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科学の限界を超えていらっしゃいましたー喚んでません帰れ

「どうした。早く入れぬか」



どうしたはこっちのセリフだ。何だこれは。どういうことだ。

ここは私の部屋だったはずだ。6畳一間、ベッドと机で狭かろうが私のお城だったはずなのに。

私は茶髪に染めたばかりの髪をかきむしりたい衝動を抑えつつ、目の前に立ちふさがる長い赤髪を一つにくくり、一重で涼やかにも冷たくも見える紫目の美丈夫を凝視する。

白地に金糸を使ったマントと、青い上衣。黒いズボン。ベルトに下がっているのは何だ。剣に見えるけど、本格コスプレの方ですか。コスプレ会場はうちではありません。帰って下さい。ゴーホーム!



「お主はあやつの姉であろう? 我はヒューバード・ハイドランジア。

グラジオラス国の……騎士だ」




目の前の男の声は低く、顔立ちも整っている。いわゆる塩顔イケメンだろう。

私の好みではないけども。



八田美香、17歳。

今まで可もなく不可……はそこそこある生活を送ってきたというのに、何だこのいきなりのアンビリーバボー。どっかにカメラあるんだろうか。出演料下さい。


私が色々混乱している中で、赤髪紫目の男は首を傾げてこう言った。




「ぱそこんとやらに我を入れるが良い」







『だからーごめんて。ねーちゃん』

「ごめんで済んだら警察いらない。なんだこれどういうことだこれ、意味わからないから50文字以内で説明しろ下さい」



高校からの帰り道、弟からのLINEで『ごめん。やっちゃった』とだけ題されたそれを受け取った時から嫌な予感はしていたんだ。

常々うねっている私の天パにすらイラつきかねない今の現状、弟に電話すると開口一番に『あ、やっぱまだいるんだー? ごめん』という笑った声が聞こえてきたわけで。笑っている場合か。



『いやーそれがさー。最近、俺、めくめくに嵌っちゃってるじゃん?』



めくめくと言われて一瞬何のことかと思ったけれど、それはパソコンで作る音声合成ソフトの光音ねおんめくのことだと思い至る。

メロディや歌詞の入力をすると合成音声が歌ってくれるらしい。

大手ネット通信でもそのソフトで作られた歌を無料視聴できることもあり、素人が手を出しやすい歌作成ソフトとして、またセミプロが発表する場として注目されているとか、アルバムが下手なアイドルより売れているとニュースでやっていたなぁと思い出し、チャラい見かけの割にそっち方面に浸かっている弟に溜息を零した。



「お前がめくめくに嵌ってることを知ってる前提で話すんじゃない。それで」



姉としてその言葉遣いやめなさいと注意するも、ごっめーんで済まされる。

いつか痛い目に合うよ。むしろ合えよ。今すぐ小指ぶつけろ。




『なんかー姉ちゃんのパソコンでめくめく作成してたら、そのおにーさん出てきちゃった☆』

「ごめん。意味わからない。とりあえず殴らせろ?」

『やだぷー。痛いのやだぷー』




イラッとした心のままにスマフォをサバ折にしたくなった。

サバ折る折り目が無いのが悔やまれる。




「そこの女子おなごよ」

「……おなごって私ですか」




なんだかごちゃごちゃ言い訳だか何かを言ってるスマフォから視線を戻すと、無駄に背の高い男がこちらを見下ろしていた。

……って。



「ちょ、ちょちょちょちょっおにーさん!」



靴!ブーツON私の部屋。

私の1万円カーペットに泥靴で!

あとその靴、紋章みたいなのが格好いいですね!泥が無ければもっと良かったですね!ってことで脱ぎましょうや!おにーさん!




「脱いで、今すぐ脱いで!」



近づいてがしりと白マントを掴むと紫目がきょとんと目を瞬いた後、

思案するように自身の顎を撫でた。



「脱ぐのか? 別に構わぬが、お主、のっぺりとした顔の割に積極的だな」

「のっぺりとか失礼極まりなーー脱ぐなぁぁぁ!」



バッサーとマントを外し、勢いよく青い上衣を脱ぐお兄さん。

現れる乳首と胸筋。割れた腹筋と所々にある傷痕。二の腕にも筋が通っていて、どこもかしこも固そうだ。なんだこの人間凶器みたいなボディーは。

体脂肪率減らない私への当てつけか。




「靴です。靴!そのブーツを脱いで下さいって言ってるの。

上着は着て!」



両手を目の前に広げて見えないようなポーズを取る。

もちろん、手はパーだ。ここまで素敵な腹筋、見れる機会なんて早々ないだろう。




「お主、見たいのか見たくないのかどっちなのだ?」

「うるさい。さっさと着て下さいっ」



赤髪男の呆れたような顔で見られて少し赤くなって他所を向く。

衣擦れの音を聞きながら、彼が着替え終えるのを見計らった。











ブーツを脱いでもらいお茶も出した後、話を聞いたヒューバードさんの言をまとめるとこうなる。



・科学の限界を超えて我・降臨

・ネギは別に欲しくない

・ネギとはなんだ

・早くぱそこんに入れるがいい



弟の言をまとめるとこうなる。



・姉ちゃんのパソコンで勝手に作成ソフトを使ってた

・実はエロサイトもめぐめぐってた

・この間のウイルスソフトも俺がめぐったせいかも

・ファンタジー系お兄さん出てきちゃったから、お約束的に大きい服を買いに行ってる





とりあえず、弟は帰ってきたらお尻にキックだ。

今は服を買いに行っている場合じゃないだろ。どんだけ冷静なんだお前。

お前の服を貸してあげれば……駄目だ。どう見ても190位のヒューバードさんと178㎝細型の弟では、着れる服が違う。

って、思わず納得しかけたけど、そもそもファンタジー世界に帰って頂ければいいわけで!

何で永住させる方向にフルスロットルなんだ弟よ。






「我の世界では、歌が力を持つ。魔力も魔法も歌によって発生するものだ。

故に、お主の弟御が作成したそふととやらの歌が何らかの力を持ち、我の世界に干渉したのやもしれぬ」



言いながら私の疑いを晴らすように、彼が大きく息を吸って厚めの唇を震わせ、美声を響かせる。



『あああああ』



讃美歌のように高く、海のさざ波のように落ち着かせるような音が部屋を包み込み、

世界が一瞬にして花畑に変わる。

澄んだ空気。遠くに見える山々と暮れていく夕日。ピンクの花が前面に咲き誇り、どこまでも続く絨毯のように見える。

思わずそっとその花を摘み取ると、ゆらりゆらりと揺らめいて世界は6畳一間の狭い空間に戻っていく。



戻ってきた見慣れた天井に目を瞬きながら、桜色した花を見下ろす。

小さな花は当たり前のようにそこにある。

頬を抓りあげても、太ももをつねってみてもそこにある。おにーさんも消えない。

マジか。マジでか。

気絶したいんですけど!誰か私に気絶するやわな精神を下さい!今すぐおねんねするよ!



そう思っても消えないし気絶しない。

今だけはこの丈夫な体と精神を培わせてくれた両親が憎いぜ。






「お主の弟御によると、お主は歌が上手いとのこと」

「……いえいえ、そんな大したものでは」



私は嫌な予感がして首をブンブンと横に振る。

だが、赤髪男は私の肩を掴んでにっこりと微笑む。天使のような悪魔の笑みで。




「お主のようなものであろうと、歌が上手ければそれだけで膨大な魔法が使えるものだ。

我は元の世界、元の国の、あの時間に帰らねばならぬ。

だが、我の魔力は残り少なく、お主の歌で磁場を出さねばそれもままならぬのだ」




じっとりと私ののっぺり顔と体を見つめるイケメン騎士様。

上から下までじっとり見た後、これは無いわーみたいな溜息はやめませんか。

家畜を見る目だよ。乙女心が傷つくっていうより、人として傷つくよ!短い脚舐めてるとお尻にキック……は届かないから、カンチョ―とかするよ!?

もだえるイケメン。原因、カンチョ―。良いかもしれない。





「さあ、我の為に歌え」

「お断りします」




希望に満ち溢れた声のせいか、キラキラエフェクトをまき散らせながら言う赤髪ロンゲ野郎に、

私は笑顔を浮かべて答えた。

誰が歌うかばかやろう。



私の速攻による攻撃に男は首を傾げるだろうと思いきや、





「幼少期のとらうまとやらのせいか」




知ったかぶったような顔でそんなことを言い出した。

その言葉に大事な場所を土足で踏まれたような気分になる。

弟はどこまでこんな怪しいコスプレもどきに話したっていうんだ。あの無神経野郎。


そんなやさぐれた気持ちで赤髪男を睨みながら、綺麗な紫目に日本人じゃないんだなという妙な納得と、あの頃の目線と違うのだという安心感を覚える。

まあ、コンタクトって手もあるから、単なる行き過ぎたコスプレイヤーって発想もあるんだけども。




「別にトラウマって程じゃないけど」



私は大きく息を吐いて、もう数年たっているんだからと自分を納得させるように言葉に出す。




「昔、私は歌が上手くて、人前で歌うと1番になれるような子どもだったの」




地域の歌会場なんかで引っ張りだこになるような小さなアイドル。

歌うのが大好きだった。褒めて貰え、みんなが笑顔になってくれた。

上手いね、可愛いね、素敵だね。良かったよ。

そういう言葉ばかりを浴びて育った私は、世界はなんて素敵なんだろうと思っていた。





「10歳の頃、学校の担任……教えてくれてた教師が妊婦さんで、他の先生に変わったんだ」




そこから私の学校生活は変わった。

何かにつけて私ばかり当てられたり、無視をされたり、ネチネチと嫌味を言われる。

戸惑い、何かをしたのだろうかと聞いても先生は答えてくれない。



何につけても当たりがきつかったけれど、一番きつかったのが音楽の授業だった。

上手くない、下手だ。音痴なのではないか。音程が取れていないのではないか。

遠まわしに言われた言葉の意味は分からなくても、悪意は分かる。

そしてそれを分析するうちに、私は歌がうまくないのだと思い込んでいく。



そんな状況は、友人が他の先生に相談してくれたことが切っ掛けとなり、臨時教員だった先生は

いつの間にか姿を見せなくなった。

理由は分からないまま、私は人前で歌うことが怖くなった。




「訳の分からない理屈で意地悪されたり、歌が上手くないと言われたり、実際上手くないのかもしれないけど、それを年長の人がすべきじゃないでしょう?」






眉根を寄せて呟くように言ったその言葉は涙声になっていた。

それでも涙をこぼさないようにと上を向いた私は、凪いだ紫に憐憫のようなものを見つけて唇をゆがめて笑う。



「貴方には分からないだろうけどねっ」




そういった私の頬を撫でながら、苦いものでも食べたかのように口の端を上げる目の前のイケメン。




「そうだな」




そう言いながらも抱きしめてくれたそのぬくもりが暖かい。

さっき見た通りの筋肉質な身体は固いのに、その腕の中は妙に安心するような気がした。






気がしただけだけども。














「では、今日から世話になる」

「ヒューちゃん、よろ~」



軽く目線を下げて挨拶するヒューバードに、右手をおでこから斜めに離して挨拶する弟。

その口元くちゃくちゃいってるのはアレか。ガムか。

挨拶時にガムくちゃくちゃさせてる腰パンチャラ男が弟とか、情けない!

ってそうじゃないそこじゃない。




「何でそんな話になるのよ!出ていきなさいっ」




歌が上手い人を探して三千里しておいで。我が家から出てな。

そう目線で言うものの、ヒューバードは肩をすくめるだけだ。




「召喚された場所からあまり離れるのも好ましくない。いつ送還用の魔力が溜まるやもしれぬし、

何より、よんだのはお主の弟御であろう?

なれば、お主も連帯責任なのではないか」




穏やかに微笑んでいるが、ニヤリと形容できそうな笑みだ。

おい。ふざけんな。どんな理屈だ。



そう言いたいのに、言ってることの筋が通っているような気もしないでもなく、

常識が無さそうなファンタジー男が外で何かをやらかしたら寝覚め悪そうだなと思ってしまった。



この判断を後々後悔したりしなかったりするのだけど、それはまた別の話。
















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