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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
24/29

第24話 ダイヤモンド地下街爆破事件


 薮中たちが不吉な予感を感じはじめた翌日、曙警察署から2キロほど離れた場所にある、

若葉幼稚園の園庭前に平行して通る車道の路肩(ろかた)に白いプリウスが止まっていた。

運転席から発破が園庭で遊んでいる子供たちの姿をじっと見つめていると、

年中くらいのひよわそうな男の子が三輪車に乗って楽しそうに遊んでいた。

すると威勢の良い男の子が三輪車を運転する子に近づいて、無理矢理三輪車を奪おうとした。

ひよわそうな子は、三輪車のハンドルにしがみついて嫌がっているようだった。

そこへ赤、青、緑の服を着た女の子が現れると、赤い服の女の子が

「仲良く一緒に遊ばなきゃいけないんだよ」

と威勢の良い男の子に注意をした。

その言葉に逆切れした威勢のよい男の子が「うるせーバカ女!」と吐き捨てた。

その言葉に鶏冠(とさか)にきた女の子たちは「女の子をなめるな!」と合唱しながら、

威勢の良い男の子目掛けて三方向から一斉に力のこもった拳でパンチをお見舞いした。

発破はその光景を見て、突然、微笑(ほほえ)むと、手に持っていた(いか)つい無線電話のスイッチを入れて

スキャンボタンを押した。

周波数をワッチする電子音が小さく鳴り出した。

数秒経った時、電子音は電話の待機音へと変わった。

発破は微笑んで無線電話を見つめると110番に電話をした。

すぐに県警の通信指令室の受付係に繋がった。

「はい、110番です。事故ですか、事件ですか」

発破が無線電話に組み込まれているボイスチェンジャーのスイッチを入れると、

発破の発する声は(ただ)ちにロボットがしゃべっているかのような電子音声に変化した。

「もしもし…爆弾が爆発して警官が二人死んだ事件を知っていますか」

オペレーターの警官はすぐに北曙町八丁目の廃墟ビルで起きた爆破事件の事だと理解した。

「はい。なにか御存じでしょうか?ご存じのことがあるならお話ししていただけますか」

「ねぇ、その前に僕の爆弾はすばらしかったですか」

「…あっ、あなたが、…爆破事件を起こしたんですか」

「そうだよ」

「あなたは、どうして爆破事件を起こしたんですか」

「いろいろかな」

「詳しく教えて頂けませんか」

「電話を引き伸ばして逆探知ですか」

「そっ、そうではありません。詳しい話を聞かせていただきたいだけです」

「そんなの簡単に話す訳ないじゃないですか。それから、今日から三日後、

人の沢山いる場所で僕の自信作を開花させます。どこだか分りますか?

では、またお電話することもあるかもしれませんので、そのときはよろしくお願いしますね」

発破はそう言って不気味に笑った。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

発破は電話を一方的に切ると静かに車を発進させて去って行った。


 ちょうどその頃、科捜研から曙警察署に戻ろうと泉が運転する覆面パトカーが市街地を走っていた。

助手席にいる月影が科捜研からもらった資料を見ながら泉に話しかけた。

「泉さん」

「んっ、どうした?」

「犯人は警察を(うら)んでいる者の犯行なんでしょうか?」

「標的を断定するのはまだ早い気がするけど、犯人はかなりの挫折(ざせつ)感を味わったのではないかと

考えているんだ」

「どんな挫折感ですか」

「挫折感は個人の力量にもよるから、もう少し犯人像が見えてこないと……」

無線から藤堂課長の声が聞こえた。

「泉、月影、聞こえるか」

月影が無線のマイクを手にして応答した。

「月影です。課長聞こえています」

「また爆破予告の電話があった」

「電話をかけてきた場所は何処(どこ)ですか」

「若葉幼稚園からで、梶原と堤も向かった。君たちも合流してくれ」

「了解。泉さん、急ぎましょう」

月影は覆面パトカーのボンネットにマグネット式のパトライトを載せて点灯させるとサイレンを鳴らした。

泉は覆面パトカーの速度を上げて若葉幼稚園へと急いだ。


 若葉幼稚園の園庭前には(すで)に先着している覆面パトカーやパトカーが止まっている。

園内の事務室では、鑑識官が電話や事務機器の指紋採取をしている。

その側では、梶原が事務員に事情を聞いていた。

「先程、爆破予告の電話がここから発信されたのですが、何か心当たりはありませんか」

事務員はびっくり(まなこ)で驚いた。

「えっ、誰かが忍び込んだんですか?」

「十分くらい前に、ここの電話から誰か電話をかけませんでしたか」

「いいえ、ずっと私はここにいましたけど、電話を使った者もおりませんが」

「ん〜またかぁ……」

梶原はまた無線電話で回線に割り込んで電話をしてきたのだと理解した。

堤が事務室前の廊下で先生たちに最近不審者が園の周りに居なかったか話しを聞いていると、

興味をそそられた園児たちが堤にまとわりついてきた。

その中にいた一見賢そうなメガネを掛けた園児が堤を見上げながら質問をしてきた。

「おじさん何者?」

「んっ、おまわりさんだよ」

「ねぇ、悪い奴捕まえたことある?」

「もちろんあるよ」

「すげぇー」

梶原がため息をつきながら事務室から出てきた。堤は犯人の手がかりを期待していた。

「梶さんどうでしたか」

梶原は首を横に振った。そこへ泉と月影が走り寄ってきた。泉が梶原に現状を聞いた。

「梶さん、どうでしたか?」

「どうやらまた無線で割り込んで電話をかけたようだ」

威勢の良い男の子が月影の後ろに忍び足で近づくと、両手で月影のお尻をなでなでした。

「キャー!」

月影が思わず悲鳴を上げると、赤、青、緑の服を着た女の子が現れて声を揃えてこう言った。

「あぁー痴漢(ちかん)!」

メガネを掛けた園児が堤の手を引っ張った。

「おじさんあいつ捕まえなよ、痴漢だよ」

「えっ?」

堤は子供が犯した犯行への対処に困っている様子だった。

月影は両手を腰に当て、威勢の良い男の子に名前を聞いた。

「ぼくのお名前は」

「高声 誠(たかこえ まこと)だけど、何か問題でも?」

月影は誠のあまりにもふてぶてしい態度に(ほお)(ふく)らませて怒った。

「もぉーお姉さんも警察官なんだからー、逮捕しちゃうぞ!」

誠は月影の威勢のすごさに驚き、目に涙を浮かべると大声で泣き出した。

(あた)りにいる者の鼓膜(こまく)を引裂こうとするけたたましい鳴き声が辺りに響き渡ると、

辺りのガラスが震え、皆が自分の耳を力強く両手で(ふさ)いだ。

あまりの大声に月影が悲鳴を上げた。

「もう、静かにしてー!」

誠はあっさりと泣き止むと、鼻をすすりながらこう言った。

「逮捕しない?」

「しないから、もう女の子にいたずらしたらダメだからね!」

「ふぁ〜い」

誠は涙を(ぬぐ)いながら返事をした。

刑事たちは小さな事件が解決してほっとしたのか、肩を落としてうな垂れた。


 新たな爆破予告を受けたこの日、予告爆破事件捜査本部で捜査にあたっている刑事たちが招集された。

捜査本部がある会議室には、机と椅子(いす)が数多く並べられ、刑事たちが椅子に座り、

有力と言えるまでの情報の交換はなかったが、捜査線上に上がった者の捜査資料を見ながら

全体会議が進められていた。

薮中は藤堂の横で腕を組んで仁王立ちし、ベルはその隣で礼儀正しくおすわりをしていた。

藤堂課長が会議の最後に捜査にあたっている刑事たちに(げき)を飛ばした。

「みんな聞いてくれ、我々に残された時間は後三日しかない。何としても犯行は食い止めるぞ」  

「はい!」

刑事たちは結束の固さを象徴するかのように力強く声を揃えていた。

「全員捜査に向かってくれ」

「はい!」

捜査にたずさわっている刑事たちはさっそうと出入口から出て行った。


 曙警察署が管轄する区域の商店街や学校、病院など不特定多数が出入りできる場所を重点的に

多くの刑事や制服警官たちを動員して捜査がおこなわれた。

夕日ケ丘駅前商店街のアーケードに刑事たちや制服警官、商店主たちも加わって

不審物がないか辺りを隈無(くまな)く調べていた。

薮中とベルは辺りにある物や壁などをすり抜けたりして、中を覗き込むという

生前では出来なかった効率のよい不審物の捜索を続けた。

だが一日目は爆発物の発見には至らなかった。


 二日目、捜査範囲は近隣の警察署が管轄する区域にも広げられ、鉄道の駅構内などでも、

刑事たちが鉄道職員たちと共に不審物がないか調べた。

薮中とベルも辺りの物や壁などをすり抜けたり、覗き込んだりして幽霊ならではの

効率のよい手法で捜査にあたっていた。


 寝る間を()しんで捜査を続けていた刑事たちが覆面パトカーで移動していると深夜零時を(むか)えてしまった。

堤が覆面パトカーを運転し、豊田が助手席で腕組みをしている。

薮中とベルは後部座席に座って無情に過ぎ去る時間に苛立(いらだ)っていた。

堤が腕時計の時刻を確認して豊田に話しかけた。

「とうとう爆破予告の日ですね」

「応援の刑事たちを総動員しても、手がかりすらないなんて」

「犯人はまだ爆発物を仕掛けてないんでしょうか?」

「わからん。ただ予告してくるくらいだからすでに仕掛けられている可能性は十分考えられるだろう」

「みつけられるでしょうか」

「弱気になるな。必ず見つけ出すんだ」

「そうですよね」

後部座席で二人の会話を聞いていたベルが薮中に不安そうに話しかけた。

「ご主人様、どうすればいいのでしょう」

「犯人を検挙するまで諦めずに捜査を続けるまでだ」


 薮中たちの捜査が進展しないまま三日目を迎えた午前十時、昼ヶ丘駅前のダイアモンド地下街では、

警察の捜査をあざ笑うかのように、発破が次の爆破事件を起こすための行動をはじめていた。

発破は宅配業者をイメージさせるような、薄い空色のブルゾンとカーゴパンツの姿で、

人々が行き交う地下道の広い通路で、台車に載せた大きな段ボール箱を運んでいた。

老人が(つえ)をつきながらヨタヨタと歩いている。

老人は台車に載った大きな段ボール箱を押しながら、自分を追い抜く発破を目で追いながらつぶやいた。

「若いもんは元気でいいのー」

発破は老人のことなど気にする様子もなく台車を押して、ブティク・クマムラが見える

通路の脇に台車を止めて微笑んだ。

この店は廃墟ビル爆破事件で殺された制服警官の佐藤と鈴木が通っていた高校時代の同級生で、

高校時代、頻繁(ひんぱん)に発破を恐喝(きょうかつ)していた熊村が経営する店だった。


 ブティク・クマムラの店内では、今年二十歳になったばかりの女性店員である恵比須(えびす)と熊村が、

新たな商品を置くために、商品棚のスペースを開ける作業をしていた。

発破は店内に熊村が居ることを確認すると、台車に載った大きなダンボールをそのまま置いて

すぐ(わき)の公衆トイレに駆け込んだ。

恵比須は店の中から荷物を置き去りにしてトイレに駆け込む宅配業者を見て首を(かし)げた。

熊村の携帯電話からマイケル・ジャクソンのBADが流れると、

熊村は腰に付けた携帯ケースから携帯電話を取り出して電話に出た。

「もしもし熊村です。……えっホントに…今から取りに行くから」

電話を切ると恵比須に

「運送屋が道に迷ってるらしいから、ちょっと行ってくる」

と伝えて足早に店を出て行った。

「行ってらっしゃい」

と恵比須も店の前まで出てくると公衆トイレの側に留め置かれた

大きなダンボール箱の存在が気になったのか、つい見つめてしまった。

若い女性客がブティック・クマムラに入って来た。恵比須は笑顔で対応した。

「いらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ」

と言いながら店内に入って行った。


 誰も居ない公衆トイレの中では、発破が個室の中で重ね着していた

ブルゾンとカーゴパンツを脱ぎ捨てると、メガネをかけて便器の水を流し、

衣服を脱ぎ捨てたまま個室から出てきた。

発破は洗面台の前に立ち、鏡を見ながら手ぐしで髪を整えると、公衆トイレから出て行った。


 ブティック・クマムラでは女性客に対して恵比須が接客をしていた。

発破は歩きながら店内の様子を横目で見て熊村が見えないことに気づき、一瞬立ち止まって顔を(ゆが)めたが、

クマムラの店内を眺めながら再び歩いて去って行った。


 先ほどの老人はヨタヨタと歩いてくると発破が置き去りにしていった台車に載った

大きなダンボールにヨタヨタと歩み寄り、台車の取っ手に掴まって休んだ。


 発破はダイアモンド地下街の国道に面した地上出入口に向かう階段を上がり地上へ出てくると、

辺りを見回して不敵に微笑んだ。

発破の視線の先には公衆電話ボックスがあり、発破はその公衆電話ボックスに向かうと、

小銭を入れることなく電話を掛けた。

すぐに県警の通信指令室の受付係に繋がった。

「はい、110番です。事故ですか、事件ですか」

発破は笑みを浮かべながらこう言った。

「これから事件です」

「はい?どういう事ですか?」

「今から十分後に、昼ケ丘駅前のダイアモンド地下街を爆発させます。救急車を沢山用意してくださいね」

「えっ、ちょっと待って、お願いです、やめてください!」

「それじぁ高揚感が()かないんです」

そう言って発破は電話を切って公衆電話ボックスから出ると何のためらいもなく近くの喫茶店に入った。

「いらっしゃいませ」

店員の声に耳を(かたむ)ける様子もなく、発破は店内のマガジンラックから雑誌を手にすると窓際の席に座った。

程なく店員がオーダーを取りにやって来た。

「ご注文は何に致しますか?」

「コーヒー、ホットでお願いします」

(かしこ)まりました」

ごく在り来たりのお客と店員の会話であった。


 発破の強行を阻止したいと願う捜査課の刑事たちが乗る覆面パトカーが、朝日ヶ丘駅前付近を走っている。

車内では堤が神妙な面持(おもも)ちで運転し、豊田が助手席で右手の拳を左手の平に打ち付けていた。

後部座席では薮中が右手に警棒を持ち、左手の平に打ち付け、

ベルは薮中の思い詰めた目を見つめながら座っていた。

そこへ緊急無線が入ってきた。

「110番通報。十分後に昼ケ丘駅前のダイアモンド地下街を爆破すると

男性らしき声で予告の電話がありました。移動中の機捜隊員はダイアモンド地下街に至急向かってください」

豊田が無線のマイクを手にして応答した。

「機捜一了解。現場に向かいます」

豊田は無線のマイクをフックに掛けながら赤色灯とサイレンのスイッチを入れた。

「好き勝手にさせないぞ!」

ベルが不安そうに薮中の横顔をみつめながら声を掛けた。

「ご主人様」

薮中は右手で持つ警棒を左手の平に打ち付けまま何も答えずただじっと前を見据(みす)えていた。


 その頃、喫茶店では発破がくつろいだ様子で雑誌を見ていた。

そこへ店員がコーヒーを持ってくると静かにテーブルの上に置いた。

「お待たせしました」

「どうも」

発破は去り行く店員の後ろ姿を確認すると、ポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話を掛けると、

耳に受話器をあてがうことなく、小さな液晶画面上にカウントされる数字を見つめていた。


 ダイアモンド地下街のトイレの脇に止め置かれた大きなダンボール箱の中から、

大きな電話の呼び出し音が聞こえてきた。

台車の取っ手に掴まって休んでいた老人が戸惑い出した。

「なんじゃぁ?」

辺りを歩く人たちが老人をチラ見しながら去って行く。

ブティック・クマムラの恵比須が戸惑っている老人に気づいて歩み寄って行った。

「お爺さん、携帯電話が鳴ってますよ」

「わしの電話はほれ、鳴っとらんぞ」

徘徊(はいかい)は首から下げている楽々フォンを恵比須に印篭(いんろう)のようにかざした。

恵比須は戸惑った。

「えっ?」

大きなダンボール箱の中から聞こえている電話の呼び出し音が、突然、電子音に変わった。

恵比須は首を傾げて大きなダンボール箱を見つめた、その時、辺りがまばゆい閃光に包まれた。


 喫茶店にいた発破が窓からダイアモンド地下街の出入口を見た瞬間、

地鳴りのような爆発音が聞こえて窓ガラスが音を()てて揺れた。

「なっ、何だよ!」

喫茶店のマスターが大声を張り上げ、店員と共に店の外へと飛び出した。

ダイアモンド地下街の地上出入口から煙が勢いよく噴き出してくる。

喫茶店のマスターと店員はただ呆然(ぼうぜん)と出入口を見つめた。

辺りにいる通行人たちがざわめいて、悲鳴を上げている女性もいる。

発破は窓越しに見える人々の驚く姿を眺めて微笑みながらつぶやいた。

「少し、強すぎましたかね」

野次馬たちがダイアモンド地下街の地上出入口の周りに集まりはじめた。

その中にダンボール箱を抱えて呆然と立ち尽くしている熊村が居ることに発破は気づいて舌打ちをした。

「……悪運が強いですね」

発破は熊村をじっと(にら)んでいた。

どこからかサイレンの音が聞こえてくると、発破はコーヒーを飲み干した。


 ダイアモンド地下街は煙が立ち込めて1メートル先もよく見えない。

(かす)かに見えている散乱した瓦礫(がれき)からは、先程まで人々でにぎわい活気のあった

地下街の印象は微塵も感じられない状況へと変貌していた。

微かなうめき声がいくつも聞こえている。

徐々に立ち込めた煙が落ち着いて、もやの中から瓦礫の中に()もれて既に事切れた遺体が散乱している

地獄絵図が見えてきた。

通路で大きなコンクリート片に押しつぶされるように倒れているスーツを着た男性が、

虫の息でダイアモンド地下街の地獄絵図を眺めた。

「何が、あったんだ、よ…」

男性は事切れた。

その側では発破の爆破によって命を絶たれた犠牲者たちが、次々と幽体離脱をはじめて

ゆっくりと宙に浮くと、天井をすり抜けて去って行った。


 薮中たちが乗っている覆面パトカーのフロントウィンドウから見えるビルの間から、

爆破によって発生したであろう煙がゆらゆらと立ちのぼって行くのが見える。

運転している堤がその不自然な煙に気づいた。

「豊田さん、あれは……」

助手席にいる豊田が拳を握りしめて立ちのぼる煙を睨んだ。

「くそっ、間に合わなかったか」

薮中とベルには立ち昇る煙の周りに、幽体離脱した大勢の人々がゆっくりと天空に吸い寄せられるように、

次々と天高く昇って行く姿が見えた。

薮中は後部座席から身を乗り出して驚いた。

「あれは何だ!」

ベルが天に昇る人々を悲しそうに見つめながら答えた。

「きっと犠牲になった方々です」

薮中の体が小刻みに震えていた。

「…私は犯人を、絶対許さんぞ…許さんぞ!」

「ご主人様」

薮中の怒りに満ちた目は尋常(じんじょう)なものではなく、ベルは不吉な予感を感じた。


 ダイアモンド地下街の地上出入口周辺には、消防車や救急車などが数多く止り、

消防隊員や救急隊員たちが救助活動をはじめている。

それらを遠巻きにした野次馬たちが行く末を案じていた。

救急隊員たちが自動体外式除細動器|(AED)や担架(たんか)を持ってダイアモンド地下街へ向かって行く。

地下街から少し離れた場所に、薮中たちが乗る覆面車が止まった。

薮中たちは覆面パトカーから降りるとすぐさま走ってダイアモンド地下街の地上出入口へ向った。

車が停まった場所は、発破が爆弾を遠隔操作していた喫茶店の前だったが、

先ほどまでいた窓際席に発破の姿は既に無かった。


 ダイアモンド地下街は瓦礫が散乱している。

それら瓦礫の間には主人を失った腕や足も散乱している。

耳をすませば、今すぐに手を差し伸べて救助をしてあげないと事切れてしまいそうなくらい、

微かでしかも無数のうめき声が辺り一帯から聞こえている。

堤と豊田は辺りに広がる地獄絵図と化した光景を見てしばらく放心状態だった。

堤は目の前に広がる現実に戸惑っていた。

「こっ、これは、一体……」

豊田は拳を握りしめて小刻みに震えながら激怒した。

「なんて事をしやがんだ!」

堤たちのすぐ側で救急隊員が心肺停止の負傷者に人工呼吸をしている。

「頑張れ!しっかりしろ!……帰ってこい!」

救急隊員は(はげ)ます声を掛けながら人工呼吸を続けていた。

薮中はただじっと目の前に広がる惨状(さんじょう)を見つめ、ベルはその隣で辺りを見回しながらこう言った。

「ご主人様、これはひどすぎます……」

薮中はあまりの惨状に強い怒りを感じていた。

「何故…何故こんな事を……」

心肺停止の負傷者から幽体離脱した負傷者が立ち上がり、自分を見て立ち尽くしている。

AEDを持った救急隊員が現われ、装置を負傷者にセットして作動させた。

AEDが放電すると負傷者は電気ショックで一瞬体をエビ反らせた。

薮中は自分の姿をただ見て立ち尽くす、幽体離脱中の負傷者を見据えて大声で()えた。

「頑張れ!しっかりしろ!」

負傷者は自分を見つめて吠えた薮中を見て驚いた。

「はっ、はい!」

負傷者は自分の体に飛び込むように戻ると息を吹き返した。

「あっ!」

救急隊員たちが喜びの声を上げた。

「やったぞ!」

「おい、早く運ぼう」

ベルはしっぽを振りながら薮中を見上げた。

「ご主人様、助かって良かったですね」

薮中は無言のまま既に事切れた人をみつめていた。



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