外野がうるさい
その日、クラスの女子達は騒がしくしていた。
「生美ちゃん、ちゃんと打ち合わせ通りにするんだよ」
「でもぉ……、だ、だいじょぶかなぁ」
「大丈夫に決まってるじゃん。あんたの彼氏なんでしょう」
「ほら、これ持って。とっとと行く」
「う、うん。わかった……」
そんな会話の後、少女は、恐る恐る少年の座る席に向かった。背後に何かを隠し持っている。そして、彼の側にまで近寄ると、こう尋ねた。
「ひ、博くん。明日の土曜日……、時間空いてるかなぁ?」
その言葉に釣られて、少年は顔を上げた。
「何だ、生美。んーと、取り敢えずだが、予定らしきものは入ってないぞ」
明日は、少年がフリーであることは確認できた。問題は、これからである。モジモジしながらも、勇気を振り絞って、声をかける。
「あ、あのね……。えとー、そのー……」
しかし、その先が出てこない。心細くなって後ろを振り向くと、友人達が身振り手振りで、応援してくれていた。明日の予定は訊いてしまったのだ。本命の目的も、伝えないわけにはいかない。
「あ、あのね。今度できた温水プールのチケットをもらったんだ。そ、それでねぇ……、い、一緒に行ってくれると、うれしんだけど」
少女は、背後に隠し持っていたものを出すと、少し頬を赤らめて、そのチケットを少年に見せた。
「ふむん、温水プールかぁ。どうしようかなぁ」
特別に予定など無いはずなのに、彼は取り敢えず考える振りをしていた。
「えっとね、志野さんのお父さんって、建設会社に勤めてるのね。その会社が作ったプールなんだって。完成祝のキャンペーンで、チケットをいっぱいもらってきたんだって。でも、女の子ばっかりで行くのも、何だか寂しいし。中には、彼氏や兄弟を誘ってくる娘もいるんだって。わ、わたしには、誘えそうな人とか思いつかなかったから……。だから……『博くんが一緒に来てくれるとうれしいかな』、とか思ったから」
少女は、理由にもならないような理由を並べ立てたあと、おずおずと少年にチケットを差し出した。
それを見た少年は、
「温水プールか。たまにはいいかもな」
と言いながら、チケットを受け取った。途端に、怯えていたような少女の表情が<パァ>と明るくなる。
「良かったぁ。博くん、ありがと」
「礼を言うのは、俺の方じゃないか。この寒い時期にプールとは、中々に良いイベントだな。必ず行くよ」
「博くんが来てくれるなんて、ホント、嬉しいな。あっと、それから、集合時間は朝十時に駅前だって。『遅れないように』って言ってた」
気を良くした彼女だったが、忘れかけていた必要事項を慌てて付け足した。
「了解、駅前に朝の十時だな」
そう言うと、少年は受け取ったチケットをポケットの中にしまった。
(プールかぁ。あ、そうだ、水着を出しとかなきゃな)
少女が、席に戻ってくると、それを待っていたかのように級友達が話しかけてきた。
「どお、上手く渡せた?」
「うん。渡せた。……駅前に十時、でよかったんだよね」
「オーケイ、オーケイ。頑張れば出来るじゃん」
「よっしゃ、今日は帰りに水着買いに行くぞぉ」
「久実ちゃん、ちゃんとお兄ちゃん連れてくからね。こっちも頑張らないと」
「ええっ、何でバレてんの?」
「見てりゃぁ、分かるでしょうに。生美ちゃん、あんたも、明日は勝負水着だからね」
「わ、わたしは、……持ってるのでいかなぁと」
「生美ちゃん、スク水以外持ってんの?」
「やっぱり、スク水じゃあ、ダメ?」
「んー、あんたの彼氏がそこまでマニアックとは思えないけどさぁ、確実に浮くよ。むしろ目立つよ。それでもいいのかい」
「い、いや、それはちょっとぉ」
「だったら来るのよ。生美ちゃんのは、あたし達で選んであげるからね!」
「よし、明日は皆でプールへ行くぞぉ」
「おー」
そんなよく分からない乗りのあと、少女は、級友達に近くのデパートへと連行されていた。
近場に温水プールが建設された所為なのか、オフシーズンにもかかわらず、水着売り場にかなりの面積をさいている。
「うわぁ、結構広いね。色んなのが置いてあるよ」
「まぁ、夏場の売れ残りが大半だろうけどね」
「あ、これいいな、可愛くて」
「待てい、生美嬢。それは布が多すぎる。もっと布面積が少なくて、出来れば上下に分かれているのを探すのぢゃ」
「例えばこんなやつだよ、生美ちゃん」
そう言って、級友が見せてくれたのは、大胆なビキニであった。
「ひ~ん、そんなの恥ずかしいよ。わたしには無理だよぉ」
「何を言ってんのさ、生美ちゃん。明日は勝負に出るんだから!」
「いーから、さっさと試着室行く! とにかく着てみ」
「そんなぁ。こんなの、入んないよぉ」
「それを言ってる暇があったら、さっさと着てみる」
「ぐすん」
少女は、級友に無理やり押し付けられた水着と共に、試着室に放り込まれた。
少女が着替えをしている間も、級友達は、それぞれの水着を選んでいた。
「うわぁ、志野さんのハイレグも大胆ね」
「あたしは、こっちのビキニにしよっかな」
「久実ちゃん、ちょっとおとなしすぎ。もっと大胆に行ってみよう」
「そういえば、榊さんは? 未だ出てきてない……、みたいだけど」
「あれ、本当だ。生美ちゃん、何やってんだろ。ちょっと覗いちゃえ」
「生美ちゃん、ちゃんと着替えた? ……ん? どぉかした?」
その時、少女は試着室の隅っこに踞っていたのだ。
「あ、あのね、……下は大丈夫だったんだけど。う、上の方が、どしても入んなくて……。それでね……」
それを聞いて、友人の一人が、無理やり試着室に侵入してきた。
「え、どしたの? そんなことは無いでしょう。 あんたに合わせて選んだから」
「どうしたの?」
「生美ちゃん、何か上手く着れてないみたいで」
「はいよ、ちょっとごめんなすって。……どした、生美ちゃん?」
「上が小さくて、胸が入んないの……」
「なにぃ。ちょっと見せてごらん、ほれ」
「ひ~ん、そんなに触っちゃヤダ~」
「ゲ、マジデカイ。あんた、そんなのどうやって隠してたの」
「……だ、だって、わたし、背ちっちゃいのに、胸だけ大きかったら、やらしい娘だと思われそうで。だから、サイズの小さめのブラでね……」
それを聞いて、級友は大きな溜息を吐いた。
「あのねぇ、おっぱいが大きいのは、良いコトなのよ。あんたの彼氏だって、ちっちゃいよりもおっきい方が喜ぶに決まってるよ」
「どして?」
「どしてって……。それはさぁ、男は皆おっぱい星人なんだからだよ」
「ひ、博くんは、おっぱい星人じゃないよぉ」
「あのねぇ、生美ちゃん。あんた、いいモン持ってんだから。それは、恥ずかしいことなんかじゃないよ。女は出すとこ出して、見せるトコ見せる。そんでもって、彼氏を虜にするのよ」
「うん。でも……、これ、どしようか」
「どうしようって……。入んないんだったら、違うのにしなきゃね。おーい、誰かブラのサイズの大きいヤツ、選んでもって来てよ」
「よっしゃ。ん~と、これなんかどうかな?」
「よし、ちょっと着けてみ」
「んとね、未だちょっと苦しい」
「なんだとぉ。あんた、いったいドンだけ大きいのよ」
「じゃ、じゃあ、これは? 上も下も全部ひもになってるから、取り敢えずは何とかなるよ」
「よっしゃ、それで行ってみよう。……生美ちゃん、どう?」
「……は、入った。……でもこれじゃぁ、ほとんど裸だよう。こんな恥ずかしいの、着れないよう」
「大丈夫だよ。色も似合ってるし。……えーと、それにパレオがついてるじゃない。泳がない時は、これをこうやって巻いとけば……。そう、いい感じじゃん」
「そーかなぁ……」
「そーなのよ。生美ちゃん、オーケイ出ました。次は久美ちゃんだよ。あんたも、未だ露出度が低いなぁ。もっと肌を見せて行きなさいよ、肌を」
「だ、だって、私、榊さんみたいに胸おっきくないし……」
「そーゆーときは、コレ。こんなやつにするの。背中が大きく出てるし、ハイレグだから足も長く見えるしね」
「皆、いい感じに決まってきたじゃん。男は皆狼なんだから、目いっぱいエサをぶら下げるのよ」
「ひ、博くんは狼じゃないよ」
「脳みそがちょっとくらい多くても、身体は男なの。明日は、あんたのエロイ身体で悩殺しなくちゃなんないんだからね」
少女の気持ちを他所に、彼女達のプランは快調に進んでいるようだった。
そのころ少年は、自室で明日の仕度をしていた。
「さて、こんなもんかな。取り敢えずの準備も終わったし。……何か暇になってきたな」
少年は、ここ最近、ほとんど少女と一緒に帰り道をゆっくりと歩くのが日課になっていた。ところが、今日は、少女達が水着を買いに行ってしまった。それで、いつもより夕方の時間が余ったのである。
(暇つぶしに、NSA|(National Security Agency:アメリカ国家安全保障局)のコンピュータでも覗いてみるか)
少年はデスク上のパソコンを起動すると、早速クラッキングに入った。
(クラッキングって言うよりも、普通のログインみたいだな。まぁ、あのシステムは、元々俺が作ってやったやつだし。それよりも、このマンションの住人のトラップの方が邪魔くさいな。今度、まとめてワームでもばら撒くか)
少年は浮かぬ顔であちこちを眺めていた。
彼は、類まれな知能の持ち主だ。数々の新理論を発表し、幾多の特許を持っている。中には軍事転用の可能な技術や、極端なイノベーションにより社会構造をひっくり返しかねない発明品だって持っている。そのため、少年の自宅マンションには、各国の軍や情報部、組織のエージェントが密かに潜り込んでいるのだ。
そんなことぐらいで怯むような少年ではなかったが、暇になることだけは勘弁して欲しかった。
そんな時、彼はネットの中で何かを発見したようだ。
(おっ、これは何だ? ふむん、気象兵器か。結構いい線まで進んでるな。でも、これじゃあ、制度が甘いな。出力もイマイチだし。……ちょっといじってみるか。こっちにデータを落としておいてっと。……後はうちのメインコンピュータで解析しなおしてっと)
「ふむん、良く出来てるじゃないか。大筋では間違って無いな。だが、磁力線の収束値がこれじゃあ、理論通りにいかないぞ。ターゲットの位置決め誤差も、大きすぎるだろうが。……ああ、こっちも。このハウジングの厚みじゃ、連続使用に耐えられんぞ。ここはケチっちゃいけないところなんだ。素材変更をして、変形解析をやり直すと……未だまだ甘いかぁ。それじゃ、継ぎ目の部分を少し減らして……。んー、なかなかいい値になってきたぞ。グフフッフフ。これが完成すれば、大陸規模の災害を意図的に起こせるようになるぞ。……ふむふむ、エネルギーの供給は、燃料電池と太陽電池を併用するのか。けちけちせずに核を使えよ、核を。え~と、それから……」
少年は、ひょんなことから手に入れた気象兵器の開発データに夢中になっていた。彼の助力により、兵器の完成までにかかる期間は、大幅に短縮されるだろう。
この日、人類は絶滅への歩みを一歩進めてしまった。
頑張れ生美! 人類の生存は君の胸……いや肩にかかっている。