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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
22/29

第22話 忘れられない過去


 曙警察署で婦警たちによる噂くしゃみの大合唱がおこなわれた頃、

曙警察署が管轄(かんかつ)する市街地の道路をパトカーに乗った警ら隊員が、

いつもと同じように定時パトロールをしていた。

運転しているのは佐藤(さとう)巡査長、助手席には鈴木(すずき)巡査長が同乗していた。

彼らは同じ高校で学んだ同級生でもあり悪友でもあった。

やんちゃをして同級生や周りの人たちを困らせたことも多かったが、

卒業を機に警察学校でお互い学ぶ間に(みが)かれて丸くなれたのか、警察官という職業が板についてきて、

過去に犯した悪行などは微塵(みじん)も感じさせない程に改心しているようでもあった。

佐藤が運転するパトカーと発破の運転する白いプリウスがすれ違った。

この時、プリウスを運転していた発破がパトカーに乗っている佐藤と鈴木に気づくと

横目で追いながら不敵に微笑(ほほえ)んだ。

その後、発破は昼間でも誰も近づくことのない廃墟(はいきょ)になったビルの駐車場にいた。

誰も手入れをすることのない駐車場のアスファルトは、所々隆起(りゅうき)してひび割れている。

そのひび割れの間からは雑草たちがたくましく生きようと伸びていた。

発破は車から降りると助手席側に回ってドアを開けた。

助手席には40センチ四方の金属製でできた箱がシートベルトで固定されている。

発破はその金属製の箱に掛けられていたシートベルトを外すと、

割れ物を抱きかかえるように慎重に取り出し、足で車のドアを()るようにして閉めると

廃墟ビルへと歩き出した。

発破は廃墟ビルの右端にある木々に(おお)われて隠されるように存在する出入口から、廃墟ビルの中に消えた。

昼間でも薄暗くホコリが溜まった階段を何のためらいもなく足跡を残しながら上り、

最上階の五階まで上がりきった。

発破はホコリが積もり瓦礫(がれき)が散乱する薄暗い廊下を歩きながら口笛を吹きはじめた。

それは薄気味悪い廃墟の中に独りでいる恐怖と戦うための口笛ではなく、むしろ気分の高揚(こうよう)(おさ)えられずに、

つい口笛となって表現されているようであった。

発破は廊下を歩いて中央付近まで来ると、廊下の窓から地上を見つめていた。

そして不敵に微笑むと振り返った所にある出入口から部屋の中へと入って行った。

部屋の中は放置されたデスクや椅子(いす)()ちていたが、廃墟となる前の様子を予測できる程ではあった。

発破は足元にあった瓦礫を蹴り飛ばしてスペースを作ると床に抱えていた金属製の箱をそっと置いた。

金属製の箱をよく見ると、上部には小さな液晶画面らしきものとパイロットランプがあり、

側面には接合部らしき切れ目が見える以外、ネジ山などは無かった。

発破が切れ目の上部部分になる(ふた)をゆっくりと垂直に持ち上げながら開けた。

箱の中には何本もの色分けされた配線が沢山見える。

それらはいくつもの小さな電子パーツに繋がれ、それらに囲まれた中心部に(かす)かではあるが、

レンガくらいのサイズでグレー色の粘土のようにも見える束が十個は下らないであろう数が収まっていた。

発破はポケットから小さな箱を取り出すと、その中から精密工具のプラスドライバーを取り出して、

口笛を吹きながら箱の中に詰まった精密機器の調整をはじめた。

手際良く無駄のない動きは、内部構造を理解しているのだと容易に想像がつく程であった。

しばらく調整をしていると、発破は急に口笛を吹くことと作業する手を止めた。

そして今までの高揚感が嘘のように暗く沈んだ表情を見せ、(うつ)ろな目で精密機器を見つめると、

ぽつりとつぶやいた。

「世の中の悪い奴は、みんな抹殺しないと」

発破は十二年前、むごい扱いを受けていた高校時代のことを思い出していた――



 無口でおとなしく、あまりクラスメイトとも会話することのない発破は、

よく不良たちに小突かれてストレスを発散する道具にされたり、小遣いを巻き上げられる日々を送っていた。

だが発破はいじめを受けていることを教師やクラスメートに相談できずに、独りで悩み苦しんでいた。

不良たちから見れば、いじめても教師にチクらないばかりか、軽く(おど)せば小遣い銭まで

巻き上げることができるのだから、(すで)にいじめは常態化していた。

だが発破にも心休まる相手がいた。

それは、小学校の低学年の頃から慣れ親しんでいるパソコンだった。

中学一年になった頃には、コンピュータの筐体(きょうたい)やマザーボード、ビデオカード、ハードディスクなど、

自分の好みで買い集めて一台のパソコンを組み立ててしまうほどの知識を持つようになっていた。

高校生になってもコンピュータに対する思いが変わることはなく、休み時間には、

コンピュータに関する書籍や雑誌を読んでいるのが日課だった。


 ある日、発破が通う高校の教室で、発破が昼休みに窓際の席に座り、

この頃一番大切にしていた最愛のコンピュータをバージョンアップさせるために、

コンピュータメモリのカタログを食い入る勢いで見ている時のことだった。

佐藤、鈴木、熊村(くまむら)という日頃から多くの人に悪態や嫌がらせばかりをしている同級生たちが、

教室に入ってくるなり発破の周りを囲んだのだ。

佐藤は発破の肩に手を掛けて(にら)み付けるとこう言った。

「なぁ発破、お前いくら持ってる」

発破はうつむいてしまった。

佐藤の発した言葉は教室にいた他の学生たちにも聞こえたのか、

発破たちのことをチラ見する者も少なくなかった。

佐藤がチラ見をした生徒たちの方を睨み見て一喝した。

「何だぁ!」

生徒たちは現実から目を背け、全員、自己保身の道を選択したようであった。

鈴木が発破の襟首(えりくび)をつかんだまま立たせた。

「なぁ発破ちゃん、遊ぶ金が欲しいんだよ」

うつむいて黙ったままの発破にしびれを切らした熊村が

「早く出せよ」

と言って発破のひざ裏を蹴った。

発破はよろめいて椅子もろとも床に倒れた。他の学生たちが一斉に発破たちの方を見た。

鈴木が何食わぬ顔で体裁(ていさい)をつくろった。

「ありゃりゃ、大変だよ、こけちゃったよ」

佐藤が倒れた発破に手を差し伸べた。

「おい発破、大丈夫か」

発破は佐藤の手を掴み起き上がって椅子に座った。

「ありがとう」

佐藤がこちらをただ見ている他の生徒たちを一睨みすると、

他の学生は視線を合わせまいと一斉に目を背けた。

佐藤は発破を睨みつけ、発破の襟首を右手で締めながら耳元で(ささや)いた。

「なぁ、礼なんていいから、早く金を出せよ」

熊村は一向に進展しない発破の態度がよほど頭にきたのか、左手で発破の髪を鷲掴(わしづか)みすると、

右手で拳を握って振りかざし、発破の鼻先で寸止(すんど)めした。

「お前、またボコボコにしないとダメなの」

「分かったよ、殴るのはやめてくれよ」

発破はためらいながらポケットに入れていた財布を取り出すと、熊村がいきなり財布を奪い取った。

「おっ、結構入ってそうじゃん」

熊村は佐藤に財布を渡した。佐藤が財布を開ける手元を鈴木が覗き込んだ。

「ほぉー金持ちじゃん」

佐藤が財布の中の紙幣(しへい)を取り出して数えはじめた。

「何でこんなに持ってんだよ」

「今日、コンピュータのメモリを買うためのお金なんだよ」

佐藤は紙幣を数え終えると二つ折りにして

「この金は俺たちが預かっておく」

とズボンのポケットに入れてしまった。

発破はうつむいたままつぶやいた。

「そんな……」

発破は机の上に顔を()せてしまった。

熊村が発破の背中を軽く二度叩いてこう言った。

「メモリは、どっかでパクればいいだろ?」

佐藤、鈴木、熊村は不敵に笑いながら教室を出て行った。

三人が廊下に出た時、ちょうど午後からの授業にきた先生が三人に声を掛けた。

「お前たち、何処(どこ)へ行くんだ」

熊村が(うす)ら笑いを浮かべてこう言った。

「ちょっとウンチっす」

「しょうがないな、早く帰ってこいよ」

「うぃーす」

(あき)()てている先生を気にする様子もなく三人は学校を早退した。

先生が教室に入ってくると生徒たちは何事もなかったように授業を受けはじめた。

発破はうつむき伏し目がちで同級生を見渡した。

この時、発破の目から一筋の涙が(ほお)を伝って机の上に落ちた。

発破は両手で拳を握りしめると

「絶対許さない」

と誰にも聞こえないほど小さな声で固く自分に(ちか)った。


 発破は高校を卒業してからも、いじめを受けた傷が()えることは無く、

システムエンジニアという職業で(みずか)らの知識を使って仕事はしていたが、充足感などは無く、

日々追われているような恐怖感で心の中は満ちていた。

しいたげられていた時代の深い傷という記憶が生活の中で、

唐突(とうとつ)にフラッシュバックしてくることにも悩んでいた。



 発破が()まわしい過去を廃墟ビルの中で思い出している時、

力の抜けた手から抜け落ちた精密ドライバーが、床に落ちて音を()てた。

するとその音に驚いたネズミが、発破の後ろを横切って行こうと走り出した。

発破はその物音に気づくと振り向いて、去り行くネズミを目で追った。

「邪魔をしたら、君を殺しますよ」

発破は落とした精密ドライバーを拾うと口笛を吹きながら再び精密機器の調整をはじめた。

五分くらいたった頃だろうか、口笛のリズムで心地よくなってきたのか、

頭や体を小刻みに動かしてリズムを取り出したと思ったら、

奇声を上げて精密機器内に隠されたスイッチを入れた。

微かな電子音が一秒ごとであろうか、一定の感覚で音を発てながら時を刻んでいるようだった。

発破は箱の蓋を抱えると内側に瞬間接着剤を塗り付けて金属製の箱に蓋をした。

箱の上部に設けられていた小さな液晶画面に3570の表示が1秒経つごとに表示している数を1つ減らし、

パイロットランプが一定の間隔で点滅し続けていた。

「ふぅー、できました」

発破は不気味な笑顔を浮かべると、金属製の箱を優しく抱き抱え辺りを見回して、

近くにあった机の下にそっと置いて隠すと、ゆっくりとした足取りで部屋を去って行った。

廊下に出ると廃墟ビルの中央にある階段を二階まで降りて廊下をスキップしながら走り回り、

部屋の中に入っては出て来るという不可解な行動を口笛を吹きながら続け、

廃墟ビルに入った時と同じ出入口から外に出て、ゆっくりとした足取りで駐車場へと戻って行った。


 駐車場へ戻ってくると、後ろを振り向き廃墟ビルの五階を見上げて微かに微笑んでから車に乗り込むと、

何事も無かったように廃墟ビルから走り去って行った。

微かな笑みを浮かべながら車を五分くらい走らせた頃だろうか、

区画整理されている新興住宅地の中を発破が運転するプリウスはエンジン音すら発てずに走っていた。

すると運転席の窓を開けて(あた)りに耳を(かたむ)けながら、ゆっくりと車を動かした。

玉替と表札に書かれた家から、テレビの音がかなり大きな音として外に()れている。

発破はその家の前に車を止めた。

そして助手席のグローボックスを引き出して中から(いか)つい無線電話を取り出すと、

電源スイッチを入れてスキャンボタンを押した。

無線電話から周波数をワッチする電子音が聞こえていたのだが、突然、電話の待機音へと変わった。

発破は一瞬笑みを浮かべると110番に電話をした。

するとすぐに県警の通信指令室の受付係に繋がった。

「はい、110番です。事故ですか、事件ですか」 

発破が無線電話に組み込まれているボイスチェンジャーのスイッチを入れると、

発破の発する声は(ただ)ちにロボットがしゃべっているかのような電子音声へと変化した。

「これから事件です」

オペレーターの警官が顔をしかめた。

「どっ、どういう事ですか?」

発破は不敵な笑みを浮かべて話した。

「爆弾を作ってみました。北曙町八丁目の廃墟ビルの中で、これから一時間後くらいに爆発します。

もしよかったら見に来てください」

オペレーターの警官は話しを伸ばして情報を聞き出そうと必死に話し続けた。

「詳しい場所を教えてください」

発破は鼻で笑った。

「それじぁつまらないでしょ。また電話しますよ」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

発破は不気味に笑いながら電話を切った。



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