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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
21/29

第21話 変質者を追え! その後


 深夜の住宅街は静まり返り、行き交う人の姿は無かったのだが、

男は股間を押さえながら(あた)りを気にして小走りで歩いた。

男は路地から顔を出す度に、左右に人影がないことを確認すると再び小走りで歩く。

薮中とベルは男の様子を不思議そうに眺めながら後を付いて行った。

ベルが首を(かし)げながら薮中に意見を言った。

「ご主人様、あの人はまた、誰かを(おど)かす気ですか?」

薮中はベルの意見に否定的だった。

「いや、やっと恥ずかしさが芽生えたんだろう」

とうなずきながら自分を納得させている様子だった。

だがベルは首を傾げながら男を見つめて納得できない様子だった。

小走りで歩いていた男が人通りの無い路地から時々車の行き交う街道沿いの道に差し掛かった時、

路地から顔を出して左右を見渡すと、大きく深呼吸をして街道沿いの歩道に飛び出し

股間を両手で力強く握りしめながら走り出した。

ベルが(あせ)った。

「ごっ、ご主人様!あの方が逃げました!」

「あいつの走りは逃げる奴の走りじゃないな」

日頃から犯人を追い続けた薮中の態度は冷静だった。

男が走る街道沿いの歩道を500メートル程先には曙警察署がある、

薮中は男が一気に走って曙警察署に走り込む作戦を実行したのだと確信していた。が、いささかの

不安もあったのか、薮中は男を見失わないように走り出した。

途中の道のりで泥酔(でいすい)し乱れたスーツを着こなしている中年男生と裸体の男がすれ違った時、

泥酔した中年男性が去り行く裸体の男を見て、何か勘違いをしたようであった。

「温泉はそっちでありますか!」

そう言って上着を脱ぎはじめたのだ。

薮中とベルは焦って立ち止まり、聞こえるはずのない声で注意をした。

「こら、ここは温泉じゃないぞ!」

泥酔した中年男性は、(なお)もおぼつかない指さばきでワイシャツを脱ごうとしている。

ベルが薮中に意見した。

「ご主人様、このままですと第二の犯罪者なってしまいます」

薮中は考えた。

「このまま放っとけ、もうすぐ警ら隊の定時パトロールがあるだろうから、彼らに任せよう」

「それでいいんですか?何か犯罪を(おか)すかもしれませんよ」

「ん〜それは困るなぁ」

薮中は警棒を手にすると、泥酔した中年男性のお腹を優しくではあったが、警棒でど突いた。

すると泥酔した中年男性は、その場にばったり倒れて気絶した。

「あぁーご主人様、いけないんだー」

そう言いつつもベルは期待を裏切らない薮中の犯罪抑止手法に感銘(かんめい)し、

しっぽを左右に激しく振りながら笑顔であった。

薮中は自分のとった行動の正当性を自分自身に言い聞かせた。

「この人はきっと明日も仕事だ。早く寝かせてあげるのも親切の一つだと思うんだ」

「そういうことにしときましょうか、ご主人様」

薮中は気絶させた中年男性の上着を警棒で拾い上げると、風をひかないようにそっと体に掛けてあげると、

泥酔した中年男性を見捨ててベルと共に走り去って行った。


 裸体男は一気に走り切るのが辛かったのか、時々ビルの隙間や電色看板の陰に隠れて、

休憩をしてから再び走り、深夜の曙警察署へ向かっていた。

曙警察署の出入口前では警戒のために制服警官が仁王立ちで立っている。

そこへ裸体男が辺りを気にしながら歩み寄ろうとしている時、薮中とベルが裸体男に追い付いた。

「ちゃんと自首しに来たなぁ」

「そのようですね」

曙警察署の出入口前で警戒にあたっていた制服警官は我が目を疑うように目を見開いて、

裸体で接近してくる男を見つめた。

男は裸で股間を押さえながらヨタヨタと制服警官の元へと歩み寄ってくる。

制服警官は素っ裸な男がきっと何かの犯罪に巻き込まれたのだと直感した。

「どっ、どうしたんですか!誰にやられたんですか!」

裸体男は()し目がちに戸惑いながら答えた。

「じっ、自首しにきました……」

「はいー?」

制服警官はあまりも予想外の答えに驚いた。

「どっ、どういうことですか!」

「私が、女性たちをからかった犯人です〜」

裸体男はそう言ってすすり泣きはじめた。

制服警官はあまりの展開に大声を張り上げた。

「えぇー!」

制服警官はとりあえず裸体男の肩を支えながら署内に入って行った。

裸体男が制服警官に付き添われていることに気づいた交通課の姉御婦警、かをりが大声を上げた。

「何!その人、どうしたんですか?」

制服警官は冷静に語った。

「例の変質者が自首してきたらしいんだけど……」

制服警官の(はっ)した、「変質者が自首してきた」という言葉が

同じフロアにいた婦警たちの鼓膜(こまく)に一斉に届いた。

婦警たちは一斉に裸体男の方を(にら)み、ゆっくりと裸体男目掛けて歩み寄って来た。

地域課の旧アイドル婦警、みゆきが裸体男の肩を小突いた。

「ちょっとあんた。どういうつもりでこんな事したのよ」

地域課の現アイドル婦警、なおみが

「裸で自首してくるなんていい根性してるじゃない」

と裸体男の腕を思いっきりつねった。

痛さのあまり裸体男は思わず手の平で隠していた股間から手を離してしまった。

手で隠されていたきのこは、恥ずかしそうに皮を被って畏縮(いしゅく)していた。

そのきのこを見て交通課の元ヤン婦警、雪が失笑した。

「あら、粗チンじゃない」

地域課の格闘家婦警、さやかが()えた。

「あんた、こんな粗末な物をちらつかせて、女の子をビビらしていたの?ふざけんじゃないわよ!」

鑑識課のメガネおたく婦警、加奈子がメガネの奥から冷たい目線で裸体男を見つめて不敵に微笑んだ。

「ねぇ皆さん、ちょっと()めときませんか」

地域課の旧アイドル婦警、みゆきが提案をした。

「第一取調室で話しを聞きましょう」

婦警たちは無言で深々とうなずいた。

婦警たちのただならぬ殺気を感じ取った制服警官は恐れを抱いていた。

「おっ俺、報告しとくから後はお願いね」

婦警たちは一斉にうなずいた。そして姉御婦警のかをりが裸体男の髪を鷲掴(わしづか)みにした。

「あんた、ちょっとおいで」

「はっはい……」

裸体男は引きずられるように婦警たちに連れて行かれた。


 ちょうどその頃、一階のフロアに変質者が自首してきたことなど知らない捜査課の刑事たちは、

報告書や捜査日誌を書くべくパソコン画面と向き合いキーを叩いていた。

そこへ自首してきた裸体男の身柄を確保した制服警官が捜査課に飛び込んできた。

ただならぬ状況に刑事たちが一斉に制服警官を見た。

「たっ、大変です!」

藤堂課長が吠えた。

「どうした!」

課長の勢いに押されたのか制服警官は少しおどおどした様子で答えた。

「へっ、変質者事件の犯人と名乗る男性が、自首してきました!」

藤堂課長は驚いた。

「何だと!今何処(どこ)にいるんだ」

「今、婦警たちと第一取調室に居ます。早く行かないと危険です」

刑事たちはその言葉に反応して一斉に立ち上がった。月影は直感していた。

「きっと薮中さんに追詰められたんだわ」

堤は婦警の身を心配していた。

「婦警が危険です。早く行きましょう」

藤堂課長が制服警官に命令をした。

「悪いが私たちが戻るまで、捜査課を頼む」

刑事たちは先を争うように捜査課を出て行った。

制服警官は独りになると藤堂課長の席を見てニヤリと微笑(ほほえ)み、藤堂課長の席に座って独り言を言った。

「君たち事件だ!行ってくれ!なんてなぁ〜」

制服警官は後ろにふんぞり返った拍子(ひょうし)に椅子ごと後ろに激しく倒れた。


 その頃、薮中とベルは第一取調室の様子を隣の部屋からマジックミラー越しに見ていた。

「ご主人様、あの犯人、婦警さんたちにやられたんですか」

「そうだろうなぁ」

ベルが身震いをした。

「恐い方々なんですねぇ」

「ベル、恐くはないぞ。彼女たちは可愛くて、優しくて…物凄ーく、強いんだ」

第一取調室内にいる婦警たちが一斉にくしゃみをニ回した。

「ハクション!へクション!」

姉御婦警のかをりが

「みんな、風邪?」

と聞くと、婦警たちは首を大きく横に振った。少し間を置いて裸体男も二回くしゃみをした。

「クション!ハクション!」

地域課の格闘家婦警、さやかが机を両手で叩いた。

「マネすんじゃないわよ」

婦警たちが裸体男を囲んで睨んだ。

憔悴(しょうすい)し切った裸体男はきのこと共にうつむいて

「すっ、すみません……」と()びるしかなかった。

その時、ドアが勢いよく開いて藤堂課長たちが第一取調室に入って来るなり大声を上げて驚いた。

「うぁ!いったい、どうなっているんだ。その格好は?」

藤堂課長たちの目の前にいる裸体男は、

地肌にマジックで、(えり)、そで口、前面のボタンやポケットなどまで描かれていたのだ。

両手で股間を握りしめ、椅子に座りながら(おび)え震える裸体男を

交通課の姉御婦警、かをりが一睨みすると藤堂課長に

「これは、変質者の正装です。みんな行こう」

と言って婦警たちを連れて第一取調室を出て行こうと歩き出した。

最後に取調室を出ていこうとした地域課の格闘家婦警、さやかが

「今度こんな事件起こしたら、承知しないよ!」

と吐き捨てるように言ってドアを勢いよく閉めた。

裸体男はドアが激しく閉まる音に、びっくりしたのか、それとも安心したのか、突然泣き出して懇願(こんがん)した。

「もう悪い事はしませんから、早く着る物をください〜」

藤堂課長が裸体男を(さと)すように言った。

「何で露出魔になんかになったんだ?」

「若い女性の驚く顔が楽しくて〜」

藤堂課長は最大の疑問を問いかけた。

「その格好で自首してきたのか?」

裸体男が涙を浮かべた。

「婦警さんが、婦警さんがぁ〜」

刑事たちが顔を見合わせて首を傾げた。

豊田が裸体男に薮中の遺影を唐突に見せた。

「この人を見たことがあるか」

裸体男は薮中の遺影を見て目を見開いて驚き

「ギャー!」

と絶叫しながら椅子から転げ落ちると、泡を噴いて気絶してしまった。

月影は感心しきりだった。

「さすが、薮中さん」

豊田も薮中の遺影を眺めながら感心しきりだった。

「課長、やっぱり薮中さんですねぇ」

藤堂は腕を組んで気絶した裸体男を眺めながら、顔をしかめて月影に命令をした。

「ん〜。月影くん、調書頼むな」

「えっ、こんな格好の犯人をですか!」

藤堂はビックリした様子でうろたえる月影のために豊田に命令を下した。

「豊田、月影くんが目のやり場に困るだろうから、署にある何か、適当な物をみつくろって着せとけ」

「了解です」

藤堂課長は(あき)れた様子で首を左右に振りながら取調室を出て行った。

豊田が(うす)ら笑いを浮かべて感心していた。

「しかし、婦警たちも透明な服とはしゃれてるよなぁ〜」

月影が眉間(みけん)にしわを寄せて豊田を睨んだ。

「豊田さん、早く着るものを探してきて下さい!」

「了解しました」

豊田は月影に向けて敬礼をしながら、薄ら笑いを浮かべて服を探しに行った。


 十分後、裸体男はパンダの着ぐるみを着て椅子に座っていた。

月影は机を挟んで裸体男を睨みつけながら、豊田に強い口調で注意をした。

「豊田さん、他になかったんですか!」

「えっ?長いこと裸でいたから体が冷えているだろうから、暖かい方がいいかと思って」

「もーいいです」

月影はむくれた様子で事情聴取をはじめた。

「名前は何ていうの」

「もっ、藻子里(もこり)…達夫(たつお)です」

月影は真っ赤な顔で激怒した。

「ちょっと!ふざけているなら許しませんよ!」

「ほっ、本当です。本名なんです。すみません」

「歳は!」

「よっ、四十歳です」

「四十歳!いい大人が、何をしているんですか!」

「はい、すみません……」

月影の怒りは頂点に達していたのか、日頃のかわいい顔が嘘のように、

眉間にしわをよせ目尻をつり上げて、誰もが脅えたくなるような鬼のような形相で、時折、

両手で机を叩いて藻子里を威嚇(いかく)しながら早口でまくしたてた。

「あのねぇ、暗い夜道を独りで歩く女性たちはそれだけで恐いものなの。

それを脅かすなんて、しかも裸で脅かすなんてどういう神経をしているんですか、いい大人でしょ。

恥ずかしいと思わなかったんですか、まったく。

ねぇあなたは何処出身なの?まさか裸族の出身って訳じゃないんでしょ。

ここは緑が()(しげ)ったジャングルじゃないんだから、ちゃんとした洋服くらい着なさいよ。

これからもし、裸で外を歩きたいなら無人島でも探して、独りで暮らしなさい。いいですね。

それから‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

延々と続く月影の事情聴取という名の止まることを知らない説教は、

決壊した大型ダムのようにもはや誰にも止める手立ては無かった。


 隣の部屋からはマジックミラー越しに薮中とベルが呆れた様子で覗いている。

ベルは月影の早口が聞き取れないのか薮中に愚痴った。

「ご主人様、あの方がお怒りなのは分かりますが、何を喋っているのでしょうか?」

「日頃のうっぷんだよ」

そう言ってベルを納得させるように頭を()でた。

しだいに取調室の窓から朝日が差し込んできたが、月影は尚も取り調べと(しょう)した

延々と続く説教を述べていた。

それはもはや説教としてよりも女性として生活する上で溜まりに溜まったストレスを

発散しているようにも感じられた。

「ねぇ、ちゃんと聞いているんですか。あなたのとった行動に対して、多くの女性から被害届が出ています。

いいですかこれから何日もかけて、きっちり反省してもらいますからね。覚悟しておいてください」

藻子里は目に(くま)ができた(うつ)ろな目で力無く返事をした。

「はい……」

月影は男の力のこもっていない返事に怒りが込み上げたのか、両手で机を叩いた。

「眠いなんて、許しませんからね!」

薮中は大あくびをしてベルの方を見た。

「さぁ、私たちは帰るか」

(みなと)にですか?」

「あそこしかないだろう」

薮中とベルは壁をすり抜けて出て行った。

そして薮中とベルが曙警察署の出入口をすり抜けて出てきた時、

後ろから夜勤明けの婦警たちが私服姿で談笑しながら出てくると、薮中とベルをすり抜けて行った。

「ご主人様、あの婦警さんたちを怒らせると恐いんですね」

「婦警たちは日頃優しいが、女性を怒らせると恐い、いい見本だったな」

目の前に居る婦警たちと署内のフロアで各種業務についていた婦警たちが、突然、

一斉に力強いくしゃみをニ回した。

「ハクション!へクション!」

男性警官たちや窓口に来ていた人たちが一斉に驚いて身を引いた。



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