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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
17/29

第17話 家宅捜索


 薮中は(みずか)らが幽霊となって存在するもどかしさに葛藤(かっとう)しながら、

出せない答えを探すように、ただ街の中をさまよい続けた。

夕日ケ丘駅前にある商店街のアーケードにたどり着くと、

薮中は(あた)りを見回して腕を組みうつむいてしまった。

商店街は通勤通学の人々たちが駅に向かって歩いていたが、ほとんどの店が開店前で

シャッターを閉じている状況だった。

ベルがうつむいて立ち尽くす薮中に質問をした。

「ご主人様、何処へ行くおつもりですか?」

薮中はベルを見据(みす)えて思い出したように体裁(ていさい)をつくろった。

「捜査課に行くに決まってるだろ」

そう言って唐突(とうとつ)に歩き出してしまった。

ベルはただの思いつきで行動しようとしている薮中に、何の文句も言わずに付いて行った。


 薮中は歩きながら落ち込む気分を変えようと、人や物をタイミングよく避けながら

ゲームを楽しむかのように歩き続けて曙警察署にたどり着いた。

捜査課では一人で藤堂課長が椅子に座り電話を見つめている。

そこへ薮中とベルがドアをすり抜けて現れた。

「おはようございます。あれ?みんなが居ないぞ」

「ご主人様、何か事件でもあったのでしょうか?」

「課長、何か事件でもあったんですか?」

薮中は自分のデスクの上にある自分の遺影を掴み、机の上で左右に小刻みに数回打ち鳴らした。

藤堂課長が薮中の遺影が動いたことに気づいた。

「んっ、薮中、来たのか?」

誰も触っていない薮中の遺影が再び左右にカタカタと音を()てて動いた。

藤堂は薮中の遺影の方向を向いて現状を話した。

「全員、例のエスケープマンションのくせ者女、囲井(かこい)の所へ家宅捜索に行ったぞ」

薮中が一瞬むくれた表情を見せた。

「そういう大事な事は、電話で教えてくださいよ!」

薮中の遺影が左右に激しくカタカタと音を発てて前方に動いた。

ベルは薮中の顔を(あお)ぎ見てこう言った。

「あの世とこの世を結ぶ電話はありませんよ」

「まったく、技術は日進月歩で進化しているのに不便な世の中だなぁ」

ベルは首を(かし)げて悩んでしまった。

薮中は自分の遺影を机の上に倒すと、ベルと共に走り出し、ドアをすり抜けて出て行ってしまった。

藤堂課長は机の上で倒れている薮中の遺影を見つめてぽつりと愚痴のようにつぶやいた。

「…薮中とは、今後どのように接すればいいんだろうか……」

藤堂課長は姿の見えない薮中という存在に頭を悩ませていた。


 薮中とベルは署内を走り、出入口をすり抜けて外に出るとすぐに立ち止まって顔を見合わせた。

「ご主人様どうやって現場まで行きますか?」

「車は運転できんから、近道しかないだろ」

「ですよねぇ〜」

「ガサ入れのマンションは南南東に約1キロだ。行くぞ!」

「ワン!」

薮中とベルは走り出して程なく車が行き交う横断歩道の手前で立ち止まった。

「ちょっと待て」

「どうしたんですか、ご主人様」

薮中は警棒の先で歩行者用の信号ボタンをそっと押した。

「交通法規(ほうき)は守らんとな」

「さすがです。ご主人様」

歩行者用信号が青に変わると薮中は横断歩道を走りきって再び立ち止まった。

「どうしたんですか、ご主人様?」

「時間がかかり過ぎる、端折(はしょ)るぞ」

薮中は家の壁をすり抜けて消えた。

ベルも薮中の後を追って壁をすり抜けて消えた。

二人は、目の前に現われる壁や物などの障害物を避けることなく、ただただまっすぐに走り続けた。

古民家の壁をすり抜けた時、茶の間でテレビを観ている年の頃は八十五歳前後の老人がいた。

薮中とベルはテレビを観ている老人の前を駆け抜けながら無意識で

(じい)さんごめんよ」「失礼します」と立て続けにお詫びを言って壁をすり抜けて消えた。

老人に薮中とベルが見えたのか、それとも声が聞こえたのか分からないが

「はいよー」と言って老人はテレビを観続けていた。


 薮中とベルの駆ける速度が次第に早くなってきた時、夕日ケ丘小学校の校庭を囲む鉄(さく)をすり抜けた。

薮中とベルは一瞬お互いの顔見合わせて目で合図を送りあうと、抜きつ抜かれつの競争をはじめてしまった。

その競争は校庭を横断しても減速することなく進み、校舎の壁をすり抜けて廊下に入ってしまった。

その時だ、薮中の足がもつれて勢いよく廊下で転んでしまった。

その拍子(ひょうし)に持っていた警棒を激しく廊下に落として転がしてしまった。

一階の教室で国語の授業をしていた先生が、

廊下から聞こえてくる何かが激しく転がったであろう音に気づいた。

「みんな、ちょっと待ってろ!」

先生は黒板の(わき)に立て掛けられていたアルミ製のさすまたを持って身構えると、

教室のドアをゆっくりと開けて廊下を恐る恐る覗いた。

薮中は落とした警棒を拾おうとした時、ドアの開く音に気づいて深々と頭を下げてこう言った。

「先生、廊下を走ってすみませんでした」

先生は誰も居ない廊下を見て首を傾げた。

生徒たちが我先にと先生を押し退けて廊下に出てくると興味深々で辺りを見回した。

「ご主人様、大事になります。早く行きましょう」

「そうだな。みんな授業中にごめんな」

「授業を続けてください」

薮中とベルは先生や生徒たちの体をすり抜けてしばらく歩くと、突き当たりの壁をすり抜けて消えた。

そして校舎からすり抜けて出てくると再び走り出した。


 その後、街道沿いの歩道を走って、ビジネスマンたちが出入りしている

オフィスビルの脇にある壁をすり抜けてビルの廊下に入った。

すると辺りが静まり返っていたので薮中とベルは走るのをやめて、静かに歩きはじめた。

薮中とベルが(なら)んで廊下を歩いていると、

前から会社の制服であろう白いブラウスに紺色のベストとスカートをまとった若い女性が、

資料を抱えて独り言をつぶやきながら歩いてきた。

「早く届けなくちゃまた怒られちゃうよ〜」

女性はなぜか薮中とベルとのすれ違い際に薮中とベルのことを避けると、振り返りながらベルを見つめた。

「何で犬なんか連れてんだろ?」

薮中とベルが壁をすり抜けて消えると

「嘘でしょ!」

そう叫んで抱きかかえていた資料を落として放心状態のまま壁を見つめた。

薮中とベルが廊下の壁をすり抜けた先は、大きなフロアになっていて机が沢山並べられていた。

机の上にはモニターが置かれ、その画面を見据えながらデータを入力する女性たちが、

華麗な指さばきでキーボードをブラインドタッチしていた。

その中でも特に早い打ち方をする音が聞こえてきた。

薮中とベルはその女性の前で立ち止まり、目にも止まらない神業(かみわざ)的な入力をこなす

女性の指さばきを不思議そうに見つめた。

「すっ、凄いですよ、ご主人様」

「あぁ、この子は特別すごいなぁ、ビデオの早回しを見ているようだ」

フロアにチャイムの音が鳴り響いた。

すると入力をしていた女性たちが一斉に手を休めて野太(のぶと)いため息を一つつき、

指を鳴らしたり、首を回したり、手首を回したりして休憩をはじめた。

「ご主人様、さぁ、急ぎましょう」

「そっ、そうだったな」

ベルと薮中は壁をすり抜けて消えた。

そして壁を抜けると何とそこは女子更衣室だった。

そしてまさに今、スタイルのよい若い女性が生着替えをはじめようとしている。

ベルはそんなことなど気にする様子もなく走りながら壁をすり抜けて消えた。

だが薮中は、生着替えをはじめた若い女性に気づくと立ち止まってフリーズしてしまったのだ。

若い女性が白いブラウスのポタンを上から外して何のためらいもなくブラウスを脱ぐと、

そこには真っ白な肌にピンク色のブラジャーを身に着けていた。

薮中はごくりと唾を力強く飲み込んで、目を大きく見開いた。

ベルはなかなか壁から出てこない薮中に気づいて後戻りすると、

女子更衣室の壁から顔を出して辺りを見回し、薮中を見つけた。

「ご主人様、何をしているんですか?」

ベルは生着替えをしている若い女性に気づいて薮中を(にら)みつけた。薮中はうろたえた。

「いゃその、あまりの唐突な出来事につい気が動転して、フリーズしてしまったんだ」

ベルは目を細め疑惑の眼差(まなざ)しで薮中を見つめた。

「私たちは警察官ですよ!」

ベルは眉間(みけん)にしわを寄せて強い口調で言い放った。

「そっ、そんなことくらい分かってるよ!」

薮中はしどろもどろで答えた。 

「行きますよ」

薮中はベルに服従するように返事を返した。

「ヴーワン!」

薮中とベルは壁をすり抜けて消えて行った。


 薮中とベルはただひたすら辺りにある物や壁をすり抜けては消えて、再び壁をすり抜けて現れ、

目の前に現れる障害物を避けることなくまっすぐに走り続けた。

五分くらい走った頃だろうか、捜査課による家宅捜索が続くエスケープマンション前の道路を挟んだ

真向かいにある念仏堂仏具店の出入口を薮中とベルがすり抜けて現れた。

マンション側の路肩(ろかた)には数台の覆面パトカーが(すで)に止まっている。

薮中は近道の方向性が正しかったことに満足していた。

「んっ、やっぱり方位に(くる)いはなかったな、いい感じだ」

「車で行くより早いのでは」

「そうかもしれんなぁ。さぁ行くぞ」

「ワン!」

薮中とベルは車の行き交う車道を渡りながら二台の車に次々と()かれたものの気にする様子もなく渡りきり、

エスケープマンションの中に消えて行った。


 囲井の部屋では、捜査課の梶原、泉、月影、豊田、堤が家宅捜査をしていたが、

囲井の内縁の夫で逃走中の逃林(とうばやし)に結びつく物的証拠を捜せないでいた。

囲井がネグリジェ姿の冷静な顔つきで煙草を吹かしている。

苛立(いらだ)つ刑事たちを(あお)るかのように囲井が煙草の煙を豊田に吹き付けた。

豊田は一瞬目を引きつらせたが、苛立ちを(おさ)えてストレートな質問した。

「囲井さん、旦那さんの逃亡を手助けしていませんか」

「あんな男のことなんか、知りませんよ」

堤がテレビ台の引き出しを捜索しながら(かま)をかけた。

「ここまま捜索していたら、ご主人と連絡を取っている痕跡(こんせき)が必ず出てきますよ」

「そんな物ないわよ。居なくなってせいせいしているんだから」

囲井はそう言って一瞬DVDレコーダーの方を向いてからそっぽを向いた。

堤は囲井の視線を見逃さなかった。

そしてDVDレコーダーを持ち上げると、その下から預金通帳を発見した。

おもむろにページをめくり記帳内容を確認しはじめると、すぐに不自然な記帳があることに気づいた。

「おや、囲井さん、あなたが入金した当日にATMからの引き落しがありますね」

豊田が捜索の手を休めて振り向いた。

「囲井さん、どういうことでしょうか?」

囲井は吸っていた煙草を震える手でもみ消しながら強気な姿勢で答えた。

「私のお金をどう使おうが私の勝手じゃない」

そこへ薮中とベルがドアをすり抜けて現れると薮中が辺りを見回して(ささや)いた。

「ガサ入れの最中か。……豊田、隙あり」

薮中は豊田のお尻の穴付近を警棒で唐突につっ突いた。

突然、太い棒がケツ穴を貫こうとする感覚に襲われた豊田が、妙な裏声を上げた。

「あぉぅおっ!」

ベルは不謹慎(ふきんしん)な薮中に注意をした。

「ご主人様、勤務中ですよ、いけません」

「ただの挨拶だ」

豊田が後ろを振り向いて辺りを見回した。

「やっ、薮中さん、よしてくださいよ〜」

囲井は唐突に一人芝居をはじめた豊田に毒づいた。

「ちょっとあんた、一人で何言ってんの?」

豊田は囲井を気にする様子もなく、薮中にしゃべり掛けた。

「薮中さん聞いていますか、この女、しらを切る気なんですよ、何とかなりませんか」

刑事たちが振り返って一斉に囲井を睨んだ。

薮中は囲井をあぶる必要性を感じた。

「んっ、軽くあぶってビビらせてから、吐かせるとするか」

「ご主人様、どうやるんですか」

ベルはしっぽを左右に大きく振ってこれからはじまるグリルパーティーに期待していた。

「いいから見ていろ」

薮中は部屋の中を歩きながら、警棒の先で辺りにある物を軽く叩いて回った。

だれもいじっていない物が音を発てて(かす)かに動きはじめた。

囲井はびっくり(まなこ)で音の鳴る方を次々と見た。

堤が笑いを(こら)えながら両手を上げた。

「私たちは何もしていませんからねぇ〜」

他の刑事たちも両手を上げてうなずいた。

テーブルの上にある誰も触っていない煙草の箱が円を描くように動く。

囲井は目を見開き煙草の箱をじっと見つめた。

刑事たちは驚く囲井を見つめながら、吹き出しそうな笑いを堪えていた。

薮中はポルターガイストパフォーマーとしての本気モードに入ったのか、

警棒を用いた演出に限界を感じはじめていた。

「ここからが難しいんだ」

「何をするんですか、ご主人様」

「あっそうだ。いいから見ていろ」

薮中は何か思い付いたのか、胸元から鉛筆をニ本取り出すと

箸のように使って煙草の箱から煙草を一本取り出した。

堤には薮中がしようとしていることに察しがついていた。

「薮中さん、一服して落ち着けってことですか?」

警棒でテーブルを叩く音が二回鳴った。

梶原がドスの効いた声で囲井をあぶった。

「早いとこ、自白して、スッキリしてから一服するか」

震えながら(おび)える囲井に堤が畳み掛けた。

「薮中刑事は神出鬼没なうえに次に何をしでかすのかは誰にもわかりませんよ?」

囲井は両手で頭を抱えながらうずくまった。

「もっ、もうやめて!分かったから分かったから、今言うから!」

刑事たちは顔を見合わせてにやりと笑みを浮かべると、囲井の周りを囲んで囲井の話しを聞きはじめた。

刑事たちはメモを取りながら時折リズミカルにうなずき、

事情聴取がスムーズに運んでいることがうかがえた。

薮中は刑事たちから少し離れた場所から腕組みをして刑事たちの様子を見つめた。

ベルがしっぽを左右に振りながら薮中を仰ぎ見た。

「ご主人様、お仲間は、はかどっているようですねぇ」

「そうだな。スムーズなガサ入れはモチベーションが上がるな」

「はい」

囲井が内縁の夫で逃走中である逃林の潜伏場所を自白して緊張の糸が切れたのか、突然、泣き出した。

月影がうずくまりすすり泣く囲井を(なぐさ)めはじめると梶原が堤に指示を出した。

「堤、やっこさんの手配だ」

「了解」

堤はその場を走り去って行った。

ベルはしっぽを左右に力強く振って喜んでいた。

「やりましたね、ご主人様」

「幽霊でいると仕事がはかどる気がするなぁ」

梶原が薮中の労をねぎらう言葉を言った。

「薮中、ご苦労だったな」

泉も薮中の労をねぎらう言葉を言った。

「薮中さん、ご苦労様でした」

月影がスムーズな捜査手法に味を()めた。

「薮中さん、またよろしくお願いします」

「おっおぅ」

薮中は抜け目のない月影に戸惑いつつ警棒で壁を軽く叩いて返事をした。

突然、壁を叩く音が聞こえた囲井は「ひぃー!」と悲鳴を上げて(さら)にうずくまった。

薮中は満足げな笑みを浮かべてベルと共に壁をすり抜けて去って行った。



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