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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
3/15

第3話 空き巣犯を追え! 前編


 薮中たちが乗る覆面パトカーに緊急無線が入った。

「本部より移動中の機捜隊員(きそうたいいん)へ。日の出町四丁目三の一、高声(たかこえ)さん宅で空き巣事件発生との

110番通報。至急向かってください」

薮中は無線のマイクをさっそうと手にした。

「機捜1、了解。堤、行くぞ」

「はい」

薮中は窓から手を出して車の屋根にマグネット式のパトライトを点灯させ()せると、サイレンを鳴らした。

堤の(あやつ)る覆面パトカーは、とろとろ走る教習車の集団を(かわ)し、二分程で現場に到着した。

そこには区画整理がされた端正(たんせい)な住宅が数多く並ぶ中でも、真新しい一軒家の高声邸があった。

野次馬たちが遠巻きに高声邸を囲み、(すで)に先着しているパトカーや覆面パトカーが数台あった。

堤はそれら車両の間に覆面パトカーを止めると、薮中と共に車から降りた。

近所の人であろう主婦が急に堤に走り寄ってきた。

「あの〜すみません」

「はい?」

「おい、先に行ってるぞ」

薮中は堤にそう声をかけると被害者である高声邸に入って行った。

近所の主婦は、「すぐそこの路上に、こんな物が落ちていたんですが」

と堤に伝えながら、取っ手のついたマイナスドライバーの先端を指先でつまみながら差し出してきた。

堤はズボンのポケットから黒いハンカチを取り出し、遺留品(いりゅうひん)指紋(しもん)を保護する意味で

マイナスドライバーを優しく包むようにして受け取った。

「ん〜。犯人が落とした物かも知れないので、落ちていた場所に連れて行ってください」

「はい」

近所の主婦と堤は、高声邸から十数メートル先にある路地の曲り角まで歩いて行った。

曲り角に来ると近所の主婦は路面を指差した。

「あの〜、こっ、これに刺さっていました」

「これですかぁ〜」

顔を(ゆが)める堤の視線の先には、大型犬がしたのだと誰もが疑わないであろうモッコリと盛られた(ふん)に、

マイナスドライバーのグリップが突き刺さったのであろう跡がハッキリと残っていた。

手元から今まで気づかなかった、唐突に打ち寄せて来たかのような悪臭に気づき、

ただただ、やるせなくため息をつく堤であった。


 高声邸の居間では、鑑識官たちが少し灰色がかったアルミ粉との混合物である粉末を

ドアノブや引き出しの取っ手に静電除去ブラシSK―2で丁寧(ていねい)に付着させては、

余分な粉末を(はら)()けるという地道な指紋採取をしている。

皮張りの黒いソファーの上では、かなり、いや、物凄く太ったかっぷくの激しいこの家の主婦、

高声 細美(たかこえ ほそみ)が今にも(ちぢ)んでしまいそうなくらい憔悴(しょうすい)し切った表情で、

無理矢理ソファーにうずくまるような姿勢で座っている。

その脇では、泉 雅人(いずみ まさと)刑事が手帳にメモを取っている。

そこへ薮中が白い綿の手袋をしながら現れ、高声に歩み寄った。

「捜査課の薮中です」

高声はまだ動揺(どうよう)さめやらぬ状態ではあったが、薮中に小さくお辞儀をした。

泉はメモを取る手を休め、まゆ毛をピクつかせ、薮中に驚くべからずとの合図を送りながら被害者を紹介した。

「被害者は高声細美さんで、この家の奥さんです」

薮中は名前を聞いて一瞬、名は体を現さないという戸惑(とまど)いの眼差(まなざ)しを見せたが、

すぐさま冷静沈着(れいせいちんちゃく)な刑事の目に戻った。

「お怪我は、大丈夫ですか?」

「はい」

「貴金属やお金など、盗まれた物はありますか?」

「貴金属はたいした物を持っていませんし、お金や通帳は隠してあるのに気が付かなかったみたいです」

「参考までに何処(どこ)に隠していたんですか?」

「冷凍庫ですが」

「れっ、冷凍庫?」

薮中は一瞬思った。最近の冷蔵庫にはへそくり用の隠し扉があるのかと。

だが、その発想はすぐさま違うと分かった。

「刑事さん、お金って入って来てもすぐ羽が生えたように飛んでいっちゃうでしょ?」

「そうですねぇ」

「だから、飛んで行かないように冷凍庫で冬眠状態にさせているんです」

「なるほど」

薮中はあまりにも凡人(ぼんじん)離れした発想にただただ感心し、何度もうなずいて切り返した。

「で、奥さん」

「はい」

「事件前後の状況をできるだけ詳しく教えて頂けますか?」

高声は小さくうなずくと、事件発生時の状況を詳細に語りはじめた。

「あれはたしかぁー、私が玄関(げんかん)のドアを開けっぱなしにして、朝のゴミ出しに出た時のことです。

両手いっぱいの段ボールと発泡スチロールを持って、ゴミ集積場所に持って行こうとしたんです。

このゴミはダイエットにと買った乗馬運動機の梱包材(こんぽうざい)で、この乗馬運動機が結構高かったんですよぉ、ふふふ」

「あの〜、事件までの状況を教えてください」

「そうでしたね。ゴミ出しをした時に、近所の茶話(さわ)さんの奥さんと偶然会って、

茶話さんが私に声を掛けてきたんです」


 「あら高声さん、ちょっと聞いてくださる?」

「茶話さん、おはようございます。どうしましたか?」

「四軒隣の種巻(たねまき)さんのこと、もうご存じ?」

「種巻さんがどうかしたんですか?」

「またご懐妊(かいにん)ですって」

「えぇ〜、だってお子さん確か五人いませんでしたかぁ?」

「そうなのよ、女の子ばかり五人よ?ここが名古屋だったら種巻さん一家は破産じゃすまないはずよ」

「そうですよねぇ〜」

このような近所の主婦たちがたわいのない会話をしている最中に、見た目は三十七、八歳くらいに見える、

紺色のスーツを着た盗田(とうだ)が、井戸端会議をする主婦たちをチラ見して、

一瞬、微笑(ほほえ)んで(わき)を通り過ぎて行ったことなど、高声と茶話は気にすることすら無かった。

「でね、今度できたお子さんが何と、双児(そうじ)の女の子ですって、凄くないですか」

「男一人に女八人ですか……」

「旦那さん、休みの日には庭で飼い犬に愚痴(ぐち)を聞いてもらっているらしいわよ」

「旦那さんが可哀想(かわいそう)っていうか、御気の毒っていうか…こればっかりはねぇ。産み分けすればよかったのに」

「ですよねぇ〜」


 「茶話さんとそんな立ち話をして〜、時間はそう、十分くらいだったと思います。

その後、家に戻って、ワイドショーがみたかったので、さっさと洗濯物を干しちゃおうと思って、急いで

居間を通って庭に出ようとしたんです。そしたら、犯人が居間にある戸棚(とだな)の引き出しを物色していたんです。

私は目の前に見たこともない男が居てビックリして、洗濯物を放り投げながら叫びました」


 スローモーションで宙を舞う洗濯物。

「キャー!」

というあまりにも大音量で、辺りに長く響き渡る強烈な悲鳴がはじまった。

(あた)りの小物が大声の振動で揺れている。

盗田は鼓膜(こまく)を通して脳を両手で揺さぶるような衝撃を受けながら、両手で両耳を苦しそうに押さえて

「うぁー!やめてくれぇー!」

と叫んでその場から何も取らずに逃げていった。


 「実は私、ソプラノ歌手なんです。だから自分の出せる一番高い音域で叫んでやりました。

叫び声でご近所の誰かが駆けつけて助けてくれればと思ったんですが、犯人は、耳をふさいで

苦しそうにしていたわりに、逃げ足は速かったですよ」

高声は落ち着いてきたのか、調子に乗ってしまったのか、(なお)も薮中に当時の状況を熱く語った。

薮中は高声の話を黙って聞きながら、時折、首を(かし)げて悩むそぶりを見せながらも手帳にメモを書き終えた。

「話しは終りましたか?」

「刑事さん、私の話聞いていましたか?」

「種巻さんのうちは、双児を含む七人姉妹の子沢山ですよね」

「はい、そうです」

「そして奥さんが近所の人とその種巻さん家のことを立ち話をしている十分くらいの間に、

開いたままの玄関から犯人は侵入し、盗みを働こうとした。しかし、奥さんが帰ってきた時に鉢合わせ、

()()けるソプラノ風の叫び声で叫んだ奥さんにびっくりして、何も取らず逃げて行った」

高声は薮中の的確で端的な表現に思わず拍手してしまった。

「その通りですー」

「その犯人の特徴を覚えていますか?」

「それがぁ〜気が動転していて、よく覚えていません」

高声はそう言ってうつむいてしまった。堤が黒いハンカチで手を拭きながら居間に入ると薮中に歩み寄った。

「遅れてすみません」

高声はふと顔を上げ堤を見つめると、突然、大きな声で叫び、堤を指差した。

「あっ!犯人と同じ!」

薮中は堤から香るただならぬ異臭に

「堤、(くさ)いぞ!」

と言い放った。

「なっ、何言ってるんですか!だいたい昨日からずっと自分は薮中さんと一緒に行動してたじゃないですか!」

「犯人という意味じゃない。ほんとになんか臭いぞ、お前」

そう言いながらも薮中は堤の袖口(そでぐち)を掴んだまま高声に問いかけた。

「奥さん、彼のどこが犯人と同じなのかを具体的に教えてもらえませんか?」

「ぱっと見た印象です。犯人もスーツ姿でしたし」

「何色のスーツだったか覚えてますか?」

「確か、こちらの刑事さんと同じような色だったと思います。ネクタイも」

「髪はぼさぼさでしたか?」

「いえ、確かぁ〜横分けにしてたと…」

「メガネなんかは、かけていましたか?」

「え〜とぉ……あっ!黒縁(くろぶち)のメガネをかけていました」

「背の高さはどうですか?」

高声は立ち上がり堤をみつめながら

「あー、同じくらいだったと思います」

「堤、緊急配備」

「了解」


 堤は自分と背格好や身なりが()ているらしい犯人に少し苛立ちと困惑(こんわく)の表情を見せたが、

黒縁のメガネをかけていたという、わずかな違いに納得したのか、その場を走り去ると、

覆面パトカーに戻り、無線のマイクを手にして本部に報告を入れた。

「機捜1から本部」

「こちら本部」

「空き巣犯の特徴は、身長180センチ前後の中肉中背、髪は横分け」

堤は一瞬、戸惑いながらも自分の姿を見て

「紺色のスーツに緑色のネクタイを着用、黒縁のメガネをかけていた模様です。

(けい)ら中の各移動に応援要請をお願いします」

と伝えた。

「本部了解」


 辺りにはどこから()いて来たのであろうと思いたくなる程の野次馬たちが高声邸を取り囲んで見ている。

その人込みの後方で逃走したはずの盗田が、路地の角にある電柱の陰から高声邸の様子を(うかが)いながら

「今がチャンスかもな……」

とつぶやいて不敵な笑みを浮かべて立ち去った。


 堤は覆面パトカーに()んであった消毒スプレーを左手に(したた)る程吹き付けると、

ハンドクリームを()()むように、念入りに両手に擦り込んで再び高声邸の居間に向かった。

堤は手のニオイを嗅ぎ異臭がないことを確認しながら現れた。

そんな堤の思いを気づくはずのない薮中は、

「堤、犯人はまだ近くに居るような気がする。辺りを捜索してみよう」と言い放った。

せっかく屋内の捜査をしようと思っていた堤ではあったが、先輩刑事の薮中が辺りの捜査をしようと

提案したことに対して断る理由もなく、「はい」と答えるしかなかった。

薮中は高声にいつもの口調よりトーンの低い声でたんかを切るかのように、

「奥さん、犯人は警察が必ず捕まえますから。失礼します」

と強気の姿勢を伝えると、堤と共にさっそうと居間を出て行った。


 ちょうどその頃、高声邸から4区画程離れた誰も居ない通りを盗田は、

辺りの家を眺め物色しながら歩いていた。

そして南欧風(なんおうふう)の外観がオシャレな一軒の家に目を止めて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ここにすっか」

盗田はあたかもその家の住人であるようなそぶりで、当たり前のように門を開けて敷地内に入ると、

玄関脇の細い通路に入り電気メーターの回転速度を見た。

その回転は極端に遅いもので、盗田の目から見れば、冷蔵庫の維持電力程度であろうことが

容易に判断できるくらいであった。

盗田は再び不敵な笑みを浮かべて玄関前まで戻ると、辺りを気にする様子もなく庭側へ歩いて行った。


 薮中と堤は、盗田が今にも犯罪を行おうとしている家から、2区画程離れた

誰も居ない通りを(へだ)てて立ち並ぶ人気(ひとけ)のない家を眺めながら歩いていた。

堤が薮中につぶやいた。

「この辺りの住宅は人気が少ないですね」

「共働きの家が多いんだろう。それに犯人はスーツ姿だから、この辺りを歩いてても不思議ではないし、

かなりの常習者だな」

「常習者なら何で人の居る家に入ったんですかね?」

「ゴミを捨てに行くくらいで鍵を閉める人は少ないだろうし、近所の人と喋り込んでいれば

五分や十分の時間は稼げるだろ」

「被害者の不意をついたんですね」

「犯人は何も取らないで逃げたから、近くでまたやるぞ」

「どうして分かるんですか?」

「警察は今さっきの家にかかりっきりだ。やるなら今が安全だろ」

「なるほど」

堤は薮中の()ぎすまされた刑事のカンに感心しきりであった。


 薮中の前方に脇道があることが目視できた。刑事のカンが何かを感じたのか、

薮中がその脇道に走りよって脇道を覗くと、得売品でたっぷりと膨らんだ買い物袋を

満足げに持った主婦が歩いている。薮中はその主婦を呼び止めた。

「ちょっとすみません!」

薮中と堤は、主婦に走りよった。

主婦は見た目の恐い薮中に少し驚いたそぶりを見せたが、薮中が見せた警察手帳で二人の身分を理解した。

「何か事件ですか?」

主婦は興味がそそられたのか、目を輝かせて質問してきた。

「空き巣事件の捜査です。この辺で紺色のスーツを着て、メガネをかけた男を見ませんでしたか?」

「紺色のスーツねぇ〜」

薮中は悩む主婦を見て何かひらめいた。

そして自分の背後に居た堤の腕を掴むと、主婦の目の前に突き付けた。

堤は薮中が突然にとった行動に面食(めんく)らっていた。

「うわっ!急にどうしたんですか?」

と堤が声をあげたその時だ。

悩んでいた主婦は堤の体を上から下まで()めまわすかのように何度も見返すと、目を見開き驚いた形相(ぎょうそう)

「あっ!この人」

と指をさして叫んだ。

「見かけたんですね?」

薮中は再び堤の腕を掴むと自分の背後に追いやり主婦に身を乗り出すようにして訊ねた。

主婦は数分前に起きた出来事を語った。

「確かここに来る前に、あっちの角を曲った道でこの刑事さんに似た人とすれ違いました」

「黒縁のメガネをかけていませんでしたか?」

「かけてました!」

「薮中さん、ビンゴかもしれませんよ」

「堤、行くぞ。ご協力感謝します」

「ありがとうございました。失礼します」

「はっ、はい!」

薮中と堤は犯人という獲物が射程距離に近づいたことを感じ取ったのか、主婦の前から走り去って行った。



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