撃鉄
私の頭には、
何時も一丁の銃が突きつけられている。
38口径のピストル。
全てを無に返すもの。
その引き金が引かれ、撃鉄が落ちた時。
私の脳に、一筋の穴が空くだろう。
そこから、
ありとあらゆるものが流れ落ち、失われ、
「私」は壊れる。
私は、私という自我は、そうされることを望んでいる。
その為に、こんな無様を晒しているのだ。
なのに、そうだというのに、私は、その引き金を引くことが出来ない。
私の中の邪なものが、ありとあらゆるものが、
私の腕をつたい、
指先から溢れだし、
それが、引き金を途方もなく重くし、撃鉄と火薬の間に入り込む。
私がどんなに強い力を加えようと、何度試そうと、
その引き金は、
決して引かれず。
その撃鉄は、
落ちることはなく。
永い、永い時間が経った今も、
私は、自分の頭に銃を突きつけ続けている。
私は、無能だ。
無味無臭だ。
無価値だ。
無意味だ。
けれども、そんな存在の私すら、
神は、壊れることを、許してはくれない。
何時迄も無様な状態で、
何時迄も放置されて。
これは、
「私」を放棄しようとする「私」に与えられた、試練なのだろうか。
それとも、
そんな「私」に下された、罰なのだろうか。
いづれにせよ、
私はこのまま・・・
ある時、ふと考えた。
私がこうしている間に、
失われていく物を。
喜び
楽しさ
その他人生的経験。
私がこうしていなければ得られたであろうあらゆる物。
私が得ることができなかった分、
それが他の誰かのものになるのではないか、
もしそうであれば、
私が今していることにも、
意味があるのかもしれない。
と。
だから、
私は、もう暫く、
ここに居ることにした。
何時か、
何処からか、
この引き金を、撃鉄を邪魔するものですらもろともしない、
冷酷な何者か、
その引き金を引きに来るまで。
私は、
ここでこうして、
待ち続けることにしよう。