001 便器の上からの教え
小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝方、太陽が顔を出して今日の活力を振る舞う中
風に揺れる草木の挨拶は、けたたましい音によってかき消された。
「ドンドンドン」
「・・・・」
「ドンドンドン!・・・・父さんいつまで入っているんだよ!」
「・・・・」
「頼むよぉ、17にもなって粗相は勘弁願いたいよ」
「・・・・・」
「父さん!!!」
「しぃ〜・・・息子よ。今父は金持ちになるウンコの仕方をしているのだ。」
これは三年間に渡る父と息子の物語である。
「また、それか!」
ドアにもたれかかるように額を付けて僕は言った。
「男の膀胱は女性より長い。少し我慢しなさい。」
「はぁ・・・」
いつもなら部屋に戻るなり、朝食を作るなりして尿意をごまかすのだが、今日のそれは動けるレベルの話では無く、その場に居合わせるしか無かった。
「・・・・」
「我慢ついでに話をしてあげよう。」
おもむろに父が言ったこの言葉を僕は今でも覚えている。
「世界で成功する3つの条件がある。何だと思う?」
(くっ・・・膀胱が破裂したら訴えてやる)
当時は本気でそう思っていた。
僕は半ばやけくそ気味になりながらもこう答えた。
「不屈の精神、諦めない事、成功するまでやる事!」
(一個くらい擦るだろう。どっかの成功者が言ってそうな事だけど。)
「はっはっは笑 そんな抽象的な事じゃない。もっと明確にして言ってごらん」
父の陽気そうな声は、今額を付けている厚さ三センチのドアからも汲み取れた。
「明確に?」(そんな事はどうでも良い。空のペットボトルでも見つけている方が僕の未来を救いそうだよ)
「世界でと言う所がポイントだ』
落ち着き払った父の声がぼやけて聞こえる。
「父さん、それは一度用を済ましてから答えちゃダメかな?」
「いいや、大事な話だからこそ火急の迫った時が良い。頑張りなさい。」
「そうかい、そうかい、こりゃ気合いを入れて考えなきゃなぁ!」
皮肉たっぷりに言ったつもりではあるが何も動じてはいないだろう。
(そして父の辞書には膀胱炎と言う文字はないのだろうな・・・)
「・・・ふむ。」波が過ぎ去ったのか、考える方へ意識は向いて行った。
当時の僕は、いや 今でもかもしれないけど、父が喜びそうな答えを探していた。
その時もそう、父がこの国を心から愛している所を付いた答えを言ったんだ。
「自国の、文化を大事にする・・事?」
「良い答えだ。」
(得たり賢し!)ことわざ事典のア行を読み終えたばかりの僕は一人悦に入っていた。
「だが、まだ抽象的だなぁ。文化って何だい?」
(おっとぉ・・・ここまでは考えていなかった。及第点でこの前にそびえ立つ明日への扉が開くもんだとばかり。。。)
(文化、文化かぁ・・浮世絵?富士山?着物?あっ今はアニメもか。思えば考えた事なかったなぁ)
質問の追撃に今の僕の脳は試験15分前の様に目まぐるしく動いていた。
が、ダメ。考えすぎて、話が宗教じみてきた。こういうのは嫌いだ。シンプルに行こう。
「堂々と胸を張る事!」
シンプルと言うか脈略さえ断ち切っているのは脳筋の成す技だろう。
だが、その素っ頓狂な答えは父の気を良くしたようだ。
「はっはっはっは!胸を張る事が文化か!はっはっは、そりゃ良い!」
流石にそこまで笑われると膀胱に響く。
「じゃあ、正解は?」話を変えようとハンドルを切った。
もう答えを聞けても良い頃合いだ。
「今日は気分がいい。一つ目を教えてあげよう。」
(これでくだらない事だったら、この扉を溶接しよう)
自分への明日への扉も開かなくなる事は考えられていない。
「一つ目は、髪を染めない事だよ」
「・・・・・」
こんな事信じられないかもしれないけど、胸の内にコトンって響いたんだ。
アハ体験というか、なるほどなって言うか、そっか。って素直に思った。
その素直さが僕の人生を助けてくれたし、女性に騙されもするんだけど・・・まぁそれはもう少し後の話。
とにかく、この一つ目の[世界で成功する条件]は尿意を忘れさせる程、僕の琴線を振るわせた。
それと同時に昨日買ってきた髪染めのボトルの事を言ってる事に気付かされた。
「アメリカに行けばわかる。自分の黒髪がどんなに大事かを、そして髪を染めない事も文化の継続なんだと」
僕はドアの向こうにいるであろう父の方を口半開きで見ていた。
「カシャン、ジャアーーーー」
「ギィッ」
「どうせ成るなら、世界に通用する男に成りなさい」
見上げるとそこには満面の笑みの父がいた。
「次は息を止める修行だな!はっはっは」父は朝の光を浴びにテラスに出て行った。
「何を言ってるんだか・・・おっと、人は感動すると尿意も忘れるんだなぁ
人類の生体に新たな歴史を刻んでしまったよ ワトソン君。今度学会に発表しよう・・・・等と供述しており」
色々な開放感からか意気揚々と、学のありそうな言葉を手当たり次第発していた。
ガチャ
「ぐはぁぁあ!」
やはり、溶接しておくべきだった。