ヘビとマングース(Side 生徒会会計親衛隊
「ねぇ、岬時雨ってこのクラス?」
女王様然とした態度で清洲舞華は言い放った。
まるで時が止まったようだ。
一様に自分の方を向いて固まる彼らを見て、舞華は思った。
「で、いるの? いないの?」
「います!」
呆れを含んだ声にいち早く反応したのは、扉のすぐそばに立っていた男だった。
彼が指差す先には小柄で中性的な風貌をした男。つまり、岬時雨だ。
「君が岬くん? ちょっと付き合ってくれるかなぁ?」
舞華を見て、彼と同席していた生徒が顔を見合わせる。用事が岬宛てであることを不思議に思っているんだろう。
藤堂、秋吉。
本来ならば、同じ生徒会役員親衛隊長として、藤堂に用事があるはずだ。などと考えているに違いない。
「藤堂さんじゃなくて岬くんに用事があるの。いいよね?」
時雨は渋々頷き、席を立つ。その際に藤堂に向けて何かを言った。彼の方も大概線が細い。
風に吹かれれば飛んでいきそうな藤堂を見て舞華はため息を吐いた。
「行きましょう」
時雨の声に頷き、舞華は廊下に出た。放課後の静寂。空き教室のドアを開けて室内に人がいないか充分に確認した後、舞華は室内に入った。
ドアを閉め、一息。舞華は適当な椅子に座り、時雨は立ったままだ。
「不用心だね」
「……どういう意味ですか」
「罠だったらどうするの?」
「まさか! 隊長に!?」
「しないよ。別に嫌ってる訳じゃない。君らの三年みたいにね」
緊張感が足りない、と時雨を見る。自分の所より身内に敵が多いと思うのだけど、この余裕はどこから来るのか。
「座らないの?」
「隊長を待たせています」
今更警戒心を見せた所で遅いのに。と、舞華は小さく溜め息を吐いた。
「そう。つまらないの」
「それで何の用、ですか」
「分かってるんじゃないの?」
「……うちの隊長のことですか?」
「うちの隊長、ね。君が隊長でしょう? 藤堂くんのね」
「知っているんですか?」
「なめないでよ。君らんとこみたいに守られっぱなしの隊長じゃないんだから」
ふん、と鼻を鳴らして舞華は笑う。
藤堂は、自分だけが不幸だと思いたいのだろう。
「あれがうじうじしてるとテツさまも寂しがるの。ぼくはそれが嫌。別にテツさまと居るのをどうこう言うつもりはないけど……分かるよね」
「でも、隊長は……」
「隊長は、何?」
「会長とどうなろうとは考えていないです」
「別に藤堂さんの気持ちなんてどうでもいいの。御影様のお気持ちを無視するの?」
知らぬは当人ばかりなり。
御影が藤堂のことを気にかけていることは周知の事実だ。大方藤堂に対する誹謗中傷は嫉妬の類いだろう。
「御影様の気持ちを無視しようなんて随分だと思わない?」
「僕が一番大事なのは隊長、……あきちゃんの気持ちですから」
「だから御影様の気持ちに気付かなくてもいい? 無視してもいい? それは本当に藤堂さんの本心なの? 最後に後悔するのは誰?」
全く、過保護過ぎる。目隠しをして何も見ないように。
周りが傷ついているのも知らせない。
彼がどれだけ大事か知らないが、それで何が変わるというのか。
「藤堂さんのこと一番に考えてくれると思ったから話したけど、とんだハズレくじだったね。結局、君も藤堂さんの上辺だけしか見てないってことだ」
「そんなこと……っ!」
「もういいよ。期待したぼくがバカだった」
がたん、と音を立てて立ち上がる。もう振り返ったりしてやらない。
「あきちゃんは何も言わないんです」
「それを上手く聞き出せるのは、親友の君しかいないんじゃないの?」
応える声はない。精々悩めばいいんだ。
舞華は岬を一人で残し、空き教室を出た。
一応、藤堂の様子を見る為に教室の前を通ったが、彼の周りにはクラスメイトらしき人が何人かいた。藤堂を一人きりにさせない為の策なのか分からないが、余程愛されているらしい。
風貌の所為だとしても舞華はそれが少し羨ましかった。
「……報告がてらテツさまに甘えてこよう」
ぼんやりと呟き、舞華は教室を離れる。生徒会の仕事が終わり次第の報告になるだろうと、当たりを付けて鉄心にアポ取りのメールを送った。
***
夜9時。舞華は鉄心の部屋を訪れていた。
風呂上がりに肩にかけたタオルで、豪快に髪を拭く鉄心をソファに座った舞華はぼぅっと見上げていた。
「舞華、面白い?」
「いえ、……かっこいいです」
「しょーじきでよろしい」
鉄心は笑いながら、舞華の隣に腰掛けた。一層近くなる彼との距離に舞華は小さく唾を飲んだ。
「わんこはどうだった?」
「わんこ……、岬くんのことですか?」
「そう。あっきーの後ろに付いたり前に付いたり、警戒するときに『わんわん』って吠えるの」
「あまり、より良い返事はもらえませんでしたが」
「どういうこと?」
「あくまでも藤堂さんの気持ちを最優先させるみたいです」
「そう。なら、どうにかなるかな」
「なりますか?」
「なりますとも。あっきーはそうはいってもカイチョーのこと好きだからね」
髪を拭き終えた鉄心はそのまま舞華に抱きついた。
いきなりのことではあったが、舞華は鉄心を抱き止め、暖かさにうっとりと目を閉じる。
「舞華」
「……なんですか?」
「ありがとね」
「お礼には早すぎます。まだ、うまくいったとは限らないのに……」
「ううん、俺のわがまま聞いてくれて」
「当たり前です。ぼくはあなたの親衛隊ですよ?」
「そだね」
鉄心は舞華の肩に顔を埋めて呟いた。
彼が言おうとしていることはきっと別にあるのだろうが、舞華には関係のないことだ。
舞華は鉄心の親衛隊で、彼から頼まれたことなら、どんなことでも叶えようと奮闘するつもりでいた。
だから、藤堂がどうとか、御影がどうとかは今考えたく、なかった。
いつも遅れてすみませんorz
次回は火曜日予定です。