二つはとらせてくれそうなのものであるが。
何はともあれ、自分なりにやってみたいことがないならないで言ったらどうだ、と私は思い、香里にその話を紙の上ではあるが振ってみた。すると、「えこひいきなんかじゃなくて、あの子はあれが精いっぱいだから」と帰ってきたのである。その意味を会長にといただしつつ、さりげなく発言させようとわたしが手を挙げた時だった。
さっきまで一生懸命に記録をとっていた中等部と思しき女が、椅子もろとも後ろへひっくり返った。中等部のうちではよくあることなのか、下級生たちは別に取り乱したりはしなかった。むしろ、上級生のはずの香里のほうが
「ええっ、なになに?演技じゃないよね?」
などとパニックを起こしている。
しかし、間違いなく会議は止まった。ということは、清歌も予測しなかったということ。こうしたときに会長をサポートするのが生徒会役員としては当然である。声をかけるだけなら無料だし、それに後輩たちに油川桂里奈は頼れる先輩だ、と思わせておくことは得策だ。わたしは瞬時にそう判断すると
「書記さん大丈夫?」
と、いかにも心配しているかのような声で三つ編みの娘に駆け寄った。
志依ちゃんのしの字も出てない……ごめんなさい、ちゃんと出てきますから安心して!
話の流れ上、サブキャラクターを作成させていただきました。書道部の西尾香里さんです。2年6組で書道部・生徒会所属で星花には中学時代から通っている設定です。
また、「あなたと夢見しこの百合の花」(著:五月雨葉月さま)より第5弾現在の生徒会長である御津清歌さんをお借りしました。