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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
29/29

最終話 永遠に

 捜査課では、刑事たちがパソコンと向き合い、最もきらいな業務である報告書を作成していると

ドアをノックする音が聞こえてきた。

藤堂課長が「どうぞ」と言うと、明香里が会釈(えしゃく)をしながら「失礼します。こんにちは」とドアを開けた。

藤堂課長は立ち上がって明香里と開を招き入れた。

「これは薮中くんの奥さんに開くん」

「こんにちは」

開がはずかしそうにお辞儀をすると刑事たちが仕事の手を休めて明香里と開の周りに集まった。

明香里が深々と頭を下げた。

「主人がお世話になりました」

藤堂課長は恐縮(きょうしゅく)していた。

「とんでもない。お世話になったのは私たちの方です」

「これから、どうなされるんですか」

堤の問に、明香里は迷うことなく答えた。

「実家に帰って、両親と一緒に暮らそうと思います」

豊田が開の頭を()でた。

「開くん、またこっちに来たら、ここに遊びにおいでよ」

開は豊田の目を見据(みす)えた。

「ここは遊び場じゃないから。今度来る時は、警察官になってから来ます」

梶原が微笑(ほほえ)んだ。

「頼もしいなぁ」

泉は開の気迫(きはく)に満ちた決意に感心して何度もうなずいていた。

「開くんなら、きっといい警察官になれますよ」

堤が人指し指で開の肩をつっ突いた。

「俺は薮中さんに鍛えてもらったから、今度は俺が開くんを鍛えてやるよ」

開は急に元気が無くなり(うつむ)いてしまった。

藤堂課長が開の肩に手をあてて様子を(うかが)った。

「開くん、どうした?」

月影が(なお)もうつむく開の顔を覗き込んで笑顔でこう言った。

「お姉さんが色んな事教えてあげるね」

開は笑顔でうなずき、月影に頭を下げた。

「お願いします」

刑事たちは一斉に笑った。明香里は少しはずかしそうでもあった。

「開ったら、おませなんだから」

藤堂課長が開にエールとしての言葉を送った。

「警察は、君が来ることを待っているからな」

「はい」

開は力強く返事をした。

「そろそろ電車の時間がありますので私たちは失礼します」

明香里がそう言って会釈をすると、藤堂課長が堤に指示を出した。

「堤、駅まで送って差し上げろ」

だがその時、突然、緊急無線の連絡が入った。

「110番通報。曙町三丁目のグレートコンビニエンスストアで強盗事件発生、

被害者の店員が右腕を負傷しているとの情報です」

藤堂課長が無線を手にして応答した。

「捜査課了解」

そして刑事たちに指示を出した。

「全員現場に行ってくれ」

刑事たちは「はい」と言ってうつむくと慌ただしく捜査課を出て行った。

藤堂課長が明香里に頭を下げた。

「奥さん、すみません」

「とんでもありません。失礼致します」

明香里と開は藤堂課長に深々と頭を下げると捜査課のドアを開けて出て行った。

閉まり切ろうとするドアを薮中は椅子に座り机に向かってうな垂れながら見ていた。

ベルが薮中の側でおすわりしながら心配そうに薮中を見上げた。

藤堂課長が薮中のデスクをじっと見つめた。

「薮中、居るんだろ」

デスクの上にある薮中の遺影がカタカタと音を()てながら左右に力なく動いた。

「あのまま行かせてもいいのか」

薮中はうつむいて無言のままだった。

藤堂課長が薮中への思いを語りはじめた。

「薮中、お前がいつも身を(てい)して、犯罪と戦ってきたのは皆よく知っている。

けどな、犯罪を憎み戦っているのは、お前だけじゃない。警察官たちみんなが、罪を憎み、

平和のために戦っている。(すで)にお前の意志は引き継いでいるよ、安心しろ。

今お前にとって一番重要なことは、家族を見守ってやることだぞ。今は家族の側に居てやれ、なっ薮中…」

ベルが右前足で薮中の足を押した。

「ご主人様…」

薮中はうつむき、両手の拳を握りしめた。

「藤堂課長…すみません」

薮中の遺影がおじぎをするとそのまま前に倒れた。

薮中とベルは立ち上がると藤堂課長に一礼をしてから、壁をすり抜けて去って行った。

藤堂課長は倒れた薮中の遺影に歩み寄ると、薮中の遺影を手にして独り言をつぶやいた。

「警察は、惜しい男を亡くしたんだな……」

藤堂課長は薮中の遺影を机に立て直して、窓に歩み寄り外を眺めた。

薮中が曙警察署から出て後ろを振り向くと、藤堂課長が捜査課の窓から外を眺めている姿が見えた。

薮中は捜査課の窓を見て一礼すると、ベルと共に走り去りながら消えた。


 明香里と開が曙警察署の正門を出て夕日ケ丘駅へと向かい歩道を歩き始めた。

日々の生活で慣れ親しんだいつもの街並ではあるのだが、今日だけは、いつもの街並みを心にとどめようと、

(あた)りを(いと)おしむように眺めながら歩いた。

明香里と開に追いつこうと後ろから駆け寄る薮中とベルが二人に追いつくと、

歩く速度を合わせてついて行った。


 四人(?)は夕日ケ丘駅から在来線をいくつか乗り継ぎ、千葉へと向かった。

太平洋側を望む外房線に乗り継いだ時には、電車内の乗客はまばらにしか乗っていなかった。

明香里と開はボックス席で寄り添うように座っている。

薮中とベルは二人の前に座っていた。

開が車窓から見える風景を眺めながら、これからのことを明香里に(たず)ねた。

「ねぇ、これから何処(どこ)かに寄るの?」

「ん〜ん。お爺ちゃんとお婆ちゃんの所に行くだけだよ」

「もうあの家には、帰らないよね」

「お父さんと暮らしたあの家がいいの?」

「お母さんと一緒だったら何処でもいいよ」

「ごめんね、お母さんの勝手で引っ越し決めちゃって」

「別にいいよ」

「あの家にはいい思い出ばかりだから、お母さん、あそこで暮らすの(つら)いんだ」

「気にしなくてもいいよ。これからは僕がお父さんの代わりにお母さんを守るから」

薮中は立派なことをさらりと口にした開を見据えながら涙を流した。

「立派になったなぁ開……」

「うぅ〜うぅ〜うぅ〜」

ベルは薮中の隣で鳴き声を押し殺し、とめどない涙を流していた。


 明香里と開が下車した鷹原(たかはら)駅は、海を間近に望む小高い山の傾斜(けいしゃ)地を

削るようにして作られた小さい駅だった。

明香里と開が電車から下車すると薮中とベルもその後ろから下車してきた。

明香里と開が駅舎から出てくると明香里は立ち止まり両手を大きく伸ばして伸びをした。

「あぁ〜ここに帰ってくるの、久しぶりだなぁ…何も変わってないよ」

故郷への思いにふける明香里のことを開はじっと見つめていた。

明香里が微笑みながら開を見た。

「行こう、開」

「うん」

明香里は開の手を取ると前後に大きく手を振りながら歩きはじめた。

駅前の通りを過ぎて国道の(わき)に出たところにある閑散(かんさん)とした商店街を明香里と開が歩いていると、

前方にあるお土産の前に置かれた椅子に座っているお婆さんが、近づいてくる明香里を見つけ、

目を見開いて立ち上がり明香里たちを呼び止めた。

「なぁ、灯台(とうだい)家の健ちゃんちの明香里ちゃんだよなぁ?」

お婆さんは明香里に歩み寄ると、曲がった腰をそり返そうとしながら、明香里を見上げるように覗き込んだ。

「ああ、やっぱり明香里ちゃんだ!」

「あぁー小梅おばちゃん、お久しぶりです」

明香里の記憶で小梅と最後に会ったのはもう二十年以上も経っているのに、小梅おばちゃんは、

小さい頃に会った頃に記憶した、昔のままの印象を保っていることに驚いていた。

二人は手を取り合って二十年ぶりの再会を喜んだ。

だが微笑んでいた明香里は小梅おばちゃんの言葉で、暗い表情へと変わった。

「なぁ、旦那さん亡くなったんだって」

「はい…」

「大変だったなぁ〜。これからはこっちで暮すのかい」

「はい。そうしようと思っています」

「ん〜ん。その方がええ。この辺のもんは明香里ちゃんのこと、よぉーく知ってるし、

みんな力になりたがっておるから」

「おばちゃん、ありがとうございます」

「ええんよー。なぁこのお菓子持ってきなぁ」

小梅おばちゃんは店頭にあるお菓子を開に渡した。

開は嬉しそうにお菓子を受け取とるとお礼を言って笑顔で頭を下げた。

「落ち着いたら、またここにおいでな」

「はい、そうさせて頂きます。開、行こう、お爺ちゃんとお婆ちゃんが待ってるから」

「失礼します」

「お婆ちゃん、またよろしくねぇー」

開は次回のプレゼントを期待しながら笑顔で小梅おばちゃんに手を振った。

明香里と開が手を繋ぎながら歩き去って行く。

小梅おばちゃんは去り行く二人の後ろ姿を見つめて涙を流しながらつぶやいた。

「辛いよねぇ〜明香里ちゃん……」

薮中とベルは小梅おばちゃんの前に立ち、深々と一礼すると明香里と開の後を追って行った。


 しばらく四人(?)が二列で海沿いの道をしばらく歩いていると

明香里の実家である(かわら)屋根の平屋が見えてきた。

明香里の実家は代々漁師を(いとな)む家庭で、父親は一人娘の明香里には婿(むこ)養子をとって、

婿に漁師を継がせたいと父親は願っていたのだが、その思いを明香里は拒絶するかのように

都会で一人暮らしをして働くことを決意して家を出た経緯もあり、

薮中と結婚して開が産まれるまでは、帰郷するたびに二人になると

「明香里、お前が漁師を継げ」

と無理なお願いを口癖のように言い続けていたが、

孫の開が産まれるとすっかり開に肩入れするようになり、

明香里と開が帰郷のたびに開を連れ出しては、漁船に乗せて釣りに連れて行ったり、

漁船の操船方法を教えたりと、まるで開を漁師にしようと画策し、

漁師としての英才教育をしているようでもあった。

明香里が実家の玄関(げんかん)にある木製の引き戸を開けながら玄関の中を覗いた。

「お母さんただいまー」

明香里の母、さゆりが家の奥から小走りで現れた。

「よう帰ってきたねぇ〜待ってたよ〜」

「お婆ちゃん久しぶり。元気?」

「こら、そんな挨拶がありますか」

「ええんよ、ええんよ。開、さぁさ、早く上がって、ジュースでも飲みなさい」

「うんっ」

勝手知ったる開は、靴を脱ぎ捨てると台所にある冷蔵庫を目掛けて走って行った。

「こら開!もぉしょうがない子なんだから〜」

「子供は元気が一番だぁ」

「あれ、お父さんは?」

(みなと)で網の手入れでもしてるんじゃないのか?上がって待ってればすぐ帰ってくるでしょ」

「私、開と一緒にお父さん(むか)えに行ってくるよ」

「そう?」

「開ー」

「なーにー?」

開が手に入れたジュースを飲みながらやって来た。

「ねぇ一緒に港まで行ってお爺ちゃんこと、迎えに行かない?」

「うん!行く!」

開はジュースを一気飲みすると空き缶をさゆりに渡した。

「おばあちゃん行ってくるねぇー」

玄関を飛び出して先を急ぐ開に、少しあきれ顔の明香里ではあったが、

実家の空気感がやさしく明香里のことを包んでいたからなのか、明香里にのしかかっていた辛い思いが、

癒されはじめているように感じていた。


 明香里の実家から歩いて五分と掛からない場所に、入り江の形状を利用して作られた小さな漁港がある。

その漁港には小さな市場もあり、小さな町の産業として大切な収入を(にな)う場所でもある。

漁港に出漁の出番を待つ引き網漁船が数隻停泊していた。

その漁船たちは漁が無い日だったのか、それとも漁が終ってしまった後なのか分からないが、

人影は無いようだった。が、大漁丸と書かれている一隻の引き網漁船の船上だけは、

網を修復している明香里の父である健吉(けんきち)がいた。

健吉は今日、娘の明香里が孫の開を連れて帰ってくるのがよほど嬉しかったのか、

じっとしていられない思いを網の修理に注ぎながら、往年の名曲のリズムに乗せて

ノリノリのご機嫌な様子を声も高らかに歌っていた。


「船に乗り 海に出て

 孤独な漁師は今日も行く

 網仕掛け 網を引く

 独りでこなして漁をする

 ジ ジ イ 元気が取り柄の七十才 

ジ ジ イ 頭はぼけてない〜

 時たまよぎる 死の予感

 お茶を飲みつつ 言ってたねぇ

 見つめられると 死にそうだと

 くわえ入れ歯を 吐き出したー

 ジ ジ イ 生きてるだけで丸儲け

 ジ ジ イ 死ぬまで元気だぜー」


健吉が気持ち良く替え歌を歌っていると岸壁から健吉を呼ぶ明香里の声が聞こえた。

「おとーさーん」

「おぉー帰ってきたかぁー。もうちょっとでキリよく終われるから〜、その辺でも散歩して待っててくれー」

「はーい。ねぇ開、あっち行ってみようか」

「うん」

明香里は漁港の周りを散策することにした。

開は明香里の後にくっ付いて歩き、薮中は開のすぐ後ろを歩いていた。

明香里が唐突(とうとつ)に振り向いて開を見た。

「ここね、お父さんと初めてデートした思い出の場所なんだぁー」

「そう言えばそうだったなぁ…あの時、私は人生の中で一番緊張したぞ」

「お父さんもこのへんに住んでたの?」

「違うよ」

「知り合ったのは私が大学を卒業してから、朝日ヶ丘駅前の紳士(しんし)服を売るお店に就職して、

研修をしていた時かな。お父さんが背広(せびろ)を買いに来たの。はじめは(がら)の悪い人だなと思ったけど、

まあ仕事だしふつうに接していたの。何度かそうやって接客しているうちに

人は見かけによらないもんなんだなあって思うようになったのね。

それで二回目かにスーツを買った時かな、

一週間もしないうちにスーツが破れたんで直りませんかって言ってきたの」

「それってクレーマーじゃん」

「そう、私もそう思ったの。今までの案外いい人かもって思ってた気持も裏切られたような気がして

悲しくなっちゃったりして。でもね、理由を聞いたら

「私は警察官で犯人を逮捕する時に破いちゃったんです」って言うの。

お店で保証できる範囲じゃないし、落ち込んでかわいそうだったから、

休み時間に直してあげるって預かったの」

「それで」

「翌日には渡せるので取りに来てくださいって約束して。直すのは縫い目部分が裂けていただけだから

一時間もかからないで、その日の休み時間で直せたの。

でもね、閉店間際におじいちゃんが車の事故で入院したって連絡があって、慌てて実家に帰っちゃったの」

「そしたら」

「翌日、お父さんがお店に来たらしいの。でもスーツの件は会社に内緒でやっていたから、

引き継ぎもしてないし私は居ないし、で、お父さんが私の居場所を聞いたら、会社の人から、

事故にあって実家に帰ったって聞いたらしいの。

それでお父さん、警察官の職権を乱用して私の実家の住所を調べて追って来たの」

「それでどうなったの」

「お父さん大きな花束持ってお見舞いに来たよ、私がケガをしたと思ってね。

玄関を開けた時、必死な顔で、おかしかったな。事情を説明して、お婆ちゃんと一緒に三人で食事して…。

楽しかったなお父さんの話」

「聞かせてよ」

「また今度ね」

「その時にここに二人で来たの?」

「そう。心配掛けたみたいだし、私のために何時間も掛けてここまで車を飛ばして来てくれたんだよ。

何だか胸がキュンとしちゃてね」

「ねぇー。その時、お父さんとちゅーした?」

薮中は(ほお)を赤らめてうつむいた。 

「開、唐突になんて事を聞くんだ!」

明香里は振り向いて微笑んだ。

「したよ。大好きになった人だもん」

開は驚いた様子で立ち止まると明香里を見つめた。

「照れるなぁ〜」

薮中は頭をかきながら明香里の後ろを歩きはじめた。

「あっ、まってよ〜」

開が明香里に走り寄って明香里の腕に掴まり顔を(あお)ぎ見た。

「ねぇ〜ちゅーした時、どんなだったの?」

明香里は開に期待をもたせるように思い出している素振りを見せると

「なーいしょ」

とはぐらかした。

「ケチ」

開はむくれた。薮中は照れくさそうだった。

「私は、飛び上がりたいくらい…嬉しかったよ…」

辺りが夕日で紅く染まる。

明香里と開は逆さに置かれた手漕ぎボートの上に座り、身を寄せ合いながら夕日を眺めていた。

薮中は二人の前で立ってはいたが、明香里と開の目の前に夕日が見えるだけで、

薮中の存在は何も見えない。薮中はもどかしい自分の存在に苦しみながら、

叶わぬささやかな思いをぽつりと口にした。

「…もう一度、家族と話がしたいよな……」

「よかろう」

どこからか薮中にしか聞こえない老人のような声が聞こえた。

薮中は辺りを見回した。

「誰ですか」

「お前に少しだけ時間をやろう。…家族と話すがよい」

そう声が聞こえると、薮中は夕日に照らされ、明香里と開の目の前で(うっす)らと具現化しはじめた。

明香里が驚いて立ち上がった。

「あなた?…あなたなの」

開は立ち上がって両手で目蓋(まぶた)を何度も(こす)って驚いた。

「本当にお父さんなの?」

薮中は具現化した自分に戸惑いながらも、微笑んで明香里たちを見つめた。

「すまなかったね、突然死んでしまって」

「あなた」

「お父さん」

明香里と開は薮中に走り寄った。

「あなた、今まで何処に居たんですか」

「私は死んでから今日まで、この世をさまよいながら警察官として働いていた。

いくつか事件を解決に導いたんだぞ」

「凄いよ、お父さん」

薮中は少し照れくさそうだった。

「まぁな」

明香里は今まで抱いていた疑問を薮中に伝えた。

「私が仕事をはじめたばかりの頃、脚立(きゃたつ)から落ちそうになった時、私を支えてくれましたよね?」

薮中は驚いた。

「お前、知っていたのか」

「はい、そんな気がしました」

「お前には、今まで苦労の駆け通しだった。すまない」

「夫婦じゃないですか、二人三脚です」

「これからは、もっと苦労するぞ」

「大丈夫。開も居るし…あなたはいつも私のここに居ます」

明香里はそう言うと胸に手を当てた。

薮中はゆっくりとうなずいて開を見つめた。

「…なぁ開」

「なに」

「お前がこれから成長するにつれ、心の底から悩むことが必ずあると思う。

でもな、自分を見失うな、自分の可能性を信じろ」

開は大きくうなずいた。

「うん。頑張るよ」

「母さんを頼むぞ」

「分かってる。僕は強い子だ」

「お前が強い子なのは分かっているさ。私は何処に居ても、明香里と開の幸せを願っているから」

突然、薮中の体が宝石のようにキラキラと輝きはじめた。

「どうしたの」

「もうさよならだ…行ってくるよ」

「あなた…気をつけてね」

「あぁ」

薮中は明香里を見据えてうなずいた。そして開を見つめた。

「……開」

「何?…」

「正義は心の中に必ずある。絶やすなよ」

薮中の体がキラキラと輝きを増しながら砕けはじめた。

開が、力強く叫んだ。

「おとうさーん!」

明香里は薮中の変わらぬ愛に支えられていたことを知り、幸せな気持ちで心が満たされていた。

「あなた…」

薮中の体は跡形もなく消えた。明香里と開は短い時間ではあったが、薮中との再会を果たし、

その余韻(よいん)を愛おしむかのように、沈み行く夕日を見つめていた。

ベルは明香里と開から少し離れた小屋の陰から二人を見つめて、滝のような涙を流して号泣していた。

「うぅ〜うぅ〜うぅ〜感動です〜」

薮中がベルの背後から現れて、ベルの頭を優しく撫でた。

「ベル、そろそろ行くぞ」

「ご主人様、何処へ行くんですかぁ?」

「警官として平和のために、さまようだけだ」

「お供致します」

薮中とベルは夕日に染まる岸壁を歩きながら静かに消えて行った。


          ―とりあえず終り―           



この作品以外にも、「とどろけ! GPS」という

定年退職した警察官の活躍を描いた作品も公開していますので、

ご一読いただければさいわいでございます。

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