花火deデート
三題噺。
友人から頂いたお題、
『花火』・『お祭り』・『河童』で書いてみました。
あまり面白くないかも知れませんが、ニヤリとでもして頂ければ本望です。
『花火deデート』
1.
こんなことが起こりうるとは!
僕は己の幸運に快哉し、天を仰いだ。
……と言っても、見えるのは吊るされた蛍光灯と、ただの天井だけだが。
苦節十五年、とうとう、……とうとうこの僕にも彼女が出来るかも知れない。
夏休みだというのに何故わざわざ学校なんぞに足を運ばなならんのかっ! と、己の身に降りかかった呪縛を何度恨めしく、そして腹立たしく思ったことか。
……しかし、それも今、報われようとしている。
《……はい。いいですよ、コタローくんが望むのなら……。私でよければ一緒に行きましょう(^^)♪》
広い教室の大きな黒板、その隅っこに小さく書かれた白墨痕は、僕に季節をひとまたぎさせる力をもたらした。
蒔田孝太郎、──突然の春の訪れである。
七月の後半、盛夏のとある一日──。
僕は性懲りもなく、今朝も朝顔に水を撒く。
……だからと言って、別に朝顔が好きなワケじゃない。
隣に並ぶ向日葵にも分け隔てなく水を撒く。
だからと言って、やっぱり向日葵が好きなワケでもない。
なので、その隣のきゅうりにだって僕は水を撒く。もちろん、きゅうりが好きなワケでも……
──いや、違うな。きゅうりは好きだ。食べるのは。
以前、家族旅行でどこぞのパーキングエリアへと立ち寄った際に見掛けたきゅうりの一本漬けを口にして以来、僕はその魅力に取り付かれている。
「兄さま、そんな憑かれたようにきゅうりばっかり食べてますと、河童になってしまいますわよ?」
六つ離れた妹が、僕の食生活に危機感を覚えたのか、そんな警告を口にした。もちろん人間は河童になどならない。……しかし、親父の頭髪を思い浮かべてしまった僕は、それ以後、ぱったりときゅうりを愛でるのを止めた。……避けられるものならば、やはり『河童』にはなりたくない。
以降、僕にとってきゅうりは禁忌に当たる食べ物なワケだが、嫌いになったワケではないので、普通に食べている。
朝顔から始まりヘチマで終わる、そんな統一性のかけらもない花壇に僕が水を撒くのは、持病の怠け癖を拗らせて、自宅療養を余儀なくされてしまっていたことに起因する。──俗に言う、ズル休み、である。
とにかく、難病からの奇跡の復活を果たした僕に与えられたものは、風来坊という称号と、園芸委員の役職だった。
じょうろに水を汲み、茄子の一群に慈愛に満ちた雨を降らせてやる。しばらく夏野菜たちに神(僕だ)の恵みを与えていると、ふと、視線の先に何かがよぎった。
花壇越しに見える校舎の一階。その窓内で何かが動いたように見えた。……あそこは3ー1の教室、紛れもなく、僕らのクラスだった。
「……誰かいるのか」
グラウンドからは野球部員の掛け声。体育館からはバレーかバスケか判然としないが、体育館シューズと木製の床が擦れる音。その上に設えられたプールからは水を掻く音に加え、なにやら歓声すら漏れ聞こえる。
夏を謳歌する若者どもを羨む僕には、一種、達観さが必要とされる園芸委員が、やはり適任であったのかも知れない。
あらかた水撒きを終えた僕は、じょうろを片付けると、先ほどの人影が気になることもあり、教室を一度覗いてから帰宅することにした。
夏休みということで上履きの用意こそしていなかったが、靴を下駄箱へ放り込むと、靴下が汚れることも厭わず、そのまま廊下へと上がっていく。このちょっとした背徳感に胸をどきどきさせる感覚は、今の僕にはない。そんな小心さを抱えていられたならば、このように休日出勤をする事態には陥らなかったはずだ。
教室のドアを開ける。
夏の陽射しに温められた鉄筋コンクリートはそれを放熱するという知恵すら知らず、溜め込むだけ溜め込み私腹を肥やしていた。
むっとする熱気に、毛穴から溢れ出る玉のような汗が、僕の肌を滑り落ち、教室の床に染みを作っていった。
何をやっているのだ、僕は。もう帰ろう──、
そう踵を返しかけた時、何気なく視線を移したその先に、こんな落書きを見つけた。
《……もう、泳ぐのやめちゃおうかなぁ。上手くいかないし、……ツラいよ》
……それは、ただの気まぐれだったと思う。
特に意味もないし、何か意図があってやったワケでもない。ただ、何故かそうしたかった、……それだけだ。
黒板に書かれた文字の下、その僅かなスペースへ書き込む為に、僕は炭酸カルシウムの塊を握っていた。
2.
8月──。暦の上では立秋を過ぎた頃、僕らの町には盆踊りと花火大会を足して3で割り、それによって生じた余りのような、それはそれは小さな規模のお祭りがあった。
僕は今、それに来ている。
休日出勤を繰り返す中で、僕はひとつの楽しみを見つけていた。
……言うまでもない、『伝言板』だ。
最初の書き込みは『愚痴』だった。
彼女(あえて聞きはしなかったが女性であることに間違いはない、……と思いたい)は水泳部に所属しているのか、己の実力に嘆き、そして自信を喪失していた。
それに対し、僕はただ励ました。
そういうこともある、頑張れ。──みたいなことだ。
次の日、特に期待などしていなかったが、雑務を終えた僕は前日に続き、教室を訪れてみた。
ほくそ笑む、そのような日本語が的確であるのかどうかは定かでない。しかし、僕はニヤリとひきつるような笑みを浮かべていたことと思う。
《わぁ、どなたか存じませんが応援ありがとう(*^^*)! おかげで頑張れちゃいましたっ♪》
この日から、……正確に言うなれば、その前日から、僕らの伝言デートは始まった。
祭囃子に紛れるのを避けるように、僕は神社の裏手に回る。
そこには鬱蒼と生い茂る雑木林と、その向こうに小さなせせらぎがある。小学生の頃などはよく友達と連れだって泳ぎに来たものだ。地元民に愛される憩いの川は、今も僕に涼を運んでくれている。
蝉時雨はせせらぐ水音に相殺され、水面では空蝉が流されていた。
ケータイを開く。待ち合わせの時間までは、まだ15分以上もあった。
混乱を避ける為か『彼女』は待ち合わせ場所をここに指定してきていたが、……なるほど。屋台で賑わう入口付近は、夕暮れとともに喧騒が一際大きくなってきていた。
それにしても──、と思う。
ここ数日の中で、僕の頭を常に占領していたのは、
『彼女は、一体誰なんだろう?』
……この疑問だった。
幾度かのやり取りの中で、彼女の素性に触れられる場面がなかったワケでもない。しかし、僕らはあえてそれをしなかった。伝言を行っていたのは僕らの教室だ。普通に考えてクラスメイト、広く見積ったところで同学年の生徒あたりではなかろうか。下級生はあまり上級生の教室へは入りたがらないだろう。
……最悪のケースを想定したとするならば担任の教師か。あとは可能性を排除しないならば、校外の不審人物という線も一応はあり得るが。
いずれにせよ、真っ当な推理をするならばクラスメイトが一番濃厚であることに変わりはない。そんな安心感からか、僕らはお互いの素性を探るようなことはしなかった。
そして、その『誰か分からない』というファクターが、より楽しさを生んだのも紛れのない事実だと言えよう。
……とは言え。──実は、ある程度の予想はついている。
まず、『泳ぎに対しての自信の喪失』。こちらから検証してみよう。
我が3年1組において水泳を行っているのは3人。
街のスイミングスクールに通っている、木山大輔。
こいつは名が示す通り、男だ。……もし、こいつが『彼女』ならば気味の悪いことこの上ないが、奴は野球部に所属している。あの時間、野球部員はグラウンドをバターになるまで走り回っていたはずだ。
次に、水泳部所属の秋山香織。
秋山は、我がクラスの副委員長を務めており、僕を園芸の道へと引きずり込んだ黒幕でもある。可能性としてはなくはないが、秋山があのような女の子女の子している文字を書くとは到底考えられない。真面目が服を着て歩いているようなやつで、その筆跡にも神経質さが垣間見えるはずだ。
最後に、同じく水泳部所属の涌井花菜。
──大本命である。
黒板に踊る、あの文字! 箸が転がっただけでも微笑む、あの花のような可愛らしさにこそ相応しいといえる!
さらに、彼女は仲間内から『河童』と評されるほどに泳ぎが達者であると聞く。河童が川に流され云々のことわざがあるくらいだ。きっと彼女にだってスランプに陥ることくらいあるだろう。
続いて、
何の話題から波及したか記憶にないが、『彼女』は『よく、皿を洗う』らしい。
女子ならば炊事などの家事手伝いを行うことは決して珍しくはないだろう。この事から推測するに、やはり女性である確率はグッと高まる。
……ただ、ひとつ引っ掛かることがあるとすれば、木山大輔。
こいつの家は中華料理屋を営んでいる。必然的に皿を洗う機会も増えよう。
またしても『彼女』である可能性に該当してしまう木山だが、あくまで可能性のひとつであるに過ぎない、と自分に言い聞かせる。
最後に、僕が期待を込める涌井花菜が『彼女』である可能性を裏付ける、大きなキーワードがある。
それは──『相撲が好き』。
……いやぁ、ピンときたね、マジで。
昨今の若者には珍しい、大相撲観戦を趣味に持つ人間を僕は涌井花菜以外には誰ひとりとして知らない。彼女にはクラス替え時の自己紹介において己の奇特な趣味を暴露し、教室内に沈黙をもたらした経験がある。
──以上、これらのデータから、僕は『彼女』が涌井花菜なのではないか? と、おおよそのアタリをつけていた。
3.
6時56分──。
待ち合わせの時刻まで、あと5分を切っていた。
人波の増加に伴い、こちら裏手側においてもにわかに活気づいてきていた。
もしかしたら来ないかもな、なんて可能性も頭の片隅に置いておく。必要以上に落ち込まないようにする為だ。
涌井さん、男に免疫なさそうだし、彼女のうぶで可憐なところも魅力的だが、僕には、……僕にだけは、心を開いてはくれないものだろうか。
人いきれにたじろぐ涌井さんに、そっと手を差し伸べる、僕──。
彼女は恐る恐る僕の優しさに触れ、そして指先に触れ、……一瞬、手を引っ込めるのだ。『──あっ』とか何とか言っちゃったりして。……でも、やがて涌井さんは僕の手を握って、こう言うだろう。
『……男子の手って、……大きいんだね。それに……あったかい』
自分の妄想にあわや奇声を上げ悶えそうになるも、僅かな理性を総動員し、なんとかギリギリのところで踏み留まることが出来た。
──と、その時!
木々の暗がりの向こうから「ざっざっ」と砂を食む足音が迫って来た。
とうとう来たか、と心臓がどくん、と跳ね上がる。
喉の奥が下に引っ張られるような不快感を覚えつつも、口腔内に溜まった唾液を嚥下する。
「んがふっ!」
固唾を飲み込むのに失敗し、少しむせそうになるも、軽い咳払いでそれを押し込むに成功した。
ヤバい、手汗も酷い。これでは手を繋ぐ涌井さんに不快な思いをさせてしまうのでは──、などと焦れば焦るほど、僕の自律神経は自律を放棄する。しどろもどろならぬ、しどろみどろだ!
やがて、その足音が止んだ。
そして──、
「──あれ、蒔田?」
女性のものよりもかなり低い、テノールの響きが僕の名を呼ぶ。
ガツン、と後頭部を殴られたような衝撃に意識が遠退きつつも、僕はその声の主を改めた。
「……き、木山大輔」
「……よ、よう」
僕は平静を装いつつ、片手を上げる。木山もそれに応えるように「お、おう」と手をかざした。──まるで異文化コミュニケーションのそれである。
「ま、蒔田……、ひとり?」
木山は辺りをキョロキョロと見渡す。勿論、ここには僕しかいない。
「……木山こそ。──あ、あれだ。僕は待ち合わせなんだけどな」
「そ、そうか。俺も待ち合わせだ」
でも、知ってるヤツに見られたくなかったぜ、──そう返す木山大輔。そして、彼の目はどことなく泳いでいる。人影を探すようにひとしきり遠泳した後、その視線は僕の右手に泳ぎついた。
「──お前! なんでキュウリなんか持ってんの!?」
……さすがスイミングスクール。泳ぎは得手なようである。しかし、僕も目にしてしまった以上、聞かねばならないだろう。
「そ、そういう木山だって。……持ってるじゃん、きゅうり」
『彼女』との待ち合わせに際し、僕らには互いに用意しておくものがあった──。
何を隠そう、それがこの『きゅうり』だ。
顔を知らない者同士が待ち合わせするにあたり、気を付けねばならないのが、すれ違いである。その目印として、僕らは互いにきゅうりを持ち合わせることに決めていた。
……そして、僕のきゅうりを目ざとく見つけ、さらに同じようにきゅうりを持つ者、木山大輔。──まさか、……まさか、お前。
「お、おい、木山! お前、まさか……」
「──あん? なんだよ蒔田。さっきからブツブツと……」
「おい木山! ひとつだけ確認させてくれ。頼む、後生だから! ……お前『黒板』に心当たりはあるかっ!?」
「はぁ? 黒板? ……いや、知らねぇけど」
ってか、何だよ蒔田! キモいよ、お前、──そう木山が僕を非難した直後、
「ざっざっざっ……」
足音が近づいてきた。
その足音は、揺れる繁みをかき分けながら、ゆっくりゆっくりその姿を見せ始めた。
そして、頭部にかかる最後のひとふさの枝を払い──
「あれ? 大輔くん……と蒔田?」
──涌井花菜が現れた。
涌井花菜は、白地に金魚の泳ぐ柄の浴衣を着ていた。いつも見慣れた制服姿も可愛いが、浴衣は反則だ。……しかも僕の為に着て来てくれるとは! ──園芸委員をやって良かった。
「涌井さん! これっ!」
僕は意気揚々ときゅうりを掲げる。
「……?」
涌井花菜は困ったように眉根を寄せ、その後、木山を見やった。
「……あ、ああ。きゅうり? ……そいえば大輔くんも持ってるね、きゅうり。──ふふっ、何、流行ってるの?」
木山が言う。
「夜店に売ってたやつ買ってみたんだ。花菜が来るまでの暇潰しに、と思ってさ。──花菜、浴衣……可愛いよ」
それを受けて微笑む彼女は、左手を口元に、……そして空いている方の手で、あろうことか木山の手を握った。
「──! ちょ、涌井さん、違う! 僕だよ! 黒板の伝言は僕だ! 木山のきゅうりは本物じゃないっ!」
何とか誤解を解かねば、と僕は彼女の眼前に自分のきゅうりをかざし、ほら、ほら! とぶらぶらさせる。何故か「いやぁー」と顔を背ける、涌井花菜。
「……んだよ、まだいたのかお前! さっきからワケわかんねぇことをっ!」
「へぶしっ!」
木山は僕に向かってきゅうりを投げつけた。──そうだった、忘れていた。木山は野球部でピッチャーだ。その剛速きゅうりは僕の額にどストライク、デッドボール──いや、デッドきゅうりだ。
「キサマっ! きゅうり様を何ぞ心得るかぁ! ──涌井さん、ほら、こんなキューカンバーに優しくない狼藉者は放っておこう。君と待ち合わせていたのは僕だよ! 僕が『コタロー』だ。──って、……あ、あれ? 涌井さん? ……きゅうり持ってきてないの?」
涌井花菜は木山の後ろに身を隠し、僕に対して侮蔑の視線を投げ寄越した。そして、……どこからともなく、こんな声が漏れ聞こえた。
「……蒔田、キモ。てめぇ、さっきからきゅうりきゅうりキモいんだよ! 引きこもってるから頭にウジでも涌いてんじゃないの? ──ねぇ大輔くん、早く行こ?」
涌井花菜と木山大輔は、手を繋ぎ、身を寄せあい、明るく賑わう神社の中へと消えていった。
4.
もうダメだ……。立ち直れない。
僕は見た。立ち去っていく二人の後ろ姿を──。
しかも、あの二人──。途中で立ち止まってチューしてた……。
しゃり、ときゅうりを一口かじる。
昆布のグルタミン酸に加え、ほんのり感じる塩気は僕の涙か……。
もう帰ろう、そう足を踏み出し掛けた時──
「コタローくん?」
びくっと体が硬直する。
辺りを見渡す。……人影は、ない。
気のせいか、と思い、再び足を踏み込む。
「──待って!」
……やはり聞こえる。しかし、姿は見えない。
元々の薄暗がりに加え、日も暮れ始めたこともあり、一層視界は悪くなってきていた。
「だ、誰だよ……」
神社の中へと続く細道、木々のざわめく雑木林。目を凝らしてみるも声の届く範囲に人は居ない。が、──ふと、視線を感じ、川辺に目を向けてみた。
「────!!」
「……やっと見つけてくれた」
《もう、泳ぐの疲れちゃった……》
川の中から、光る双眸が僕を見ていた。
《私の趣味、ですか? う~ん、お相撲かな♪》
それは、ゆっくりと水上から身を揚げ、
《ほんと? 私もきゅうりが大好き! 奇遇だね(*^^*)》
ざばぁー、と水を滴らせ、
《え~昼間? う~ん、あまり日光は得意じゃないかなぁ。お肌に良くない……っていうか、乾いちゃうし》
ひたひた、近づいてきた。
《チャームポイント? んー、アヒル口かな(笑)》
背後には何かを背負い、頭頂部では……何故だろう? 光を反射させている。
《河童!? ……まぁ、みんなにはそう呼ばれることもある……かな》
そして──、
そして──。
『そいつ』は、両手に溢れんばかりのきゅうりを抱えていた。
《……はい。いいですよ、コタローくんが望むのなら……。私でよければ一緒に行きましょう(^^)♪》
『そいつ』は口(……くちばし、というべきだろうか?)を開いた。
「……目印としてのきゅうりなんていらないだろ~な~って思ったんだけど……一応、お約束だったから。──べ、別にコタローくんにプレゼントしたいと思って持ってきたわけじゃないんだからねっ!」
「…………」
「……どうしたの?」
「…………」
「もしかして……待たせちゃったの……怒ってる?」
言葉を発することが出来ないでいると、『そいつ』はテヘッ、みたいな感じにウインクしながら舌を出した。思いの外、……長い。
「……い、いや。別に、怒っては……いない、けど」
「……じゃあ……なに、じっと見つめないでよ? 恥ずかしいんだからっ」
「あ、ああ……ごめん」
僕は、あわてて視線を外した。
「──あっ! もしかしてお皿曇ってる!? んー! やっぱりもっと磨いてくれば良かったよぅ~!」
……皿? 僕はもう一度だけ頭頂部に目を向けてみた。
「……いや、全然曇ってなんか、いないよ? ……むしろ、すげぇ光ってて……眩しいくらいだし」
「も~やだぁ~! そんなジロジロ見ないでよっ! ……コタローくんのエッチ」
──どうやら僕はエッチらしい。
「……んふっ。でも、お世辞でも……嬉しい。──実はコタローくんに誉めて欲しくて頑張ってきたんだっ」
「そ、そうなんだ……」
──この後、「……ねぇ、──手、繋いでいい?」とはにかみながらの要求に抗うことが出来なかった僕は、面妖な『彼女』を引き連れて、別の意味でお祭り騒ぎを起こしたのは言うまでないだろう。
『彼女』の手のひらは、僕の脂汗以上にねちょねちょとし、その感触はいつまでもいつまでも、心の傷として僕の中に残った。
ひとっこひとりいなくなった境内から並んで眺めた大輪の花火は、涙で滲んで、光が霞んで、もうひとつおまけに頭頂部で跳ねて、……殊更に、そりゃあもう必要以上に、綺麗だった。
僕は、この夏の日を一生忘れることはないだろう、そう思った──。
──完。