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さまよい刑事  作者: 永橋 渉
14/29

第14話 制裁 後編


 街灯(がいとう)(あか)りがまばらにしか通りを照らさない住宅街に「柳荘(やなぎそう)」という古いアパートが建っている。

空巣は柳荘の階段を何度もつまずきながら急いで上がって行った。

部屋の前まで走ると、(かぎ)を取り出し、震える手を押さえ付けるようにして

やっとの思いで玄関(げんかん)の鍵を開けると、ドアノブをつかんで辺りを何度も見返してから、

急いで部屋に入るとすぐに鍵を閉めた。

薮中とベルは、柳荘を路地から眺めて、空巣が部屋に入るまでの一部始終を静かに見つめていた。

「このアパートの202号室か」

「これからどうしますか?」

「私には即逮捕ができんしなぁ〜ん〜」

薮中は警棒をいじりながら悩んでいた。

ベルが怪しい笑みを浮かべながら甘えるようにおねだりをした。

「ご主人様〜ちょっとあぶってみましょうよ〜」

「んっ、あぶるとは何だ?」

「ちょっとお耳を」

薮中はその場にしゃがんでベルに耳を(かたむ)けた。ベルがこそこそと何かを喋っている。

そして時折、薮中が納得するかのようにうなずいた。

「なるほど。いいねぇ〜」

「でしょ〜」

薮中とベルは、不敵な笑みを浮かべながら柳荘を見つめ、音もなく空巣の部屋へと近づいて行った。

空巣の部屋前まで来た薮中とベルは、見つめ合い不敵な笑みを浮かべた。

「ご主人様、それでは参りましょうか」

薮中は深々とうなずいた。

「べルよ、イッツ ア ショータイム、だ!」

薮中とベルはドアをすり抜けて部屋の中に入って行った。


 部屋の中に入ると六畳間に生活用品が散乱している。

お世辞にも綺麗とは言いがたい部屋で、空巣はちゃぶ台をはさんで煙草(たばこ)を吸いながら、

落ち着きのない様子で缶ビールを開けると、高ぶった気持ちを押さえ付けるかのように

ビールをがぶ飲みした。やっと自分の部屋に帰ってきた安堵感(あんどかん)が少し()いてきたのか

大きくため息を一つ吐くと、ちゃぶ台の上にあるリモコンでテレビをつけた。

するとニュース番組をやっているチャンネルが現れた。

その直後、薮中の写真がアップでテレビ画面に映った。

「あっ!ご主人様が映っています」

「おぉーなかなかいい男に映っているじゃないか」

ニュースキャスターがニュース原稿(げんこう)を読みはじめた。

「曙警察署、捜査課のやり手刑事を襲い、死亡させた犯人の行方は、(いま)だに何の有力情報もないまま

捜査が続けられています。コメンテーターで元警視庁捜査一課長を勤めたことのある金輪(かなわ)さん、

この事件をどう推察しますか?」

「この事件は治安を守る警察に対する重大な挑戦ですね。警察は仲間の無念をはらすためにも、

血眼(ちまなこ)になって犯人を追い詰めてくれると思いますよ」

「命を賭けて犯人と戦った薮中刑事のためにも、早く犯人を捕まえてほしいものですね」

「全くその通りです」

薮中は腕を組みながら納得したように何度もうなずきながら、キャスターとコメンテーターの

会話に聞き()れていた。

「なかなかいい扱いだ」

「ご主人様、この番組は今後ひいきにしても良いのではないでしょうか」

「そうだな。表現が的確でいい」

空巣がニュースを見ながら舌打ちをした。

「けっ、なっ、何が殺されただ。勝手に階段から落ちておっちんだだけだろ。バーカ」

薮中はこの言葉に急激に怒りが込み上げ、拳を握りしめた。

「何だと」

薮中は今にも空巣に襲い掛かりそうな形相(ぎょうそう)(にら)みつけた。ベルは薮中の唐突な豹変(ひょうへん)に危機迫るものを感じた。

「ご主人様。(あや)めてはいけませんよ」

「分かっている。分かっている。……だがなぁー」

薮中は抑えきれない怒りを警棒に注ぎ込んで一気に振りかざすと、(あた)りにある物を殴りだした。

突然、家具や置き物が大きな音を()てて次々と壊れはじめ、辺りに破片が飛び散った。

空巣は突然の出来事に驚き、タバコを加えたまま固まった。

「ポッ、ポルターガイスト……」

「ご主人様!物に八つ当たりはいけませんよ、この物たちには罪はないのですから」

「そらそうだ!」

薮中は警棒を大きく振り上げて、一気にちゃぶ台目掛けて振り落とした。

激しい炸裂(さくれつ)音と共にちゃぶ台は見事なまでに真っ二つに割れて左右に倒れた。

空巣は空間を切り裂くような悲鳴を上げると、転がるように部屋を逃げ出した。

空巣は足をもつれさせながら、アパートの階段を転げ落ちた。

「なっ、何なんだよ!」

空巣は痛みなど気にする様子もなく、急いで起き上がると走り去って行った。

薮中とベルは、二階の通路から去り行く空巣の姿を眺めて、一瞬目を見開いて睨んだ。

「絶対に、逃がさんぞ」

ベルはあまりにも薮中のシリアスに空巣を見つめる顔を目の当たりにして

「怖〜い」

としっぽを大きく左右に振りながら微笑み、これからはじまるであろう

激しいあぶりの予感に胸踊らせていた。


 空巣は人通りの全くない家と家の間に挟まれてしまいそうな狭い路地を、何度も後ろを振り返っては、

追っ手がいないことを確認しながら、もつれそうな足取りで走っている。

だが薮中とベルは、空巣のすぐ後ろから追っていた。

住宅街を抜けたところに、不況の波にのまれて倒産した、金属加工工場の()び付いて

()ちかけている廃墟(はいきょ)が現れた。

空巣は辺りを見回して人気が無いことを確認すると、つまずきながら廃墟の中に消えて行った。

空巣は(みずか)らの動悸(どうき)が治まるを待つかのように鉄骨の柱を背にして座り込んだ。

「はぁーはぁーはぁー、ここなら安全だろう」

薮中は柱の陰から「お前に安全な場所はない」と小さな声でつぶやいた。

霊界からのつぶやきなど聞こえるはずのない空巣は、ポケットからおもむろに

煙草を取り出して口にくわえた。薮中とベルが目の前にいることも気づかず、

煙草にライターの火を近づけたその時、突然、ライターが空巣の手から弾き飛んで床に転がった。

驚き放心状態の空巣に薮中は一喝した。

「灰皿のない所で煙草を吸うな」

そして警棒で辺りに散乱している瓦礫(がれき)や柱を叩き、空巣に聞こえる音を発てはじめた。

「だっ、誰だ!どっ何処にいる!」

空巣は(おび)えながら、辺りにある物を拾っては、当て所なく投げつけつけていた。

薮中は投げつけられても当たるはずのない瓦礫をいちいち避けながら、空巣の周りを警棒で音を発て続けた。

誰も居ないはずの廃屋に散乱している瓦礫が尚も音を発てている。

空巣は音が鳴るたびに、その音が発する方向を何度も見た。

「ふっふざけるな!もうよしてくれ!」

薮中は怯える空巣を見つめた後、床に警棒をそっと置くと、上を見上げて両手を天にかざした。

「神よー!我に力を与えたまえぇー!」

すると辺りに青白く輝く(いく)つもの稲光(いなびかり)が走っては消え、廃墟を(くだ)くような雷鳴が(とどろ)き続けた。

ベルは薮中の足元に置いてある警棒を口にくわえて拝借(はいしゃく)すると、楽しそうに辺りの瓦礫や柱に

警棒をぶつけて音を発てながら空巣の周りを走リ回った。

空巣はベルが発した音が鳴る度にその方向を見ては驚き怯えていた。

「なっ、なっ何だ!」

空巣は転がるように廃墟から逃げた。

薮中は満足気にうなずくと

「よし、仕上げに畳み掛けるぞ」

とベルに伝えると、ベルは警棒をくわえたまましっぽを振り、満面の笑みで()えた。

「ワゥーン!」

辺りは暗く人気(ひとけ)のない住宅街を、いつどこから現れるかもしれない薮中の恐怖から空巣は逃れたい一心で、

時折、後ろを気にして振り向き、誰もいないことを確認しながら走った。

だがその背後から常に空巣の姿を(とら)えながら、薮中とべルが追って来ていることを

空巣が気づく手段は無かった。薮中はもはや食い付いた、たちの悪いスッポンのごとく、

どこへ逃げようとも追い続けることを決意していた。

「私は執念(しゅうねん)深いんだ。逃がさんぞ」

「ご主人様、何だかワクワクしてきましたね」

ベルが微笑(ほほえ)みながら答えると「そうだな」と薮中は不敵に微笑みを浮かべたまま二人はその場から消えた。


 走り続けていた空巣はふと我に帰り、強い尿意を感じていることに気づいた。

辺りを見渡すと目の前に夕日ケ丘森林公園の出入口が見える。

そしてその(わき)には公園内の公衆トイレを示す立て札があった。

空巣はその立て札に気づくと、矢印の示す公衆トイレに向かった。

出入口から少し入ったところに街灯で明るく照らされた公衆トイレが見える。

空巣は()(がた)い尿意を耐えているのが分かる必死の形相で、公衆トイレに駆け込むと、一気に放尿をした。

それは悪霊から解き放たれたような爽快感を感じるものでもあった。

「くそ!いったいどうなっているんだ」

放尿の儀も終了し、空巣が手を洗わずに洗面台の前を通ると、薮中の声が聞こえた。

「おい、お前、手は洗わんのか?」

空巣が洗面台の鏡を見るとそこには自分の姿でなく、薮中の姿が映っていた。

「なぁ、私を覚えているよなぁ、なぁ、どうなんだ」

鏡の中から薮中が問いつめると、空巣は目を見開き

「嘘だろ!」

と叫んで走り去って行った。

暗い公園内通路を後ろを気にしながら走り続ける空巣の前をベルは警棒をくわえて横切った。

前方不注意の空巣は、足元を横切ろうとする警棒につまずいて激しく転び、地面に腹ばいになってしまった。

「いってー」

空巣が起き上がろうと思ったその時、目の前の地面が(かす)かに波打つように見えた。

目を見開き見つめていると、薮中の頭が水面から()り上がるかのように

地面から現れて、空巣に睨みをきかした。

「自首しなければ、お前を(のろ)い殺すぞ」

「ギャー!」

空巣は失禁するほど驚き、立ち上がると必死の形相で走り去った。

()てもなくただ公園内通路をひた走る空巣を頭だけの薮中が嘲笑(あざわら)いながら宙を漂い、

走っている空巣と並走(へいそう)しはじめた。

「公園でジョギングか、足はないけど私も付き合うぞ」

「あぁー!」

空巣は横を見て目を見開き驚いた。

「自首しないと毎日パーティだぞ。ヘェヘェヘェヘェヘェ〜」

小刻みに揺れる薮中の頭が空巣に迫ってくる。

空巣はすぐ脇の池に飛び込んだ。

一見(おぼ)れているのかと思えるような泳ぎではあったが、次第に泳ぐ速度が速くなった。

その光景を薮中とベルはしばし眺めると、顔を見合わせた。

「ご主人様、私たちも行きましょう」

「泳ぐのか?」

ベルは首を左右に振りながら舌打ち五回した。

空巣が必死の形相で池の中を泳いでいる。その脇の水面を薮中が後ろ手に手を組み、

並走しながら小走りに歩いている。

ベルは二人の周りを楽しそうにしっぽを振りながら走り回っている。

薮中が次第に速くなる空巣の泳ぐペースに感心しはじめていた。

「こいつ結構早いなぁ〜。おい、先回りするぞ」

「はーい」

薮中とベルは、スケートを滑るように水面を滑って、空巣の泳ぎ着くであろう予測地点を目指して行った。

池の対岸に薮中とベルが着いた頃、空巣は十数メートル向うをこちらに向かって泳いでいた。

「ご主人様、あの方は水泳の選手ですか?」

「さーな。でも歯ごたえがあって私は好きだぞ」

「くふふふふ」

ベルはうれしそうに小声で笑った。

空巣は息も()()えで岸にたどり着いたが、岸に上がる力が足りないのか、激しい息づかいのまま、

岸に生えている雑草に掴まっていた。

頭だけの薮中が宙をふわふわと漂って空巣の目の前に現れた。

「おい、手を貸そうか。おっ、手を忘れてきちゃったよ、これじゃ助けられんな、へェへェへェへェー」

宙に浮く薮中の頭が、不気味に笑い続けた。目を見開き硬直していた空巣が突然

「ウギャー!」

と絶叫した後、岸を両足でけり込み、今まで泳いできた道のりをふたたび夢中になって泳ぎはじめた。

薮中は空巣の体力に感心しきりであった。

「あいつ、結構タフだなぁ〜」

「ご主人様、あの方は、あぶりがいがありますね」

薮中とベルは、見つめあうと不敵に微笑み、蒸発するようにその場から消えた。

空巣が岸にたどり着き、フェンスを乗り越えて通路に息も絶え絶えで仰向(あおむ)けで倒れた。

「はぁ〜はぁ〜はぁ〜もう、勘弁してくれよ〜」

街灯に照らされシルエット姿の男が空巣に駆け寄ってきた。

「大丈夫か?」

空巣はうつむいたまま、

「ちょっと足を滑らせて池に落っこちたんです」

と体裁を(つくろ)おうとした。

シルエット姿の男が空巣を覗き込んで空巣に声を掛けた。

「そうだったかなぁ?」

空巣はその言葉に驚き顔を上げた。

そこには自分の顔を覗き込む薮中の姿があった。

空巣は目を見開き口を開けたまま放心状態となってしまった。

「お前が助かる道はただ一つだ。自首しろ〜、自首しないと毎日化けて出てくるぞぉ…ギャー!」

薮中は歯をむき出しにして威嚇(いかく)した。

「ひぃー!」

空巣は絶叫し、(なお)も薮中の呪縛(じゅばく)からただただ(のが)れたい一心で、公園内通路を走りはじめた。

恐怖に満ちた形相で走る空巣のその左右を平走して走る薮中の姿が現れては消える。

辺りからは薮中とベルが

「自首しろ〜」

と呪いの呪文のように(ささや)く声が、何度も何度も聞こえてくる。

薮中とベルのしつこい追っ手に空巣の体力も根負けが近づいていたのか、

足がもつれて崩れるようにその場に転んでしまった。

空巣はびしょぬれの上に辺りの土を吸い付けて泥だらけになってしまった自分の体に目をやると、

とうとう観念したのか叫んだ。

「俺が悪かった!分かったから、もうやめてくれ!」

やっと自らの抵抗が意味のないものだったと気づいたようにやけくそ気味の叫び声だった。

すると、薮中の声が辺りにこだました。

「お前、自首するんだよなぁ〜」

「はい!」

腰が抜けた空巣は、地を()うようにゆっくりと移動しはじめた。

ベルがしっぽを振り満面の笑みで不気味に笑った。

「へェへェへェへェへェ」

薮中ははって移動する空巣を見つめながら

(やつ)がちゃんと自首するか、私たちもついて行くぞ」

とベルに伝えた。

「はい、ご主人様」

ベルは薮中と共に空巣の両側に寄り添うように歩きはじめた。



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