表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さまよい刑事  作者: 永橋 渉
10/29

第10話 迷い


 三十分ほど(あた)りをさまよった頃だろうか、薮中の自宅がある新興住宅街へと続く

坂道の車道上にあるアーチ型の看板が見えてきた。

看板には「Welcome to sky residence」(ようこそ天空住宅へ)と表示されている。

今の薮中には皮肉(ひにく)ともとれる看板の(わき)を歩いて通過しながら、薮中がつぶやいた。

「天空住宅かぁ〜私はもっと上に行ってしまったなぁ〜」

「ご主人様、悲観(ひかん)してばかりでダメですよ。前向きな死生活を考えましょう」

「死んでるだけに死生活か。うまいなベル」

「いえいえ」

薮中は立ち止まり脇の山を見上げた。薮中の自宅がある住宅街へ続く長い急な階段が見える。

薮中は磁石に吸い寄せられるように階段の下まで移動した。

そして鑑識班が描いた遺体発見現場を(しめ)す白いチョークの(かす)かに残った跡をじっと見つめていた。

「私はここで死んだんだな」

「はい」

「階段から落ちて死ぬなんて、焼きが回ったな」

「ご主人様、元気を出してください。さぁ行きましょう」

ベルは右前足で薮中を手招きをすると急な階段の上を登りはじめた。

薮中もこの場の思いを吹っ切るかのようにベルの後を追って階段を登りはじめた。

50段ほど階段を上がった時のことだ。

薮中はいつもふくらはぎに感じはじめる、張りや微かな痛みすら全く感じないことに気づいた。

「ベルよ」

「はい」

「死ぬと楽できていいな」

「いい事もありますよ」

二人が(なお)も階段を登って行く。

ベルが二段ほど駆け上がり、少しだけ薮中の前に出た。

薮中も三段ほど駆け上がると少しベルの前に出た。

その時、薮中とベルの視線が(まじ)わってしまった。

お互いが不敵な笑みを浮かべて抜きつ抜かれつの競争をはじめてしまったのだ。

それはあたかも体育系の部活よりも素早い動きで、一人と一匹は階段を駆け登り続け、

住宅地までの短時間登頂に成功した。息も()()えの薮中とベルはお互いをたたえあった。

「はぁ〜はぁ〜はぁ〜お前、やるなぁ〜」

「はぁ〜はぁ〜はぁ〜ご主人様こそ」

「息が切れているぞ。疲れたのか」

「はい。ちょっと休みましょう」

「だらしのない奴だな…仕方がない…お前のために休もう、っていうか死ぬと痛みはほとんど感じないのに

息切れはするんだな。不思議だなぁ……」

薮中とベルは息を切らせて(かが)()んで、しばらく休息をとった。

階段でのデットヒートがいい汗をかかせたのか、気分をリフレッシュした薮中は、

ささやかな爽快感(そうかいかん)を味わっていた。

「いい汗をかいたら、少し気分が良くなったな、そろそろ行くか」

「はい、ご主人様」

二人は立ち上がり歩きはじめた。

しばらく歩いて住宅地の間を通る幅員(ふくいん)の広い道の横断歩道を渡っている時に、

薮中が何気なく横を向き驚いた。

目の前に迫って来た車を避けることができない状況だった。

「あぁーーーーあっ?」

叫んだ薮中とその声に驚くベルの体を車がすり抜けて行った。

薮中たちを横断歩道上ですり抜けて行く車の中では、運転手が突然に襲ってきた寒気(さむけ)に身震いをした。

「何だ?今の寒気は。風邪でも引いたかぁ」

薮中は自分をひき逃げして行った車のナンバーを暗記しながら、走り去る車を見つめた。

「今のはこの世でいう、車に()かれたって事だよな?」

「そのようですね」

「死んでて良かったなぁ〜」

その言葉にベルは首を(かし)げてしまった。

薮中とベルは再び歩き出して、薮中が日々歩きなれた道の自宅に続く最後の左折所を曲がった。

「あっ!ご主人様あれを見てください」

ベルは薮中の自宅前に駐車されているほろ付きトラックを前足で()(しめ)した。

そのトラックのドアには「スマイルヘブン」の文字と、笑顔で手を差し伸べる天使の絵が描かれていた。

ただただトラックを呆然(ぼうぜん)と見つめる薮中にベルは、トラックについて訪ねた。

「あれは何ですか?」

薮中が力なく答えた。

葬儀屋(そうぎや)だ。とうとう葬儀の準備がはじまってしまったかぁ〜」

とうな垂れる薮中の足にベルは前足をそっと添えた。

「元気を出してください、ご主人様」

「そうだよな、しっかりしなくては。辛いのは明香里と開なんだからな」

薮中は残された気力を(しぼ)り出すように、足取り重く歩きながら玄関(げんかん)へと向かった。

玄関前で立ち止まると、大きく深呼吸を一回して玄関のドアをすり抜けて中に入って行った。

「ただいま」

と声を掛けても、家族には聞こえる訳もなく、靴を脱いで廊下に上がった。

「ご主人様、私はどうすれば?」

とベルは薮中を見上げて訪ねた。

「足は汚れてないか?」

ベルは自分の足を交互に上げて足の裏を確認した。

「そこそこ綺麗(きれい)です」

「よし上がれ」

「はい」

薮中とベルは廊下に上がると足音もたてずに歩いて行った。

居間のドアをすり抜け、薮中が生前に自室として使っていた六畳間に入る障子(しょうじ)をすり抜けると、

壁際に(ひつぎ)があり、(ふた)が開けられ、中には顔に白い布をかけられた薮中の遺体が納められている。

その脇では、座卓の上に葬儀内容が(しる)されたパンフレットが並べられている。

そして、明香里と開が葬儀屋の説明を聞いている所だった。

「葬儀の打ち合せらしいな」

「そのようですね」

葬儀屋は葬儀コースが記されたパンフレットを明香里に見せている。

「葬儀のコースはどれに致しましょう」

明香里はパンフレットを見つめながら悩んでしまった。

パンフレットには色々な宗派に関する(はな)やかな祭壇(さいだん)や装飾品の写真があり、

単価とともにセット価格が記されていた。愛する夫の最後をきちんとしたかたちで送ってあげたいという

思いはあるものの明香里にとってはこのような選択をすること自体初めてであり、

何処(どこ)にどれだけのお金をかけ、何をどう選べばいいのかさえ計りかねていた。

薮中にはその思いが伝わっていた。明香里に聞こえるはずのない声ではあるが、心に秘めていた

素直な気持ちを明香里に向かって口にした。

見栄(みえ)など張ることはないぞ、これからが大変なんだ。お金は生きているお前たちのために使え、いいな」

明香里の心に夫の思いが届いたのか、明香里は薮中の棺を見つめて葬儀屋に答えた。

「きっと主人は派手な葬儀は望んでいないと思うので、家族葬でお願いします」

「かしこまりました」

と葬儀屋はうなずき、座卓(ざたく)の上にこれからの親族が行う手順が書かれたパンフレットを置いた。

「それからご主人様に、何か持たせてあげたい物はありますか」

明香里は素朴(そぼく)な質問をした。

「何でもいいんですか?」

「金属やプラスチックなどはダメですが、燃える物なら結構でございます」

「燃えるものねぇ〜」

明香里は腕組みをして悩みはじめた。薮中が何かを思い付いたのか

「おっ!母さん、それを入れてくれ」

そう言いながら何度も壁を指差した。そのような薮中の姿が明香里に見える訳もなく、

明香里は悩みながら辺りを見回していた。

壁に額装(がくそう)された警棒が飾ってある。

明香里はその警棒をじっと見つめている。

薮中は必死な思いで警棒を何度も(ゆび)で指し示しながら叫んでいた。

「明香里!母さん!それだよ、それ。なっ、そっ、それを入れてくれ!」

明香里に夫の叫びがいくらか届いたのか、警棒を見つめたまま立ち上がると、

額装された警棒を取り外し、新生児を支え持つかのように両手で大切に支えながら葬儀屋に手渡した。

「これを入れさせてください」

葬儀屋は警棒を両手で受け取ると、不思議そうに見つめた。

「これは何ですか?」

「警棒です。主人が結婚前に作ったと聞いています」

葬儀屋は警棒を()めまわすように見ると、

「ほぉー素材は木のようなので問題ありませんよ」

と言い放った。

薮中は警棒を「木」という単純なくくりで評価されたことに少々ご立腹だった。

「それはな、ただの木じゃないんだ。私が独身時代に究極の警棒を作りたいと探したどり着いたのが、

北海道日高産のアオダモという木でな、(かた)さとしなりを()(そな)えた実にすばらしい木なんだ。

その木をな、北海道で知り合った友人の工房(こうぼう)を借りて、私が魂を込めて(けず)()した、

お気に入りの逸品(いっぴん)なんだ。こら気安く振るな、違いの分からん(おろ)(もの)が」

「ご主人様は警棒に対してかなりのこだわりがあったんですね」

「私は金属製のアンテナみたいな特殊警棒(とくしゅけいぼう)が大嫌いなんだ」

開が警棒を見て何かひらめいたようだった。

「あっ!ちょっと待ってて」

「開、どうしたの?」

「すぐだから」

開はそう言い残して自室のある二階へと走って行った。

部屋の壁には、曙警察署の正門前で撮った薮中と開の写真がある。

薮中が開のために作ってくれた「けいさつ手帳」と書かれた黒い手帳を誇らしげに持ち

満面の笑みをたたえている開と、息子と職場で写真を撮ることに嬉しさと誇りとほんの少しの恥じらいの

混ざったなんとも言えない表情の薮中とが写った写真である。

開は部屋に入ってくると迷わず机の引き出しをあさり、壁に飾られている写真に映っている

黒い手帳を手にした。

「これと…あっ、そうだ!」

引き出しの中から新品の鉛筆が沢山詰まった箱を取り出して写真に(うつ)る薮中に見せた。

「お父さん、これとこれって、必要だよね」

開の心の中で薮中は、父であり警察官という英雄(えいゆう)でもあり、永遠にそうであってほしいという願いがあった。

開は「けいさつ手帳」と新品の鉛筆が沢山詰まった箱を大切に握りしめると、部屋から飛び出して

階段を急いで降りた。その時、階段を(すべ)って踏み外した開は、大きな音を立てて階段を転げ落ちた。

「いってー」

開は打撲の痛みに耐えながら、抱きかかえていた「けいさつ手帳」と新品の鉛筆が沢山詰まった箱が

無事であることを確認した。

「開、大丈夫なの?」

「大丈夫ー」

お尻を強打した痛みはあったもののと、開はいつもの調子で気丈(きじょう)に振る舞った。

薮中はそんな開の姿を柱の陰から見ていた。

「開、(あせ)ることはないぞ、急いでないから」

開は「けいさつ手帳」と新品の鉛筆が沢山詰まった箱を持ち、明香里の居る六畳間に帰ってきた。

「開、何を持ってきたの?」

開は明香里の問に答えぬまま葬儀屋に持ってきたものを見せた。

「これ、入れてもいいですか?」

葬儀屋は「けいさつ手帳」と新品の鉛筆が沢山詰まった箱を手にして、燃やせる素材か確認した。

「問題ありませんよ」

葬儀屋は開に「けいさつ手帳」と新品の鉛筆が沢山詰まった箱を開に返した。

明香里はこの「けいさつ手帳」に薮中の愛が注ぎ込まれていたことを思い出した――


 それは開が八才の誕生日を二週間後に(ひか)えた水曜日、(めずら)しく家族三人で夕食を食べていた時のことだ。

「誕生日プレゼントは何が欲しいんだ?」

「太陽にほえろで()た警察手帳が欲しいんだ」

即答だった。

「なんで警察手帳が欲しいんだい?」

「僕はパパみたいな、警察官になりたいんだ。そして、悪い人をこの街からなくしたいんだ」

開の(おさな)いながらも熱い想いは薮中にとって、警視総監賞をもらった時より数倍うれしかった。

だが本物の手帳などあげられるはずもなく、薮中が試行錯誤(しこうさくご)して作ることとなった。

非番の日に大手文具店の手帳コーナーをさまよいながら、(みずか)らの警察手帳と見比べて

質感などが()ている手帳を購入すると、金色のアクリル絵の具と細い筆も買った。

早速、家に帰って手帳の表面に、決して上手とは言えない味わいのある文字で「けいさつ手帳」と書き記し、

手帳の内側には、開の顔写真を貼ったり、警察官としての階級として「巡査補(じゅんさほ)」と書いてあげるという

真心(まごころ)のこもった逸品であった。


 明香里は薮中が息子のために日頃したこともない工作活動を必死になってやっている姿を見ていたので、

薮中に返すのはあんまりな気がしていた。

「これはお父さんが、お前のために作ってくれた警察手帳じゃない。どうして?」

「お父さんは、いつまでも警察官なんだ。だからこれが必要なんだ」

「お父さんにあげてもいいの?」

「僕は大きくなったら警官になって本物を(もら)うから平気さ」

明香里は亡き夫の正義に対する思いが、息子である開の心の中に芽生(めば)えていたことが

心の底から(うれ)しかった。

明香里は(あふ)()た涙を(ぬぐ)いながら、「けいさつ手帳」と新品の鉛筆が沢山詰まった箱、

そして家族三人でディズニーランドに行った時、ちょっと生意気そうな人魚のアリエルと

一緒に飛び切りの笑顔で写っている写真を棺に納めることにした。

「お父さんは、お前を誇りに思うぞ」

薮中は自らの死によって、息子、開の成長を垣間見れてうれしかったが、これからの成長過程に

力を()くせない自分をもどかしくも思い、沸き上がってくる複雑な思いでいっぱいだった。

明香里が家族の写真と警棒を棺の中に納め終えた時、薮中はその場にいることがいたたまれなくなっていた。

すべての希望を失ったようにうつむき、部屋を出て行こうとした。

「ご主人様、何処へ行くんですか?」

薮中はベルの問を聞き止める余裕すらなく、引き戸をすり抜けて行った。

薮中とベルが、玄関のドアからすり抜けて出てきた時のことだ。薮中がぽつりとつぶやいた。

「私の居場所が分からない」

歩き去ろうとする薮中に、ベルは何と言えばいいかわからず寄り添って歩くことしか

できないもどかしさを感じていた。


 二人が()てもなくさまよっていた時、薮中の本音が(くち)()いて出てきた。

「何でだろう…自分が死んでしまった事実より、家族の幸せが、未来が、

これからどうなるかが心配で仕方がないよ」

「ご主人様はご家族を愛していますから。当然だと思いますよ。」

薮中が急に立ち止まった。

「私はこれから、どうすべきなんだ」

「ご主人様……」

薮中を案ずるベルを余所(よそ)に薮中は何かを思いついたのか、無言のまま歩き出した。

「これから何処へ行くんですか?」

ベルの問いに答えることもなく、ただ思いついた目的地に向かいはじめているようであった。

ベルは薮中に走り寄り、どこに行くともしれない道のりを共に歩き続けた。


 薮中とベルがどれだけ街をさまよったのであろうか、

気が付くと善願寺(ぜんがんじ)の参道前にある鳥居の前に来ていた。

薮中は立ち止まり、誰も居ない参道をじっと眺めた。

ベルは心配そうに薮中を仰ぎ見ると、寄り添うようにおすわりをした。

参道の奥からふっと風が吹いて辺りの木の葉を微かに揺らした。

そして遠くから微かに御経(おきょう)(とな)える声が聞こえてきた。

薮中はその声に導かれるように歩き出した。

そしてベルもまた歩き去ろうとする薮中を追って近づくと寄り添うように歩いて行った。

参道を抜けると砂利が敷き詰められた広場があり、その向こうに本堂がある。

障子を開け放たれた本堂で稲荷住職が内陣(ないじん)を向いて御経を唱えていた。

薮中とベルは本堂の外に置かれた賽銭箱の向こうに見える住職の後ろ姿をじっと眺めていた。

薮中はうつむき小さなため息を一つ()らした。

微かな風が稲荷住職の(ほお)()でた。

突然、何かの気配(けはい)を感じたのか稲荷住職は御経を唱えることをやめて沈黙した。

薮中はゆっくりと前に進み出て住職の後ろで正座をして静かにうつむいた。

その様子を心配するベルは、縁側(えんがわ)に座り薮中の背中をじっと見つめていた。

再び稲荷住職が御経を唱えはじめた。

どれだけの時が過ぎたのであろう、御経を唱え終えた稲荷住職は(りん)を鳴らすと

身動き一つせずに沈黙し、やがて口を開いた。

「薮中くん…だね」

稲荷住職は後ろ向きに座り直すと、うつむく薮中を見据えた。

うつむき続ける薮中に稲荷住職は優しく問いかけた。

「どうした……薮中くん。黙ってうつむいていては分からんぞ」

薮中はその言葉に驚き、顔を上げ稲荷住職を見据(みす)えた。

「わっ、私が見えるんですか?」

住職の目は白内障(はくないしょう)の末期であることが容易に予測つく程、白く(にご)り、

到底(とうてい)物を見ることなどできないようであった。

「私の目はな、この通り、もうこの世の物は見えん。心が感じ見るのじゃ」

「心の目で私を見てくれているんですね……」

「君が死んだ事は知っておる。どうした。元気がないぞ、君らしくない」

「私は志半(こころざしなか)ばで死んでしまいました。私はこれからどのような道を歩めば良いのでしょうか」

「薮中くん。君がこの世に残した未練を断ち切り、成仏したいのならそれは可能だ。私が手助けをする」

薮中は歯を食いしばり、ひざの上で両手の拳を握りしめた。

住職は薮中の気持ちが手に取るように分るのか、微笑みながら薮中の思いを代弁(だいべん)した。

「分かっておる。君の、まだ警察官としてこの世を守りたいという意志はな」

「……稲荷住職」

「何じゃ」

(れい)がこの世を勝手に徘徊(はいかい)しても、良いものなのでしょうか」

「そうよのぉ…この世には、霊より(まさ)(おそ)ろしい者も多い。霊の世界とて同じ事。

良い行いの霊が、この世に居ても良いのではないか?」

薮中は再びうつむくと拳を握りしめ、(ささや)くような声を発した。

「さまよって…罰は当たりませんか?」

「人の世にとって正しいと思う行いを()げようとするのならば、罰など恐れるな、神は(すべ)てを見ておるぞ。

どうじゃ、正義のためにこの世をさまようてみては」

「……はい」

「これからも君が正しいと思う道を進めばよい」

「はい」

「これから悩む事、辛き事も多かろう。よいか、これだけは(きも)(めい)じろ。

正義の魂を(たも)て。()める地縛霊(じばくれい)だけにはなるなよ」

「はい」

(おのれ)を見失いそうになったら、いつでもここに来なさい。待ってるよ」

「ありがとうございました」

薮中は稲荷住職に深々と一礼すると、向きを変えて歩き去りながら消えて行った。

ベルもまた稲荷住職に一礼すると、向きを変えて薮中を追うように消えて行った。

この世で生きる者と思いが分かち合えた喜びなのか、薮中の参道を歩く姿が

少しだけ力強く確かな足取りに見えた。参道の端にある鳥居まで来た薮中は振り返り、

本堂がある方向に向き直って静かに一礼し、再び歩き出すと、ベルと共に静かにその場から消えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ